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荒くれ騎士の嘆き歌  作者: OWL
第六章 死灰復燃~前編~(1431年)
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第24話 コンスタンツィア邸攻防戦⑧ ~恋の花矢~

「ねえ、聞いた?愛の告白に来たのですって」


エドヴァルドが去るとコンスタンツィアは少しばかり嬉しそうにヴァネッサに話しかけた。今度は時々何故か妙に子供っぽくなるめんどくさいコンスタンツィアが出てきたとヴァネッサは途方に暮れる。


もう十分弄られているのに・・・。


「聞きましたよ、それにしても台風みたいな子ですね」


告白を邪魔されて怒ったエドヴァルドが屋敷のあちこちで敵兵を追いかけまわしている。『トルヴァシュトラの槍』を乱発しているようで屋敷が次々と破壊されて轟音が鳴り響いていた。


「愛欲と破壊衝動って実は近い感情なのですって。精神分析学の本で読んだ事があるわ」

「じゃあ、お姉様に対してあれくらい強い感情を持て余してるって事ですか?こわっ」

「東方の大神ガーウディームは暴風神。破壊神ともいわれる方でトルヴァシュトラの兄神だもの。きっとご加護が強いのよ」

「・・・なんで満更でもなさそうに頷いているんですか?」


雑兵はエドヴァルド一人でもなんとかなりそうだったが、外では魔導装甲歩兵が倒されてしまった。


次は魔導騎士が来る。


「彼、殺されてしまいますよ」


王族のエドヴァルドはそこらの魔導騎士より恵まれた魔力はあるが、敵の方が数が多い。それにエドヴァルドは普段着で鎧ひとつ付けていない。フィリップの時のような搦め手も通じないだろうし、熟練の騎士とは技術的にまだ比較にもならないだろう。


「心配してくれるのね」

「仕方ありません。命がけで本当に助けに来てくれたんですから」


コンスタンツィアのお相手としてはともかく来てくれた事には感謝して心配するのは当然、とヴァネッサも認めた。


「それで私はいつまでこんな恰好を続けなければいけないんですか?」


ウサ耳を付けたままのヴァネッサはさすがに仏頂面だ。


「魔導騎士がここまで乗り込んで来たら、わたくしの魔術では対抗出来ないわ」

「はぁ・・・」


それが何の関係があるのだろうか、ヴァネッサも困惑する。


「唯一の勝機があるとすれば虚を突いて精神を乗っ取る事。本で読んだのだけれど、剣術でも素っ頓狂な声を出したり、色んな方法で敵の虚を突いて圧倒する戦法があるそうなの。でもわたくしは大声出したり奇矯な動作で目くらましをしたりなんて出来ないからどうしたらいいか考えたわ」

「・・・で?」

「場違いに可愛らしいヴァネッサを見たら敵も驚くかと思って」

「え・・・と?本気でおっしゃっています?」


ヴァネッサにはコンスタンツィアの思考についていけない時がしばしばある。


「本気よ、精神を惑わした隙に魅了の魔術をしかけるの」


精神に干渉する目に見えない魔術こそが魔術の神髄であるとは昔遭難した時にも聞いて研究してきた。ヴァネッサは侍女であり、助手でもある。それを試すというのは理解出来る。火の玉をぶつけても鋭い石槍を全方位から飛ばしても魔導騎士は倒せない。現象界からの干渉ではほぼ無敵、ではどうすればよいかといえばコンスタンツィアの得意分野で排除しようというのは当然の成り行きだ。


「私を媒介に使うなんて無理ですよ、絶対!」


コンスタンツィアには愛されているが、そこまで自信はないヴァネッサだった。

いくら魔術で幻惑して自分を誇張されても無理では?と思ったが、それは勘違いですぐにコンスタンツィアが説明する。


「お婆様の遺産から発見した恋の女神エロスの神器の複製品を当てて魔導騎士達を同士討ちに追い込むのよ。それ以外、勝算が思いつかないわ」


祖母の研究室の中から曾祖母シュヴェリーンが恋人に使った神器、恋愛の女神エロスの弓を模した物が見つかったのでそれを試してみるつもりだった。日記を読む限り本物は返却した筈だが、複製品らしき物が残っていた。あるいは複製品を返却して、こちらが本物なのかもしれない。


