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荒くれ騎士の嘆き歌  作者: OWL
第六章 死灰復燃~前編~(1431年)
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第16話 とある軍団長の割と不幸な一日

 新帝国暦1431年6月18日。


一部閣僚が発見出来ず、シクタレスは制圧を後回しにしていたアージェンタ市にも帝国正規軍一個軍団とラキシタ家の将兵などからなる混成軍団を送っていた。

軍団長はアルワリフ少将、ストリゴニア州でシクタレスに後背から回り込まれて降伏した将軍である。


 マッサリア戦役時の軍制改革で混成軍団を率いるのは中将以上と定められたにも関わらずアルワリフはまだ少将で混成の大軍団を率いるのに慣れていなかった。

シクタレスとアンドラーシュから市民の敵意を買わないよう慎重に立ち回って欲しいと頼まれたが、ラキシタ家の将兵は復讐心がはやってなかなか命令を聞かなかった。アンドラーシュに昇進を約束されたが彼は引き受けるべきでは無かったとすぐに後悔する羽目になった。


 制圧作戦開始一週間で大隊長二人が相次いで戦死。

ナトリ区制圧に送った大隊長は狙い撃ちにされてしまい、自分の部下をこれ以上失うのを嫌がったアルワリフは早々に主導権をラキシタ家の将軍に委ねる事になった。

南方人の多いナトリ区についてはラキシタ家の兵士に南方系の難民から徴発された者が多かったので結果的に制圧は早く進んだ。

民衆にも帝国政府の閣僚捜索に協力的になってもらったがそれで味をしめられて以降、ラキシタ家の軍団を率いる将軍は彼の命令を聞かなくなっていった。


 その日も部下が面倒事を持ってきて、渋い顔をする。


「少将閣下、市長から苦情が・・・」

「今度はなんだ?また逮捕状を見せろという要求か?そんなものは新長官が決まらないと出せる筈がない。帰らせろ」

「あ、いえ今日はラキシタ家の兵士らが支払いを拒否したり風俗店で暴行騒ぎを繰り返しているとかで・・・」

「わかった。メンデス将軍を呼べ。今日こそ直接文句を言ってやる!」


ラキシタ家の本国兵は急遽編成された部隊で貧民、難民、傭兵が入り交じり統率が取れていない。将軍は帝都にいた家族を殺された恨みで強引な押し入り捜査を繰り返しており、華の帝都で浮かれている貧しい下級兵士が略奪、強姦に走っても止めなかった。


ラキシタ家のメンデス将軍は指揮に忙しいと代理を寄越したが、少将は代理ではなく将軍本人が司令部に来るようアンドラーシュから与力として与えられた騎士を派遣した。

新皇帝として即位式を行う準備中のアンドラーシュの騎士を使者として送ったのに、断るようならラキシタ家の大義名分が成り立たなくなる。

仕方なくメンデス将軍は少将のもとへやって来た。


 ◇◆◇


「いったい何用か?我々は立て籠もっている帝国騎士達と戦闘中だ。魔力を回復する余裕を与えればこれまでの犠牲が無駄になる」

「帝国騎士とは無暗に戦うなと言っただろう!アンドラーシュ様の即位を議会と皇室会議が認めるならば帝国騎士らも自動的に配下となる」

「皇室の方々から承認を得るにはオレムイスト家を完全に叩き潰す必要がある、残党を始末しない限り新皇帝として認められる事は無い。順序が逆だ」

「黙れ!帝国騎士達は私の同僚でもある。時間をかければ説得に応じる、今は他の地域を捜索しろ」

「黙れだと!?この小童め!!少将風情が三十年ラキシタ家に仕え、数々の戦場を潜り抜けたこの私に命令するか!?」

「私は貴公のご主君から指揮権を与えられているのだ!」


少将は用件も伝えないうちに指揮権を巡って口論になってしまい、周囲の者達が止めざるを得なかった。


「まあまあお待ちください閣下、今は治安を回復する事が最優先です。認めがたいかもしれませんがラキシタ家の兵士達が強姦、窃盗、暴行騒ぎを繰り返していると市長から苦情が来ています。このままではご当主の名前に傷がつきますよ」

「なんだ、お前は?」


軍服姿、或いは武装した騎士達が並ぶ中、一人普段着の男にメンデス将軍は目をやった。


「アンドラーシュ様の経済顧問アルバートで御座います。ラグボーン、ヴェーナ、アージェンタ市の流通を正常に戻し、迅速に建て直せと命令を受けております」


帝都は本土の東海岸にあり、ラグボーン市からアージェンタ市までの南北に跨る白の街道を支配しない事には帝都を制圧したと言えない。物資の流通を正常化させない事には民衆の不満が高まり、餓死者も出る。


