第9話 モンスターペアレント
「えー、貴方は突然監察騎士ガリアン・ギルベール殿に殴りかかった事は間違いありませんか?」
エドヴァルドの事情聴取をしている警官、ラトクリフ巡査はびくびくしながら聞き取りを始めた。
貴族に対する捜査は監察隊の役割だが、今回は監察隊の人間が当事者である。
外国の貴族、それも王族なので本来は外務省の外交官や内務省の保安局が出て来なければいけないのに、誰も来ない。結局、アージェンタ市長からアージェンタ市警に後始末を命じられた。
皆、関わるのを嫌がっている。
ヴェーナ市にある警察庁本部にいる治安判事も来てくれない。
なんで地方警察の一巡査が外国の王子から事情聴取をしなければならないのか。
「ああ、間違いないけど。あんたなんでそんなに怯えてんだ?俺は何でもない人に殴りかかったりしないぞ」
「そうよ。この子はそんな乱暴者じゃないわ」
席を勧めたのに座りもしない女性から見下ろされてラトクリフはまたびくっと震えた。
「あ、あのう。これは規則に則った手続きでして・・・お母様には申し訳ないのですが、決して方伯家に対して何か含む所があるわけではなく・・・」
「母親じゃないわ」
じゃあ、なんでアンタがこんな所にまで来るんだよ!ここは議会じゃねーぞとラトクリフは内心毒づいた。しかし一応相手が相手なので冷や汗をダラダラ流しつつお詫びをいう。
「あ、済みません。なんかそんな雰囲気があって」
「そう?日々大地母神に祈りを捧げているからかしら」
「け、敬虔で結構な事ですね」
ラトクリフのお世辞をコンスタンツィアは冷然と無視した。
彼女がパチリ、パチリ、と扇を閉じる音を立てる度にラトクリフはびくついた。
なんといっても相手は皇帝の右腕、もっとも古い帝国の家系の長女。
初代皇帝スクリーヴァが大地母神にして大神ノリッティンジェンシェーレの血を継ぐ者なら、方伯家は大神の妹神シレッジェンカーマの血を引く家系。
現代の皇帝はあちこちの血筋が混じり、旧帝国の皇家の血を引く家はほんのわずかしかいないがコンスタンツィアは血統を固く守り継いで来た方伯家の長女。
新帝国の皇家よりも由緒正しい血筋。
本来ラトクリフ風情が会える相手ではない。だのに向こうから押しかけて来た。
「で、何故この子が逮捕されなくちゃいけないのかしら。遺体を無意味に損壊していた犯罪者は監察隊の方でしょう?」
エドヴァルドが逮捕されたと急報を聞いたコンスタンツィアはすぐに愛馬を駆って警察署に到着して事情聴取に立ち会っていた。道すがら教えてくれたヴァネッサに聞く限り、特にエドヴァルドが間違った事をしているとは思わなかった。アドリピシアが自殺してしまったのは仕方ないし、監察隊が遺体を回収するのは理解出来るが、その遺体を損壊する事は明確に犯罪である。
目撃者も多数いるので任務であろうと法は法だと言い張って弁護出来る。
「あー、はい。確かにそういう話も聞いておりますがその辺りは法務省の側で判断されると思いますので私としてはエドヴァルド君に直接話を伺えれば、と」
「この子は女性の遺体が暴行されているのを見て、正義感を発揮して守っただけでしょう?帝国市民の男達が何人もいて誰もがやらなかった事なのにこの子は騎士道精神を発揮して彼女の尊厳を守ろうとした。話を聞いてわたくしは誇らしいと思ったわ、エド。よくやったわね」
コンスタンツィアはエドヴァルドの肩に手を置いてこの子に不利な捜査を進めたら承知しないぞ、とラトクリフを牽制した。
エドヴァルドが連行されている警察署の周りにはアドリピシアの家を囲んでいた群衆もついてきて警察に罵倒を投げつけて、今にも投石すら始めかねない勢いだ。
仕事でやっているだけなのに、なんで?とラトクリフは途方に暮れる。
「そもそもこの子には不逮捕特権があるのよ、分かっています?」
「はい、もうそれは重々承知しております。ですからあくまでも任意に同行して頂いて協力をお願いしているだけであります」
「じゃあ連れ帰っていいわね?」
「勿論、結構であります。ただ・・・そのこちらの書類に署名して頂けますか?」
調書にはアドリピシア邸の騒動の様子が書かれていて、エドヴァルドにとって特に不利になるような記載では無かった。
「いいでしょう」
「あ、いや。お母様ではなくてエドヴァルド君にお願いします」
「あら、失礼」
エドヴァルドは即日解放されて正義感のある王子だと庶民からも讃えられた。
アドリピシアの遺体は残念ながら帝国の法律に従って畜生塚に葬られた。
自殺を最大の禁忌とする帝国では人間用の墓には葬られないのだ。
◇◆◇
「済みません、迷惑かけてしまって」
解放された後、エドヴァルドはコンスタンツィアに詫びを言った。
つい後先考え無しに行動してしまった。コンスタンツィアが皇家絡みの問題に関わるのを避けたがっているのを知っていたのに巻き込んでしまった。
「いいのよ。わたくしが貴方に女性に対して優しく紳士的に騎士らしく振舞うよう言ったのですし。先ほども言ったけど立派な行いだと思うわよ。何もしなかった方が怒ったわ。ほんとに今時の帝国の男どもったらだらしない」
「正しい行動が良い結果をもたらすとは限らないんですよね・・・」
以前にコンスタンツィアも嘆いていた事だ。
「そうね。でも、そうせざるのを得ないのだからどうにもならないわ。正義の神がいつか祝福してくれるでしょう。してくれなくてもわたくしは満足しているから、もしお父様が後から何か言ってきても気にしないわ」
「もし、何か変な事に巻き込んでしまったらちゃんと責任は取ります」
「あら、どうしてくれるの?お父様と戦ってわたくしを守ってくれる?」
軍事力ではアル・アシオン辺境伯には及ばないが帝国最大の貴族であり皇帝の相談役でもある方伯を敵に回せる貴族は帝国にいない。皇家でさえも選帝侯である方伯には敬意を払う。
方伯に逆らえば学院に残ることも、帝国騎士になる事も出来なくなる。
そうなったらエドヴァルドは帝国に来た意味が無くなってしまう。
「それでも守ります。御父上であろうが、皇帝であろうが、神々であろうが、誰が相手でも」
「お母様の事は?」
コンスタンツィア個人の為に動くということは
「他に稼ぐ方法を探します」
「・・・一生守ってくれるの?」
「はい」
エドヴァルドは一生をコンスタンツィアに捧げると誓うのでコンスタンツィアも少しばかり顔が赤くなった。
「あらあら、求婚みたいね」
(でも歳の差がねえ・・・背もね・・・)
肉体的には帝国人よりも成熟は遅い。だが、自分の領地を持ち既に独立している。
母達の遺産と実家の権力を背景にして暮らしているコンスタンツィアにとってエドヴァルドの生活ぶりは割と尊敬に値する。
コンスタンツィアは自分がパン屋や酒場で働く光景を浮かべようとしたが出来なかった。




