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荒くれ騎士の嘆き歌  作者: OWL
第六章 死灰復燃~前編~(1431年)
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第11話 ストリゴニア渓谷の戦い

「やあ、ヴェルトハイム殿。お久しゅう御座います」


ヴェルトハイムの予想と違ってサビアレスは気さくに応じてきた。

彼が遍歴の騎士として諸国を旅している時に立ち寄られて歓待した事があり、その時のお礼まで言ってきた。弟の復讐として軍を上げた男の様には見えない。

いぶかしがりながらもヴェルトハイムも礼儀正しく応じた。


「アドリピシア殿の件は聞いているか?私も残念に思う、お悔みを申し上げる」

「ああ、その件か」


さすがにサビアレスも顔を曇らせた。


「政府は君の妻を保護しようとしたら自殺してしまったと言っているようだ」

「貴方はまさかそれを信じていらっしゃる?」

「いや、恐らく人質に取ろうとして失敗しただけだろう」

「正直ですね」

「私も軍人、敵対はしてもご家族を人質に取ろうなどという姑息な真似はしない。どうかな?この辺りで降伏してみては。君達は結局ビコール河を超えなかった。兵を収めれば命は助かるぞ。私に君に含む所は無いし、弁護してやってもいい」

「それは誠で御座いますか?」


サビアレスはここに軍を率いて来てくれたのがヴェルトハイムで良かった。まさに天の配剤だと喜んだ。


 おやおや、案外乗り気じゃないか。困った事になるぞとヴェルトハイムは思った。

弟の復讐で兵を上げたのに不利な地勢に追い詰められたからといって降伏するような男だとは思っていなかった。


「私は嘘など吐かないとも。しかし、君程の勇士が降伏を選ぶとは意外だな」

「我々もこの三ヶ月で五千の兵を失い、荷駄を捨てて後退を重ねた為食料がもう一日分もありません。この手で魔獣を何十頭も倒して来ましたが、さすがに腹が減ってはもう戦えません」


あぁ、それで一か八か決戦を挑もうとしていたのか、とヴェルトハイムは納得する。


「君は一騎士であって軍略には疎いかと思ったが、ビコール河を強襲したり、不利とみるや決定的な打撃を避けてこのような谷間に誘い込んだりなかなか戦上手じゃないか。しかし兵糧不足は如何いかんともし難かったか」

「遠征の際、各州で略奪はしない事を条件に通行を許して貰いましたので」

「言葉通り略奪禁止を守るとはさすが騎士の鑑よ」

「いやいや、ヴェルトハイム殿こそ。ビコール河の橋さえ占拠してしまえば我々の兵力でも十分に戦えると思ったのですが、先手を取られました。さすがは歴戦の将。動きが早い」


お互い謙遜して褒め称えあった。

どうやら本気で降伏するようだが、ヴェルトハイムはこの際ラキシタ家を徹底的に叩くつもりである。降伏条件の交渉についての会話を引き延ばし、友軍が後方に周るのを待った。

蛮族戦線では味方を火計に巻き込んで皇帝と総司令部の顰蹙ひんしゅくを買い、後方に回されたがこれで名誉挽回となる。


「ではサビアレス殿、武器を捨てて全ての魔導騎士に魔石を無効化する手術を受けて貰いたい」

「騎士に武器を捨てよとおっしゃるか。雑兵と違い、投降の際に武器を携帯する事を許されている筈」

「しかし、これも君の力を高く評価し、恐れているからこそだ。どうぞ御理解頂きたい」

「むう、私はともかく部下達が大人しくその条件を受け入れるかわからない。しばしお待ちいただきたい」

「勿論構わない。しかし神が再臨するまでには戻られよ」


 ヴェルトハイムは自分の陣地に戻ると悟られないよう戦闘準備を命じた。

砲兵はさすがに後方に置いてきたので銃兵を並べさせる。


サビアレスの後方で狼煙が上がり、周囲の谷、森で戦の音が聞こえ始めヴェルトハイムもようやく味方が後方に周ったかと察し、進撃を再開した。


が、周辺の鬨の声は自身の後方からも聞こえ始めていた。


伝令がヴェルトハイムの元まで急ぎやって来る。


「閣下、敵です!後方からラキシタ家の騎士の旗が見えます!我々は囲まれました!」


将軍達は「馬鹿な!」「これ以上ラキシタ家に戦力は無い筈!」と口々に叫び取り乱した。


「慌てるな。後方には帝国正規軍二個軍団が控えている。敵は少数が潜り抜けてきたに過ぎん。サビアレスを救い出す為に無理やり突撃してきただけであろう。慌てず対処せよ」

「確かに」


ヴェルトハイムは前回の選帝選挙の際にも優秀な将軍として現当主の片腕として活躍した。十分に冷静で有能な人物だったが、彼の予想は外れた。

彼の後方に迫る敵軍は少数ではなくシクタレス自ら率いる三万の軍勢であり、帝国正規軍二個軍団は彼に対抗せず道を開けていた。


夕方まで自説に固執していたヴェルトハイムの身近にも敵が迫り、ようやく敵が大軍である事を認めて全軍に脱出を指示したが時すでに遅く、サビアレスに囚われてシクタレスの前に引きずり出された。


