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荒くれ騎士の嘆き歌  作者: OWL
第一章 すれ違う人々(1425-1427)
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第30話 オルフィ・タルヴォ②

 長年慕ってくれていた弟のエドヴァルドが離れた事でタルヴォはいよいよ身近な人間がいなくなり、アイラクリオ公しか頼る相手がいなくなった。彼らが接近したことによりカトリーナ派の貴族から今まで招かれる事の無かった夜会にすら招かれるようになった。参加してみると今まで一定の距離を保ってきた連中もこぞってカトリーナ派に鞍替えしていた。


カトリーナの取り巻き四夫人の一人チャンテクレール夫人は言う。


「タルヴォ殿にもようやく運気が向いてまいりましたね。いずれきっと貴方に相応しい領地が与えられてよ」


おほほ、と甲高い声で笑う。

紋章院総裁の夫人、ペルトロットが言う。


「ま、ご領地?母親もわからないこの方が?夫はどのような紋章を授ければ宜しいのでしょう」

「酒と女の紋章で構わんじゃろうて!」


酔っぱらったどこぞの貴族の一人もそういった。

酒場女、娼婦がタルヴォの父親であろうと言われている事を嘲笑っているのだ。カトリーナも扇の向こうで上品に笑っているのが見える。しかしその目は蛇のように冷たい。


(ああ、そうか。こいつらは俺を見下して笑いものにする為に呼んだのか)


「あんたらレヴァンとヴァフタンが死んで浮かれているようだが、クスタンスがまた男子を産んだらどうするんだ?親父殿は今も週二日は通っているぞ」


彼らは酔っぱらった頭から冷や水を吹っ掛けられたような顔に変わった。

クスタンスはまだ30歳。十分子供が産める年齢だ。

息子二人を失って哀しんでいる彼女に同情してベルンハルトが通い、また子を成すかもしれない。ベルンハルトもまだ40歳にもならない。いま子が出来れば成人するまで王位を維持出来るだろう。


チャンテクレール夫人が気を取り直して反論する。


「まさか、あり得ないですわ。今は子供なんて作る気になれないでしょうし、カトリーナ様の元へは週三回は通っていらっしゃるのですもの」

「ほう、おかしな話だ」

「何がですの?」

「スーリヤ殿の所には週四回通っている、計算が合わない。・・・あぁ、そうかそうか」


タルヴォはもったいぶって手を打った。


「何が、『そうか』ですの?」

「簡単な話だ。カトリーナ殿の所へは夜しか通っていないんだろう?」

「当然の事じゃありませんの」


せんのって結局どっちだよ、分かり辛いんだよ!と言いたい所をタルヴォは我慢して話を続けた。


「クスタンス殿やスーリヤ殿の所へは昼間もちょくちょく通ってる。しかしカトリーナ殿には夜の閨にしか用がないってわけだ。ま、しかたないよな。スーリヤ殿は帝都の学院を卒業してるし、アルシアは貴族の女性にも公教育が開かれてる。学が無いのはカトリーナ殿だけ。しかし、カトリーナ殿は娼婦のように夫を喜ばせる事は出来ても会話で楽しませることはできない。だから夜しか用が無いってわけだ」


アッハッハとタルヴォは呵々大笑した。

ベルンハルトの妹婿ティーバ公はぷっと笑い、釣られて他の男性貴族も吹き出した。彼らにしても貴族の妻より高級娼婦の方が学がある場合に遭遇した覚えがある、それほどこの国の女性に学が無い。


 それらの目線に対するカトリーナの怒りをどのように表現すればいいだろうか。

地獄の神アイラカーラが地の底から響かせる怒りが溶岩と共に噴出したというべきだろうか、生命の女神をも腐らせる憎悪、嫉妬を司るアイラクーンディアの妬みの声というべきか。何人かの貴族はカトリーナの周囲からおぞましい魔力が噴き出したような錯覚を覚えた。


