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荒くれ騎士の嘆き歌  作者: OWL
第六章 死灰復燃~前編~(1431年)
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第5話 噂

 エドヴァルドもガルドに優しく接してやるようになり、近所の人々とも会話が増えた。皆、一様に政府を批判しラキシタ家の肩を持っている。

そして何故かアルビッツィ家に期待していた。


「彼らは庶民の味方だよ。ガドエレ家みたいに暴利を貪らないし、組合加入を強制したりしないし」

「そうさ。武力のラキシタと財力のアルビッツィ家が組めばあんな政府も皇帝も倒してくれる」

「そういえばレクサンデリも庶民からはあまり儲けていないとかいっていたっけ・・・」

「おや、御曹司にお会いしたことがあるのかい?羨ましいねえ、是非今度会ったら皆からの感謝を伝えておくれ」

「ん、ああ」


学院の様子を見る限りラキシタ家は孤立していた。民衆はただの願望を口にしているだけではないだろうか。レクサンデリがラキシタ家と組んでいるようには見えないが、彼も三人いるアルビッツィ家の男子の一人に過ぎないし、実家の方針とは無関係かもしれない。


貧しい人には食料の配給もあるし、慈善団体も多いし、水道も公衆浴場もあって自国からすれば天国のような暮らしに思えたが、この環境に慣れている帝国人には不満も多かった。


人口過多で仕事は奪い合い、賃金は下がる一方で、労働組合に加入させられたり危険で汚い仕事ばかり残っている。前の実質的宰相の地位にあったデュセルを追い出した新政府のやる事といえば、増税と娯楽の引き締め、自由の制限ばかり。


ラキシタ家の次男サビアレスは自ら遍歴の騎士として各地で魔獣退治を行って庶民の人気が高い。長男も軍を率いて蛮族戦線で活躍している。ボロスの件は人気を妬んだ政府やオレムイスト家の陰謀だと思って近所の人たちは信じていなかった。


