第33話 憂鬱なセイラ
「ねー、いつまでうちにいるつもりなの?」
「迷惑?だったら出てく」
「違うって。フランデアンの人皆帰国するんだって」
おいてけぼりになっちゃうよとソフィアはセイラの事を心配した。
「いいよ、別に。天馬のお世話するのも楽しいし」
セイラは天馬に載せて貰えなかったが、近づいて触る事は許された。
記念に天馬の羽を貰いたかったが、抜け落ちたものは光の粒子となってすぐに消えてしまった。
「ねえ、どうしちゃったの?求婚されたんでしょ?長年恋い慕ってた相手に」
「されたっていうかされたことになってたっていうか」
大貴族の娘としては政略結婚は当然として受け入れていたセイラも、少しは好きな男性に求婚される事に憧れていた。親同士で話あって決めてくる習わしだが、求婚を告げるのは本人の口からだと思っていた。それが割と事務的に何でもないことのように「お前は私の妻になったからそれらしく振舞え」と言われた。
「へー、セイラも白馬の騎士に跪かれて求愛されるのに憧れてたんだ」
「悪い?」
「べっつにー」
「何よ、それ。ソフィアは違うの?」
「私は天馬と添い遂げるって決めてるもの。男なんて天馬と相性のいい子供が産めれば誰でもいいし」
品種改良を受け続けて来た一族なのでその辺達観している。
「どうせなら妖精王子の子種も貰いたかったなー。帰っちゃうなんて残念」
「欲しければ搾り取ってくればいいじゃない。フィリップお兄様はともかくシュテファン君なら誘惑しやすいかもよ」
「えー、彼はセイラにぞっこんじゃない。そだ、セイラも一緒にしちゃう?フィリップ様と結婚するのが嫌になっちゃたんなら弟さんで手を打てばいいじゃん。お姉さん達の魅力で虜にしちゃお?」
「嫌よ。三人一緒なんて」
「ソフィア、あんまりセイラさんをからかっちゃ駄目よ」
きわどい会話に牧場主のカレリアが出てきて娘をたしなめた。
「えー、お母さんこそ未だにシャールミン様の事狙ってるくせに。私に文句言う?」
「自分じゃ誘惑出来ないからってセイラさんを使わないの」
むむっと唸るソフィアに配慮して世話になっているセイラは親子喧嘩にならないよう、話題を変えた。
「済みません、長い間お世話になってしまって」
「いいのよ。人手不足で困っていたし。ラキシタ家の人達が勝手に押し寄せて来た時はセイラさんがいてくれて助かったわ」
外国の大公女がいると知ってベルディッカスが派遣した将軍は天の牧場に干渉しなかった。
ソフィアが窓から除くとラキシタ家の騎兵があちこちを巡回していた。
そしてその騎兵達とは明らかに違う者が彼女達の家に近づいていた。
「あ、白馬の王子様が来たよ」
「えっ?」
冷淡だったフィリップが来てくれたのかとセイラは顔を上げた。
◇◆◇
「あの、セイラさんはいらっしゃいますか?」
エドヴァルドはセイラの家出先、ヴァレフスカ家は帝都の北の高原にあり徒歩でいくには辛いのでコンスタンツィアに馬を借りてやってきた。
応対に出て来たソフィアが「セイラー!王子様が来たよ~」
と声をかけ、セイラが少し嬉しそうな顔でやって来たが、顔を見るなりがっかりされた。
「え、と」
「何か御用かしら」
普段なら個人的に彼女が望む言葉を告げる所だったが、ちょっと今はそういう雰囲気でも無いし、コンスタンツィアに嫌われる気がするのでもう止める事にした。
「ラキシタ家の兵士に囲まれてるみたいですが、大丈夫ですか?」
「心配してきて下さったの?」
セイラの方は次の言葉を期待して熱っぽい目でエドヴァルドを見上げる。
エドヴァルドはいつもの言葉を言って欲しいのかと誤解していた。
うーん、この子ひょっとして変な趣味に目覚めてないだろうか、俺のせいじゃないよな?
