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荒くれ騎士の嘆き歌  作者: OWL
第六章 死灰復燃~前編~(1431年)
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第30話 訪問者

 戦闘から数日後、コンスタンツィア邸の警備は聖堂騎士団が引き受ける事になり、現場は隣家も含めて家々の再建が始まった。警備を買って出たものの中に昔、巡礼の護衛をしてくれたエイヴェルもいた。


「お久しぶりです、エイヴェル様」

「災難でしたね。父君が帝都に戻られるまで我々がお守りします」

「申し訳ありません。本来は巡礼者の守り手でいらっしゃるのに」


聖堂騎士団は複数の部門に別れているがエイヴェルは巡礼者の警護をして世界中を旅している。たまたま帝都にいたので今回は顔なじみという事もあり、コンスタンツィアを安心させる為に派遣された。

聖騎士の中には平民もいるが、帝国騎士を引退して加わった者、古代帝国期に解散されて以降も個人的に活動していた古の血を受け継ぐ聖騎士もいる。

方伯家の私兵ではないが、聖堂騎士団を運営しているのは実質的に聖堂参事会を仕切る方伯家であり、彼らが護衛についた以上、また危害を加えようとした場合、世界中に散る聖騎士達と敵対する事になる。


「巡礼者達に宿を貸し出して下さるコンスタンツィア様をお守りする事も巡礼者を守る事に繋がります。どうぞ我々の事は気にせず普段通りの生活をお続け下さい」


と言われても学院の再開は延期されているのでコンスタンツィアは自宅から出るつもりはない。さっそく始まった再建工事でうるさいのが難だが。


来客は次々とあり、フィリップとシュテファンは見舞いと、帰国の挨拶にやって来た。


「帰国されるのですか?」

「ええ、この状況ではこれ以上帝都に残れません。私はもともと今年卒業予定でしたので、後日論文を学院に送付します」


フランデアンは大使館職員も引き上げる事になり、自国民についても可能な限り帰国するようお触れを出した。帝都にもつ権益、資産については傭兵を雇って警備させる。


「分かりました。フィリップ様には無用かと思いますが卒業証書を送付するよう計らいます。シュテファン様は?」

「ひとまず休学扱いでお願いします。来年来るかどうかは情勢次第、セイラさんも同様です」

「そうですか、残念です。来年お二人に会える事を期待します」


事件から数日経つと新聞各社の論調も落ち着いてきて、別の事件を取り扱い始めた。連日帝都だけ速報、号外が出されていたが皆、疲れてきたようだ。


今度は逮捕された司法長官の愛人ヴィクトリアが長官ヘイルズの不正を暴露してそれをメインに取り扱っている。彼女自身もヘイルズに殺されそうになったと取材に答えていた。

さらにボロスの件では証拠を隠滅し、ルクス殺人事件の犯人を謀殺したとかいう情報が広まっていた。


軍務大臣イドリースに至っては皇帝の勅命を無視してラキシタ家の捕虜を解放しなかったとも言われている。


新聞各社は昨年、政府を擁護していた筈だが、急に論調が変わり始めた。

ラキシタ家の軍事行動の正当性が認められれば市内も落ち着くかもしれない。


「シュテファンはともかくセイラは来年以降はもう帝都には来ない」

「あら、どうして?」


帝国が正常な状態に戻れば東方候は諸国の代表として率先して正常化に協力させてくれると思ったのに、とコンスタンツィアは訝しがる。


「こんな事件が無ければ彼女と私の婚約をまもなく発表する予定だった。もともと今年が最後にさせるつもりだったんだ」

「そうなの?セイラさんからはお母様に六年間は自由に過ごしていいと言われていたとか聞いたけど」

「私と婚約しなければ、の話だ」

