第15話 天柱五黄宮攻略戦
ラキシタ家、トゥレラ家、フリギア家の一部騎士も加わった連合軍はストリゴニアの戦いに勝利すると帝都に侵入を開始していた。帝都の南西部にあるラグボーン市ではオレムイスト家の残兵が市街でゲリラ戦をしかけてきた為、制圧にかなり手間取った。魔導騎士が相手では雑兵では束になっても敵わず、奇襲しては離脱を繰り返されると無駄に兵力を失うだけだった。
「父上、ヴェルトハイムを殺したのは失敗でした」
生かしておけば撤兵指示を出させる事が出来たかもしれないとサビアレスは悔やんだ。
「良い。いずれオレムイストの騎士は全て討ち果たさねばならん。市民の前で卑劣な戦いを繰り広げる彼らは民心を失い、一方我らは解放者として慕われる。市民にはここ最近配給が滞っていたと聞く。クシュワントは兵糧から分配する指揮を取れ」
「は」
クシュワントは頷き、早速市長と協議しに向かった。
「父上は?」
「私はラグボーンの市庁舎から当面の施政を行う。ここは我々に任せてお前は早々にヴェーナ市へ入り大宮殿を攻略し、議会の要人を集めて帝国正規軍に戦闘停止命令を出させるのだ」
「はっ、アンドラーシュ様は如何致しましょうか」
アンドラーシュは皇帝として即位する為、大宮殿に一番槍で乗り込む事を希望していた。
「お飾りにあまり活躍されては困る。彼の軍は一万、自力ではヴェーナ市を攻略出来ない。ひとまずここの残敵掃討を請け負って貰う」
その間にラキシタ家の精鋭騎士をサビアレスに率いさせて政府要人が籠る大宮殿攻略を命じた。大宮殿は近衛騎士サガが古代帝国の都から神器を持ち出して守りの要とし、外壁の石材は現代では再現不可能と言われている魔術で守られていた。
シクタレスにしてもサビアレスにしても大宮殿の堅牢さは知識としては知っていたが、実際に己が力を叩きつけた事は無く、歴史上でも誰も宮殿を攻略してみせた事は無い。
サビアレスは宮殿を守る近衛兵団が降伏勧告に応じなかった為、正門前まで大砲を運び込み直接砲撃を開始した。
◇◆◇
「駄目です閣下、破壊できません!」
「見ればわかる」
正門前でサビアレスは渋い顔をして仁王立ちしていた。
砲煙が晴れ、着弾した正門を見れば傷一つなく、近衛兵達が勝ち誇っているのが見える。
砲撃が効果を発揮しないのであれば、直接乗り込まざるを得ない。
周囲は壕で囲まれて高い丘の上にあるので昔ながらの攻城塔を用意して接近させるのはかなり手間がかかる。それは用いたく無かった。
「プレストル伯、魔導騎士達に攻城槌を持たせても無駄かな?」
「無駄でしょう。神代の神々の争いで用いられた攻城槌ならともかく、魔導騎士の力で通常の攻城槌を叩きつけても砲弾と威力はさして変わるとは思えません。曲射にて守兵を減らし降伏勧告をしてみては如何でしょうか」
宮殿前は貴族の館が多く、砲兵陣地を敷くに適していなかったがいくつかの塀を壊し、空き地を作って砲兵隊が大型の攻城砲でさらなる砲撃を開始した。
「これでも駄目か。空中でも見えない壁に阻まれている」
「そういった機能があるとは伝えられておりましたが、まさかまったく歯が立たないとは思いませんでした。結界を解除するには本国から優れた魔術師を呼ぶか、評議会の手を借りる必要があります」
プレストル伯はラキシタ家の重臣の中では珍しく魔術の導師資格を得ていたヴィジャイが五法宮で死亡してしまっていた事を悔やむ。彼が生きていればいい相談役になったろうに。
「評議員は中立を守るだろうし、本国から招聘するには時間がかかる。強行突破しかあるまい」
外壁は魔導騎士が脚力を強化すれば飛び上がれない事も無い。
単独で乗りこめば袋叩きにあうが、ここにはラキシタ家の精鋭騎士が揃っている。
一斉に飛び込んで強引に門を開けてしまいさえすれば後は数の差を生かしてすぐに勝負はつく。サビアレスはそう踏んで旗下の全魔導騎士を招集することにした。
