第10話 モンスターペアレント②
少し時は戻り、新帝国暦1430年晩秋。
ラキシタ家の当主シクタレスは三男ボロスと特使ヴィジャイの訃報を聞いて家臣を宮殿に招集した。
「我は対応を誤った。いずれ陛下がウマレルらの専横を止めてくださると。ボロスに関する不名誉な噂も否定して下さると期待していた。だが、期待は裏切られ我が子は宰相と司法長官らによって謀殺された。皆の者、我らは如何すべきだろうか」
政策顧問クシュワントが真っ先に歩み出て発言した。
「ご主君、おっしゃる通り聡明なボロス様が公然と他家の家臣を殺害するなどあり得ません。皇家の力を弱めたいウマレルの陰謀でしょう」
クシュワントの進言に家臣一同賛同する。
「然り」「然り!」
家臣達が落ち着くのを待ってシクタレスは再度問いかけた。
「では、クシュワントに尋ねる。我々はこの事態に如何すべきか」
「ご主君がどこまで為されるおつもりかによります、次の選帝選挙まで耐え忍ぶつもりではありましたが・・・」
クシュワントは上目遣いに主君の意向を問うた。
皇帝から全権を委任されている宰相に逆らえばラキシタ家自体が存続の危機となる。政府の声明通り、ボロス個人の失態だとしてしまえば、ラキシタ家自体への影響は限定的になる。
「我は次の選挙で国内に無意味な闘争を招く選帝選挙を終らせて、ラキシタ朝を創始するつもりであった。ボロスであればベルディッカスを助けて帝国をよく導いてくれると期待していた。しかし、我が子ベルディッカスは蛮族戦線にあり孤立無援、ボロスは死に、ファスティオンは行方不明。残るはサビアレスのみ。汝に尋ねる、サビアレスよ。そなたはもし自分が家系を継ぐ最後の一人となった場合、それでも皇帝として臣民三億を導く気概があるやなしや?」
サビアレスは次男として兄ベルディッカスに遠慮し、後継者争いが起きないよう一人の遍歴の騎士として諸国を旅し、魔獣を退治し、国内に不和をもたらさないようしてきた。妻アドリピシアにしても兄にまだ子がないので正式には結婚していない。
だが、今や本国に残るのは彼のみ。
兄や弟を見殺しにしてもボロスの仇を取るかどうかという選択だけでなく、仇を取った後に帝国で起きるであろう混乱の収拾についてもやり通す意思があるかを問われた。
「父上、私は無能非才の身。なれど献策に耳を貸す度量はあるつもりです。諸侯が真に国を思うならば、私は賢人の策を取り入れ、たとえ兄上を犠牲にしても弟の仇を討ちたいと思います。その覚悟無くば、諸家は騎士道、名誉に生きる事を家訓とする我が家を重んずる事は二度とありますまい」
政府の言いなりになって甘んじてボロスの犠牲を受け入れればどちらにしろラキシタ家は終わりだとサビアレスは断言した。
そのサビアレスの断固たる決意にシクタレスは手を打った。
「その決意や良し。我が子のいう通り、もしボロスにかけられた不名誉を受け入れば我がラキシタ家は当代で尽きるであろう。諸侯に問う。余はサビアレスを総大将として政府を討とうと思う。汝らはそれに賛同するか!?命にかけても我が子の不名誉を晴らすと誓うか!?」
「誓います!」「必ずや我が君の無念を晴らし、ウマレルの首をご主君の前に捧げます!!」
「よろしい。賛成の者は足を踏み鳴らし、雄叫びを上げろ。反対の者は泣きわめき地面に這いつくばれ。我は万難を排し我が子ボロスの仇を取る。所詮正式な選挙を経ず皇帝になり、無能なデュセルやウマレルに国政を丸投げしたカールマーンに皇帝たる資格はない。赤子殺しのカールマーンを廃し、我が子が皇帝となり、ラキシタ朝を創始する」
諸侯は足を踏み鳴らし、シクタレスの檄に賛同した。
「殺せ、殺せ、殺せ!」「ウマレルに死を!」「名誉と力を知るものこそが皇帝たれ!!」
新宮殿に集まった家臣は足を踏み鳴らして主君に賛同した。
「よろしい、満場一致だ。これほど猛々しい騎士達の賛同を得られて嬉しく思うぞ。全会一致など諸王の議会でも見られまい。サビアレスを総大将として新政府の討伐軍を起こす。クシュワントは軍師として従軍し補佐せよ。プレストル伯には軍権を委ねる。即時、軍を編成し帝都を陥とせ」
◇◆◇
サビアレスと家臣に命を出した夜、シクタレスはクシュワントを私室に呼び出した。
「我が君、お呼びでしょうか」
「うむ、サビアレスにああは命じたものの我が家は蛮族征伐の為に十五万の大軍を編成したばかり、現状では一万か二万程度しか用意出来ん。しかし政府側にはオレムイスト家がついており、我が家の五倍は軍勢を用意出来るであろう。そして政府の命に従い諸家が連合軍を組めば勝ち目は無くなる」