虚を突いた隙にそれを当てる。


「じゃあ、お姉様も一緒につけてくださいよ」


ヴァネッサはぴこぴこと兎耳を動かした。


「わたくしには威厳というものが必要だわ」

「ずるい!」


ヴァネッサの抗議を無視して、コンスタンツィアは館の内外に設置されている『魔術の目』を起動した。立体映像が装置から浮かび上がる。


「魔導騎士は大分減ったみたいね。一応説得してみましょう」


魔導装甲歩兵二体で数人しか倒せなかった。一体動かすのに三十人分の魔導騎士のコストがかかるのでとても割に合わない。


「古代兵器も大した事ないんですね」

「人間の方が量産可能だなんて皮肉よね」


相槌を打ち、次にコンスタンツィアは館の内外の拡声装置に魔力を通して、敵兵に呼びかけた。


<<皇帝の忠実なる右腕にして最古の家臣である我がダルムント方伯家に攻めよせる暴徒に告ぐ。そしてこの暴徒の被害を受けた周辺の住民達よ、聞くがいい。わたくしはコンスタンツィア・シュベリーン・ダルムント。わたくしは決して捕虜になって辱めは受けません。このわたくしは連行されるくらいなら死を選びます。祖父、選帝侯オットー・ビクトル・クリストホフ・ダルムントは今回の暴挙を決して許しません。ラキシタ家、トゥレラ家、フリギア家、そして彼らに雇われた兵士達、帝国軍団兵も全て我が祖父の怒りを受ける事になるでしょう。このわたくしを殺し、祖父に一族を抹殺される覚悟がある者だけが挑んでらっしゃい>>


この宣告で魔導騎士が数人撤退していった。

何が何だかわからず増援で呼ばれただけの敵兵も顔を見合わせていくらか去っていく。


「あら?なんで帰っていくのかしら?」


コンスタンツィアは自分の覚悟を示し、気合を入れる為、なかば自分の為に敵兵に声をかけたのだが思ったより効果があった。ヤドヴィカの話では敵兵はもっと強硬な態度に出ていた筈なのに、と訝しがる。最初から覚悟の上で攻めて来たのではないのだろうか。


「意外と根性無しですね」


ここまでやったのだから今さらコンスタンツィアの脅しで撤退するとは思えずヴァネッサも困惑顔だ。追い詰められ、最後の決戦前の決意表明のつもりだったのに敵が帰っていくので二人は顔を見合せて首を傾げた。


 ◇◆◇


「とはいえ、まだいくらかは残っているわね」

「それも一番厄介そうな人達ですね」


監視装置で見た相手の顔の中に有名人と学院付けの帝国騎士が居たので二人とも警戒した。


「エドと鉢合わせになると不味いからこちらに誘導しましょう」

「えええ、彼は守りに来たんですから本望じゃないですか?」

「あの子を死なせたりはしません」


嫌がるヴァネッサをコンスタンツィアは叱った。


「さ、お婆様の遺品が入った箱を取って来て」


ヴァネッサは言いつけ通りにして恋の女神の神器らしきものを取り出したが、その一本に眉を顰める。


『エロスの花矢』は花のつぼみのような形をしていて、対象に刺さった後に開いて咲いた花のようになる。シュヴェリーンやメルセデスが試して研究した所によると精神に影響を与えて恋心で操る事も出来る。他の神々にも同じような神器があり、花矢のうちのいくつかは聖なる効果で亡者を払ったり、対象の心を落ち着かせたりするものが伝承で伝えられていた。


ヴァネッサが何気なく取り出して渡そうとした一本の形状がつぼみのようで特殊な形をしていた。


「なんですか、これ?」

「さっき説明したじゃない」

「でも・・・なんか形が卑猥じゃないですか?」

「どこが?」

「だって・・・これ男性の」

「なあに?」


ヴァネッサは真っ赤になって掴んだものをみつめてぷるぷると震えていた。

コンスタンツィアは悪戯っぽい顔をしたままヴァネッサを見つめている。

こういう時のコンスタンツィアは絶対に何が何でも最後まで言わせようとする。

そしてその後、恥ずかしがるヴァネッサにご褒美をくれるのだった。

めんどくさいコンスタンツィアだが、ヴァネッサにとっては愛情あふれる相手で嫌いではない。しかたなく望まれるままに口にした。


「だって、これ男性のせ、生殖器みたいな形じゃないですか」

「恋の女神の矢ですもの」


コンスタンツィアは当然でしょうという顔をして、ヴァネッサに笑いかけた。


「なんで恋の女神の矢だから当然なんです?」

「恋矢って生殖器の暗喩よ?昔はモレスの男根を見ても笑ってたのに、いつの間にヴァネッサったらこんなに恥ずかしがり屋さんになっちゃったのかしら」

「お、お姉様のせいですよっ!」


迎え討つ準備は済み、しばらくはこれ以上やる事がないので二人は親密な時を過ごした。


※恋矢

カタツムリの生殖器。

槍状のもので交尾の際に使われる。


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2022/2/1
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