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荒くれ騎士の嘆き歌  作者: OWL
第六章 死灰復燃~前編~(1431年)
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第1話 エドヴァルドの下宿先

 新帝国暦1431年1月。


エドヴァルドはイルハンを連れて職場と下宿先を探して歩き疲れ、とある喫茶店で新聞を読み始めた。


「あれ?ラキシタ家の連中を反逆罪で処分するとか息まいてたのに撤回されたのか」

「そうだよー。もう、新聞くらい毎日読みなよ」

「毎日?新聞って週一発行じゃなかったのか?」

「最近は日刊紙があるんだよ。都内だけで全国記事じゃないけどね」

「ふーん」


ラリサを任せたアルカラ子爵とイザスネストアスから連絡が来てエドヴァルドは割と忙しく、あまり帝国の情勢を気にしている余裕が無かった。


使い魔からの連絡によると持病を抱えていたシセルギーテは症状を緩和する為、魔術の力で長い眠りについた。アルカラ子爵からの連絡では口座にあった資金はラリサの再建とスーリヤの治療の為秘薬の買い付けに使われてほぼ無くなった。今後の領地経営は借金するか、増税が必要になってくる。


領地の事はともかくエドヴァルドの学費が問題だった。

奨学金だけでは学費は賄えても生活費は自力で稼ぐ必要があり仕事を探す事にした。

学院が開くのは5月からだが、それ以降も継続して放課後に働きやすい場所を探している。


イルハンも付き合ってくれたが、疲れてひと休みして新聞を読み始めてようやく帝都の情勢に気が付いた。


「えーと、なになに」


新聞によると政府は昨年ラキシタ家に私兵団の解散を命じたが、当主シクタレスは逆に宰相が申し開きに来ない限り帝都を落とすと脅迫してきた。

帝国政府側は脅迫を無視し、当初の立場を維持して春までに軍を解散しシクタレスが帝都で裁判を受けるように要求した。そして来なければラキシタ家の全将兵を帝国に対する反逆罪とすると宣言した。


だが、その宣言は議会の反対によりすぐに撤回された。

ラキシタ家の全将兵には傭兵も含まれる。彼らにまで反逆罪が適用されてしまうと、蛮族戦線で活躍している五万の傭兵も敵に回す事になる。彼らはいまだラキシタ家との契約に従い、ガウマータ大将軍が傭兵を率いて蛮族と戦闘中だった。アル・アシオン辺境伯領で任務を忠実にこなしている彼らを除外する修正案が議会で承認されるまで政府は待ちの状態だった。


「新聞各社はラキシタ家に自制を求めてるみたいだね」


イルハンも他にいくつか新聞を借りてきて広げた。

新聞によると昨年はまだ速報の曖昧な情報だけで、五法宮の事件の詳細は伏せられていたがもう正式な捜査結果として公表されたようだ。


曰く、ボロスは痴情のもつれで西方圏の王女を取り合って恋敵の男を殺害した。

温情による謹慎処分にも感謝せず、捜査に非協力的な態度を続け、解放の為に動いてくれていた議員団を殺害、同時に家臣団を使って五法宮周辺で暴動を起こし脱走を図り現地で投降を拒否して射殺。


「まー、いくらか疑わしい所はあるけど事実っちゃ事実だな」

「だよね。コンスタンツィアさんを人質に取ろうとしてたんでしょ?」

「ああ。それは事実だ。俺も事情聴取にはそう答えた。にしてもこれ以上物価が上がるのは勘弁して欲しいなあ・・・」


ちょうど給仕にきてくれた初老の男にも話が聞こえて口を挟んできた。


「そうですよねえ。困ったもんです」

「おじさんにも何か影響が?」

「入港税が上がった影響で港湾使用料だのクレーン使用料だのも値上げされてしまってこの茶葉を仕入れるのも値上がりしてしまったんですよ。だからってうちも値上げしたら外国のお客さんが離れてしまうし・・・」


エドヴァルド達はそこそこの値段で故郷のお茶が飲めるお店に寄っていたが、値上げするのであれば控えるようになるので給仕、実際には店長だったが彼が悩むのもよくわかる。


「ほんとに困ったものでして。いっそラキシタ家が政権を奪って増税を取り止めにしてくれればと思ってたんですが大衆紙まで最近は増税を支持しちゃって我々の代弁者がいなくて困ってるんです」

