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荒くれ騎士の嘆き歌  作者: OWL
第五章 蛍火乱飛~外伝~(1430年)
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第29話 自由都市連盟の新聞記者

 記者であり、作家でもあるオットマー社のベルベットが帝都にやって来た。

自分の本の販促と帝都の状況を取材しに来たのだ。

ヴィヴェットはカルロを連れて彼女に会いに行き、早速本題に入った。


「実はベルベットさんに我が社の新聞にも寄稿して頂きたくて」

「社長からそんな話は聞いているけど、どういった内容で?」

「実は帝国議会のガルストン議長は庶民院を設ける事を考えておられるのですが、議長という立場ではなかなか公に発言出来ず周囲から盛り上げて欲しいと考えておられます。私としてはそこに女性議員を送り込みたいのです」

「ふむふむ、なるほどなるほど」

「そこで社会的影響力の高いベルベットさんにも庶民院に関する提言と同時に女性議員枠を設けるよう提案して欲しいのです」


ヴィヴェットもそう書くつもりだが、影響力の高い女性に公に意見を表明して貰いたい。


「何のために?」

「え?」

「何の為にそんな事するの?」

「え、ですから議会に女性枠を・・・」

「そうじゃなくて何のために女性議員枠を作るの?」

「え・・・と、女性の社会への影響力を増やし地位を引き上げる為に」

「そうじゃないってば。政治なんだからどういう政策があってそんな事をしたいの?」


政策についてはヴィヴェットには特にこれといった考えは無かった。


「オットマー社では本土からやってくる官僚枠を減らし、現地採用を拡大して市長を自分達で選びたい、自分達の経済規模に見合った軍隊を持ち、裁判権も独立したい。真の自治権が欲しいとか、逆に本国に編入して本国並みの税制にして欲しいとか連盟の各市ばらばらの意見を載せているわ」


貴女にはどういう政策の展望があるのか、とベルベットは訊ねた。


「目下の問題としては軍事費、そして帝国の傾いた財政を解決する為に増税が必須なのは分かり切っているけど庶民は反対するばかり。その中で一体どれほどの市民が現実を見ているの?前線に義勇兵として赴いた事がある男性は毎年何万人もいるけど、女性は?」

「帝国軍は女性の参戦を認めて居ません」

「知人の女性騎士は参戦したわよ。一般人が帝国市民権を得るには前線で兵士として長年勤務する必要があるけど女性にそれができるかしら。平等を求めるなら、義務も同様に負う事になるけど、それを嫌がる人も多いでしょう。余計な事をするなっていわれる覚悟はある?」

「男性と同様の自由を得られるなら」

「でも、私も貴方も割と自由に生きてるじゃない。違う?ひと昔前は女一人で外出する事も出来なかったし、酒場にも入れなかった。今は結構いい世の中だと思うけど?」


東方圏の女性と違って帝国の一般庶民の女性は服装や髪型で咎められることもないし、庶民は割と自由に暮らしている。女性の方から訴えて離婚する事さえ出来た。


「男だったら私は家から支援を得られましたが、そうはいきませんでした。自立するまでに体を売る必要もありました。貴方も高級娼婦だった筈です」

「他にも手段はあったけど、それを選んだだけよ。簡単な道だったから」

「・・・貴方は成功者ですが、女性の味方というわけではないんですね」

「味方よ。勿論、苦労している同性を助けたいわ。でも、女子供は弱者だからと社会的に保護されているでしょう?その枠組みから外されない事を望む人もいるわ。帝国で起きた事は全世界に波及する。今も危険な猛獣や魔獣が跳梁跋扈する地域に住む女性は自力で身を守れるかしら。学問の無い女性が厳しい社会に放り出されて生きて行けるかしら」


普通に暮らしている分に何の危険も無く、最低限の教育を義務教育として受けられる都市住まいの女性と外国の女性では考え方も違った。


「今すぐにとはいいません。まずは女性が教育を受ける権利を帝国全体に拡大したいです」

「なんだ。政策ならあるんじゃない。じゃ、まずはその辺から始めて行きましょうか」


でもやっぱりまずは教育資金、税金をどうするかよねーとベルベットは思案している。


「え・・・と、協力して頂けるのですか?」

「いきなり議会に女性枠をとか言い出さなければね」


どうやらヴィヴェットは早まり過ぎたようだ。


「政治だけでなく経済も軍事もわからなきゃ議員なんて無理よ。でもそんな事まで理解が及ぶのは教育を受けた一部の貴族女性だけだわ。庶民院に女性なんて到底無理」

「しかし、現在の帝国議会にも女性議員は居ません。少ないですが女性が当主を務めている家もあるのに」

「じゃあまずはそういう女性当主から議会入りを望む声があるか取材して、記事にしてみるのもいいんじゃないかしら」

「出来れば貴女のような方に貴族籍など捨てて平民として成功して庶民院入りを目指して欲しいのですが」

「また無茶な事いうわね」

「ありていにいえば魔力が有っても社会的実績がなければ貴族籍から追放されている世の中になっているのに貴族制を維持しているのがおかしいんです。こんなのはここ百年の事です、貴族という定義が崩壊しているじゃありませんか」

