第29話 シクタレス
新帝国暦1431年6月19日。
アンドラーシュから叱責を受けたシクタレスは全将軍を集めて司法を無視し、勝手に報復し処罰する事を禁止すると通達しなければならなかった。
「諸君、家族の恨み、そして我が子の恨みを晴らそうという心意気は良い。だが、行き過ぎて蛮行となってはいかん。本日新政府の発足を宣言する予定だったが延期となった。これもマグナウラ院襲撃、そしてダルムント方伯家の屋敷に襲撃をしかけたからだ。命令したアルワリフ少将は指揮権を剥奪し即時解任とするが、我が将軍達も彼の失敗を胸に刻んで欲しい」
「はっ・・・しかし、方伯家では大量の亡者が出現してメンデス将軍の配下に襲い掛かったとか。禁術とされている死霊魔術を使った方伯家の罪を問えば我が軍にかけられた汚名は晴れるのではないでしょうか」
重傷の為、ここには来れなかったメンデス将軍の代わりに古参のヒュスタス将軍が彼を擁護した。
「ふむ、どう思う?クシュワント」
「残念ながら私は魔術にそれほど精通しておりません、ヴィジャイ殿が居れば見解を伺えたのですが・・・」
「むう・・・」
シクタレスもどちらかというとヒュスタスの意見を取り入れたかったが、ファスティオンが歩み出てそれを止めた。
「父上、そして将軍がた。僕は兄上が殺された時、あの現場にいました。議員団が兄上の幽閉先を視察する為です。確かにあの時、兄上には何か薬物を盛られていて正気ではありませんでしたが、議員団、特にコンスタンツィア殿は無関係です。あの時、僕だけ現場から逃げる事が出来たのはコンスタンツィア殿と彼女を守っていたエドヴァルドのおかげです。だのに、今回の始末・・・僕は恥ずかしいです。彼に恩知らず、と罵られてしまいました。どうか僕の友人達を貶めるのは止めてください。今回の件、全面的に我が家に非があります」
ファスティオンは懸命に皆を説得しようとするが、老将達はまだまだ幼いから友情に流されているんだろうと話し半分に聞いていた。
「分かった。とにかく我が子のいう通り方伯家を敵に回すのは得策ではない。議員達を慰撫し、フォーンコルヌ家やシャルカ家にも協力を仰ぎつつ、オレムイスト家を討伐し直轄領を増やす。今回の件で正規軍も我々への協力を拒む事が増えるだろう。オレムイスト家を討伐する為にもこれ以上の兵力の浪費は出来ん」
「父上、兄上にもっと兵力を提供して貰ってはどうでしょうか。ヴィルヘルムと和睦していったんサウカンペリオンを預けてしまえば7万もの兵力が浮きます。オレムイスト家の本国に攻め込むには十分足りるのではないでしょうか」
シクタレスは思案し、クシュワントに意見を問うた。
「ファスティオン様の提言には一理ありますが、今回の件で我々の名声は傷つきました。帝国に反旗を翻したヴィルヘルムを打倒し名声を回復する必要があります」
「しかしオレムイスト家に時間を与えれば瞬く間に10万の兵を整えるぞ」
「ユンリー将軍に恩赦を与えればよいかと。もともと前政権の汚職により彼が罪を着せられ逃亡せざるを得なくなったのです。同じ反乱軍にしても彼の場合はやむを得ない事情がありました。正規軍にも彼を評価する者は多く、彼に赦しを与える事で我々と正規軍の仲も修復できます」
「なるほど。一石二鳥三鳥とも言える策だ。早速特使を送ろう」
シクタレスはクシュワントに書状の原案を書くよう命じた。
「父上、将軍に帰参を求めるにしても彼の兵力が合流するまで時間がかかります。オレムイスト家の本国に攻め込むには早い方がよろしいのでは?」
「うむ。その点は傭兵を徴募する。そして正規軍の給与を増額し退役兵の年金も上げる予定だ」
退役兵に高給を約束して現役復帰させ、正規軍ではなくラキシタ家の直属兵として採用する。
「そんな資金があるのですか?」
「アルビッツィとは話がついた。彼らに利益誘導してやる代わりにガドエレ家を潰す。傭兵と本国で編成中の三万をこちらに集めて大体十二万ほどの遠征軍を起こせるだろう」
ユンリー将軍と彼と同盟関係にある反乱軍を合わせてさらに三万追加できる見込みだ。
「オレムイスト家はまだおそらく十万は集められると思います。他の皇家が彼らの味方につくとまだ足りないのでは?」
「バルディ家の旧臣にも声はかけている。そして仮に同数の兵力であっても連中とは対決する。冬が来る前に決着をつける為には来月には出陣しなければならん。本番はこれからだ。その為にはこれ以上帝都で諍いを起こすな!諸将は部下の管理を徹底せよ!!」
「「はっ」」
◇◆◇
シクタレスは部下に訓示を垂れた後、帝国の宮廷魔術師長に会いに行った。
宮廷魔術師達は何人か皇帝に従って蛮族戦線にいるが、彼は高齢なので帝都に残っていた。
「ギィエロ師、方伯家で起きた戦闘の事は聞いていると思いますが、死霊魔術が使われたとの報告があって、師に伺いたい」
「なんでしょう」