ヤバい事をしてしまったかもしれん、とエドヴァルドは内心思う。
「どうかなさいました?」
「いや・・・その、もう勘弁して頂けませんか?姫は婚約されたと聞きました。もうこうやって会うのは申し訳なく・・・」
フィリップから間男のように思われるのは心外である。
「まあ、そんな事ですか。まだ婚約していないからご心配なく」
「え?」
「帰国後に父から申し渡される事になると思いますが、まだ何も聞いていません」
「あ、そうか。そりゃそうですね。でも、やっぱりこれ以上姫に汚い言葉をかける事は出来ません」
遅いか早いかの問題で、もう人妻も同然だった。
「そうですか・・・。意外と紳士的でしたね、貴方は。それにとても勇敢。新聞で拝見しました。コンスタンツィア様を助けに行って帝国兵やラキシタ兵を相手に奮戦されたとか」
セイラは残念だった。
自分の家出先は知っていた筈なのに、天の牧場がラキシタ兵に包囲されてもフィリップは来てくれなかった。
「コンスタンツィア様の事がお好きなの?」
「え?」
「御免なさい、突然個人的な事を聞いて。今の事は忘れてください」
セイラは追及を止めた。
何故聞いてしまったのだろうか。
自問する。
もし、出会い方が違えば自分がここで包囲されていた時に彼は駆け付けてくれただろう。
しかし違った。自分の夫になる男は伝統的な東方人。
エドヴァルドは帝国の人間になるつもりで修行中だ。年下だし、帝国のやり方に合わせてあまり女性に高圧的に出るような事もないだろう。
「このままここに残るおつもりですか?」
「・・・さすがに迷惑よね」
セイラも嘆息する。
あまり深く考えず飛び出して友人の所に転がり込んでしまった。
「気にしないでいいのよ。セイラさん。プリシラだってずっとうちに転がり込んでいたし。ところで中に入ってらっしゃいな。喉が渇いたでしょう?」
カレリアがエドヴァルドを家に招き、ヴァフレスカ家とイーネフィール公爵家が親の代からの付き合いである事を教えてやった。
「母娘揃ってお世話になってしまって申し訳ありません」
「いいのよ。うちは親が陛下から頂いた牧場への援助費を使い込んでしまって困っていた時に何かと助けて貰ったし」
「でも・・・」
「いいんだってば。プリシラにはわたくしから言っておくわ。在学中は卒業するまで自由にさせてやる約束だったでしょって」
セイラは今年で留学三年目。
父親に大事にされてきた公女も結婚後は夫のものになる。
親元から離れ、自国民の目を気にする事も無く、生涯で自由に行動出来る貴重な留学期間が唐突に終ってしまう事にセイラは不安だった。
「自由なんて知らない小鳥のままでも良かった」
何も知らなければ悩む事も無かった。
他の男を知らなければ、夫とはああいうものだと割り切れた。
エドヴァルドにはセイラの心情は分からなかった。
出会った時、思わず怒鳴りつけたのを後悔して一歩引いたまま、彼女の事を高貴で優しい姫として敬い続けた。
「カレリアさん。やっぱり私、家に・・・国に帰ります。お母様と話して来れたらまた来年に留学してきます」
「そう?でも手紙は送るわ」
カレリアはプリシラにもう少し結婚は後にするように手紙を送る事にした。
年頃の娘らしくいざ結婚となると少し不安になっているようだからちゃんと話し合うようにと。
後年、セイラはエドヴァルドの活躍を新聞で読んでは武勲譚を収集し、吟遊詩人を呼んで物語をねだっている事がフィリップにばれてしまい、険悪になるがそれはまた別の話。
エドヴァルドはヴァフレスカ家の人々と共にセイラを翠玉館に送り届けた。
◇◆◇
翠玉館に送り届けた日もソラは姉に会いにやって来ていた。
文通の約束だけして別れるという。
「生き別れのお姉さんだったんだろ?もういいのか?」
「ああ、彼女はフランデアンにいた方が安全だ。もともと森に住む民だし。こんな鉄と石だらけの街は似合わない」
男子寮への帰り道でエドヴァルドは何を話していたのか尋ねた。姉の他にもう一人軍人らしき男がいたのが気になった。
「誰か他に客が来てたみたいだけど」
「ん?ああ、昔の父の家臣だってさ。俺を迎えたいんだと。まあ、いつか来るとは思ってたけどな」
「どうするんだ?」
「さあ、まあ贅沢出来るし女も抱き放題だし、別にいいけどさ」
「あんま興味なさげ?帝国に次ぐ大国だったんだろ?」
「ああ、父は民衆の為に市街戦をせず出撃して戦ったが民衆に裏切られた。俺の母も妹や弟達も民衆に殺された。煽動したのは別の奴だけどな。帝都の状況も見たろ?民衆の意見はコロコロ変わる。俺を迎えておいて、邪魔になったら笑顔で刺しに来るかもな」
ソラは仲間と違って民衆を見る目が冷めていた。
「さて、お前の武器でも見繕いに行くか?そんな棍じゃまた帝国騎士とか出てきたらコンスタンツィアさんを守り切れないぜ」
「急所に一発ぶち当てればどうにかなる」
「屋敷の壁ぶっ壊しまくってたアレか?あんなの食らってくれる奴ばっかとは限らないし、効率悪いだろ。もっと切れ味のいい武器が必要だ」
「これが一番使い慣れてる」
エドヴァルドはそういって棍を掲げるが、成長と共に明らかに長さが不釣り合いになってきた。それにやたらと頑丈な棍だったが、大分へこみが出てきた。
「・・・故郷から後、数本長い奴を送って貰おう」
「それもいいけどさ。穂先でもつけちゃえよ」
「魔導装甲を断ち切れるくらいのものって無茶苦茶高いよ」
「稼ごうぜ」
「といってもなあ。治安回復してきたし、来月からは学院再開するっていうし」
ストリゴニアを始めとした近隣州から警官が派遣されはじめて帝都の治安も急速に回復していっている。危険地帯でも強行突破して護衛や、宅配サービスをしていたソラの事業もこれで稼げなくなる。
「大丈夫大丈夫、任せとけって。用心棒とか、闇闘技場とかあるから」




