第31話 ムエル街のコリーナ
ヴィヴェットに言われてラッソは売人の伝手でコリーナの居場所を調べ訪問した。
そこはあまり裕福とはいえない人々が住む街中であり、貴婦人といった風の彼女にしては似つかわしくないずいぶんこじんまりとした家だった。
「あんたの用件を聞く前にこっちの話がある」
「何かしら」
「あの精神病院にいたワイドナーを殺したのはあんたか?こっちは商売の種が死んじまって大迷惑だ」
あの男を殺せたのはコリーナ以外にはいないと確信はしていたが、一応そう訊ねた。
「彼は自殺でしょう?残念な事ね」
「別に済んだ事を責めて今更どうこうする気は無いが、誠意の無い相手からの依頼は受けないぞ」
ラッソはコリーナの瞳をじっと睨んだ。
「仕方ないわね。そうよ。彼に白状されてしまうと困るの」
「何故だ?あんたの依頼人は政府なのか?」
コリーナにはこれと言ったスポンサーはいない、職人気質の暗殺者だと思ったが違うのだろうか。
「暗殺者が依頼人の事を漏らす訳ないでしょう。それこそ誠意に欠けるわ」
「まあ、それもそうだな」
「実際の所、依頼人などいないのですけれどね。わたくしが貴方に頼みたい事もそう」
「ちっ、バカにしやがって。とりあえず話を聞こう」
信用できるはずもない軽口にラッソは舌打ちする。
コリーナは茶を淹れてくれようとしたがそれは断った。毒殺を得意とするような女から飲食物を貰う訳が無い
「さすがに混ぜ物なんかしないわよ、失礼ね。ではわたくしだけ頂きます」
「どうぞ、御勝手に」
一服してからコリーナはラッソへの依頼を話し始めた。
「最近、皆動きを止めているから依頼出来る相手がいなくて困っているの。議会の要人を暗殺しようとしている勢力があるのだけど、それを止めて欲しいの。お願い出来る?」
「おいおい、同業者を殺せってのか」
「抗争なんて別に珍しくもないでしょう。当局に売ろうというわけじゃないのですし、沈黙の掟には逆らっていない。構わない筈だわ」
「確かに。で、報酬は?」
「十分な金額を用意するわ。それにお友達も賛成してくれると思うの」
「ダチ?」
ラッソにとって友人といえるのはカルロの事だけだ。
カルロの実家のヴェルテンベルク家は帝都近くに住む古い家柄だが、議会に名は連ねていない。あまり裕福な貴族でもないし関係者に議員もいない筈だ。
「ヴィヴェットさんの事よ。ワイドナーを死なせてしまったお詫びだと言っておいて」
「あいつ、そんないい家柄のお嬢さんだったのか」
ラッソは暗殺されそうになっている議員というのがてっきりヴィヴェットの家族か親戚かと思った。
「近々五法宮でガルストン議長とガレオット公爵、ダルムント方伯の御令嬢その他の方々が一同に会する予定なの。五法宮に入る通行証はわたくしが用意するから当日は影から警備兵を支援して暗殺者を始末して」
「随分難しい依頼だぞ。会合を中止させられないのか?」
通行証を用意して貰えるのは有難いが、法務省の職員の振りしつつ暗殺者を始末し、自分達は疑われずに現場を立ち去るというのは至難の技だ。
「一人一人始末しに動かれたら防ぐのは難しいわ。彼らの標的が集まった所を襲おうとしている所を逆襲して始末した方が楽よ」
政治的なテロを目的としているので派手な騒ぎを起そうとして、わざわざ法務省で会合を開くところを狙うとの事だった。
「近場から五法宮に来る応援は騒ぎを起こして遅らせるから心配しないで」
コリーナは五法宮からの脱出ルートをいくつか提示した。
着替えが用意された複数の倉庫、近くの運河、観光客向けの官庁街見学ツアーがやってくる時刻表。何百万という人が住む帝都の密集地で人混みに紛れれば官憲は追跡しきれないだろうとコリーナは言う。
「議会の要人を助けたいなら当局に通報しろよ。俺らが助けてやっても捕らえられたら馬鹿みたいじゃないか」
「当局が知れば相手に気取られるでしょうから駄目よ。実行はさせたいの」
「何の為に?」
「まとめて始末する為だといったでしょう?相手のやり口をよく知っている貴方のような強力な暗殺者でもあり戦士でもある人物が必要なの」
買い被られたものだとラッソは思うが、暗殺に特化したものが多い業界なのでラッソやメイソンのように優れた魔導騎士と正面から戦える人材は少ない。
「五法宮の警備は貴方の敵じゃないと思いますけれど、まだ足りなかったらもう一つ情報を教えましょう。この日五法宮で騒ぎが起きれば愚者の塔に幽閉されている貴族達が外に連れ出される。是が非でも現地にいたいのではないのかしら?」
それを聞いてラッソの目がすうっと細く冷たくなる。
この女、ラッソが狙う標的を知っている。
「あら、怖い。そんな顔をしないで?わたくしに隠し事なんて出来ないのよ」