「若君自身も赴くおつもりでしょうか?それはお止め下さい」
「・・・自分でいうのもなんだが、私にはアレスの戦槌もあるし私こそが最大戦力であると自負している。それでも駄目か?」
「なりません。ベルディッカス様が蛮族戦線から離脱してご無事との情報はありますが、まだ確証がありません。万が一にも閣下を失う訳にはいきません。仮に大宮殿が落とせなくとも兵糧攻めにすればいずれは落ちます。焦る必要はありません」
サビアレスは部下の進言をよく聞き入れ、逸る心を抑えて指揮に専念した。
第一波攻撃には魔導騎士17名そしてカモフラージュの為に騎士30名、重装歩兵300名を正門に近づけさせた。近衛兵、宮殿守備兵からは激しい銃火が寄せられ魔導騎士以外はばたばたと倒れた。正門の守備兵も魔導騎士が紛れ込んでいる事に気付いて魔導装甲の魔力を剥ぐ為に魔導銃兵を動員したが、乗り越えられるまでに3名しか撃つ事は出来なかった。
そして胸壁上で魔導騎士と近衛兵の激しい戦いが始まる。
◇◆◇
「30分経ったが正門が開く気配はない。やはり私が行くべきだと思うが・・・」
正門に取りついた魔導騎士を援護する為、門前に多数の銃兵、弓兵を送り込んで胸壁上へ支援射撃を行わせているが損害の方が遥かに大きい。
敵方の近衛兵は帝国騎士、魔導騎士には選抜されなかった帝国貴族の子弟で構成され実力は劣るものの、それに近い力はある。
「いったん引き上げの合図を。父君の旗下の騎士と、アンドラーシュ様の騎士も借りた上で再攻撃をされるべきかと」
「それでは今日死んだ騎士達は無駄死にではないか!」
「いえ、今引き上げれば、次の攻撃に生かせます。次回は夜襲で最短にて開門装置へ急行させるのです」
プレストル伯は宮殿内に入った騎士達は内部構造、守備配置を把握した筈で第二派攻撃を夜襲に切り替えても最短で目的地に辿り着ける筈だとサビアレスに説いた。
サビアレスは次の攻撃には自分も参加する事を条件に受け入れて、後退命令を出した。
突入させた魔導騎士は結局10名が戦死、7名だけが生き残った。
生き残りは白銀の騎士3名に仲間が討ち取られた事を告げた。
「近衛騎士がまだ3人もいたか」
近衛騎士には代々の皇帝が引き継ぐ宝物庫から神器が与えられており、その戦力は少数でも非常に強大だ。騎士にとって雑兵が相手にならないように、魔導騎士と通常装備の騎士の間にも大きな開きがある。人の力では再現できない神器は魔導騎士の持つ剣や鎧では太刀打ちできなかった。
ラキシタ家にもいくつか神器はあるが、サビアレス以外には父シクタレスの直属の騎士以外には持っていない。
現有戦力では強行突破出来ない事を悟り、サビアレスは次の攻撃を翌日の早朝と定めた。
シクタレスも暗殺を避ける為に、護衛の魔導騎士を全員大宮殿に振り分ける事は出来ずアンドラーシュからも騎士を借りる事に同意した。
こうして着々と第二波攻撃に準備を進めていたが、そこにファスティオン率いる派遣軍が到着して攻撃は延期された。
「おお、ファスティオン。無事だったか。心配したぞ」
「申し訳ありません、兄上。南への警備が厳重だったのと、ベルディッカス兄様が孤立する事が懸念されたので帰国するのは諦めていました」
「良い判断だ、さすが自慢の弟よ。で、我々は今大宮殿を攻略する予定なのだが、兄上から騎士は預かっているか?」
「少し。でも兄上、我々は上流を抑えておりますのでビコール、ダヌ、ナトリの水門も管理しており、河川、水道への供給は思いのままです。力攻めをせずとも落せるでしょう」
「ふむ、それは良い。良いが・・・父上は時間をかけると市民の敵意を買う事を恐れていらっしゃる。敵の数は少ない事だし、やはり力攻めをすべきではないかな?」
ファスティオンはそれには理解を示したが、まずは情報交換すべきと話し合いシクタレスも交えて協議する事になった。