「なるほど~。帝国じゃあ直訴して駄目なら一揆だって感じじゃないですもんね」


彼らの故郷では領主と領民の関係は遠いようで近い。

水害があれば領主が陣頭指揮を取るし、領主に子供が生まれたら慕っている領民たちは贈り物を城まで持参したりもする。領主は領民の個別の事情に応じて税を軽減してやることもあり、税の徴収はわりとどんぶり勘定である。その分、悪政も酷い場合はある。

帝国の場合は役人が上からの指示で業務に徹してる色が濃く、法と規則に従う事を重んじて、人情は通じないが際立った悪政は少ない。


「領主と領民の間に入る有力者、土豪とか村長とかみたいな代弁者がいないってことか」

「強いていうなら市長?」


帝国の詳しい統治形態はまだまだ勉強不足の二人なのでその辺りがなかなか想像つかなかった。外国人相手の商売になれている給仕がそこを教えてやった。


「いやいや、市長なんか駄目ですよ。陛下のお膝元だからあまり汚職も出来ないし、さっさと勤め上げて地方の知事になりたいって連中ですから、上に陳情なんかしてくれません。強いて言うなら裁判所ですけど、法務省のお役人の息がかかってるから個人の訴えなんて聞いてくれません。やっぱりうちらの声を代弁してくれるのは新聞社だったんですけどね。最近は大手も軒並み政府に丸め込まれたのか、向こうの肩ばっかもっているので皆イライラしてるんです」

「そっかー、でも平和に収まるといいですね」


帝国人ではない二人はどちらの肩を持つ気にもなれず適当に給仕に相槌を打って流した。


「そりゃあね。もちろんそうですよ。でもあの騎士道を守る事で有名な御一家がこの都で戦火を交えるとは思えないんですよ。ちゃんと宰相が謝って、昨年何があったのか説明してくれりゃーそれで収まると思うんですよね」


どうやら新聞が掲載している政府の公式発表は信じていないらしい。


 ◇◆◇


「最近はみんなあんな感じだよ。せっかく家を借りてもどうなるかわからないし、まだ一緒に暮らそうよ」


イルハンが間借りしている大使館内であれば帝国人同士で争いが起きても安全だ。

喫茶店を出てからイルハンはそう主張した。


「いやいや、家賃が下がってる今こそ借りるべきだ。なんか滅茶苦茶暴落してるらしいし」


エドヴァルドは去年もいちおう探していたのだが、あまりに高くて断念していた。

わずか数か月の間に家賃は1/5くらいになっていた。


「なんだろね。お金持ちは都から逃げちゃったのかな?」

「さあ。でも俺が借りるような所にまで影響があるとは思えないけどな」


生活費に難があるだけに、エドヴァルドが選んだのはかなりの貧民街だ。


「あ、そういえばレックスの弟さんが不動産事業やってていくつか会社が倒産しちゃったんだって。そのせいかな?」

「ふーん」

「ね。一緒に暮らせばいいじゃん」

「そんなこといったってお前もレクサンデリの所に執事の仕事を教わりに行くとか行って空ける日多いじゃんか」

「たまにだよ」


目星をつけた下宿先の周囲は石造建築の集合住宅街。

地震もある土地柄だけにそこそこ頑丈な作りだが、砂埃が酷い。

道行く男達もやたらと目がぎらぎらしていたり、やつれていたり、人生を儚んで暗い顔をした者達だ。


街角では終末教徒が道行く人々に演説をしていた。


「時は来た!ラキシタ家が帝都を占拠し、火を放ち都は灰燼と帰すだろう。まもなく夥しい数の亡者達が地獄から追い返され旧都のようにこの世を支配する。神の時代が終り、人の時代も終り、ついに終末の時が訪れるのだ!悔い改めよ!!人が支配する時代は終る。来世でも苦しい人生を歩みたくなければ悔い改めるのだ!!終末の時にあって新たな生命に転生する為には現世の未練を断て。あらゆる物を、所有する事を放棄するのだ!!」