「何故だ?他に何を知っている」
「今は知らないわ。でもいずれ知る。知りたい事は何でも」
「この場で始末されたくなければどうやって知ったかを言え。裏切者がいるのなら殺す」
ラッソの脳裏には毒薬の売人、メイソン、ポーター、アルマン、クベーラなどの顔が思い浮かぶ。
「喋ったのはあなた自身よ」
「なんだと?はぐらかすな。どうやって知ったかを言えと言ったんだ。次は無い」
暗殺用の鋭い短剣を抜いてコリーナの首筋に突きつけた。
「はぐらかしてもいないし、嘘もついていないわ。貴方が寝ている時に貴方に教えて貰ったの」
「分かるようにいえ、俺に魔術でもかけたのか」
「一般的に言う魔術とは少し違うの、ひとつの能力よ。何にせよ暗殺者が手の内を明かすと思う?操られているようで気に入らないのは分かっているけど相棒とよく相談してから決めた方がいいわ」
脅しても口を割りそうにないし、カルロに無断で決める事も出来ず仕方なく刃を下ろした。
「どうしても襲撃当日に止めなければならないのか?相手の数が多いならとても対処しきれないぞ」
「出来る限りでいいわ。議員団は三十名近いし、全員を守り切れとはいわない。でも主要三名は守って欲しいの。それに当日騒ぎが起きない限り、貴方達の目的を達成する事は難しいでしょう?」
「腹立たしいが、今は言う通り仲間と相談しよう」
先走りがちなラッソでさえ危険過ぎると思う仕事だ。
ヴィヴェットには何かしら受ける理由があったとしてもカルロには反対されそうだった。
「御免なさいね。良かったら前金代わりにひとつあなたの復讐のお手伝いをしましょうか?」
「なんだと?」
「一度貴方を退けたゴドフリー・ベルヒリンゲンを暗殺する時、このわたくしが手を貸しましょう」
◇◆◇
「つーわけだ。焦るとろくな事は無いってのはわかってるが俺は協力するしかないと思う。だが、カルロの意見を聞きたい」
「美味い事俺らの弱みをついて来たな。イルエーナ大公の解放日が近い。旧臣が出迎えに馳せ参じ始めているし、合流したら俺らの手に負えなくなる。お前の言う通りここでどさくさ紛れにやるしかない」
ラッソにとっては意外だったがカルロは同意してくれた。
「ヴィヴェットは客観的に見てどう思う?」
二人にじっと見つめられたヴィヴェットは口を開く。
「・・・お二人はお互いのどちらかが死んでも標的を追い続けますか?復讐と友人どちらをとりますか?」
「「復讐」」
二人とも即座に同時に答えた。
「意外ですね。そんなにあっさりと答えるなんて」
「最初からそうするって決めてるんだ。どちらかが志半ばで倒れてもお互いの標的を殺しつくすまで止めないって。今は残り三人に絞っているけどな」
カルロの答えにラッソも頷いた。
「ヴィヴェットは自分の夢と友人だったらどちらを優先する?」
「まあ、私も夢ですね。友人はあくまでも他人です」
「だろ」
「じゃあ、ちょっと質問の仕方を変えて・・・自分の為じゃなく自分の大切な者の命がかかっている場合、それでも続けて欲しいですか?例えば、ラッソはお姉さんの命に危険が及んでもカルロに復讐を続けて欲しいですか?」
「それは確かに・・・あの世でカルロにもういい、終った事だ。やめてくれと言ってるだろうな。カルロ、もし俺に何かあったら姉さんの事を頼む。悪いがその時は姉さんを巻き込んで欲しくない」
ラッソには復讐よりも大事なものが出来てしまった。
いくら無念でも将来がある姉の幸福と死んだ家族は引き換えに出来ない。
「いいさ、俺が死んだときはヴィーの事を頼む」
カルロも昔の誓いを翻して復讐は諦めて、大事な人を託す方を選んだ。
「ヴィヴェットを?」
「俺らに関り過ぎちまった。俺らの素性がバレれば狙われる」
カルロは実家の家族とは既に縁を切って長くあまり心配はしていないが、最近親しく付き合っているヴィヴェットの事は心配だった。
「わかった。で、現時点では結局全員賛成って事なんだな?狙われている要人の中にヴィヴェットの知人がいるとかコリーナが仄めかしていたが」
「そうです。個人的には貴方達にこの仕事を引き受けて欲しい。そして復讐よりも議員達を守るほうに力を注いで欲しい」
「それは無理だ。出来るだけの事はするが、最優先は大公達だ」
「では、私も乗り込みます。コリーナさんには私の分の通行証も貰っておいて下さい」
「危険過ぎる。俺は反対だ」
カルロは即座に反対した。
「現場の念写映像も取れますから大スクープです。私は何と言われても現場に行きます」
カルロは反対したが、ヴィヴェットは暗殺者達にとって標的ではないので陰ながら魔術で支援する分には危険はないと押し通し、結局三人で現場に乗り込む事になった。




