表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
荒くれ騎士の嘆き歌  作者: OWL
第六章 死灰復燃~前編~(1431年)
296/372

第21話 コンスタンツィア邸攻防戦⑤ ~銀の狩人~

 コンスタンツィアに議会への出席命令が来るより少し前に話は戻る。


 5月にマグナウラ院は1431年度の講義を予定通り開始した。

ストリゴニアでラキシタ家が勝利し帝都に再び迫っているという知らせはあったものの、これまで通り市民生活を送れというお触れもあり、マグナウラ院の校長は予定通り開校させた。


理事長のフォーンコルヌ家当主も副理事のシャルカ家の当主もさっさと帝都から抜け出しているので校長は彼らに相談する事も出来なかった。

アージェンタ市教育委員会から来た理事とコンスタンツィア、レクサンデリが学院を通常通り運営する事に同意したので開校したのだが、ラキシタ家の渡河作戦が始まると市街戦を予期してすぐに休校とした。


そんなわけでエドヴァルドは暇になってしまった。

ソラの提案で知人を集めて仕事を始める事にした。


「新ミニットマンサービス?」


エドヴァルドは聞きなれない言葉に首を傾げた。


「そうだ、宅配業だけどな」


市街の状況はしっちゃかめっちゃかでラキシタ家、トゥレラ家、帝国正規兵、自警団、内務省治安部隊、大規模な商会の傭兵、警察が勢力争いをしている。

それでも生きていくためには人々には生活必需品は必要で、店を経営し、水道を稼働させ、生活基盤をメンテナンスし、物流を動かさなければならない。


「で、食料品とか生活必需品とか配達物を富裕層に運んでやるって?」

「いい稼ぎになると思うんだよ。治安は最悪だし、犯罪組織は好き放題してるし、それでも金持ちは今まで通りの生活を送りたい」


彼らは学院の印刷機を勝手に使ってビラを作りほうぼうに撒いて事業を起こした。イルハンも手伝おうとしたが、彼には外の仕事は危険なので金の管理を任せた。エドヴァルドは知り合いのイーヴァルを誘った所、北方圏の留学生達が現金を欲しがって俺も俺もと集まり、学院の生徒、ソラの知人など合わせて五百名ほどの集団になった。


 ◇◆◇


 6月に入ると評判は広まり彼らの事業は好評で、たまに諸勢力の検問で荷物を徴発されそうになったが、自らの身分を明らかにすると大抵引き下がった。何といっても外国の留学生達の集まりである。不逮捕特権もあり、争いになっても強引に突破も出来たので顧客から危険手当も弾んで貰ってなかなかの稼ぎになった。


ある日、エドヴァルドが住んでいる男子寮に女性の来客があった。

褐色の肌に銀の髪、帝国では滅多にみないタイプである。


「エドヴァルド、ゴ主人、会エタ!」

「は?」


喜びに目を輝かせた女性が抱き着いてきたが、エドヴァルドは相手が誰だかわからない。


「なんだエドヴァルド。お前奴隷でも飼ってたのか?」

「いや、違う。俺は奴隷なんて持ってない」「ハイ」

「えっ?」


エドヴァルドは否定したが、相手は即座に肯定したので慌てる。

玄関口だったので抱き着いている男女に通行人がひゅーひゅー囃し立てた。


「あの・・・誰だお前?困るんだけど・・・」

「ゴ主人サマ。私ノ事忘レタ?言ワレタ通リ言葉覚エテキタ」

「?」


困惑するエドヴァルドに次の来客が現れてこの娘が誰なのかを教えてくれた。


「おーい、ダーナ。一人で行くなよ」

「あれ、パラムン?また来たのか?ダーナって・・・あ、ヴァニエ?」


パラムンとは昨年別れてからまだ半年ほど。

ほとんどとんぼ返りの筈だ。


「そうだよ、エド。前に奴隷を買って連れ帰ったろ。あの『エイダーナの娘』のお嬢さん」

「ああっ!あの時の」


そういえばそうだった。

コンスタンツィアが儀式に介入してしまい、部族を追い出されて奴隷商人に拉致されたのを買い取ったのだった。ラリサで侍女にしたが、言葉もわからないのでトレイボーンに任せきりだった。しばらく見ない間に随分成長していた。