 ◇◆◇


 ヴェルトハイムがシクタレスの本陣を見渡すと、そこにはラキシタ家の騎士だけでなくフリギア家の騎士達もいた。先代当主が南方候ヴィクラマの反乱鎮圧に失敗した後にフリギア家が没落した為、彼らは存在意義を失っていた。そこで家名を繋ぐ為に、シクタレスの勧誘に応じて参陣していた。


「騙したな!サビアレス、シクタレス!!この似非騎士共めが!!」

「紳士面をして騙し討ちを画策していたお前が何をいうか!」


サビアレスはようやく怒りを表にだし、ヴェルトハイムの膝裏を蹴ってひざまずかせた。


「蛮族戦線では我が家の将兵を焼き討ちにし、帝都では民衆を煽り、またしても小賢しい策略を巡らせていたようだな」


シクタレスも冷然と見下ろした。


「まあ待て、シクタレス殿。確かに軍略は用いるが、我が家も武門の端くれ、謀略になど与しないしボロス殿の死には関わっていない。逆恨みは止してくれ」

「しかしながら政府の横暴に従って、この通り軍勢を起こしたではないか。むしろ卿らが煽ったと言える。君の五万の軍が無ければ政府も強気には出なかった筈だ」

「私も軍人だ。当主のご命令には逆らえん」


ヴェルトハイムは観念して開き直った。


「で、どうやって帝国軍を突破して我が軍の後ろに回り込んだのだ?ラキシタ家はどこにこんな大軍を隠し持っていた?」

「そうだな。お前を裁くのにどうせ立ち会って貰う事になる。我々の真の主を紹介しよう」


シクタレスは帝国の軍団長二人と一人の男を紹介した。

その男はまだ若く、軍装もしていなかった。


「貴方は・・・陛下の甥のアンドラーシュ殿」


ここストリゴニア州知事本人である。

選挙に勝利した1406年に急死してしまったアールバードの息子であり、不在である皇帝の代理として議長からも仲裁に乗り出すよう要請されていた。


「そうだ。貴様は我が叔父カールマーンの皇帝就任にも最後まで反対していたな。私が叔父上の後を継いで皇帝となるにも反対しそうだ。シクタレス殿、こ奴はここで処断してしまおう」

「御意」


シクタレスは頷いてサビアレスに指示した。


「サビアレス、ここまでよく我慢した。こ奴の首を落とし、亡き妻への手向けとするがいい」

「はい、父上。有難うございます」


サビアレスは剣を抜き、ずかずかと歩みより剣を振りかぶる。


「待てっ、待ってくれ!奥方の件は監察隊の仕業で我が家は一切関知していない!」

「それがどうした。お前は手始めに過ぎない。監察隊も政府要人共もすぐにお前の後を追わせてやる」

「戦場で討ち取られるならともかく、もう戦いが終って降伏した後ではないか!私に何の罪があるというのだ!?」


ヴェルトハイムは誰か法を知る者はいないかと見回すが誰も同情の視線を寄越す者はおらず、皆が復讐に目を滾らせていた。ラキシタ家の将軍、騎士達の中にも帝都に家族を残していた者達がいた。彼らの一門の人間は囚われ、幾人かはアドリピシアを見習って自害してしまっていた。

裏切った帝国正規軍の将軍までもが目を逸らし、誰も味方はいないと悟ったヴェルトハイムはアンドラーシュに懇願する。


「アンドラーシュ殿、貴方はこ奴らに利用されているだけだ。帝都に乗り込む大義名分にしようというのだろうが、用が済めばすぐにお払い箱になりますぞ。軍団長達もだ。今に後悔するぞ!」

「黙れ!命惜しさに下らない事を。貴様らと違ってラキシタ家は恥を知っている」


アンドラーシュの側近の一人が出てきて、ヴェルトハイムの顔を蹴り飛ばした。


「もうよい、さっさと始末してくれ」

「は」


鼻血が飛び出したヴェルトハイムの顔から目を背けてアンドラーシュは処刑を指示し、サビアレスは一太刀で首を切り飛ばした。


翌月、ラキシタ家四万、ストリゴニア州兵一万、帝国軍二万、そして旧フリギア家の騎士達は再びビコール河に戻り、帝都防衛軍団との戦闘を開始した。


帝都防衛軍団は戦意も薄く、全ての橋を守り切れず、ラグボーン市内に侵入されると後方に回り込まれるのを恐れて順次後退を開始。

ラグボーンで市街戦を開始した。


ラキシタ家の将軍達は以降帝都に侵入を開始した途端、政府関係者に凄惨な報復を開始する。騎士道に殉じてきたサビアレスも妻が無惨な最後を遂げ、畜生塚に放り捨てられたとの報に接しそれを止めなかった。

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2022/2/1
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