「兄上は自分の妃になる人は帝国に染まって欲しくないそうです。僕ならセイラさんをそんな風に束縛しないのに」


シュテファンは我が兄ながら嫉妬深くて嫌になると不快げにしていた。


「シュテファン様はお優しいのですね」

「僕は結婚した途端、自分の所有物のように妻の自由を制限したりしません」


帝国より男尊女卑が激しい東方では身分ある女性の一人歩きもなかなか許されない。

コンスタンツィアが巡礼中の頃はまだ少女時代だったからいいが、誰かの妻になっていたら女だけの旅など出来なかった。

自分に嫌われる事を何よりも恐れているエドヴァルドも結婚したらフィリップのようになるのだろうか?と一瞬思案してしまう。


「侍女を連れていても、個人的な買い物に出かけるのも許されないとかいう冗談も聞いた事があります」


まさかねえ、とコンスタンツィアは口に出した。

子供時代に巡礼していた時は帝国系の自由都市が訪問先の中心だったのでその辺りの状況はあまり気が付かなかった。


「許可を取れば別だ」


生真面目なフィリップは真剣な顔のまま答えた。


「え?」

「ん?」


どうも冗談では無かったらしい。


「どうぞお幸せに」


セイラの為にもコンスタンツィアはそう願った。


 ◇◆◇


 フィリップ達の次に今度はエイレーネがやってきた。

帝国祭祀界の頂点に立つエイレーネ直々の訪問により、コンスタンツィアの立場は一層強化される事になる。


「これはこれはエイレーネ様。お久しぶりです」

「ええ、お怪我はありませんでしたか?人づてに聞く話だけではどうしても気になりまして」


コンスタンツィアもエイレーネの訪問には珍しく喜色を露わにした。


「以前はコリーナさんをご紹介して下さって有難うございました。彼女は既に亡くなられていましたが、娘さんの手ほどきを頂いてエドヴァルド君を昏睡状態から目覚めさせることが出来ました」

「おや?コリーナは亡くなっていたのですか・・・。彼女の遺言状はまだ開封されておりませんがルクレツィアはわたくしが預かっているのを知らないようですね」


エイレーネは帝国中の貴族、富裕層から大事な文書を預かって封印された倉庫に厳重に閉まっている。コンスタンツィアも一定以上の資産を持つ責任ある身としてエイレーネに毎年遺言状を更新し、預けていた。


「そういえば、エイレーネ様は相変わらずお若いですね。祖母・・・メルセデスと同時代人なのに」

「メルセデス様よりもう少し年上ですよ」


微笑むエイレーネは50代くらいの品の良い貴婦人に見える。


「彼女にはコリーナ様以外に弟子はいらっしゃいましたか?」

「たぶんたくさんいると思いますが、何故です?」

「いえ・・・それならいいのです。最近は生死の境界線が曖昧に思える事が多くなりましたが、エイレーネ様もそうは思われませんか?」


家族を殺され、二世紀くらい生きていてもう死にたいとか、いつ死ねるのかと思う事は無いのだろうかコンスタンツィアは疑問に思った。


「境界ですか・・・。ご存じですか?地獄界も現象界の一部であることを。このわたくしも実は既に死んでいて地獄の女神に魂を囚われた亡者なのかもしれません」


エイレーネはほほほと上品に笑う。


「延命、不老不死化の魔術の探求に熱心な他の魔術師達も若い姿を維持して、生前と同じ思考を保っていられるなら地獄の女神と契約したがるかもしれませんね」

「そうですねえ、八十年の人生を研究に費やして五十年かそこら延命するなんて効率が悪いですからね」


エイレーネは特に用があって来た訳ではなく、不安定な政情にあってコンスタンツィアの立場を強化してやる為に来たのでしばらく雑談に付き合った。コンスタンツィア以上に政治的な発言が出来ない立場の為、コンスタンツィアも政府の事については話題にしない。