終末教徒はそういって服もカバンもパッと放り捨てて、道行く人にも同じようにするよう説いた。


「うわ、裸人教徒よ!」「過激派の変態だ!」


人々はきゃーきゃーと騒ぎ始めた。中には石を投げる者もいる。


うっせーなーと耳を塞ぎつつ、エドヴァルドはイルハンの誘いを断った。


「お前の所の大使館も今年は正規の場所に引っ越すんだろ?さすがにこれ以上他国の大使館に間借りして住まわせてもらうのは申し訳ない」

「エディはボクの命の恩人なんだから、皆気にしないって」

「俺が気にする。気持ちよく暮らせないし、俺は自立したいんだ」

「自立?自分の領地もある王子様なのに?」


いち労働者として働き、その収入で家を借りて学校に通うような王子は普通はいない。


「うちのオヤジも闘技場で金を稼いで学院に通ってたらしいしな。それにさ・・・」

「なに?」

「なんか、去年の俺ってちょっと俺らしくないというか幼児退行していたような気になってたんだ」


エドヴァルドが何気なく街中に目をやると小型犬を車椅子で運んでやってる女性がいた。正確には車椅子の男性の膝の上に犬を載せてやっている。

散歩で疲れた犬を載せているようだった。

路地裏ではホームレスに連れられている犬もいるが、そちらも小型犬で痩せてはいるがギラギラした眼で主に近づく人を警戒していた。


「あんな感じでさ。甘やかされるとどうしても小さな子供に戻った気になる。もうこれでもいいや、とかついつい彼女に甘えすぎた。なんか去年は俺、ぬるくなりすぎた。これじゃ駄目だと思って」

「ええええ?エディが?すっごい波乱万丈だったじゃん!甘えた人生なんか送って無いって。むしろエディよりきっつい人生送ってる同年齢の人なんているの?」

「そりゃいくらでもいるだろうさ。お前だってそうだし」

「ボクは結構平気だよ。こんな体で将来国を追い出されたら一人でどうすればいいんだろうって思ってたけどエディやレックスに出会えたし。今までで一番いい一年だったんじゃないかな」

「俺も平気だ。コンスタンツィアさんに随分慰められたし。お前にも金が絡む事で借りは作りたくない」


金銭が絡むと友人関係は破綻する、とは古来より言われる事だ。

慣れ合うと非常識を非常識と思わなくなる。それをエドヴァルドは嫌った。


「ははーん、なるほど」


にしし、という擬音が聞こえてきそうな表情でイルハンは笑ってエドヴァルドをみやる。


「なんだよ?」

「コンスタンツィアさんが一番に出てくるあたり、彼女に子供と思われたくないんだ?」

「・・・うっせーな!そうだよ。悪いか?」

「別にいいけどさ。甘えちゃえばいいじゃん。彼女の事好きなんでしょ?」

「そりゃーな。そりゃーな!いい人さ。でもさ、普通俺くらい大きな男を嫌がりもせず胸に抱くか?子供っていうか赤ん坊あつかいっていうか・・・」


エドヴァルドは天を仰ぐ。

男らしい所を見せたいと思っても、赤子扱い。フィリップとの決闘に勝っても態度は変わらなかった。初対面が夢の中とはいえ母を求めて泣いている場面だったのでその印象が強すぎるようだ。


「男として意識して欲しいから自立したいんだ?」

「ああ・・・っていや、待て、違うだろ?お前の国に甘えたくないし、オヤジだって自分で稼いで暮らしてたっていったろ?」

「ふーん?」


イルハンは一番言いづらかった事を後回しにしてただけでしょ、と言いたかったがそこを指摘してしまうと、たぶんむくれてしまうので適当に流した。


 ◇◆◇


 二人は最初にアージェンタ市の公共職業斡旋所に行ったが、帝国市民権を持っていなかったので紹介して貰えなかった。

一応外国人の出稼ぎ労働者用の斡旋所も兼ねているのだが、入国許可証の申請時に許諾を得ている必要がある為、留学目的でやってきた二人には許可が降りない。


さんざん歩き回って人に尋ねて、民間企業がやっている労働者斡旋会社に行きついた。早速受付で用紙に必要事項を書いて受付に提出した。


「お住まいが未定ということですが・・・」

「引っ越し先がまだ見つかってないだけだ。仕事が見つかったらそこの近くにする」

「15歳未満ということですが、ご家族はいらっしゃいますか?」

「いない」

「保証人がいらっしゃらない場合、出来るだけ良い現場に紹介するにはお客様の預金額の証明書や昨年の収入証明などが必要ですがお持ちですか?」

「預金なら多少アルビッツィの銀行にある。今度証明書を貰ってくる」


シセルギーテは眠りにつく前にスーリヤとラリサ用以外に別の口座を作りエドヴァルドが好きに使っていい分を分けて贈与してくれた。一年過ごすにはこころもとないが、半年分くらいは生活するのに十分だ。