「そういやこの前、ラリサで暮らすのは辛いって言ってたな。もう連れて来たのか。パラムンがわざわざ?」

「パルナヴァーズ爺さんも一緒だよ。それについでなんだ。うちの蔵屋敷を帝都に建てたって言ったじゃん?内乱で巻き込まれないようにうちの権益を守れって父上の指示でさ」

「ああ、なるほど」

「で、傭兵集めてたら爺さんが彼女を連れてやってきて俺らも連れてけって」


ティーバ公は帝都の騒然とした状況を息子から聞いたが、進出したばかりの帝国で投資を失うのが惜しく法律上許容されている最大規模の兵力を送り込んできた。


「あの爺さんは頼りにしていいのかどうか悩むんだよなあ・・・」

「それより引っ越したっていうからそっちに行ったらまた引っ越したって言われたし。さんざん探してみたら普通に学院にいるし・・・困るぜまったく。なんか前より治安悪くなってるし」


パラムンの愚痴に悪い悪いと誤り、エドヴァルドはひとまず抱き着いているダーナを引き剥がした。


「ここは男子寮だ。悪いがこいつは連れ帰ってくれ」

「ワタシ、チャント侍女ノ仕事覚エタ。オ世話スル」

「駄目なんだって」


叱られたダーナは悲しそうにするがこればかりは譲れない。全校生徒の噂になってしまう。それは非常に不味い。


「ダーナ、チャントオシゴト教ワッタ。オイテクダサイ。ラリサ、オシゴトナイ」


ラリサの人々は割と閉鎖的だ。

エドヴァルドの後見が無くなった彼女は身の置き所が無かった。


「おお、いいじゃん。エド、やって貰えよ。要らないなら俺にくれ」


ソラはダーナの容姿が結構気に入ったらしい。


「駄目だって。俺は人身売買なんかする気はない。ダーナも行くところがないから引き取っただけだ。それにしてもあのクソ爺ども何教え込んでんだ。俺はお前に自由に自分の人生を生きて欲しいんだよ」


ラリサにいた頃はエドヴァルドの奴隷という身分にしておけば身体の安全は保証出来た。侍女にしたのは彼女を守ってやるつもりで、同盟市民連合外でも生きていける教養を与えたら自由の身にするつもりだった。


「エイダーナハ狩人。ワタシモ狩リは得意。帝国ノ状況モ理解シテル。故郷カエレナイ。ダカラゴ主人サマト新タナ部族ツクル」


彼女は一見、未開の部族風だったが学者達に教え込まれて十分な教養を得て考えた上でついてきていた。


「とにかく、急に来られても困るんだよ。帰れないならパラムンの仕事を手伝ってやってくれ」


エドヴァルドは邪険に追い払おうとしたがソラは別の提案をもちかけた。


「いや、いいじゃないか。俺らの仕事を手伝って貰えば。出来るだけ大勢で固まって行動した方が余計なトラブルも避けられる」

「むう・・・。じゃあ家はパラムンに世話して貰え。手伝うのは許す」

「ハーイ」


それからダーナもエドヴァルドやソラ達の事業に加わった。


 ◇◆◇


「なあ、イリーどうしよう」

「またあ?」


夜、イルハンがもう寝ようと寝巻に着替えているとエドヴァルドが乱入してきた。


「うん、またなんだ。すまん」


着替えからは目を逸らしたが、部屋から出ていく事は無く相談を続けた。


「なあ、イリー、お前知ってる?あの『エイダーナの娘達』っていう部族、男狩りして部族を維持してきた連中なんだ。部族の支配領域を通行している男から好みの奴を選んで拉致するんだよ。だからさ・・・その」

「エディも拉致されちゃうって?」

「だって見たろ?あいつの目、絶対、俺の事狙ってる」


別れ際にも誘惑するような流し目を送っていた。


「狩人だもんね。いいじゃん、別に。可愛い子だし」

「だから不味いんだって、俺は誘惑されたらあっさり負ける自信がある!」

「自信もって言う事?」


イルハンは呆れるが、年頃なのでどうしようもない。

いわば発情期真っ最中だ。

子種を貰ってじゃあさよならというあっさりした部族で、しかも奴隷の身分、向こうはこちらの考えている事さえお見通しで、都合のいい侍女という立場を利用して誘惑してくる。


「結局、コンスタンツィアさんに嫌われるのが怖いんでしょ?さっさと告白して状況説明すればいいのに。もともと彼女が奴隷になったのはコンスタンツィアさんのせいでもあるんだからさ。今のうちに言っちゃえばそんなに怒らないと思うよ」


時間をあければあけるほど不味い状況になるとイルハンは諭した。


「よし、んじゃ。明日仕事が終ったらさっそく彼女の家に行ってこよう。ありがとなイリー。持つべきものは親友だぜ」

「今度はボクの相談にも乗ってよね」

「おうとも」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ブックマーク、ご感想頂けると幸いです

2022/2/1
小説家になろうに「いいね」機能が実装されました。
感想書いたりするのはちょっと億劫だな~という方もなんらかのリアクション取っていただけると作者の励みになりますのでよろしくお願いします。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