第20話 コンスタンツィア邸攻防戦➃ ~夢魔の館~
少しばかり時は戻り、いまだ戦端が開かれていない頃の屋敷の中の出来事。
コンスタンツィアはヴァネッサと親密な時を過ごしていた。
帝国は兎やら、犬、猫多産、安全の生物を聖獣として尊重している。
ペットとしても愛されていたし、肖像画ではそれらと一緒に描かれる事を望む。
パーティの給仕やら仮装舞踏会でも人気の衣装だ。
コンスタンツィアは自分でそういう仮装をするのは恥ずかしいのでいつもヴァネッサに着させて楽しんでいる。この日もそうだった。
「あの・・・お姉様。私もそろそろこういう服装は恥ずかしいんですけど」
背が高いとあまり似合わない可愛らしい衣装なのでもっぱら子供服だとか、背の低い外国人を給仕に雇って着させるものだ。ヴァネッサは仲間内ではコンスタンツィアの次に背が高いのでもうあまり似合わない。
「まだまだ可愛いわよ」
子供の頃のように可愛がってもらえるのは嬉しかったが、ヴァネッサはどうにも周囲の様子が気になった。
「議会に来いとかなんとか外で怒鳴ってますけど・・・」
「今、忙しいの」
ヴァネッサの髪を梳き、兎の耳の位置を直しながら適当に返事した。
「気もそぞろといった感じですが、何かありました?」
「・・・実はこの前、幽体投射してエドの家に行ったのよ」
「はぁ・・・それで?」
何か聞きたくない話が始まりそうだぞ、とヴァネッサは警戒する。
「どうしても夢見術で何処まで出来るか確かめたくて、寝ている彼の体に合わせてみたら夢の中に入れてしまったの」
「はぁ・・・メルセデス様がお得意とされた魔術ですよね」
「それでね、わたくしのことどう思ってるか聞いてみたら『好き!お嫁さんに来てください』ですって。可愛いわよね」
「・・・はぁ、ソレは知ってますが面と向かって言えないあたりまだ子供ですよね」
ヴァネッサは呆れる。帝国人だったらさっさと婚約を申し込んでる所だ。東方人が何故あんなにうじうじしているのか意味が分からない。ソフィーを見習う必要はないが、愛してるならやることは決まってるのに。
「わたくしもそう思ってちょっと挑発してみたの。どうせ夢の中だし」
「で・・・、何かあったんですか?」
「彼ったらわたくしの胸にむしゃぶりついてきて赤ちゃんみたいだった」
「・・・もう聞きたくないんですが」
外では悲鳴が聞こえている。
石像が動き出して、勝手に入り込んできたラキシタ家の兵士らを踏みつぶしていた。
「なんだかわたくしも幸せな気分になってそのまま許してたんだけど、気がついたら押し倒されちゃってた。この場合、わたくしが夜這いした事になるのかしら?それとも彼?」
「知りませんって!」
ヴァネッサは悲鳴のような声を上げた。
「何よ、冷たいわね」
「所詮夢じゃないですか、実際に押し倒されてから相談してくださいよ。あの子にそんな度胸ないと思いますけど」
「夢と言ってもある意味本体よ?」
「じゃあ、お姉様は彼に押し倒されても別に構わなかったんですよね?それが本心なら後悔しないよう彼に迫ればいいじゃないですか」
「でも・・・四歳差だし?わたくしを見る目に遠慮があるし・・・いい子だとは思うけど、小さな子は趣味じゃないし。好かれるのは嬉しいのですけどね。わたくしには恋愛とかは無理よ」
図体に似合わず女から迫るなんて、とコンスタンツィアはうじうじと悩んでいる。
恋愛結婚など望むべくもない生まれで、結婚する気はあっても恋愛を楽しむような日が来るとは思ってもみなかった。完全に対象外だった。
「十年経てば大して変わりませんよ。それにお館様がこっちに干渉できないうちに既成事実作って籍入れちゃえばいいんじゃないですか?」
コンスタンツィアは成人年齢であり、法律上親の同意は必要ない。
方伯家の私領内では認められずとも、今のうちに法務省と紋章院で受理させることは難しくない。一生故郷に帰れなくはなるが、別に愛着は無かった。
「私が男だったらとっくにお姉様を押し倒してお館様に反対されても連れ去っちゃってますけどね」
「実際に押し倒されちゃったのは貴女よね」
コンスタンツィアはふふっと笑った。
「むっ。休校中に誰かに取られちゃうかもしれませんからね」
ヴァネッサは昔の約束通りコンスタンツィアの邪魔はせず見守っているのに揶揄われるとちょっと腹立たしい。
外では砲撃音まで鳴り響いて窓が震えているが、狙われているのは石像で屋敷ではない。少しカーテンを開けてみてみるが、石像二体は何事もなく立っている。
「魔導装甲歩兵に砲撃が通用すると思っているのかしら?ラキシタ家も所詮新帝国の皇家よね」
実際に攻め込んできたのはラキシタ家ではなく大半が帝国正規軍だったが、ストリゴニアの戦い以来、主導権はラキシタ家にあると考えており、概ね間違ってはいなかった。
