表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
荒くれ騎士の嘆き歌  作者: OWL
第六章 死灰復燃~前編~(1431年)
278/372

第3話 仕事探し

 エドヴァルドは学院が始まるまでの間、ペレニアと朝はパン屋で働き、夕方から夜は酒場で重い酒樽の荷下ろしを手伝っている。酒樽を運ぶのは勿論、パンをこねるのもなかなか重労働で毎日筋肉痛が続いていた。

幼い頃から体を鍛えていたといっても使う筋肉の部位が違えば痛みは出てくる。魔石での身体強化に頼り過ぎると、素の肉体は却って退化するという弊害もあった。


ヨハンネスの『人体機能論』という本を読み、筋肉には随分と種類があるらしいことを知って全体的に鍛えようとはしていたが、やはりまだまだ鍛え足りない所はあった。


「望む所さ」


なにくそ、とエドヴァルドは気合をいれる。


「なあに?」


炊事場で食事の支度をしていたペレニアがエドヴァルドに声をかけた。


「あ、いや。何でもないよ。食器は出し終わったけど・・・それ何をやってるんだ?」


エドヴァルドは煮込み料理らしきものを作っていたペレニアに返事をする。

鍋の中身に何か蓋をしているのだが小さすぎて料理と接している。


「落とし蓋ですよ。男の子だからお母様は料理を教えてくれなかったんですね」


ペレニアは貴族の生まれには見えないくらい庶民的、家庭的でエドヴァルドは好感を持った。


「じゃ、持っていきますねー」


仕事の後ペレニアの家まで送り、そこで食事を世話になっている。

パン屋や酒場でも残り物を貰えるのでエドヴァルドはそれほど食事に困っているわけではないが、女の子に食事を用意して貰えるのは有難かった。

ペレニアの方からすれば身辺警護のお礼である。彼女には婚約者がいるのでエドヴァルドもあまり近づき過ぎないよう気を付けているのだが、職場も同じで毎日食事も共にしていれば親しくならざるを得なかった。


「ペレニアはお兄さんがいるっていってなかったっけ?その人には頼れなかったのか?」

「家出して音信不通なの。帝都にいるのは確からしいんですけどね」

「何か事情でもあるのか?」

「母が言ってたでしょ。夫が二人いたって。兄は最初の夫の子で滅亡したスパーニアの大貴族の血筋なの。でも、母が再婚した後、父と折り合いが悪くて家を出たの」

「今はどうしてる?」

「すっかりグレちゃってるんだって。どこかで用心棒をやってるらしいけど、危ない事してないといいんだけどなあ」


ペレニアは寂しそうに言った。もう長い事会ってくれないらしい。

外国系とはいえせっかく大貴族の持つ魔力が遺伝していたのに家を出てしまったのでヴェルテンベルク家には残らない。そのため、ペレニアには近隣の帝国貴族と早い内から婚約させられていた。


「帝国貴族はわりと恋愛結婚をする人が多いと聞いたけど、ペレニアはそれでいいのか?」

「あんまり選択肢はないの。母は出戻りだし、相続権を分割してなけなしの土地は貰ったけどあんまり裕福ではないし。私もジュアンだったら別にいいかなって」


ジュアンは近隣貴族の優しいお兄さんでペレニアはもともと慕っていたらしかった。


「それよりエドヴァルドさんは王子様なのに婚約者とかいないの?」

「・・・両親がちょっとな。後見人もいないし、兄上は問題ないんだが、取り巻きが好き勝手して近づけない。与えられた領地は国内でも最も辺境の土地。来てくれるお姫様なんていないさ」


憧れている人はいるが、エドヴァルドは人生を武人として生きるつもりなので結婚はあまり考えていなかった。どうせそのうちどこかの戦場で死ぬと思っている。その前に種くらいは残しておきたいが、今は相手もいない。


「帝国騎士じゃなくて自分のお国の騎士団とかじゃ駄目なんですか?もしくはフランデアンとか」

「うちの国には貧乏だから騎士団なんて無いよ。というか他の国にも無い」


ペレニアは冗談だと思ったのか、けらけらと笑った。


「嘘ばっかり。吟遊詩人さんからたくさん外国の騎士団の話聞いてるんだから。最近は新聞でも連載小説やってますし」


ペレニアのイメージは何百何千という騎士で構成される騎士団が、突撃槍ランスを構え銀光を閃かせて突撃していく勇壮な光景だ。


「吟遊詩人とか小説は話を大げさにしてるだけなんだ。何億もの人口を抱えている帝国だって帝国騎士はほんの数百人しかいない。みんな蛮族戦線に出たり、各国の駐屯軍団と共にしたり白の街道の巡回にあたっていたりして多くても数十人くらいの集団がやっと。それより遥かに少ない各国じゃあ国王でも騎士なんて数人くらいずつしか抱えていないよ」


