第34話 五法宮の戦い・裏②
そして五法宮に各勢力が集まった当日。
ラッソはモレスの剣は目立つので持参せず、ゴドフリーらから奪った監察隊の装備を身に着け堂々と五法宮に入った。
五法宮の建物の屋上に上がったラッソは周囲を確認する。
蒼いサーコートを着た監察騎士や、警備兵が数人見えた。
<<配置についた。塔の入り口が見える>>
<<議員団を視認、まだ人数不足、異常なし>>
<<団体客は20名前後が5組。その他が300名ほど>>
観光旅行会社の予定表も盗んでおり、ヴィヴェットは何かあった時紛れ込む為の服を全員分持ち込んでいる。もともとフォーンコルヌ家の宮殿だけあって開放されている庭園部分も立派で観光客の人気が高い。
<<塔の内部の様子は?>>
<<駄目だ。透視出来ない。扉が開くのを待つしかない。視察の連中はどこだ?>>
<<ガレオット公爵と方伯令嬢を視認、カルロの方へ向かっています>>
<<こちらでもそれらしき姿が見えた。少し気障な初老の男と赤いドレス姿の女性だな>>
<<そうです。公爵のお供が4人、方伯令嬢が・・・5人ですが、こちらは10代の少年少女ばかりです>>
<<確認した。ラッソにも映像を送る>>
彼らは短距離魔力通信の魔術装具を使って視覚と聴覚情報を共有している。盗聴される危険はあるが、裏社会と軍の一部でしか流通していない為、いると分かっていない限りは大丈夫と判断した。
<<よし、確認した。入り口前に他の護衛対象も集まり始めた。そろそろ仕掛けてくる筈だ。いったん中継を切る>>
自分の視覚とカルロの視覚がごっちゃになったままでは状況に対応出来ないのでラッソは意識を自分の視覚だけに限定し、塔の前にある広場の監視に専念した。
暗殺者を発見したらカルロとヴィヴェットに情報を提供してやる予定だ。
しばらくしてかなりの大人数が塔の前の広場に集まった。
これから分散してそれぞれの視察先へ行ってしまう筈だ。
いつ襲うのか、どこに潜んでいるのかラッソは探ったがあまりきょろきょろと挙動不審にしている訳にも行かず立ち番を装い続けた。
そしてその時は唐突に訪れた。
地下から突きあげられるような強烈な地震が発生し、ラッソも地面に伏せて収まるのを待たねばならなかった。
<<カルロ、異常は?>>
ラッソは再びカルロに向けて問い合わせたが、彼は地面に伏せたまま動かず、こちらを見ない。地震の影響でマナの磁場が荒れて通信が出来ない。
ラッソは建物の屋上から身を乗り出して人々を観察した。
議員団とラキシタ家の兵はまだ現場に留まっている。
水道管が破裂して、水が地面から吹き出してくるのが見えた。
そして、その破裂音に便乗して屋内から小さな爆破音も聞こえる。
(来たな、陽動か)
議員団はまだ屋内の異常に気づいていない。
ラッソは視覚を魔眼に切り替えて足元の屋内の様子を透視すると、そろそろと動く暗殺者特有の動きとその熱反応が見える。
屋上にはラッソ以外に地震に動転している警備兵しかおらず、暗殺者らしき姿は見えない。視覚を切り替えても反応なし。魔術で姿を隠している訳でも無い。
ラッソは異常を無視して塔の監視を続けた。
議員団を助けてやるのはある程度騒ぎが起きて、イルエーナ大公らが外に連れ出された後だ。愚者の塔の扉が開かない限りラッソには手が出せない。
その塔の中からは一階の特殊合金製の扉を激しく叩く音がする。
議員の一人が異常を察して、護衛と共にその場を離れた。それを行ったのは知人のエドヴァルド。
(さすがだな)
非正規戦闘にも慣れているようなので、方伯令嬢は彼が守っている限り放っておいても大丈夫そうだ。
エドヴァルド達が距離を取った直後に愚者の塔の門は破られた。
やはり相当な魔力で護られていた門らしく、破られた直後は魔力の波紋が長く残った。
(やった。ついにこの時が来た!)
