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荒くれ騎士の嘆き歌  作者: OWL
第五章 蛍火乱飛~外伝~(1430年)
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第35話 五法宮の戦い・裏③

 結局、ラッソはヴィヴェットの助けを求める声にあらがえなかった。


情に流されたわけではない。

現実的にはラモンを追跡する事が不可能だと判断した。


議員団や五法宮の警備とラキシタ家の手勢の争いの中に飛び込み、通り過ぎ

ざまにラキシタ家の兵士達を斬り伏せながらカルロ達の方角へ急いだ。


「雑魚共がっ!」


ラキシタ家が誇る精鋭兵士達はラッソにとっては正道に徹し過ぎて暗器への対処が疎かだった。ゴドフリーや監察騎士達に比べるとあまりにも弱い。

そもそも奪った魔剣がある時点でラキシタ家の兵士達にはまともに剣を撃ち合う事も出来なかったが、ラッソは通り過ぎざまに暗器を駆使しながら次々と倒していった。


重傷だというカルロをここから退去させるには人目にも分かるようにラキシタ家の手勢を始末して活躍した方がいいと判断して出来るだけ警備兵達の味方をしてやった。


脱出路の南大門の側でカルロは仰向けに倒れていた。

ヴィヴェットはカルロを介抱しようとしていたが、カルロは物陰で倒れたまま気絶して動かない。


周囲を見るとラッソの介入で均衡が崩れて戦いは終盤にあるようだ。

ラモンがラッソの事を言いふらすかもしれないが、五法宮の警備はすぐには何のことかわからないだろう。ラッソは落ち着いて対処した。


「何があった?」

「カルロの腰を戦槌で砕かれました。歩けません」


近くに戦槌を持った監察騎士が血の泡を拭いて倒れている。

カルロと相討ちになったようだ。


腰をやられたとなると背負うのは危険だ。両手で持ちあげて振動を与えないよう注意して病院まで運ぶ必要がある。


「どうしたら・・・」

「近くに闇医者の知り合いはいない。俺が連れ出して正規の病院へ連れて行く」

「でも人が・・・」


厄介なのは南大門に人が集まって来ている事だ。

それにエドヴァルドと護衛対象がいる。


「気にするな、正面から堂々と出ていく・・・っと」


門の前に集まっていた人の中に暗殺者が紛れ込んでいて、護衛対象を狙っていたのでラッソは咄嗟に投げナイフで暗殺者を始末した。奇襲が失敗し、他の暗殺者も門の前に集まってきた群衆から飛び出してきたが、護衛対象との間にラッソが割って入り斬り伏せた。


(ラキシタ家の軍装をした者が屋内や群衆から出てくる筈がない・・・、誰の差し金だ?)


ピエールに頼んで調整して貰った監察騎士の装備で身を固めたラッソに対抗できるほどの手練れはいなかった。もともと屋上から全体を俯瞰していたラッソには配置がよくわかっている。群衆から出て来た連中は正規兵ではない。


「ナトリの連中か」


フランチェスコの死亡後も各組織は行動を控えたままだったからこそコリーナは自分達に頼ってきた。生きて帰れそうにもない無謀な襲撃を仕掛けられるのは洗脳技術を持つナトリ連盟かクロウリー協会。協会には帝国内で騒乱を起こす理由はない。