シクタレスは前回の選定選挙の際に家中を統一する為、熾烈な内部抗争を潜り抜け、選挙においても諸家を圧倒した人物である。家臣の手前、武家の当主として振舞ったが現状の戦力で力押ししても新政府を打倒する事は困難であるという現実的見解を持っていた。
クシュワントは主君の冷徹さを歓迎したが、それは弱気であると指摘する。
「我が君、それは違います。ウマレルは民心を得ておりません。当面は今上皇帝に対しての叛逆の意思はないと公表し、帝国正規軍は敵ではなく陛下の命を待たずして次々と重税を課そうとするウマレルのみを敵とすれば敵の戦力は半減します。そしてオレムイスト家は前回の選挙で我が君に敗れた事、そして唯一信教を国教化しようとしたオンスタインの件を持ち出せばさらに民心は離れます」
蛮族戦線で味方ごと敵を焼き殺した件を持ちだせばさらに彼らは動きづらくなる。
クシュワントはそういって主君を安心させた。
「だが、正規軍が敵に回らなかったとしてもオレムイストは既に五万近い兵を帝都に入れている」
「陛下の御意を得ず大軍を帝都に入れる事はそれこそ叛逆の意の現れです。我々は帝都近くまで進撃しつつも、国法に習いそれ以上の進軍をせず平和的に宰相の翻意を迫り続ければ宜しい。そしてオレムイスト家が次期皇帝の座を狙っていると非難し、議会に政府への圧力を迫ります。敵軍は五万といっても帝都は広く都内で暴動が起きればこちらに全軍を集中はできますまい」
「だが、それでも兵力が不足している」
「不足分はここ10年空白域となっているフリギア家の領地から補えばよろしいかと。そして南方圏の難民から傭兵を徴募し訓練を施せば敵に十倍します」
家臣の前では強気だったシクタレスも内心は不安を感じていたが、クシュワントの進言により迷いは晴れた。
シクタレスの命によりサビアレスは兵一万五千を率いて北上、ビコール河に達した。これより北に進み、帝都に入れば自動的に逆賊となる。
都内には各州、各皇家の規模に応じて駐屯兵力が定められており、それを越えて侵入すれば叛逆者として扱われる法律があった。外国勢が帝都の公館や所有している屋敷に置ける兵力もやはり同様の決まりがある。
サビアレスは軍師の進言を良く聞き入れ、ビコール河に達しながらも都内には侵入せず故意に政府軍が橋を奪回するのを許した。
ラキシタ家はビコール河に達した際、密偵を送り、噂を流し、政府の影響下に無い新聞社を利用して都内の民衆を味方につけ、政府を圧迫し帝国正規軍の主戦力である民衆とオレムイストの私兵との間で分断を図った。新聞社自体は買収に応じなかったが、いくつかの企業はビラを紛れ込ませる事を受け入れた。密偵達は民衆と政府と新聞社の温度感の違いを嗅ぎつけると新聞売り達を買収し、広告会社に頼み、さらに扇動を行った。
ビコール河から南進したオレムイスト家の私兵五万はサビアレス率いる一万五千の兵を撃退して勝利を確信し、追撃を開始した。追討令は宰相が出し、軍務大臣は旗下軍団に協力を命じた。首都防衛を優先する帝国正規軍はビコール河の防衛に残り、二個軍団だけをオレムイスト家に貸して首都防衛軍団とあわせて八個軍団は帝都に残って北の備えとした。
◇◆◇
新帝国暦1431年4月。
この頃皇帝が蛮族戦線で死亡したとの噂が両陣営に流れた。
サビアレスを追撃していたオレムイスト家指揮下に組み込まれた帝国正規軍の軍団長達はいったんここで足を止めるべきだと総大将ヴェルハイムに進言する。
「このストリゴニア州の谷間は危険です。敵は最初からここに誘きよせるつもりだったのでは?」
「陛下の訃報を聞いて兵士らも動揺しています」
「将軍方、サビアレスが足を止めたのはアドリピシアの死亡の報を受けてこちらに復讐を企んでいるからだろう。私はあの単純馬鹿の事はよく知っている」
「しかし陛下が・・・」
「連中の密偵が流している噂に過ぎん。陛下には近衛兵団も辺境伯の軍団もついている。もし陛下が死亡されたのならそれらが壊滅しているという情報も流れていなくてはおかしい。死亡説だけで具体的な状況も何も出てこないではないか」
「確かに」
「納得してくれたのであれば詳細を詰めよう」
ヴェルトハイムも全軍で谷間に入る事はせず、正規軍は後背に残し、自身率いる五万の軍勢を小分けにして谷間に入っていった。複数のルートから山中に潜むサビアレスの本隊を発見して追い詰めるつもりだった。
そして予想通り伏兵に遭いながらも所詮小勢だったのでものともせずに撃退して、サビアレスの本陣に迫った。敵本隊発見の狼煙をあげて、周辺部隊にも集結を命じつつ後背に周らせる。自分はサビアレスに最後通告と挟み撃ちにする為の時間稼ぎをすべく会談を希望する使者を送った。