帝国に次ぐ大国を治めるフランデアン王でも10名前後。

それも彼に個人的に忠誠を誓っているホルドー王、ベルタ王も含まれる。

全ての領主の家臣団を動員して騎士を集めればそれなりの数になるが、そんな数の領主達の利害が一致して総動員される事は無い。


「まっさかあー、それじゃあどうやってあんなにたくさんの武勲譚が出来るの?巨人殺しの騎士の話は聞いた事ないですか?何百人も騎士を殺した牛みたいに大きい蛮族を倒したんですって」

「・・・ペレニア、現実的な話をしてもいいかい?」

「どうぞ」


何故か帝国人のお嬢さんなのに外国の『騎士団』というものに憧れを持っているようなのでエドヴァルドは領主として現実的な話をした。


「帝国の場合、新兵の給与はだいたい月に十万ラピス。騎兵は十五万から三十万ラピスくらいで馬は軍の借り物だ。自分の馬を持てるようになるには年収で最低一千万はいる。よく鍛えられた軍馬は五千万ラピスくらいの値段がつく。僕は公爵だけど領地の年収は1000エイク、ええとだいたい一億ラピスくらいかな。魔導騎士に与えなければいけない魔剣や鎧の値段はピンキリで軍馬より高くつく場合もあれば安くすむ場合もある。さて僕は魔導騎士を何人確保出来ると思う?」

「え?ええーとえーと」

「答えは一人も確保出来ない」


シセルギーテは自分の貯蓄で装備を維持していただけ。

メッセールはイザスネストアスが魔剣と鎧を再生してくれるまで、ただの騎兵と大差なかった。


 ペレニアは現実的な数字を出されて夢から目が覚めたが、しばらく目を回していた。ペレニアが憧れるお伽噺の騎士団、軍装も誇らしく華やかに着飾った騎士軍団などというものは世の中に存在しないのだ。

昔からそうだし、今の主戦力は銃兵になりつつある。


 ◇◆◇


「じゃあ、また明日ね」

「ああ。おやすみ」


皿洗いを終えてエドヴァルドはペレニアの家を後にする。

自国の純血派がみたら王子らしくしろと眉をひそめるだろうが、昨年はずっとイルハンの家事を手伝っていたし、もう完全に一市民のつもりで生活していた。


「帝都じゃそれほどいい家ってわけでもないんだよなあ・・・あれで」


上下水道が完備されていて近くには公衆浴場があり、自宅に厠もある。

エドヴァルドの領地では蛇口を捻れば水が出てくるような所はどこにもない。自分の城にもない。


「百年後でも無理な気がするなあ・・・」


自宅はすぐ側で感慨に浸っている間にもう目の前だった。

自宅は大通りに面していて馬車、荷車の音がかなり煩い。


五百万近い帝都の人口を支える為に、都市の血管である交通網は効率的に整備されていた。チェセナ港から大宮殿までの南北の道と東部のアージェンタ市から中央のヴェーナ市を通り南西部のラグボーン市まで六車線の大きな一本道が交差している。


日中の渋滞回避、事故回避の為、一定以上の重量物の運搬車は夜間にしか通行を認められていない。


そんなわけで帝都の夜、中央馬車通り沿いは家賃は安いが非常にうるさい。


帝都は街灯が夜間ずっと道を照らし、ガス灯まで設置されており、夜光塗料の看板もあるのでかなり明るかった。


去り際にペレニアから気を付けて帰ってねといわれたが、すぐ側だしこの辺りは十分治安が良い。ご機嫌な酔っ払いが行き交っているが、衛士も睨みを利かせていて度を超えて泥酔して暴れるような人もいない。

