第31話 皇家の第一皇子③
コンスタンツィア達から別れた後、レクサンデリは依頼された調査を行っていた。しかし、ジュリアはそれに不満だった。
「いい加減国に帰りませんか」
「駄目だ、それより頼んだ事はどうなった?」
目標金額は稼いだので早く帰国をと促すジュリアに対してレクサンデリの返事はそっけない。いつぞやの夜から二人の関係はぎくしゃくしていた。
「これです」
ジュリアが渡した物はコンスタンツィアが搭乗していた巡礼船の船員リスト。
レクサンデリはペラペラと捲っていたが、足りないものに気付いた。
「おい、巡礼者や聖堂騎士の情報が不足しているぞ」
「そちらは快速船で取り寄せ中です。しかし、本当に必要ですか?」
「ああ、コンスタンツィア嬢は船員しか疑っていなかったが疑わしい奴は他にもいる。海賊だったら身代金目当てだろうが、内部の者が暗殺を企んだ可能性もある」
コンスタンツィアはエイヴェルから任務の片手間で調査するのは難しいと報告を受けるとちょどいい奴がいたといわんばかりにレクサンデリを頼って来た。
「彼女に恩を売るおつもりですか?」
「そうだな。将来何か有利になるかもしれない」
「彼女が選帝権を持つなどありえませんよ」
ジュリアがレクサンデリの淡い期待を打ち砕くようにいう。
「だとしても影響力は及ぼせるさ。場合によっては方伯ご本人にも」
「実はコンスタンツィア様に惚れた、とかいいませんよね?」
「いわないさ。家の事が無ければいい女とは思うがね」
さて、とレクサンデリは一人一人船員の情報を確認していく。
「やはり、新人は一定数いるか」
「はい。航海ごとに必要に応じて増減していますから」
大半は次の船で移動しているが一部は継続雇用されずに港町で飲んだくれているようだ。レクサンデリは金の力で喋らせて一人ずつ供述が怪しい人間を割り出したが逃亡奴隷だとか犯罪歴のある人間などもいてどいつもこいつも疑わしく見えた。
一応彼らに喋らせて元乗員、乗客の中から疑わしい者についても聞き出していた。
◇◆◇
そして一週間が経った頃帝都から知人がやってきた。
「やあレクサンデリ。調子はどうだい?ナルヴェッラは微笑んでくれたかな?」
「俺は神聖な契約を守護するアウラの敬虔な信徒だ、詐欺師の神はお呼びでないよ。ヘンルート」
アルビッツィ家ほどではないが有力な皇家のアイラグリア家の皇子である。
「法と契約を熟知しなければ裏はかけない。似たようなもんじゃないか」
「背神者め、ナーチケータの火壇で焼かれてしまえ」
二人は軽く睨みあった後、握手して笑いあいそれから本題に入った。
「どうした。ヘンルート。何しに来た」
「父の命令で君を帝都に連れ戻しに来た」
「なんだと?」
「君、最近なにかと嗅ぎまわっているそうだね?困るんだよね、そういうことされると月の女神アナヴィスィーケも雲に隠れてしまう」
「貴様は詩人でも目指すつもりか、どういうことか順を追って言え」
勿体ぶるなとレクサンデリは文句を言った。
「1420年の人類法廷で法務省の監察隊であっても国外活動を禁じられた事を知らないかい?ここは自由都市で帝国本土じゃないんだよ。捜査したければ現地警察に任せなきゃ。市長からも訴えがあったんだ、今頃東方行政府もこちらに人を送って来ているところだろう」
「なるほど、それで内務省が職権を荒らすなと文句を言いに来るのはわかる」
「分かってくれたかい?」
「ああ、だが来るのが早すぎる」
快速船を使っても一週間では行って帰ってくるのがぎりぎり間に合うかどうかの距離だ。面倒なお役所手続きをしていたら到底無理だろう。
そこでレクサンデリは本土に早く戻りたがっているジュリアが通報したのかと疑った。
「聡い君ならわかるだろう。もともと調査していたんだよ。ダルムント方伯の御令嬢が狙われるとは想定していなかったそうだけどね。君に動かれると捜査の邪魔になるんだ」
なるほど、その線もあったかと納得する。
「人類法廷で海外活動はしないと決めたんじゃないのか?」
「そんなものは諸国の不満を抑える為の方便さ」
「まあいいさ。ただの暇つぶしに過ぎないしな」
