第3話 最古の王国の妖精王子
「父上、お呼びですか」
「ああ。鍛錬に熱心なようだな」
「はい。帝都に留学しても父上の名を汚さぬよう励んでおります」
ここは人類最古の王国フランデアン。
帝国と並び神話の時代から続いている王国だ。
建国王は妖精の民と神獣、周辺民族を率いて帝国を退け、子孫達も1,000年間帝国の猛攻を防いできた。最終的に講和して従属体制下に入ったが、それから4,000年間他の200国と違って駐留軍も無く特権的地位を得ている。
その王城で妖精王が若い息子を呼び出していた。
「イザスネストアスも褒めていた。将来帝国の宮廷魔術師にさえなれると」
「それは褒め言葉なのですか?」
「さあな。だが、その年で幻力も魔術も使いこなせるとはたいしたものだ」
父王の賞賛の言葉に王子は首を横に振った。
「こんな力、王には不要です」
確かに、と王は頷いた。
戦いは騎士に、魔術は魔術師に任せればいい。
「では王に必要なものとはなんだ?」
「それは・・・今学んでいる所です。ただ父上のように妖精の民達を、母上達を守り敵を倒したいと思います」
少年の父は14歳の時に母を単身敵地から救いだして妻とし、東方圏最大の国々を同時に敵に回して全て打ち倒した。伝統だけが取り柄と言われた国を一気に発展させ、東方圏最大の国土と財力を持つ国に育て上げた。
少年は長い戦争の最中に城兵達からそんな父の武勲譚を聞いて育った。
滅多に会えなかったがずっと誇りに思ってきた。長男として王位を継ぐ決意を既に固めている。
「我々に敵などもういないさ」
騎士王たる父に憧れる王子にとっては悔しい事だ。父があまりにも偉大過ぎて倒すべき敵がいなくなってしまった。
父は父で別の思惑がある。
フランデアンはかなり無理をして戦いを続けた為に莫大な借金を帝国の鉄鎖銀行から負っている。打ち倒した国々からはほとんど賠償金は得られなかった。
妖精王などと称されるシャールミンにとって息子の前で借金が最大の敵だとは言えなかった。統治者の苦悩はいずれ息子にも分かるだろうから今は言うまでもない。
敵はいないというわりに苦悩に満ちた顔を見せる父に少年は怪訝な顔をする。
さて、王と王子は玉座の間で会話をしているのだが、周辺には騎士や侍女達も控えている。そして愛らしい猫もいて、のんきな侍女が猫達と戯れていた。
ここはそんな風にわりと緩いお国柄である。
フランデアン王国は獅子の神獣を国旗として使い、建国王と共に戦った神獣クーシャントは王家の象徴でもある。その威厳のある国旗が掲げられた玉座の間なのだが、妖精の民は小柄で愛らしいのでどうにもアンバランスだった。
「さて、お前を呼び出したのは他でもない。ダルムント方伯の御令嬢が巡礼の為に通行許可を求めて来た。フィリップ、お前には彼女の護衛を命じる。騎士達と共に迎えに行け」
小柄な王はせいぜい威厳を出して息子に命じた。
「ご命令とあらば構いませんが、帝国貴族ならご自分の護衛も連れてきているのでは?」
「もちろん聖堂騎士も一緒だが、こちらは領内の人口増加に衛兵が追い付いていない。つまらない犯罪に巻き込まれても困る。年齢も近いし、領内を通る時はお前も常に側にいてやれ」
周辺の大国を滅ぼして恨みを買っているし、各地から商人もやってきて詐欺師も紛れ込んでいる。戦時中から大規模な運河工事を行っていて仕事にありつこうとやってきた労働者も増えた。最大の問題は国内の大貴族の当主が大戦でほとんど戦死してしまい、各地の統治能力が大幅に低下している事である。
「巡礼者の一行は方伯の御令嬢と友人も女子ばっかりなんですよね?」
女性達につきっきりというのはめんどくさそうだぞ、と王子はちょっと嫌がった。
「ああ、プリシラが・・・イーネフィール女公がセイラを先に迎えにやっている」
「セイラも一緒なんですね」
「ああ、船で来るからな」
「ではヴェッカーハーフェンへ?」
「そうだ、自由都市で合流するように」
相手の御令嬢はまだ少女なので陸路の長旅は辛く、船で巡礼にやってくる。
それに陸路だと戦争終結後に帝国の保護観察領となった旧スパーニア領を通る事になるので危険と判断したようだ。
「選帝侯の長女だ、東方で事件に巻き込まれては困る。目を離さないようにな」
「承知しました」
少年は大変なお役目を仰せつかり決意に燃えていたが、近づいて来た猫が甘えてにゃーにゃーと鳴きついてきた。王の方にも一匹の猫が肩に乗っている。
いまひとつ恰好がつかない。
「エリン!玉座の間に猫を連れ込むな!」
「はーい、よく注意しておきます」
猫がそんな注意を聞くわけないので、侍女に王の命令を聞く気がないのが察せられた。
「まったく・・・!」
東方圏の大君主として君臨している妖精王の叱責も侍女には効果がない。
妖精の民出身の女性で人の礼儀をいまひとつ真剣に考えてはいなかった。
妖精の民は様々な特徴を持つが、王家の一族は少しふさふさした耳と星のように輝く瞳が特徴的である。そんな変わった容姿を持つ妖精の民は迫害を恐れてフランデアンからは出て行こうとしない。
「ちょっと増えすぎなんじゃないか?」
王が侍女に非難するように言った。
「じゃあ、丁度いいからそのお嬢様におすそ分けしましょうか。また増えちゃって」
「ティラーノの猫がまだ増えるのか・・・。巡礼の最中に押し付けられても困るだろう」
王は渋面だった。
帝国にとって最大の同盟者であるフランデアンから贈られたとあれば向こうは喜んで受け取るといわざるを得ないだろうが無用な貸しを作りたくは無い。
「何言ってるんですか。猫といえば多産、安産の象徴。そして帝国といえば何ですか、フィリップ王子」
突然侍女が王子に水を向けた。
「え?えーと豊穣の女神を崇める国?あ、そうか。だから猫を贈ろうというわけですね」
「そういうことです。帝国の女性が巡礼の旅に来ると言えば大地母神の神々の聖地巡りや聖女関連でしょう。大地母神ノリッティンジェンシェーレは猫や兎を大事にしていたんですからきっと喜びますよ。若様も会話のネタが増えて嬉しいですよね?」
「え、うん。そうだね」
フィリップ王子は侍女の剣幕に押されて頷いた。
「良かったらウチの娘やゲルドも連れて行きますか?」
「ついて来てくれると助かるけど、自由都市まで行くんだよ?」
「ヴェイルくんも一緒なら大丈夫ですよ」
あてにされた騎士、ヴェイルオールは複雑な表情だ。
警護対象が増えるのは望ましくはない。
侍女の娘やその友人も妖精の民の特徴が濃いのであまり王都や妖精の森から離れる事は無いが、今回は護衛が大勢いるので侍女は社会の見学に出したいと考えたようだ。フィリップも御令嬢の話し相手を自分ひとりで務めるのは御免蒙りたかったので有難く応じた。
こうしてフィリップ王子は妖精の民の女性達を連れて帝国有数の名門貴族の女性を迎えに行った。