「基本的にはどこの現場も保険への加入が必要です。労働保険には加入されていますか?」

「してない」

「でしたら当社はフランチェスコ生命保険の代理店ですから特別料金で加入出来ますが、なさいますか?」

「必要ならしよう」


事務員は貼り付けたような笑顔で用紙を取り出した。

イルハンはいちおうエドヴァルドに忠告した。


「ちゃんとお仕事見つかるアテがついてからにした方がいいよ」

「わかってる」


エドヴァルドは渡された契約書類は受け取らずに質問した。


「で、仕事はいつ見つかる?」

「日雇いのお仕事でしたら今日今すぐにでもご紹介出来ますが保険に加入は必須となります」

「俺は怪我なんてしない」

「怪我をさせてしまった場合の為にも必要です。当社は当局の規制に従い、健全な労働環境を提供する現場に斡旋しておりますので規則には従って頂きます」

「わかった、わかった。とにかく日雇いの仕事をするほどには切迫してない。5月以降は早朝や夜間でも働ける所がいいんだ。今は留学中で学院が開くまで暇だから日中の仕事を紹介してくれてもいい」

「ああ、なるほど。そういうことでしたか。13歳の男女で家も無いとなるとどうしたものかと・・・ひょっとして駆け落ちでは?とか思ってしまったり、申し訳ありません」

「ボクらの国では12歳で成人ですよ」


エドヴァルドの小姓だったクレメッティにも既に子供がいるのだが、帝国では年齢だけで未成年扱いされてしまう二人だった。

まだまだ寒いので厚着をしているが、イルハンは可愛らしい服装を好んでいたので女の子扱いされた事に否定しなかった。


二人は後日また改めて来る事にしてそれまでに仕事先をいくつか見繕って貰う事にした。受付は彼らが外国の王子とは知らないまま『要注意』のスタンプを押してから営業担当部署に書類を回した。


 ◇◆◇


「他にもいくつか同じような会社あるみたいだから行ってみよう」

「えー、あそこでいいじゃん。ボクもう疲れちゃったよ」

「俺はここの常識を知らないし、騙されたら困る・・・っておい、どこ行った?」


エドヴァルドがイルハンがついて来ていない事に気が付いて周囲を見回すとベンチに座って自分の足をほぐしていた。


「今日は男の子の日じゃなかったっけ?」


イルハンは男物だか女物だかどっちかよくわからない裾の広いズボンを穿いていた。


「そうだけど、あの受付の人。完全に女の子だと思ってたよね」

「そんな見た目でそんな恰好してりゃーな。他人にゃ性別の違いなんてそんなもんだ」

「あはは、ボクの事なんて誰も知らない国に来てよかった」


自国では身近な人々からも気味悪がられていたイルハンはしみじみという。


「疲れたんなら帰って休んでてもいいんだぞ。でもお前、そんなにヤワだったっけ?」

「んー、最近体型の変化が激しくてあちこち痛いんだよ」


男の時でも女の時で小柄なのであまり性的な特徴は目立たないが、少し腰つきが女の子っぽい日があるなあとエドヴァルドが気になる日もある。


「骨格が大分違うからなあ。成長痛みたいなもんか」

「多分そう。だからほら、おぶってくれたっていいんだよ?」

「よしきた」


エドヴァルドは背中を向けてしゃがんだ。


「冗談だって、そこまでは痛くないよ。ほら、エディも座って。ちょっと休もう」

「しょうがない奴だな。酷使は駄目だが、適度に運動して柔軟体操もしないと体に良くないぞ」

「はいはい、でももう堤防での走り込みは勘弁ね」

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2022/2/1
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