「栄えある我が将兵が犯罪など犯すものか」

「と、申されましても現実にトゥレラ家の兵士達からも目撃情報が寄越されています。ろくに捜索もせず遊びまわっている兵士達など任務の妨げでしょう。将軍が対処されないのであれば、こちらでアンドラーシュ様を通じシクタレス様にご報告する事になります」

「指揮系統を無視して密告する気か」

「私は軍人では御座いませんので」


脅しも通用しない相手に将軍も仕方なく内部の犯罪の取り締まりを約束した。


 ◇◆◇


 アルワリフ少将は市長に謝罪に行き、さらに治安回復の為地元警察の協力を仰いだ。アージェンタ市と北部州の境であるダヌ河や、一部の砦で正規軍が立て籠もり、オレムイスト家の残兵との戦いも続いている為、出勤出来ない警察官が多く各地で私刑が横行している。留置所、拘置所からも脱走者が出て急速に治安は悪化していた。


「将軍、迅速な対応には感謝しますが兵士の略奪を止めようとした警官がなぶり殺しになってしまった事件が数件起きています。多くの警察署で署長が命令を拒否しており、とてもではありませんが、出勤を強制出来ません」


警官たちは武装でも組織力でも軍隊には対抗出来ず、同僚や部下、家族を護る為に警察組織は任務を拒否していた。


「しかし、それでも任務に殉じなければならないのが我々の務めです。今後は街の辻に私の直属の部下を立たせ、トゥレラ家の騎士には巡回を依頼します。どうぞ安心して任務に戻るよう署長たちを説得して命令を出して下さい」

「まずはおっしゃった事を実行なさってください。人々は皆、不安なのです。ラキシタ家には期待していましたが、オレムイスト家よりも酷い。恐怖に震えて商業活動も停止してしまっています」

「市長のご懸念はごもっとも。間違いなくシクタレス殿にもお伝えしましょう」


正規軍の軍団長であるアルワリフが自ら市長の下へ詫びに言った甲斐もあり、どうにか協力的な態度は引き出せた。

妻を殺されたも同然のサビアレスには同情するし、復讐心は理解するがその報復とは関係ない犯罪がラキシタ家将兵で横行している。


 アルワリフはあの時、敵は大勢だしアンドラーシュがいるからと降伏したのは間違いだったかと後悔し始めていた。シクタレスやアンドラーシュが率いていた兵士は数合わせの州兵や貧民からの新兵、傭兵ばかりで練度も低い。


歴戦のユンリー将軍の反乱軍と戦っていた自分の軍団なら十分対抗出来たかもしれなかった。


しかし、もう後悔しても遅い。

彼はラキシタ家とトゥレラ家の総領を名乗るアンドラーシュに与してしまった。


「・・・で、少将閣下」

「は?」


一瞬考え事をしていて市長の話を聞いていなかった。


「申し上げにくい事ですがナトリの宗教連盟からラキシタ家のご家族のご遺体を返却したいと申し出がありました」

「遺体?」

「はい、アドリピシア殿を始めとして517体のご遺体を収容しております」


焼かれた後、遺骨はナトリ河の河原にある畜生塚に放り込まれた為、ほとんど誰が誰だかわからない状態だった。哀れんだ地元人が夜間に回収したが頭蓋骨だけしかない。


「間違いなくメンデス殿らに恨まれるな・・・」

「一部の帝国騎士が頑強に抵抗しているのも政府の命令に従い、彼らを逮捕、殺害に動いたからでしょう」

「帰参してもどうぜ罪に問われるくらいなら、というわけですね」


ラキシタ家の将兵はアドリピシアの不幸は聞いていたが、自分の家族は生きている筈だと信じていた。姿を現さないのは、息を潜めて隠れているだけだと。


しかし、その希望は打ち砕かれた。

メンデス将軍旗下の兵士らは一層強硬手段に出るようになってしまった。


さらにタイミングが悪く、総司令部から急使が来た。


「閣下、新たな命令です。帝国議会の議員を急ぎヴェーナ市の議会に集めよ、と」

「議会に?アンドラーシュ殿を戴冠させるのか?」

「詳しい事はこちらに」


命令書は伝令の言った通りだったが、アンドラーシュ戴冠の為でなく新たに法律を定める為だった。オレムイスト家を逆賊とし、新たな政府の発足を認めさせ、そして自殺者であっても尊厳を持って埋葬する事、それらを法制化する。