ラキシタ家も昔のヴィクラマの乱の際に南方圏に軍を送っておりナトリの人々に恨まれる理由はある。


「ま、いいか。本気だったら凄腕を送り込んでいるだろうし」


騒ぎを起こす事自体が目的で、ラキシタ家と政府の関係修復を妨害したのだと看破し、それなら既に目的は達成されている。邪魔した所で恨まれる筋合いはない。

カルロを抱いて、堂々と門から出て行こうとしたが法務省の警備責任者が封鎖すると言って通してくれない。


「退いてくれ、重傷者なんだ。一刻を争う」

「ここの医者に見せてください」

「医務室で治療できるような怪我じゃない!」


監察隊の立場を利用して脅そうとしたが、責任者は頑固だった。

押し問答をしているとエドヴァルドが気づいてやってきた。


「お、ラッソじゃん。さっきは助かった。なんでこんな所に?」

「仕事でね、職員が重傷で急いで病院に連れて行かなきゃならないんだが通して貰えないんだ」

「ちょっと待っててくれ」


エドヴァルドは護衛対象の方伯令嬢の所へ行き、警備責任者に話を通してくれた。

ラッソ達は正面から出て行って病院にカルロを入院させた。


 ◇◆◇


 カルロの容態は芳しくなかった。

腰の骨は粉砕されており、今後歩く事は出来ないだろうと診断された。


「すまん。足引っ張っちまったな」


目が覚めて状況を理解して第一声がそれだった。


「いいさ。まだまだ俺の人生は続くって事だからな。次こそラモンは殺す」

「悪いが、俺はもう駄目だ。後は任せる」


カルロはベッドの上で肩を竦めた。


「諦めるな。俺みたいに動けるようになるかもしれないだろ」

「あんま期待させんな」


ラッソはシュミットから腕や目を修復して貰ったが、半身不随になった人間を回復させた話は聞いた事が無い。


「とにかくあちこち駆け回ってみるから」

「外の状況は?出歩いて大丈夫なのか?」

「問題ない。ラキシタ家の関係者は軒並み逮捕されているが、この大都市は封鎖なんかしたら、経済が麻痺しちまう。検問も形式だけだし、出歩くのに不都合はない。で、あの時何があったんだ?」

「ヴィーがちょっとな。彼女はどうしてる?」

「取材だ」

「そか、逞しいな」

「で、彼女が関係してるのか」


ヴィヴェットが南大門まで来る予定は無かったのに現場に来ていた。

ラッソはそこに疑問を持っていた。


「取材の為なんだろうけど、近くまで来すぎてな」


急に連絡が取れなくなりヴィヴェットは直接現場までやってきた。

カルロは襲撃者の魔術や飛び道具を妨害し、護衛対象を援護してやっていたがヴィヴェットはそのまま現場の念写を始めてしまった。


「俺は魔術で護衛対象を援護してたんだが、監察騎士に不審者だと思われちまった。仕方なく俺とヴィヴェットの二人でそいつは倒したんだが、彼女を庇った時にやられちまった」


カルロは相討ちになってしまったが、毒の粉を相手の顔面に叩きつけた。

ヴィヴェットは魔術で風を起こして騎士の顔を毒で包み込み止めを刺した。


「そうか。道理で落ち込んでたわけだ」

「彼女を庇いはしたが、どうせ見つかってたし、俺一人じゃ奴には勝てなかった。お前も彼女に辛く当たるなよ」

「・・・あぁ、俺も復讐を優先してお前を助けに行かなかったからな。すまん」

「なんだ。どおりで遅いと思った。それで結局ラモンを殺せないとは中途半端過ぎるぞ」

「わりい・・・」


結局ラッソは冷徹にはなり切れなかった。


「バーカ、俺が呼んだのが悪いんだろ。気にすんな。行ってくれ」


カルロに送り出され、ラッソはシュミットや知己を当たってみたが、誰もカルロを回復させる事は出来なかった。結局、コリーナに頼んで感覚を麻痺させて貰うのが精一杯だった。


 ◇◆◇


 病院もアージェンタ市に移動してヴィヴェットが看護する事になり、やってきたコリーナも診察はしてみたが、やはり手の施しようが無かった。


「御免なさいね。わたくしの依頼の為にこんな大怪我をさせてしまって」

「それが仕事だ。別にあんたを恨んじゃいない」

「ご立派ね。今後毒物や薬品が必要になったら無料で譲るわ。お婆ちゃんのお店を引き継ぐ事になったから」

「そか。まあ俺には痛み止めくらいしか必要じゃないけどな。はー、こんな事ならヴィーを抱いときゃ良かった」


あまり期待はしていなかったが、今後一生車椅子生活を宣告されるとカルロも気が滅入る。


「なんだ。お前、まだ抱いてなかったのか」

「そーだよ、悪いか?」


あれだけアタックしていたのにまだ肉体関係が無かったとは思わなかった。

ヴィヴェットは貞操観念も緩いし、押せば承諾してくれそうに思えたが。


「俺らはチームだからな。仕事が終るまで三角関係になったら不味いと思って」

「ばかめ。俺が相棒の女に手を出すか」


ラッソも彼女の事は評価していたが、手を出す気は無かった。


「そういう事ならわたくしが手を貸しましょうか?」


コリーナがカルロの欲望を満足させてやろうかと名乗り出た。


「ナニをどうにかしてくれるって?悪いが俺はヴィーに首ったけなんだ」

「馬鹿ね。そういう意味じゃないわ。わたくしが言っているのは貴方の精神を他人に憑依させてあげるから、ヴィヴェットさんを抱きたいならそれで目的は果たせるでしょう?」

「憑依?」

「第三者がカルロさんに体を提供すれば、今までのように自分の感覚と同じく外を出歩くことも出来るわよ。子作りもね。案外それで本体の神経が回復するかも・・・試してみない?」