エドヴァルドは概ね帝都の暮らしを気に入っていた。


「宗主国みたいなデカい面して不愉快だと父上は言ってたけど、こっちの普通の人間はあまり意識してないんだな」


ペレニアに平民に混じって働く事に躊躇は無いのか聞いてみた所、何千年も続く帝国では貴族が増えすぎて単に古い名家という以外何の権力も財力も無い者が多いという。名家といっても長い年月の間に後継者争いで養子やら庶子やら、平民の妾の子やらが入り、さらに同様の過程を送っている家臣やら親族の血が入って大分薄れていた。


 ◇◆◇


 エドヴァルドは仕事に慣れてきたので仕事を増やしてもっとお金を稼ごうと思ったが、貧乏貴族が手っ取り早く金を稼ごうと思うと闇市場に売血する事がもっぱららしい。貴族の血には魔力が多く含まれて人工魔石を作るのに利用されるが、希望者が多いので買い叩かれる。


エドヴァルドはそこまでしたくなかったし、健康に害が出そうなので止めた。


斡旋所で改めて短期の仕事を探してみた。


1)新聞配達などの配達業

貴族街や富裕層向けの市街地へ新聞やついでに配達物を届ける仕事で、塀で遮られた貴族街にも入れるエドヴァルドにはうってつけの仕事だが、競合他社の仕事は受けられない。時給換算ではあまり高収入とは言えなかった。


2)下水処理場

近年帝都近海の海の汚染度が上昇しているとの報告があり、垂れ流し状態だった帝都の下水を分解処理してから海に放流する。川に投げ捨てられた粗大ごみの回収も行われる。分解用の薬品や魔術を運用する為、魔術師や錬金術師が勤めていたが、指示をしているのは平民の技術者だった。


技術職の給料は高いが、残念ながらエドヴァルドには難しそうだった。


施設は大きく、複数の処理過程に分かれていた。

大きなゴミを除去し、汚水を分離し、濾過し、何段階もの沈殿池を通過して最後に海に放流する前に水神や疫病の神の神器を使って帝都の各地で浄化される。

社会科見学としては勉強になったが、帰国しても到底真似できそうにない施設だし、こんな大都市に発展する事もまずあるまいと参考にはならなかった。


エドヴァルドに出来そうな仕事は最初の段階の水路の汚物処理くらいなもので、ちょっとそれはやりたくなかったので見学だけして帰宅した。


3)用心棒

繁華街の酒場のドアマン。

15歳になったら出直してこいと鼻で笑われた。

客が調子に乗ったりしないようにするには実力よりも見た目が大事だった。

裏方に控える本物の用心棒になるには伝手が必要で、喧嘩っ早く余計なトラブルを引き起こしがちなエドヴァルドには向いていない。


4)水圧式昇降機の操作係

一定の魔力があれば発動させることができる魔術仕掛けのエレベーターの操作を行う。魔石を自分の体に埋め込んでいるエドヴァルドでも操作は可能だったが、辛抱が足りないエドヴァルドはすぐに飽きてしまって水圧を高めすぎ、猛スピードで上昇してしまい客は大パニック。


怒られて初日で辞めた。


5)工事作業員

安全研修と手袋、靴など初期投資費用、食費、寮費、警備費、水道など様々な名目で天引きされて月収2,000ラピスだという。自宅もあるし、食事も自分で用意するといっても規則通り天引きすると言われて断った。

前にも似たようなチラシがあったが、その日の食事にも苦労しているような貧民に緊急避難でやってみろと勧誘してそのまま契約労働者として何年も拘束するような業者だった。体を壊したり、出勤を拒否するようになれば違約金まで払わされるので一度契約したら最後、一生奴隷以下の暮らしになってしまう。


わかってはいたが、実際どんなものかと興味本位で話を聞きに行ってしまった。

聞くだけ聞いて断って帰ろうとしたら強面の人間が出てきて「まあ、座れや」と凄んできたが、当然ぶん殴ってエドヴァルドは出て行った。


6)保険勧誘員補助

金融規制が強化されて必要な書類が増えたので、事務所で整理する仕事だった。

読み書き計算に問題は無かったのでエドヴァルドは面接の後軽く実際に仕事をしてみたが、雑なので不採用だった。


7)水産加工場勤務

海に面している帝都ヴェーナの周辺には漁港が多数ある。

獲れたものは労働力が有り余っている帝都ヴェーナ、周辺都市に運ばれ加工される。

エドヴァルドに任されたのは魚卵を解して筋を取り、綺麗にして専用の漬け汁に入れる事だ。北へ向かう魚で、古来はリーアンの河にまで遡上したという魚だが、その卵が高級珍味になることがわかると帝都周辺で乱獲され始めた。