その間、大宮殿は包囲するに留めておき、続々と援軍が到着した事をアピールして守兵の士気を削いだ。兵を遊ばせておくには惜しいのでラグボーン、ヴェーナ、ヴェンツィー、モアネッド以外に放置されていたアージェンタ市にも占拠すべく兵を送った。
◇◆◇
シクタレスはファスティオンと会い再会を喜び合った後、ボロスの死の詳細を聞いた。そこでようやく息子が政府の手で処刑されたわけでは無い事を聞いた。
「兄上は処刑された訳ではありませんが、何か薬を飲まされたのか情緒不安定で明らかに正気ではありませんでした」
「・・・では、やはり謀殺か。憎きウマレルめ。そしてヘイルズ!奴らの皮を剥ぎ、肉を食らってやる!」
諸将はシクタレスに同調して怒りを露わにした。
「それと皇帝陛下の事ですが、遺体は確認出来ていないものの前線視察中に蛮族の逆襲を受けて行方不明です」
ファスティオンはベルディッカスの動きを聞いてその慎重さを褒めた。
「よろしい。さすがはベルディッカスだ。仮に皇帝が生存していたとしても統治能力を失っていた以上、我らが咎められる筋合いはない。そして今さら出てきても先にアンドラーシュを皇帝として議会に認めさせておけば良い。そして我々がオレムイスト家を殲滅した後に禅譲して頂く。お前達もそう心得て行動せよ」
もともと皇帝である事を望んでいなかったカールマーンだけに生きて戻って来ても既成事実を作ってしまえば皇帝として復権する事を望まないとシクタレスは踏んだ。
◇◆◇
兵糧攻めそして水源を断つ事を目論んでファスティオンに策を与えたベルディッカスだったが、現場では当主シクタレスの意向を優先して総攻撃が再開された。
この時点で既に水道供給は絶たれているので防衛側の士気はかなり下がっていた。
強行突破による犠牲は多かったもののさすがに今度は近衛兵も正門を守り切れず突破を許した。近衛騎士二名は討ち取られ、最後の一人が長剣を抜いてサガの間でサビアレスを迎え討った。
「ここまでよく持ちこたえたものだ。名を伺おうか」
「近衛騎士ケレスティン。そちらは?」
「サビアレスだ。翼端の騎士ケレスティンの名には聞き覚えがある。常に戦場でもっとも過酷な任務を請け負い皇帝に認められ取り立てられたと。だが貴公は帝国人ではない筈、命がけで戦う必要はあるまい。道を開けられよ」
「出身地は何処であろうと今は帝国の禄を食む身。陛下がお戻りになるまでこの宮殿に他所の兵を進める事は許さない」
「皇帝が代替わりした事を宣言する為に、我々はここに来たのだ。貴公は陛下が亡くなった事を知らないのか?」
「不確かな情報に踊らされるようでは守将を託された陛下の信頼を失う。もはや言葉は不要。掛かってこい」
「その言や良し。お相手しよう」
ケレスティンに与えられた降魔の剣は魔力の流れを断ち、魔導騎士の装甲すらたただの薄い鉄板に変える。しかし、その剣でもサビアレスの戦槌を前にしては分が悪かった。
激しく火花を散らせながらケレスティンは後退し、サビアレスは手傷を負いながらもケレスティンをサガの間の一角に追い詰めた。
その間に近衛兵達はラキシタ家の騎士達に囲まれて悲鳴を上げながら死んでいった。
二人とも大いに傷ついたが、どちらかが死ぬ前に宰相ウマレルが出てきて二人を止めた。
「もうよい、ケレスティン殿。宮城内に入り込まれた以上我々の負けです。水も止まり、いくらかは備蓄で持ちこたえられても敗北は揺るぎません」
宰相の降伏によってケレスティンも戦いの継続を断念した。
ウマレルは降伏したものの、閣僚達全員はその場におらずラキシタ家の手勢は宮殿内を捜索したが、数日かかっても軍務大臣イドリースや司法長官ヘイルズ、内務大臣ガレノスら閣僚の一部は発見出来なかった。ウマレルが白状した政府要人が緊急退避する為の隠れ家にもおらず帝都全市に追手が放たれた。
帝都全域の捜索には時間がかかり、それを待たずにアンドラーシュは皇帝の代理として一時的に新宰相となった事を宣言し、議会はそれを認めるよう招集をかけた。