「我々は一晩で二千名以上の将兵を失いました。魔導騎士も四名戦死しています。現場からの報告では何百もの死者が起き上がって自分達に襲い掛かってきた、と。方伯家の守備戦力はせいぜい十名かそこらで増援は未熟な王子王女のみ。死霊魔術を使われた以外にこれほどの戦力の損失は考えられない」
ギィエロは笑って答えた。
「はは、その件ですか。新聞社からも意見を求められましたがあり得ません。かつての部門長シャフナザロフでさえ亡者創造の魔術を編み出しましたが、それを自由に操作するのは難しかった。せいぜい数名程度です。いくらコンスタンツィア殿が優秀な魔術師といえど何百もの亡者を操るなどあり得ない事です。それに我々の世代ならともかく、彼女が死霊魔術の奥義を知り得る事はあり得ません」
先代のアイラグリア家の皇帝コス、そしてカールマーンが即位した1407年には資料は完全に破棄されている、とギィエロは説明した。
「私もアールバードと帝位を争った身、その事は十分に承知しておりますが・・・」
「やはり貴方も人の子なのですね。部下の失態ではなく、コンスタンツィア殿に責任を求めたいのでしょうが諦めなさい。深夜で魔導装甲歩兵に遭遇し、メルセデスが屋敷に残した魔術の罠を食らい、兵士達は恐慌状態に陥って同士討ちをしてしまっただけです」
「・・・やはりそうですか。どうも未練がましくなっていたようです。お時間を取らせて申し訳ない」
「構いませんよ。陛下がお戻りにならず暇しておりましたし、出来れば早く帝国を元の平和な状態に戻して頂きたいものです」
「尽力致します」
シクタレスは次にガルストン議長に会い、今回の失態を詫びた。
そして帝国を健全な状態に戻す為、アンドラーシュをいったん宰相として新政府の人事を行い、行政府を建て直すよう協力を求めた。
シクタレスがあちこち走り回っている為、各市の制圧状況の報告も若干遅れていた。
前夜の交戦では帝国正規兵よりラキシタ家の私兵の方が被害が大きく、特に魔導騎士を失ったのは痛かった。ベルディッカスからは蛮族戦線から離脱したオレムイスト家の騎士がサウカンペリオンを強行突破したり、迂回して彼らの本国へ戻っているとの報告を受けている。
決戦前に無駄な戦力を浪費した事が悔しい。
オレムイスト家さえ潰してしまえば後はどうとでもなる。
ラキシタ家は実質百州を占有する事になり誰も対抗は出来ない、それまでは我慢だとシクタレスは自分に言い聞かせた。
普段は週に一度しか発行していない新聞各紙は、帝都に限った事だが今日はやけに速報を出してくる。シクタレスは帝都にある自身の離宮に戻る時、側近からその新聞のひとつを受け取った。
-新宰相アンドラーシュ様、方伯邸に直接赴き昨夜の出来事を謝罪-
-軍務大臣イドリース、司法長官ヘイルズの身柄をトゥレラ家の騎士が確保!-
「しまった、先をこされたぞ。クシュワント」
「かねてより皇帝への野心を表明しており、高慢な性格と思っておりましたが意外と腰が軽いようですな」
「トゥレラ家に主導権を渡してはならん。何か策は無いか?」
「アンドラーシュ殿の弟君、ベーラ様を登用して争わせればよろしいかと。アンドラーシュはベーラ様を排除しようと動く筈。それを新聞社に流しトゥレラ家の名声を落とし力を削ぐのです」
ラキシタ家としては死亡説が流れているカールマーンの代理としてトゥレラ家を旗頭に立てているので、それはアンドラーシュでもベーラでも構わない。
「わかった。その献策に従うとしよう。コンスタンツィア殿の所にはひとまずファスティオンを改めて謝罪に行かせ、館の再建資金は我が家から出すように」
「承知しました。指示を出しておきます。またアルビッツィへの借金が嵩みますな」
「次は鉄鎖銀行にでも借りるとしよう」
政治、経済、軍事、各方面でシクタレスの悩みは尽きない。
帝都の制圧には成功したがまだまだ盤石な体制は築けていなかった。
◇◆◇
シクタレスとの会談後、ギィエロは私室にやって来た鳥に声をかけた。
「とりあえず否定したが、コンスタンツィア殿の魔力は異常だ。話を聞く限り死霊魔術が使われたと判断するしかないぞ。イザスネストアス」
「あり得ん。彼女を指導した事もあるイーデンディオスもそういっている。彼女にそんな知識は無い」
「しかしだな、街中で大量の犠牲があった。軍団兵の被害は死者、重傷者2000名以上。一方コンスタンツィア殿は数人の使用人を失ったに過ぎん。古代兵器が有ったとはいえ、死霊魔術で同士討ちでもさせなければこんな被害は出ん」
「では、最高評議長に相談されるがよかろ」
死霊魔術部門は解体され資料は全て帝国魔術評議会が処分したと事になっている。
シャフナザロフの弟子はギィエロの魔導生命工学部門に移り監視されている為、コンスタンツィアを誰かが指導していた場合、ギィエロの失態となる。
「彼女はもう何十年も眠りについている」
「起こすなり何なり好きにするがいい。ではな」
イザスネストアスの使い魔はそれだけ言い残して飛び去った。
ギィエロは副評議長と相談し、最高評議長を眠りから覚ますのは避け、今回の件は無関係とすることにした。




