第7話 イリーに相談
イルハン達が正式な大使館に引っ越したのでエドヴァルドは昨年世話になった例に職員達にお土産を買い、イルハンの様子を見に行った。
馴染みの職員達に長い間、公邸に間借りしてしまったお詫びと礼をいい、向こうからも王子を守って貰った事に感謝を言われた。
職員に粗末だが一軒家を与えられていたイルハンの家に案内された。
イルハンの家は大使館の敷地内の一角にあった。大使館自体は昨年は政府が集合住宅を借り上げてくれていたが、今年は捨て値で売りに出されていた物件を買い上げている。
イルハンの家にはちょうどレクサンデリも来ていて、呼んだら二人とも出て来た。
「あれ、レクサンデリ殿までどうしたんです?」
エドヴァルドはとりあえず、これどうぞといってお土産のお菓子の詰め物を渡した。
「将来私の執事になって貰う予定だからいろいろ教育してたんだが、私の家だとジュリアの目があってね」
「そう、そうなんだよ。あ、これありがとね」
お土産を受けとって嬉しそうにしているイルハンだが、エドヴァルドには少しばかり不自然に見えた。
「へー。ところでお前ちょっとぽっちゃりしてきてないか?」
「え、そう?」
「うん。久しぶりに会うとなんか違和感あるな。それになんか姿勢が悪い。お前・・・このまえ体があちこち痛いとかいってたけどもしかして・・・」
「え、なに?」
顔を真っ赤にしているイルハンの体つきをエドヴァルドは眺め、少し体を押して歩かせた。
「うん、やっぱり」
「だから、何が?」
「体の均衡が取れてない。重心がおかしい。やっぱ、お前の・・・あ、いやなんでもない」
イルハンが定期的に性別が変化して骨格が変わっている影響を指摘しようとしたが、レクサンデリがいるのでそれ以上は口を止めた。
「全部知ってるから平気だよ」
「そうだったな」
「私も多少は驚いたがね、先祖である神々の遺伝の賜物なら祝福されてしかるべきものだ。で、彼の体のどこに問題が?」
「あー、少年時代が長かったからだと思うけど骨格だけじゃなくて筋肉のつき方も違うからいつもと同じ感覚で歩いたり運動しようとしておかしくなるんだと思う。それに俺と一緒に運動しなくなったからぽっちゃりしてきてるし。お前甘いもん好きだし、レクサンデリに甘やかされて奢られまくってないか?」
イルハンは図星のようで顔を真っ赤に赤らめた。
大富豪のレクサンデリはイルハンのあれが食べたい、これを試してみたいとねだられるまま与えてしまっている。
「このくらいの方が可愛くないか?」
レクサンデリは自分が責められている気になってエドヴァルドに反論する。
元来帝国人は豊満体型の方が好みである。
「ダメダメ。こいつ結構食う割に俺がいないとすぐ運動サボるし、長椅子でごろんとして本ばっか読むし。ホレ、庭に来い。体操するぞ」
エドヴァルドは一緒に暮らしていた時のようにイルハンを強引に連れ出して運動をさせた。
「こら、つま先立ちになるな、かかとをつけ!内股も駄目だ。いままでそんな歩き方じゃなかったろ」
とりあえず一緒に庭に出て眺めているレクサンデリには何処が駄目なのかよくわからなかった。
「どこに問題が?」
「ああいう歩き方は骨盤が歪むんですよ。ただでさえ体型の変化で負担が出てるのに絶対駄目・・・だと思う」
「思う?」
「俺も師匠に貰った『人体機能論』って本で読んでヨハンネスさんに少し指導して貰っただけだから受け売りです」
著者本人から指導して貰ったのはアルシア王国の道中だけなので、エドヴァルドにも自身はないが、すくなくとも本にはそう書いてあった。
「なるほど。私よりは含蓄がありそうだ。最近痛そうにしている事が多かったから指導してやってくれ」
「そのつもりです」
イルハンがあちこち駆け回ってくれたおかげで命を繋いだエドヴァルドは喜んで面倒を見た。
「痛い、痛いってば」
「駄目だ、ちゃんとほぐせ」
エドヴァルドが見た所、イルハンは姿勢が悪いので関節に負担がかかっていた。
体を何ヵ所か揉んで原因を掴む。
「ここだな。ここの筋肉が固くなってる。股関節も痛むだろ?」
「うん、よくわかったね」
「よくあることって書いてあったからな」
昨年堤防で走り込みをしていた時はエドヴァルドの見よう見まねでちゃんと柔軟運動もしていたが、それ以降はサボっていたのでイルハンの体の歪が大きくなっていた。
「普通はもっと年寄りの方がかかるんだろうけど、お前の場合若くて回復力があっても負担が大きすぎるんだろう」
「どうしたらいい?前みたいに柔軟すればいい?」
「うーん、どうかな。悪化してるんだったら追い付かないかも。本に書いてあった別のやり方を試してみよう」
イルハンの場合、つま先立ちで歩いたり、柔軟をサボって太ももの前側の筋肉が硬くなり、背中が引っ張られて猫背になっていた。イルハンも気にしていたので直そうとしていたが、逆に背中をまっすぐにしようとして反りすぎ、股関節が前に出すぎ、付け根が痛んでいた。
「ちょっとガニ股でしゃがんでみ?」
「こう?」
「そうそう、で、俺が痛む所を押してやるからお前は前屈してくれ」
イルハンは言われた通りにやってみたが腰の後ろのツボを押されて悲鳴を上げた。
「ひゃっ」
「変な声あげるな。感じているならよくなってるって事だ。痛んでた付け根はどうだ?」
「あ、いいかも」
ずれていた部分が正しい位置に収まり、矯正された事で痛みは嘘のように消えていた。
「じゃあ、その状態で背筋を伸ばして腰を前後に振って、その後左右に振る。十回ずつな。曲げたら駄目だぞ」
蛙のようなポーズで腰を振っていたイルハンだが、ふと我に返り二人に見つめられている事に恥ずかしくなった。
「ねえ、後でちゃんとやっとくからもういいでしょ?」
「駄目だ。お前、すぐサボるからな」
「でもさ・・・、これ困るんだよね。今日、女の子の日だし・・・」
「うん?」
何恥ずかしがってるんだ?というエドヴァルドの後頭部をレクサンデリが叩いた。
「私が時々見ておくよ。それよりこれ本当に正しい運動なのか?」
「間違いないと思いますけど、さっきいった通り本の受け売りですって」
「誰か他にアテになる人はいないのか?」
「じゃあ、ジュリアさんにでも聞いたらいいじゃないですか」
疑われたエドヴァルドは不服なのでジュリアに投げた。
「ジュリアに相談出来る訳ないだろ。誰か女性で相談できる相手は他にいないのか?」
「うーん・・・学院の女性の先生に聞くのが一番いいと思いますけどね。でもイリーの事話せないしなあ・・・。あ、そういえば」
「なんだ?」
「セイラさんに聞いてみるといいかも」
「何故だ?」
「拳聖ヨハンネスの直弟子なんですよ、彼女。まだ帝都にいるかな?」
「さあ、どうだろうな。普通なら一時帰国している筈だが」
帝国の体育教師よりは相談しやすい相手なのでイルハンも彼女ならと受け入れた。エドヴァルドはフランデアン王国の別荘、翠玉館に行きづらくとりあえず在宅かどうかレクサンデリに使者を送って貰ったが、残念ながら彼女は不在だった。
家出したらしい。