「なんだそりゃ。結局他人がヴィーを抱くって事じゃないか、御免蒙る」


馬鹿馬鹿しいとカルロは顔を背けた。


「貴方もヴィヴェットさんも貴族のはしくれでしょう。現象界の肉体ではなく霊的根源に目を向けなさい。貴方だけでなく夢幻連結器で全員の精神を結び付ければヴィヴェットさんも貴方に抱かれてるのと同じ。子供にも貴方の根源は遺伝するでしょうね」

「夢幻連結器ってあの娼館とか、ナトリにあった奴か」

「ご存じの様ね。わたくしが開発者なの」


参加者の夢を結び付けて遊ぶ為の道具では無かった。

一方、提案されたヴィヴェットは乗り気だった。


「お互いに相手が本人だと認識出来て、カルロのマナスが私の中に引き継がれるなら確かにカルロに抱かれているのと同じ事かもしれません」

「おいおい、ヴィーは乗り気なのか。誰がカルロに体を貸すってんだ?」


ラッソは相棒の女が他所の男に抱かれるというのはちょっと見たくない。

それで口を挟んだが、カルロとヴィヴェットは期待した目つきでラッソを見た。


「俺?」

「適任でしょうね。憑依するには相手の精神を押し出す事になり、必ず肉体を返すという信頼関係が無ければこの関係は成立しないの。同意の無い相手に憑依するには薬物で精神を破壊するか、亡者にする必要がありますからね」

「おっかねーな」

「貴方が仲間の夫婦生活の為に自分の体を貸すのなら薬物を使うまでも無く大した面倒はないわよ」

「まー、俺のせいでカルロを助けるのが遅れちまったんだし、どうしてもというなら仕方ないが二人ともほんとにそれでいいのか?」

「とりあえず試してみてからですね。ちゃんとカルロ本人だと認識出来るようなら構いません。私もカルロの子供が欲しいですから」


二人がその気ならラッソにはそれ以上拒む理由はなくなった。


「ま、好きにしてくれ。俺はお前達がお楽しみの間はカルロの体でリハビリでもしてるよ」

「悪いな、ラッソ。で、コリーナさんよ、個人的な問題はともかく俺らに礼がしたいならアデランタード公の行方を突き止めてラッソに教えてやってくれ。あんたは何でもご存じなんだろ?」

「いいでしょう。でも今はどこも厳戒態勢よ、それでもまだやるおつもり?」


コリーナはラッソの意思を確認した。


「ああ、奴とは顔を合わせてから取り逃しちまったしいずれ俺の捜索が始まるだろう」

「調べてみるけどあまり早まっては駄目よ」

「何故だ?奴はどうせ俺の事を襲撃者の一味だと告げ口してる筈だ」


一度切断された右腕には異形の手術痕がある。それは籠手で隠されているからわからないとしても眼帯をしていたので姿形からいつかは絞り込まれるという危惧があった。


「その眼はシュミットの手術ね。眼帯がなくても制御できるよう訓練しなさい。それにアデランタード公の件は大丈夫。あの男はもともと禁錮三十年の刑を受けていた犯罪者よ。貴方は被害者で五法宮の事件の時には守備兵側に協力していたのだから調べても貴方に不利になるとは限らない」

「そういうもんか?」

「政府は旧スパーニア領の統治を安定させて帝国軍を撤収させたいのよ。別にあの男に大公家を継がせなくても貴方達が利用出来るならそうするでしょう」


心配せずともそう悪い事にはならないとコリーナは請け合った。


「そこまで重要人物かな、俺達は」

「ええ、とてもね。近々サウカンペリオンで乱が起きる。東隣に位置するイルエーナ、エイラマンサ、ストラマーナの土地への波及を何としても防ごうとするでしょう」

「サウカンペリオン?何かあったのか」

「ええ、『巨神の手』といわれる環状列石の遺跡があるのだけどそれを帝国の学者が発掘調査していてね。小王ヴィルヘルムは中止させるよう政府に文句をつけに来たのだけれど拒否されて怒って帰って行ったわ」


現地の人々が神の遺跡だと崇拝し立ち入らないようにしていたのだが、帝国の考古学者は神とは関係ない古代帝国期の遺跡だと結論付けて発表してしまった。


「ふーん、だからって反乱を起こすのか?」

「もともと帝国への編入問題で反発していたのよ。少しはヴィヴェットさんを見習って時事問題にも目を通しなさいな」


コリーナは呆れて忠告した。

自分達の存在を帝国政府に認識されてしまっていたら確かに今後はその血筋を利用した方がいいだろう。ラッソもカルロも自分達以外に守りたいものがまだあり、連座させられる事だけは防ぎたい。

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2022/2/1
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