とにもかくにも邪神が乗り移ったようなカトリーナの憎しみの声を聞いて数人の女性が卒倒した。チャンテクレール夫人らはこの不届きものを捕えよと衛士に命じた。


「捕える?何の罪で?」


彼女達はそれには即答できない。そしてまたタルヴォは彼女達を嘲った。


「答えられないだろうなあ、お前達には。王でさえ違法な事をすれば裁きを受ける。俺に危害を加えれば罰を受けるのはお前達だ」


途中、衛士に向き直って警告されると衛士も二の足を踏む。タルヴォは一応王から認知をされている王の子には違いない。


「馬鹿め、お前らは黙って微笑んで酒席の花になってればいいんだよ。脳無し共が」


タルヴォは女性達への侮蔑を露わにした。


「貴方達男性が機会を与えてくれないだけでしょうが!」


チャンテクレール夫人は怒髪天を尽き、自ら掴みかかった。


「おっと」


タルヴォは足を引っかけて夫人を転ばせてさらに嘲る。

みかねたティーバ公が、衛兵に捕えて奥に下がらせるよう命令を下した。


「はっ、衛兵の手を煩わせるまでもない。もうこんな所に二度と来ないぜ」


そういってタルヴォは自ら立ち去った。


 ◇◆◇


 その日の出来事はカトリーナ派の貴族がベルンハルトに報告する前にティーバ公がベルンハルトに報告した。


「このままではまた争いが起きかねません。どうなさいますか?」


どうするのかと膝を詰められてベルンハルトは相手を値踏みする。

妹婿であり、数少ない頼れる近縁者であるが自家の存続を優先してこれまで王家とは距離を取られてきた。昨年の戦でも何の助力も無かった。


「タルヴォの事はきつく叱っておこう」

「それだけですか?このままではカトリーナ殿はともかくその取り巻きはこの世の春を謳歌おうかして自らの派閥に属さない者を次々潰していくでしょう。あの双子のように」

「ティーバ公、口を慎め。あの子達は事故死だ」

「二人とも、都合よく?」


捜査は継続中だが、ティーバ公は事故死を信じていないらしい。


「ま、いい。ところで療養中のご子息の具合はどうだ?パラムンだったか」

「は、おかげさまをもちまして改善しているようです」


王の侍医に見せる事が出来てよくなったというが、ベルンハルトは侍医から変化なしと報告を受けている。


「お世辞はいわんでいい。この国の医者の程度はよくわかっている。パラムンも我が子と年齢が近い、よかったらエドヴァルドと会わせてやってくれ」

「もちろん喜んで」

「きっとだぞ。パラムンも次男坊、エドヴァルドも末っ子で俺の後を継げない身。友人として親しくさせてやってくれ」

「有難いお言葉、承知致しました」


ティーバ公は期待した返事をはぐらかされ、失望して去っていった。


「さて、始末をつけるか・・・」


ベルンハルトは我が子を切る決意をした。


 ◇◆◇


 ベルンハルトは私室にタルヴォを呼び、ひとつひとつ言い含めるように話した。

カトリーナらと揉めた事を聞いたのだろうとタルヴォは神妙に出頭した。しかしベルンハルトはそれには触れなかった。


「まず、お前には将来ラリサの城代を任せるつもりだった」

「ラリサ?」

「我が国の最東端にある古代都市だ。昔から王の直轄領だが、今は代官を派遣している。お前が相応しい能力を身に付けたら与えるつもりだった。辺境の直轄領ゆえ他の貴族共にも文句はいわせん」

「なら、そういってくれれば・・・」


タルヴォは抗議の言葉をいいかけたが、ベルンハルトはそれを最後まで言わせなかった。冷たく見下ろす目は我が子に向けるものではなかった。


「お前は侮辱した女達のように待っていたのか?機会が与えられるのを」

「俺には家庭教師は割り当てられなかった。自力で学んだんだ!」

「自力?好きに城の図書室で本を読み、聞けば館長らが答えてくれる環境で?誰かに止められたか?」


ベルンハルトが内々に読み書きを教えてやるよういっておいただけだ。それを知るとタルヴォは愕然とする。


「お前が実績を示せば人の見る目も変わったろうに」

「実績?俺に何をどうやって示せというんだ!」


王の子なのに世間からは差別され、兄弟からも兄弟として扱われない。他の兄弟たちもみな違う女の腹から出て来たくせに!とタルヴォは鬱屈した怒りをぶちまけた。


「お前に能力があるなら蛮族戦線で示せば良かった。シセルギーテは女の身で勲功を立てて帝国騎士となった。この俺もお前の歳には蛮族と戦っていた。そして一人で蛮族戦線に義勇兵として参加した」


ベルンハルトは学生時代に帝都の闘技場から逃げ出した蛮族を追跡して倒し、その後自分の意思で蛮族戦線に義勇兵として参戦して帰国後に王に押し上げられた。

タルヴォは自分の甘さを自覚し、その抗議の声にも力が無くなっていく。


「俺をどうするんだ?」

「お前は神殿送りだ」

「そんなもん幽閉と一緒だろ・・・」

「レヴァンとヴァフタンに、そしてクスタンスに一生詫び続けて暮らせ」


タルヴォは幽鬼のようにのっそりと顔を上げてベルンハルトの目を見つめた。


「それはアイラクリオ公のせいだ」

「いうな!衛兵!連れて行け、こいつは王家の反逆者だ!」


衛兵に連行されていくタルヴォは最後に父親を振り返って一言漏らした。


「結局あんたも俺を捨てるんだな」

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2022/2/1
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