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荒くれ騎士の嘆き歌  作者: OWL
第一章 すれ違う人々(1425-1427)
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第29話 嘆きの谷

 一行は嘆きの谷と呼ばれる古戦場に到着した。

元スパーニアの王都バルドリッドの手前にある狭い谷間で、その前には平原が広がり古代からそこで何度も激戦が繰り広げられてきた。

フィリップが確認するようにこの谷間の曰くを話した。


「八年前スパーニアが決戦に敗れた戦場であり、旧帝国が滅んだ後に東方総督が東方諸国同盟軍に敗れた地であり、五千年前に初代皇帝スクリーヴァが大敗した土地でもある」


帝国人にとっては敗北が続いた土地だ。


「谷間の道も地震で崩れて通れなくなっているし、何十万もの兵士が亡くなった土地が今はすっかり観光地なのね。花畑だけを見るとアイラクーンディアに与えられたという地獄の安息所ムイセリオンみたいだけど」


慰霊の為に植えられた花が一面に広がっている。実際に最後の戦いに参戦していた騎士が感想を漏らす。


「地震で谷が崩れてここは行き止まりになってしまいました。この下には我々がどうやっても倒せなかった化け物が眠っています」

「化け物?驚かすのは止めて下さいまし、騎士様」


コンスタンツィアは騎士の話を冗談だと思ったようだが、彼は首を横に振った。


「本当の事です。数多の魔獣を倒してきた魔導騎士が次々と化け物の餌食になりました。我が王でも倒す事は出来ず、魔術師達の協力で地面に大穴を開けて地の底へ封じました」

「では、また地の底から這い出して来るかもしれないのですか?」

「かもしれません」


騎士は頷いた。


「では、その時の為に研究しておくべきなのでは?」

「そう思いますがその為には掘り出す必要があるでしょう?同様の化け物は帝国の記録にも無く研究は困難だそうです」

「まあ!でしたら監視の為に魔導騎士を常駐させておいた方がよろしいのではなくて?」

「ここは帝国が飛び地で直轄領としているのですよ。お嬢様」


東方圏だが、戦勝国とも合意して帝国が直轄領としている。


「あら、そうでしたか。申し訳御座いません」


警備の兵士はいるが、一般の兵士だった。

多くの悲劇があった土地であり両軍の死傷者も多く、人々は共同墓地に献花している。


コンスタンツィア達も地元で花を買って早速人々に紛れて献花に向かう。

警護に付き添われながら戦死者に献花して黙祷し無事に帰り道についたが、花を買ったお店の周辺がなにやら騒がしくどうしたのだろうと一行は近づいた。


「あ、これはお嬢様方、不届き者を捕えました!代金はお返しします」


衛兵が一人の青年を捕えて、膝裏を蹴り地面に跪かせた。


「代金?どういうことかしら」「さあ」


話を聞いてみるとこの青年は店とは関係なく、勝手に周辺で売り捌いていたらしい。人通りが多く、店が文句をいう暇が無いスキを見計らって通常の10倍くらいの値段で金を持っていそうな客に売り込んでくるという。


「ダルムント方伯や殿下達を騙すとはふてえやろうだ!」「この野郎!」


衛兵達が青年を殴りつけ、無抵抗だったのに殴られて歯を折られた青年も怒り、口から血を流して牙を向いて唸り声をあげる。

抵抗する気か、と衛兵達が石突で小突き始めた。


「おやめなさい!無抵抗の人間に対して!!」


黙ってみていられずコンスタンツィアが衛兵達を叱りつけた。


「は?しかしこの男はお嬢様方を騙して・・・」


帝国貴族が地元の悪党を庇った事に衛兵達は困惑してお互い顔を見合わせた。


「騙されてなんかいませんよ。お墓にお供えするのにカパンチャの花が最適だというのは出鱈目でしょうけど、繁栄をもたらす女神の化身で聖なる力があるという逸話はよく聞きます。楽しいお話をきかせて下さったお礼にお渡ししたのですから花の代金より高くても問題ありません。ね、お嬢さん?」

「だ、誰がお嬢さんだ!」


青年は歯を剥き出しにしてせいぜい男らしくコンスタンツィアを威嚇した。

聖堂騎士エイヴェルがその青年から守るようにしてコンスタンツィアの前に出たが彼も違和感を憶えたようだ。


「連行されればどうせ帽子をとられ服を脱がされて露見しますよ」


コンスタンツィアが確信をもってそういうと青年・・・、その女性も観念した。


「こいつ、一体どれだけ嘘をついているんだ!」


衛兵がまた怒って殴ろうとするも、その前にコンスタンツィアが風の魔術で顔面に突風を吹かせて止めた。


「うわっぷ!何を?」

「わたくしはおやめなさいと言った筈です。彼女に何の罪が?」


衛兵は詐欺がどうのこうの、店の営業妨害がどうのこうのと言ったがコンスタンツィアは否定した。


「あなたはどちらの出身?花の価格は売り手と買い手の合意があれば詐欺にはなりませんよ。帝国の法ではね」


営業妨害も該当しない。店も独占販売権を管理者から買い取っているわけでもない。せいぜい往来の妨害くらいだが、罪に問われるほどではない。


「しかし、女が自分で勝手に商売をするなんて・・・」

「共通語は話せるみたいですけど、地元の方ね?それこそ帝国では何の罪にもならないわ」


直轄領となっている現在では地元人の常識では裁けない。


「たぶんうちから出張してきた者でしょう。私が言い含めておきますからどうかこの辺で」


セイラが出てきてコンスタンツィアにとりなし、衛兵らを下がらせた。

実際帝国政府がイーネフィール公に委託管理させていたので彼らも大人しく引き下がった。


「さて、貴女、お名前は?」

「・・・アンだ」

「アン。もっと強く、賢く生きなさい。あんな男達に舐められては駄目よ。むしろあの男達の方が犯罪者なのですから」


暴行の現行犯で逮捕する事も出来たが、コンスタンツィアはそこまではしなかった。セイラも頷いた。


「たぶん私や帝国貴族の人達の関心を買おうとしてたんでしょうね」


アンは助けられてもそれほど感謝していないようで、憮然として返答した。


「賢くったってどうすりゃいいんだ。あんたは法律を知ってるんだろうけど、俺はそんなもん習った事も無いし読めもしない!」

「予約が必要だけど、行政府の出張所で法律は教えて貰えるし、読み上げてさえくれるわ。エミスの弁護士も紹介して貰えるの」

「ほんとか?」

「ええ、ほんとよ。慰謝料だって勝ち取れるわ。ちゃんと裁判所があるから領主に訴える必要なんてないのよ」


この辺りは元々大国スパーニアの土地、文明国だったのでアンにもある程度話は通じた。貧しい国の無学な農民の娘であればご領主様に訴えるなんてとんでもないと震えて怯えてしまっていただろう。


「学ぶ意欲があるうちに学びなさい。いい?機会を逃しては駄目よ」


アンが頷き、セイラも彼女を助けてやることにした。

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2022/2/1
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