そこに長男ベルディッカスが北から10万の大軍を率いて帝都を南北から挟み撃ちにするという噂が流れると彼らはそれに熱狂した。


宰相に退陣を求め、皇帝に退位を促し、ラキシタ家の当主シクタレスが新皇帝になってくれるよう願って集会まで開く団体が発生し、政府側と度々揉めた。


 ◇◆◇


 ある日、エドヴァルドは正確な情報が知りたくて学院にやってきた。

新聞もタダだし、物知りな学生が図書館にいるだろうからと。


学院においてあるアル・パブリカ紙曰く


-蛮族戦線で疫病大流行、皇軍動けず-

-南方圏についに光明が?カーシャに若き英雄現る!-

-聖堂騎士団総長が粛清?突然の代替わり!本誌記者が謎に迫る-

-『目潰しネロ』『黒旋風 』の新たな犠牲者-

-商務省が新たな西方候に対し奴隷貿易に苦言、内務省も同調する-

-帰国中だったスナンダ姫の溺死を確認。政府は哀悼の特使を派遣-

-ガルストン議長がアンドラーシュ様に仲介を要請。政府も黙認し鎮静化に努力-


などの記事があったが、北からラキシタ家の軍が迫っているような情報は無かった。

他の大手新聞社もラキシタ家との争いへの調停に尽力する人々と、政府側の譲歩を書いてあまり政府に批判的ではなかった。


「やっぱあの給仕の言ってた通りか」


昼になってお腹が空いたので、帰る前に食堂を覗きにいった。

講義はまだ始まっていないので、当然食堂も閉まっているが、庭で開放されている炊事場からいい匂いがしたのでそちらに回ってみる。


「よう、エドヴァルド。帰国していなかったのか」


ちょうど北方圏の留学生達がそこで宴会していた。


「うちは貧乏なんで、そっちは?」

「冬にわざわざ雪と氷の国へ帰りたくない」

「ああ、そりゃそうか」

「飯はまだか?それならちょうどいいから食ってけ。ちょっと焼き過ぎちまってな」

「お、助かります」


北方戦士の知人イーヴァルが焼いた肉串を新聞紙に包んで持ってきた。

ペレニアの食卓ではあまり肉は出てこないのでエドヴァルドは喜んで串を受け取った。ついでに持ち手の部分を包んでいた新聞に目を通す。


-貴族を買いたい貴方にここだけのヒミツ-

-変わった刺激が欲しい?是非当店へ-

-どのようなご趣味にもお応えします-


「うわ、なんだこりゃ」

「風俗紙のちらしだ、用心棒になれば結構な収入になるぞ。お前もどうだ?」

「へえ、ちょっと興味あるな」


エドヴァルドはちらしは丸めて薪代わりに焚火に放り込むとよく燃えた。


「なんだ、今日はこっちで食べてたのか」

「やあ、レクサンデリ。イリーも」


ジュリアも居たので少し席を空けて隣に招いた。


「新聞を読んでたのか」

「冬からこっち忙しくてあんまり世間の情報を仕入れられなかったんだ。そちらは?」

「学生寮を新設してね、その進捗を見に来たんだ。君も寮に入らないか?募集していた外国人留学生が思ったより少なくてね。まあこんな情勢じゃ仕方ないが」

「ふーん」


エドヴァルドは相槌を打ち他の包み紙に使われていた新聞に目を通し始めた。


-悲惨!王女溺死事件。シェイムから帝国に抗議の声が届くも法務省は取り合わず-


「ん、シェイム?」

「どうかした?」


肉汁が口元から垂れてレクサンデリに拭いて貰っていたイルハンがエドヴァルドの様子に首を傾げた。


「こら、動くな」

「あ、御免なさい」


レクサンデリに叱られてイルハンは大人しく拭って貰っている。

エドヴァルドが新聞を開いて詳細が載ったページを見ると、シェイムの姫スナンダが帰国中に桟橋で風に煽られて海に転落しそのまま溺死してしまったという記事だった。エドヴァルドにとって彼女は相談に優しく接して貰い、おかげで心が軽くなった恩もあり突然の訃報に驚いた。


「ああ、そうそう。残念だったよね。まさか帰国中に寄港した所で亡くなっちゃうなんて」

「婚約者の王子が救助しなかった現地の連中に対して激怒しているらしいぞ」


外交問題になったのでレクサンデリは事件に多少詳しかった。

寄港した所は内海にある帝国統治下の島だが、記事には帝国に不利になるような事は何も書いてなかった。


「人が大勢いたでしょうに。誰も助けなかったんですか?」

「・・・以前、スナンダ殿が道端で転んだ時、助け起こした親切な男がやはり婚約者に訴えられてな」


シェイムは夫以外の男が夫人には触れてはならないという風習がある国だった。


「彼女が帰国する時、その島の港に立ち寄ると先触れがあり、その事も現地に伝えられてしまったようだ。彼女のせいではないので自業自得という言葉は不適切だが、嫉妬深い婚約者の方は自業自得という他無い。奴の国の風習を帝国に持ち込んで従わせようとしたのが間違いの元だ。あいつの嫉妬と独占欲が彼女を殺してしまったのだ」


 ◇◆◇


 エドヴァルドに優しくしてくれた女性はコンスタンツィア以外では彼女だけだったので、その訃報に気落ちしたエドヴァルドは彼女を偲び、悼もうと学院の礼拝堂へ寄った。

管理者の司祭がいたのでついでに訪ねてみる。


「今日は、個人の相談所はやっていらっしゃらないのですか?」


この礼拝堂は昨年末はすっかり悩める少年少女の相談所と化していたが、今日は人が少なかった。


「ええ、それがね。お仕事を手伝ってくれていた女生徒さんが今年は休学しているのよ。・・・あら、いけない。個人情報を喋っちゃいけないわね。今のは聞かなかった事にして。私は一人で学院内の神像の管理をしていてちょっと忙しいのよ。また今度ね」


女性司祭はそういっていそいそと立ち去ってしまった。

広大な学院内には図書館にも修練場にも舞殿、正面玄関、あちこちに神像が置かれている。時計台、魔術の実験場、植物園やら実験農場やらにもそれぞれ因んだ神の像が置かれていて家具の装飾用のものまで含めると何百もあるのでそれを管理するのはかなり重労働だった。


仕方なくエドヴァルドは一人で慈愛の女神ウェルスティアの前に跪いて祈った。


「ウェルスティアよ、どうか彼女の魂を天の・・・」


そういえばエドヴァルドはスナンダが信仰している神を知らなかった。


「どうか、彼女の魂を彼女が望む所へ導き給え。スーントゥルーフよ、私の感謝を彼女の元へ届けたまえ」


スーントゥルーフはバルアレス王国の守護神、東南の風、種子を運び恵みを与える風の神である。


「熱心ですね。ここに来てもコンスタンツィア様はいませんよ」


後ろからかけられた声にエドヴァルドが振り向くと昨年世話になったノエムがいた。


「コンスタンツィアさん?彼女がどうかしましたか」

「会いに来たわけじゃないなら別にいいです。スナンダ様の冥福を祈っていて下さい」


ノエムはエドヴァルド以上に彼女と親しく肩を落としていた。


 ◇◆◇


 祈りが終わるとノエムはエドヴァルドにひとつの頼み事をしてきた。


「コンスタンツィアさんの家に住んで警護を引き受けて欲しい?」

「ええ、どこの誰が襲ってくるかわかりませんから」

「彼女から頼みがあれば別ですけど、さすがに一緒に住みましょうってわけには、今も帝国貴族のお嬢さんの面倒見てくれって頼まれてるしほっとけないから」

「へえ、もういい相手を見つけたんですね」


ノエムの口調はなんだか辛辣だったので別に恋愛とかそういう事情じゃなく、住む場所と仕事を面倒見てもらう代わりに向かいに住んでいるだけだと弁解した。


「コンスタンツィアさんにはお世話になったし、何かあったら一目散にかけつけて誰が相手でもちゃんとお守りしますから安心してください」

「その言葉、忘れないでくださいよ」


ノエムもそれ以上は無理強いせず去っていった。


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2022/2/1
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