護衛対象の一人が、塔から出てきた少年にいきなり殴り殺されたがもうどうでもいい。ダルムント方伯令嬢はエドヴァルドが護衛しているし、ガルストン議長はさっさと自分の足で逃げ出した。連絡が取れればカルロに任せる所だったが、あちこちで魔術が使われ始めた為に地震の影響がなくなっても連絡をつけるのは難しそうだった。諦めて標的抹殺に専念することにした。
現場は大混乱で、彼一人が塔の中に忍び込んだ所で誰も気づかない。
ラッソは建物から飛び降りて愚者の塔に駆け込んだ。
◇◆◇
塔の中は、どこもかしこも血に塗れていた。
階段には血が滴り落ち、壁には人体がめり込んでいる。服装からすると職員だ。
外からは人の叫び声が聞えているが、内部は静けさに満ちている。
標的も既に死亡しているかもしれないが、ラッソは標的二人の死亡を確認するまでここを離れるつもりは無かった。
「イルエーナ公、アデランタード公!何処にいらっしゃるか!ここから脱出して下さい!!」
時間が無いので向こうから出てくるよう救助を装ってラッソは大声を出した。
「ここは危険です、監察隊が救助に来ました。早く安全な場所へ!!」
扉を一つ一つ慎重に開けながら上層階へ登っていくと、七階で返事があった。
「ほ、本当か?」
言葉と共に階段の上からよたよたと太った老人が顔をのぞかせてきた。
「ええ、この鎧見覚えがあるでしょう?」
「ああ、しかし、解散した筈の対外活動部隊が何故ここへ?」
大公は幽閉中も情報は得ていたのだろう。
第7監察隊の解散を知っている。にやりと笑って近づいて来るラッソに不審感を持たれたがもう遅い。
「まだ終わってないからさ」
いきなりラッソは大公の顔を殴り飛ばした。
一撃で歯が複数本折れて吹っ飛んだ。
顔面血まみれの顔をラッソは踏みつける。
「おい、ディエゴ。ラモンはどこだ?一緒じゃないのか?」
「な、何をする」
歯が欠けて気が抜けた声で苦しそうにディエゴ・イルエーナは喚いた。
その太った腹をさんざん蹴りつけてから、ラッソはディエゴは放っておいてラモンに呼びかけた。
「ラモン!出て来い。親父の命が欲しければさっさと出てこい!!ディエゴ、薄情な息子を呼べ!!」
ラッソはディエゴ・イルエーナの頭を掴んで持ちあげた。
彼はラモン、ラモンと呼んだが、ラッソが殴り過ぎたせいで声が弱々しい。
ラッソは舌打ちしながら階段を昇り、途中で重くなってきたのでディエゴ・イルエーナの顔面を壁に叩きつけて顔面を引きずってすりおろしながら殺した。いいたい事は山ほどあったし、もっと苦しめたかったがその間にラモンに逃げられるわけにはいかない。
「薄情な息子め。お前の父は助けを待ちながらたった今!死んだぞ!」
ラッソは割れた窓からディエゴ・イルエーナの死体を外へ抛り捨てた。
<<ラッソ!聞えますか。カルロが重傷です!早く戻ってください!!>>
<<あと一人が目前だ!待ってろ!!>>
窓に姿を現した時に、ヴィヴェットから視線が通ったらしく、マナの干渉を避けて直接通信が飛んできた。ディエゴの遺体を放り捨てたので目に入ったのだろう。
彼女がラッソのいる所から視線が通る所まで来るのは予定外だが、カルロの身に何かあって勝手に移動したようだ。
ラッソはヴィヴェットの助けを求める声を無視して塔を登り、部屋の扉を一つ一つ開けては手榴弾を放り、弾が尽きれば火を放っていった。塔の最上階まで来た時、屋上への階段を発見しそこを登るとようやくラモン・アデランタードがいた。
「やあ、ラモン。久しいな」
「誰だ、お前は」
ラモンの姿を最後に見てから十年以上経つが、それほど衰えていないようだ。ディエゴも太っていたし、幽閉の身といっても随分よい待遇を与えられていたらしい。
「お前をこの手で殺す日をずっと夢見ていた。だが、もう時間をかけられない。お前は父親の血の海の中で溺死するのが相応しい」
ラッソとラモンが下に視線を向けると墜落死したディエゴの遺体が見える。周囲には血がどんどん広がっていて、議員団やラキシタ家の兵士らと混じってまさに血の海と化している。
母と弟、妹達の死に様を思えばこの男もやはり同じような死に様を迎えるべきとラッソは考えた。
「ああ、分かったぞ。お前、ティラーノの息子か。奴の面影がある」
「そういうことだ。不思議な事だが、憎いお前の顔を見て生まれて初めて喜びを知った気がするよ」
ラッソはラモンの頭を掴み塔の屋上から駆け下りながらその体を摺り下ろしてやろうとほくそ笑んだ。これが最後、目立って正体が露見しても構わないと思うくらい気が昂っている。
<<ラッソ!お願いです!早く戻って!応援が来たら全員ここで死にますよ!>>
<<煩い!!お前がカルロを連れて逃げろ!俺の事はもういいんだ、気にするな>>
カルロが重傷のようだが、彼の父ガルシアを追い落として死なせた男が目の前にいる。カルロもこいつを殺してから撤収しようという筈だ。
だが。
<<ラッソ、ヴィーの事を頼む>>
カルロからの息も絶え絶えの通信で一瞬その決意が揺らいだ。
もしもの時はお互いの家族の面倒を見る約束だ。
カルロとヴィーは先日、結婚はせずとも所帯を持つ約束をしていた。
そして、その一瞬の躊躇いの内にラモンは姿を消した。
塔から飛び降りたのだ。
「馬鹿な!」
飛び降りたラモンは魔術を行使して近くの建物の屋上になんとか着地し、奥へと駆け出してしまった。そちらからは警備の魔導銃兵が出てくる。
「くそ!あの野郎!!」
五大公家の血を引くだけあって滑空するだけだが浮遊魔術も使えたらしい。塔の中で幽閉されている時は魔術は使えないが、屋上なら話は違う。ラモンは行ってしまった。
追跡するには五法宮の戦力を薙ぎ倒していく必要がある。
ラモンが銃兵にこちらの事を伝えていた場合、向こうに跳ぶと監察隊の恰好をしていても味方と思われず撃ち落とされる可能性もある。一方、カルロ達がいる広場は混沌とした状況でラッソが紛れこんでもバレはしない。
追跡を続行するか、カルロを助けに戻るか、悩みどころだった。




