第8話 内乱の始まり
新帝国暦1431年3月。
ベルディッカス率いる軍が蛮族戦線から離脱しサウカンペリオンに入り、南下して帝都を襲うという噂が流れていた為、帝国軍は海路で南下してラキシタ家の本国の背後に回る作戦を撤回していた。
しかしながらいつまで経っても南下する気配はない。
オレムイスト家と帝国の本土軍も北を警戒して、ビコール河付近から追い払った南のサビアレスを追撃する事は出来ていなかった。
南北からの挟み撃ちを警戒して関所を設けた結果、陸路での帝都への物資流入が滞り、各皇家が公共事業を停止した為、貧民への食糧配給も乏しくなった。政府が代わって配給を開始したが、すぐには元通りにならず予算不足で富裕層にも課税を強化する方針が伝えられると市民達の全階層で不満が高まってきた為、政府はラキシタ家に最終勧告書を送った。
街中の掲示板に張り出されていたその布告書をエドヴァルドは読んだ。
「えーと、何々。新帝国暦1431年4月1日までに武装解除し投降しない場合、ラキシタ家を逆賊と断じ、全軍、全皇家に対し追討令を出す。彼らに雇われている傭兵も大逆の徒となる。ただし蛮族戦線に参戦している兵士は全て人類の為に奉仕する義勇兵であり、皇帝陛下の指揮下にある限りラキシタ家の私兵とはみなされない」
他の庶民も群がって読んでいた。
読み書き出来ない村人も多いラリサとは大違いで、ここでは子供もこれくらい読める。
「まーた政府の連中、無茶苦茶言いやがって。ボロス様だって裁判も無く処刑されたって話じゃねーか。ラキシタが怒るのも無理ないっての」
ラキシタ家を支持する庶民が怒りの声を上げる。
現場で見ていたエドヴァルドは処刑ではないのを知っているが、たまにゲリラ的にビラをばら撒いている集団が政府による陰謀論を唱えていた。
どちらの味方でも無いエドヴァルドはその場を離れて仕事に行こうとしたが、遠くに煙が立ち昇り、消防隊がカンカンと音を鳴らしながら出動しているのをみた。
消防隊には水気の魔術を得意とする魔術師が配属されていて、触媒が満載された馬車に乗って移動していた。大都市における火事は致命的な被害を広範囲にもたらす為、皆が道を開けて通してやる。
仕事までまだ少し時間があるのでエドヴァルドは消火活動の見学に寄り道する事にした。
◇◆◇
現場につくと異様に物々しい兵士が消化活動を妨害していた。
「何やってるんだ、あれ?消さなくていいのか?」
前から現場にいた野次馬に聞いてみた。
「ああ、あの館にサビアレスの内縁の妻がいたらしいんだが、政府に捕らえられるのを拒否して自害して火を放ったらしい」
監察隊は騒ぎに紛れて逃げるラキシタ家の関係者を捕らえる為、消防隊には周囲の延焼を防ぐのだけを命じ館に突入する事は許さなかった。
このまま焼け落ちて遺体を回収出来なかったら、監察隊の兵士達は任務失敗になるのでは無いだろうかとエドヴァルドは思った。
監察隊もそれは弁えていたようで、捕縛に来た監察騎士と魔術師が館に入り魔術で火を避けてサビアレスの内縁の妻、アドリピシアの遺体を引きずりだしてきた。
しかし、その連れ出し方が酷かった。
髪を掴んで引きずっていた為、抜け落ちて禿てしまっている部分があり、引きずり出して庭に放り捨てた為、庭石に当たって骨が折れた音が群衆にも聞える。
引きずっている最中に服も抜け落ちて半裸であり、庭石に叩きつけられた際に自害した際に出来たと思われる首の傷から鮮血が滴り落ちた。
火と煙で充満した館から出て一息入れた監察騎士は再度アドリピシアの髪を掴んで引きずり始めたので庭に筆で書かれたような血の跡が残る。
そこで、エドヴァルドがキレた。
「てめえ!何してやがる!!」
素手に魔力を込めて監察騎士を殴り飛ばし、アドリピシアの遺体を奪った。
監察隊の兵士達は当然、槍を構えてエドヴァルドを取り囲む。
「貴様、ラキシタ家の手の者か!」
起き上がった監察騎士が誰何する。
「違う、ただの通りすがりだ。俺はバルアレス王国の王子エドヴァルド」
身分証明書もあるが、両手にアドリピシアを抱えているので提示はしていない。
現場から逃れようとするでもなく、騙るにはあまりに妙なので兵士達は顔を見合わせる。
「なぜ外国の王子が捕り物の邪魔をするか。さてはラキシタ家と組んで帝国に刃向かう気か!」
「違う、寧ろ俺は五法宮でラキシタ家の連中と戦ってお前らの国の議員共を守ってやった。帝国議会の議長らに聞いてみればいい」
「ふん、そこまでいうなら確認はするが我々の任務を妨害した以上、貴様もここで捕縛する」
「やれるものならやってみろ!俺はお前をあの時見てないぞ。何処で何してた?どっかに隠れてたのか?臆病者が俺に勝てると思うなよ」
エドヴァルドはアドリピシアの遺体を下ろして、床に寝かせてやり監察騎士を挑発した。武器は何も持ってきていないが、先ほどの一撃の感触でわかった。
魔剣も鎧も愛用の棍が無くともこいつには負けない自信がある。
「いいぞ、兄ちゃん。やれっ、やっちまえ!!」
群衆もエドヴァルドを応援していた。
火事が収まらないので消防隊も続々と押し寄せてきて、皆エドヴァルドの肩を持った。
結局監察騎士は最初の一撃で膝ががくがくになっており、口先と違ってエドヴァルドを捕らえようとはせず、近隣の警察がやってきて仲裁しエドヴァルドは遺体を引き渡して事情聴取に応じる事になった。