「なるほどね。段々貴女の事が理解出来て来たわ」


黙って話を聞いていたカルロはヴィヴェットは少し熱くなり過ぎだと感じた。

貴族制を破壊する革命を目論んでいると言われれば騒乱罪で逮捕されかねない。


「まー何世紀かかるかわからんが、せいぜい頑張ってくれや」


彼女を冷静にさせる為にわざと馬鹿にした風を装って発言する。


「護衛の方?」

「助手です」

「ふうん?」


ベルベットは指輪に魔力を集めてみせた。

とっさにカルロは警戒してしまう。


「彼も魔力持ち・・・と。皮肉ね、上からの革命だなんて。結局庶民は利用されてしまうのだわ」


一瞬で見透かされた。

この女、出来過ぎる。さすがに若くして著名な作家になっただけはあるとカルロはますます警戒した。カルロは詳しく聞いていなかったがもともとは貴族の生まれで自立して自由都市に流れ着いたらしい。


「ヴィヴェットさんの言いたい事は分かったけれど性急過ぎて庶民の理解は得られないわね。議会の方もそう思うでしょう。議長に話を持ち込んでもきっと相手にされないわ」


庶民院を作るだけでも苦労するだろうに、女性議員まで捻じ込めというのは無理、議長にも拒否されるとベルベットは断言した。


「そうでしょうか・・・」

「そうね。まずあなたがどれだけ世間の事を理解出来ているのか確かめたいのだけれど女性は特許の出願が出来ない事は知ってる?」

「そんなはずはありません。マグナウラや彼女の作った学院の女生徒達には大勢の研究者がいます。それでひと財産作った人も」

「それは貴族の女性だけよ。庶民の女性には認められていないの。ま、夫や家族の男性の名義で登録するだけだからたいして困らないのだけれど」


貴族と平民の差はこういった社会制度の細かい部分でも存在した。

普段は困らないが、離婚した時、夫に先立たれた際などには問題になる。


「他にもあるのよ。男性の仕事とされている職業の経営者には女性は成れないとか。だから夫が死んでしまった場合、相続の際に子供がいなければ没収されて公売でわずかな対価だけ遺産として残されるの。賢母の教えの通り、女は子供を産んで育てる事に集中しなさいっていうのが古代からのしきたりですからね」

「知りませんでした・・・」

「地に足をつけるべきね。コネを作ったり大物ぶって政治家に働きかける前に」


この日の取材はヴィヴェットにとっては勉強になる事が多かった。

女性が義務教育を受ける事が出来る地域の拡大、働く場所を増やす事などにはベルベットからも賛同が得られたが、庶民が増税を受け入れない事には何も進まない。

庶民の場合、特許を申請できるのは男性に限るという法律があったのも知らなかったし、いきなり議会に女性入りを目指すより同性の支持を集めやすい法改正から始めていった方が良さそうだ。


政府の増税政策に賛同する記事を書けば庶民には嫌われ影響力を持てない。

ベルベットは庶民からの賛同も得やすく、古代から慣習的に続いて来ただけで政府も今更気にしていない特許法、相続法の改正など生活に根付いた部分を主張していく事を勧めた。


取材の帰り道にヴィヴェットはカルロにぼやいた。


「茨の道です。それも長い長い道のりです・・・」

「若いんだからゆっくりやれって。あの女の言う通り財政がドンだけヤバいかなんて庶民には理解出来てない。それに外国に比べれば税金は安いったって庶民は庶民で搾取しあってて結構生活厳しい奴も多いんだぜ?」


早期に経済と法体系が発展した帝国では平民の富裕層は貴族化し、弁護士を味方につけて違法スレスレの搾取を貧民から行っている。市民革命が起きた外国では貴族対平民という構図も成り立ったが、帝国では既に平民同士で搾取しあっているのでそう単純ではなかった。


そこをどうにかしない限り増税に反対して当然だ。


「はー、やっぱり私って意外といいとこのお嬢さんだったんですね」

「庶民を知るようになったのなんてここ1,2年なんだろ?じゃ、そんなもんだよ」


カルロは慰めて肩を抱き今回は嫌がられなかった。

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2022/2/1
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