丁寧に洗って筋を取ると宝石もかくやという赤い輝きを放ち一粒一粒が一食分の食費に相当するほどに高価になる。魚本体より卵一粒の方が高値がつくほどに異常な高騰だった。エドヴァルドはその作業に従事したのだが、仕事は非常に雑で洗う度に卵を潰し、タライで余計なゴミを取る時に卵も一緒に捨ててしまい、同僚の十分の一くらいしか珍味が残らなかった。作業場の責任者は初めは初心者ならこんなものだよ、と慰めたが、エドヴァルドは根気が持たなかった。100回洗って浮いてくる白い不純物を取り除いて綺麗になったと思っても、あと1000回は洗わないと駄目だね、といわれて自分には向いてないと諦めた。


一部はエドヴァルドに問題があったが、まだ若く帝都の居住歴も短いエドヴァルドが学業に影響の無い範囲で就ける仕事はそう多くなかった。


酒場で客が残して行ったチラシを見ると職歴無しでも大歓迎という仕事があり、「うーん、今度はここに行ってみようかな」呟いていたらそのチラシを取り上げられた。

驚いて振り返ると知人だった。


「あ、ラッソじゃん。久しぶり」


五法宮の事件で顔を合わせて以来、よく会っていたナトリの堤防でも見かけなかった。


「おう。えーとなになに・・・これハワード運送とスパイサー警備の募集じゃん。やめとけ」

「なんでさ?」

「麻薬の運び屋とか密輸絡みの仕事だよ」

「へー、さすが監察隊。詳しいんだな」

「あの仕事はもう辞めた」

「なんで?給料良さそうなのに」

「もっと稼げて将来性のある仕事に就く事にした」


監察隊はかなりエリートの仕事に思えるので、それよりいい仕事というのはエドヴァルドには想像がつかなかった。


「働き口に詳しいなら何か紹介してくれないか?」

「まっとうな仕事なら新聞売りが紹介出来るが、お前口は達者な方か?」

「新聞売りってあれか・・・」


帝都の街中には庶民向けの簡易編集版の新聞売りがいる。

そういう新聞は金融界の情勢とか各国の動向だとか庶民には関係ない部分が簡略化されていた。


「さーさー、よってらっしゃい。みてらっしゃい。帝都目前まで迫っているというサビアレス軍が今何処にいるか?いつ帝都に入って来るのか?この状況で皇帝陛下は何故戻ってこないのか?知りたければ弊社新聞をどうぞご購入あれ!道行く幸運な貴方にはちょっとだけ教えてもいいよ~。さーさー、今なら通常100ラピスの所、50で売っちまおう!」


新聞売りは数枚の記事をちら見せしながらパンパンと叩いて周囲の人々の好奇心を煽っている。


「半額だって!」


定職について余裕が出来たエドヴァルドは試しにひとつ買ってみようと並び始めたのでラッソが襟を掴んで引き戻す。


「三大紙はどこもあれが定価だよ、お前も買おうとしてんじゃねーよ」


大手も売り方は売り子に任せているのでこのくらいの嘘はつくもんだとラッソは説明してやった。


「でも、たいした額じゃないし。気になるし」


エドヴァルドは財布を開いて小銭を確かめていた。


「サビアレスなら帝都に架かる橋を奪取するのが間に合わなくて追い返されたよ。皇帝は病気で倒れてる」

「なんだ。そうなのか」


政府とオレムイスト家の軍団が勝利したのならこれ以上大騒ぎにはならなさそうだ。


「ああ、どうせすぐに政府が戦勝を祝ってお触れを出すさ」


新聞売りに集まっていた通行人もなーんだ、と三々五々に散っていく。

当然売り子は怒った。


「おい、兄ちゃん、人の仕事の邪魔すんじゃねーよ」

「悪い悪い。でも帝国海軍が動いてるらしくてな。南岸に上陸して向こうの本拠地を衝くつもりだろう。次の速報が印刷されてるかもしれないからさっさと事務所に戻った方がいいぞ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ブックマーク、ご感想頂けると幸いです

2022/2/1
小説家になろうに「いいね」機能が実装されました。
感想書いたりするのはちょっと億劫だな~という方もなんらかのリアクション取っていただけると作者の励みになりますのでよろしくお願いします。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