「じゃ、帰ろうか」
「まあ、待てコンスタンツィアがそろそろ戻ってくる筈だ。入手した情報を引き渡す」
「巡礼中の彼女が貰った所で困るだろう。こちらで預かる。信用できなければ方伯に帝都でお渡しすればいい」
レクサンデリは将来の対抗馬になるヘンルートを信用していない。父を通じて方伯に渡す事にして帝都に帰還する事に同意した。抵抗しても内務省の特殊警察に連行されてしまうだろうから。
◇◆◇
そして、帝都に戻って父エンツォ・アルビッツィに謁見する。
「よくやったレクサンデリ。十分な金額を稼いだようだな」
「あと一年貰えれば倍に増やしてみせますよ」
「必要無い、今後は人を使う事を覚えろ」
父に直接はっきり言われてしまったからには道楽の旅はもうおしまいだ。
「ではどこかの支店勤務ですか?」
「いや、そろそろ学院に入れ。帝都に腰を据え人脈と友人を増やす事だ」
「もうですか?あと四年くらいは猶予はあるかと思いましたが」
「馬鹿者、年齢制限ぎりぎりまで入学しない気か。他の皇家の子弟もそろそろ入学し始める、能力や性格を掴んでおけ。将来はお前が皇帝になるんだ」
レクサンデリの父はカールマーンの兄と皇帝選挙で争った仲である。
カールマーンの兄は選帝侯の支持を集めて当選した後、皇帝の座に就く前に病死した。次点だったレクサンデリの父が皇帝になるかと思われたが、選帝侯と皇室会議は混乱を避ける為にトゥレラ家の当主を引き継いだカールマーンを皇帝に任じた。
「仕方ありませんね、少々知識が偏っているのでしばらく家庭教師に見て貰ってから入学しますよ。父上も私が初年度から恥ずかしい成績を取って欲しくないでしょう?」
「いいだろう。だが、そろそろお前にも婚約者を見繕ってやる。大勢子供を産んだ未亡人をな」
「はあ?まあ美人なら構いませんが」
多くの子を成して繁栄することが最上の美徳とされる帝国では夫を失った女性でも再婚が奨励されている。高位貴族の所には割と口利きがあり、子を産んだ実績がある若い未亡人は価値が高い。
「わかっていないようだな。政府内では帝国の少子化が問題視されている。将来的に帝国の国力が低下し、人口が急増し技術力の伸長激しいフランデアンを代表に東方諸国が脅威になってくるかもしれん。家庭が充実している事も選帝侯達にとって重要な判断材料になってくるのだ。妻がいないカールマーンが皇帝になれたのは先代、先々代の皇帝で不幸があり帝国も荒れていた時期が長いので問題を起こす事が少なかったトゥレラ家が好まれたに過ぎん」
「さすがは父上、先を読むのがお上手だ。それで私には多くの子を産んだ実績のあるご婦人をあてがってくれるというわけですか」
東方圏とは違って一夫一婦制であり離婚は可能といってもあまりよい事とはされない。アルビッツィ家と釣り合う家柄で、なおかつ未亡人の女性というと広い帝国でもそうそういない。どうせ他にもレクサンデリの妻として、皇家の利になる部分があるかどうか考慮されるだろう。
「ああ、だが敬虔な大地母神の信徒はまだ子を成した事の無いお前のような子供との結婚にはなかなか同意してくれんだろう」
そういった未亡人はだいたい、同じような境遇の男性と再婚したがった。
「では、どうされるので?」
「学院を卒業するまでにジュリアとの間に子を成せ」
「はあ?結婚する為に庶子を作れと?」
「そうだ。ジュリアの家には十分な報酬を支払う約束をしてある」
自分は種馬かよ、とレクサンデリは内心で毒づいた。
ジュリアの態度もそういうことだったのかと納得が言った。
「不満か?不服ならお前の弟達がお前の通った道を歩む事になる。そしてその道の先で障害となるのはお前だ」
弟達に暗殺されたくなければ、自分の地位をさっさと確立しろということだ。
レクサンデリはやはり帝都に戻らなければ良かった、と後悔した。
※注釈
ジュリア・デリ・アルビッツィ
モンフェラート公ヴィンチェンツォ1世にメディチ家と縁談が持ち上がった際に男性性機能試験台として選ばれた女性。実際に子を産み、結婚する為の持参金を報酬として得た人物がモデル