「少し削れてるみたいですよ」
メルセデスの魔導装甲歩兵の自動防衛対象に敷地外は設定されていないので、外から砲撃を受け続けている限り、いつかは倒れてしまいそうだった。
「あら、現象界の力も馬鹿にしたものじゃないのね」
それとも装甲が劣化してしまっていたのかとコンスタンツィアは首を傾げた。
「あーあ、美しいお庭が踏み荒らされて血の海ですよ」
「敷地に入ってこなければ死なずに済んだのに。今度は外にも庭石を投げつけられるように改造してみますか」
窓から戦況を眺めているコンスタンツィアにもそれほど余裕があるわけではない。
「少しは同情していたのに嫌な連中。お姉様を逆恨みするなんて」
砲弾が尽きたのか、砲兵の射撃が止んだ。
向こうの指揮官が出てきて投降を呼びかけて来たがコンスタンツィアは無視した。
倒れた人間を救助に来た者、後退していく者に装甲歩兵が追い打ちをかける事は遠隔操作で止めた。
コンスタンツィアは大声をあげて返事をするようなみっともない真似をする気はなかったし、家人を危険にさらして言伝を与える気も無かった。
「強制連行された挙句望みもしない法案に投票させられるなんて冗談じゃないわ。わたくしはこの屋敷から出て行ったりしませんからね」
コンスタンツィアは憤然としている。
ちょうど報告に来た侍女も頷いた。
「徹底抗戦しましょう。籠城よ、ヤドヴィカ」
「はい、お館様も中立を良しとされるでしょう。食料は十分にありますし、水道も止まっていません。よしんば止められても井戸もありますし、お庭の池は地下で運河にも通じております。何ヶ月でも持ちこたえられるでしょう」
「問題はあの二体ね」
正門から来る分には魔導装甲歩兵二体で守り切れるが広い敷地の周囲や隣家から入ってこようとされると防ぎきれない。館内に入って来た場合でも魔術装具の防衛機構があるが、数が多いと備蓄の魔力も尽きる。
コンスタンツィアは試みに幽体投射を行い魔導装甲歩兵に乗り移ってみた。
「あら、いけそうね。ヴァネッサ。こっちのわたくしを見ておいてね」
コンスタンツィアは一体を操って敷地を越えて戦槌を操り、固まっていた敵集団に飛び込ませた。雑兵では対抗できず、敷地外に出てこなかった巨像に油断していた彼らは密集しており、虚を突かれて多大な損害を出した。
◇◆◇
「見ておいてね・・・って言われましてもねえ。お姉様はいつも通りですよね」
「・・・えぇ、そうね。少し考え方が異なるだけ」
コンスタンツィアは魔術の研究、制御用に複数の仮想人格を使う事がある。
並列処理の一種なのだろうと解釈していた。
「考え方ですか?」
「・・・自分の中で議論をするのに都合がいいの。合理的な自分、感情を優先する自分、利益、道徳、何を優先すべきを極端化した自分同士で議論して理論を煮詰めるのよ」
「今、私の前にいるお姉様は?」
「男の子に好かれ浮かれた自分は飛んで行ったわ」
そう言い放つ今のコンスタンツィアは若干冷たい感じがする。
「ヤドヴィカ、皆の避難は済んでいるでしょうね?」
「はい、お嬢様」
「貴女もよ。地下室にいなさい」
「お嬢様がこの部屋を動かれないのに私が退避するわけには・・・」
「事情がよくわかっていない者達は不安がっているでしょうし、何があったのかと出て来たら人質にされてしまうわ」
コンスタンツィアは抗弁を許さずヤドヴィカに使用人を取りまとめて落ち着かせるよう指示を徹底させた。
「お姉様、私は最後までお姉様とご一緒しますよ」
「わかっているわ」
ヴァネッサは「見ておいてね」と頼まれたので動く気は無かった。目の前のコンスタンツィアも承知している。
「でも、どうしましょうか?」
理性で判断するなら軍隊相手にいつまでも持ちこたえられないだろうとヴァネッサは考えた。このコンスタンツィアも同じ筈だ。
「軍隊には軍隊をぶつけるまで。お遊びの魔術はおしまい」
手加減していたコンスタンツィアの人格は装甲歩兵へと乗り移った。
そして甘い感情を排除したコンスタンツィアは己の身を護る事に持てる能力の全てを出し始めた。
その途端、大軍で突撃してきた帝国兵が瞬時に肉塊へと変わる。
監視用の魔術装具を確認していたヴァネッサは庭の惨状に目を背けた。
「『軍隊』って何の話ですか?もう終っちゃったみたいですけど」
「いやあね、ヴァネッサ。まだこれからよ。今のはもともと設置してあったものを手動で起動しただけ」
ラキシタ家の魔術師に制御塔から切り離されたが、そんなものはコンスタンツィアが直接起動すれば済むだけの話で安心して突撃した帝国兵は馬鹿を見た。
しかし、まだまだ大軍が控えている。
「本番はこれから」
コンスタンツィアは罠を起動する為に手にした魔術の杖を捨て去って立ち上がった。
「夢魔の館に押し入る愚か者共。真の魔術というものを思い知るがいいわ」