「皆に、どうやったら寿命を延ばせるのかと聞かれたりはしませんか?」

「わたくしは心の持ちようひとつだと答えています」

「神の祝福ではないのですね」

「どうして長生きなのかと問われれば、神に何らかのご計画があるのでは、と答えますが秘訣といわれても困りますからね」


学者でも無いエイレーネは研究もした事はないし分からないのだという。


「心のもちようで寿命が伸びたりするものでしょうか」

「巡礼騎士の話では南方の密林に住むある部族は周辺部族より遥かに寿命が長いそうです。そして彼らには瞑想の習慣があるのだとか。帝国騎士が護衛して現地に学者の調査団を派遣するそうですよ」

「初めて聞きました」

「念じれば魔術が起きるように、人の心が現象界、そして己が肉体に影響を与えるのは当然なのかもしれません。家族が死に、わたくしの心が死んだ時、本当に亡者になってしまったのか。それとも帝国の行く末を眺めていたいわたくしに神が奇跡を与えて下さったのか。残念ながら答えはありません」


エイレーネにとっては完全に過去の話なのか、遥か昔選帝選挙で彼女を残してプリストクス家が皆殺しになった事についての嘆きは見られない。


「エイレーネ様は神々に・・・その、ご不満をお持ちになった事はないのですか?」

「弱肉強食は世の習い、特別扱いは求めません」

「しかし輪廻転生も自然の流れと存じます」


現象界に永遠に留まれば自然のサイクルを止めてしまう。


「確かに。コンスタンツィア様のおっしゃる通り、わたくしのマナスに汚れがあるから神に拒否されているのかもしれません」


つまりエイレーネも神を恨んだ事があるようだ。

エイレーネが自分の師であればもっといろいろと突っ込んで話をしたいのに、と残念に思った。これ以上困らせるのはコンスタンツィアの本意でなく話題を変えて巡礼について話あった。


そして、エイレーネが辞去する際に一つ忠告をしてくれた。


「もし、もっと見識を深めたいのならリグリアを訪れると良いでしょう」

「リグリア様?」

「リグリア・イグナーツ・マリア。帝国魔術評議会最高評議長の事です」


説明が足りなかったとエイレーネが詫びる。

三百年以上を生きる魔女の中の魔女で、古い時代の人々にとってはリグリアといえばまず彼女の事を思い出すが、ここ数十年は眠りについたまま世に出てくる事は無かった。


「以前、訪問した事がありますがもうずっと目を覚ましておられないとかで会って頂けませんでした」

「コンスタンツィアが来た、と言えば会って貰えますよ。彼女はずっと貴女の家系の家庭教師だったのですから。メルセデス様とは喧嘩別れしましたが気にはかけていた筈です」

「喧嘩別れですか?そういえば考え方の違いがあったとか母の日記にもあったような・・・」

「時代の捉え方が違ったのです。既に神々の時代は終り、人の時代も末期となり、世界の終りが近づいている。神代の魔術の再現を諦め始めたリグリアと、そもそも神の時代は終っていない、これからは自分達古き血を引く者達の時代ではなく民衆の世、真に自立した人の時代が来ると考えていたメルセデスとはね」


選帝選挙がどうしたこうしたと争う今の世の人々とはスケールが違う話をしていた。


「わたくし達も神々同様にこの世から消えるべきだというのですか?」

「メルセデスはそう考えていたようです」

「そんなことをしたら蛮族が押し寄せて来ますよ。それこそ人の世の終わりです」


近年押し込まれたといっても何千年もナルガ河で蛮族を押しとどめていたのは帝国が古き血を引く貴族、英雄達の下に人類の力を集めていたからだ。


「メルセデスは蛮族、獣人すらも『人』と考えていました」

「それは帝国の方針とは相容れません」


人に知れたら方伯家といえど危機に陥る。マヤもそれだけは避けたいと考えて、自分の身をルクスに捧げていた。


「リグリアとも世の人々ともかけ離れた思考の持ち主でした。それ故、人前には姿を現さずこの屋敷で自分の研究に専念していたのです」

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2022/2/1
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