シクタレスだけでなく、アンドラーシュと帝国議会議長ガルストンの署名もある。


「ふむ、さすがに強硬手段で即位を宣言はしないのか。議長も同意されているなら仕方ない。ゼラシュ。お前に三個大隊を与える。命令書に従い、議員の先生方を議会までお連れしろ」

「了解」


ゼラシュは先日まで中隊長だったが、大隊長が軒並み狙い撃ちで殺されてしまったので戦時昇格していた。


アージェンタ市の司令部には三個大隊ほど予備兵力があり、それを全てゼラシュに与えてアルワリフは即時命令を果たすよう指示した。

ゼラシュが退出した後で副官は疑問を投げかけた。


「ゼラシュでよろしいのですか?粗暴な男で問題行動を起こした事もあるそうですが」

「外国人嫌いなだけだ。ユンリー将軍の討伐作戦では友軍が敗退する中でも勇敢に戦っている」


東方の駐屯軍から異動してきたが、指揮下に入ってからは何の問題も起こしていない。アルワリフは部下の進言を意に介さなかった。


 ◇◆◇


 夕刻、司令部に戻ったアルワリフは早速にしてメンデス将軍の部下が起こした虐殺事件を耳にした。やはり市長から伝えられたナトリの遺体情報が広まり、怒った将兵は当時の命令に従った帝国騎士、監察隊、オレムイスト家の関係者に復讐を開始していた。

軍務省や法務省の書類から彼らの家族の情報まで入手してお返しだといわんばかりに犯行に及んでいる。


「とにかく止めさせろ!裁判なしの私刑など許されん。シクタレス殿のもとへ伝令を送り、連中を止めないならこれ以上我が帝国正規軍は協力しないと伝えろ!」


マグナウラ院の校長からはメンデス将軍の部下が女子寮にまで侵入して閣僚の娘達を捕らえようとしたと苦情があった。学院付けの帝国騎士がそれを撃退した為、激しい戦闘が生じたという。


「馬鹿共が、全世界に恥をさらす気か!とにかく止めろ!ウマレルらとラキシタ家の争いに無関係だった帝国騎士まで敵に回る事になるぞ!」


止めろと言われても魔導騎士達の争いに雑兵は無力で、なかなか争いは止められなかった。砲撃音まで聞え始め、アルワリフは自ら現地に行って止めねばと従卒らに再度出発の用意を命令した。


日も暮れて夜になっても砲撃音が続き、アルワリフが騎乗して現地に向かおうとしたところでさらに報告があった。


「砲撃はメンデス将軍のものではありません、ゼラシュがやったものでした!」

「なんだと?」


少将はすっかりゼラシュに議員達を議会へ連れていくよう命令した事を忘れていた。

しかし、その命令と砲撃音がどうしても結びつかない。


「ゼラシュ隊長は議員を連行する最中にダルムント方伯家の屋敷で思わぬ抵抗に遭い、報復に砲兵隊を動員しております!」

「は?方伯家の屋敷に・・・砲撃しただと?」

「はい、損害が大きすぎて攻略出来ないと」


アルワリフは眩暈がして倒れそうになった。


「誰が・・・誰が攻略しろと言った。議員の先生方を安全に議会までお連れすればいいのだ・・・、何故それが砲兵隊まで用いて攻略しろという命令になるんだ?」

「それが、思わぬ抵抗を受けて損害が大きいからと・・・」

「それは聞いた。どれほどの損害を受けたというのだ?」


アルワリフの混成軍団の兵力は一万八千。

子飼いの兵力は一万だが、これまでの制圧作戦で大隊長を数名失い、五百名以上の兵力を失った。大隊長は暗殺に近い形だったので仕方ないが、可能な限り戦闘を避けて平和的に降伏、明け渡しを求めてきたのでこれまでの損害は五百で済んでいる。


だが、


「損害は一千四百名であります」

「・・・方伯家の屋敷一つの攻略でか?この短時間でか?」

「はっ!」


アルワリフは内戦で同国人同士が殺し合う事を出来るだけ避けて来た。

だのに今日のこのほんの一瞬でその三倍の被害が出ていた。


部下の返答に心労が重なっていたアルワリフは卒倒した。


アルワリフは数時間後に目が覚めたが、その時には損失は二千名以上に膨らんでいた。光る剣と槍を持った男が現れて、魔導騎士達と激しい攻防戦を繰り広げているという。


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2022/2/1
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