第28話 再始動
暗殺稼業ばかりのラッソにとってエドヴァルドはいい稽古相手になった。
「エドヴァルド、もっと本気で打ち込んでみろ。全力を出していい」
「と、いわれてもまともに当たったらラッソを殺してしまうかもしれないし」
「無理無理、遠慮するな。来い」
無理と言われたらカチンと来たようで、エドヴァルドは棍に魔力を通して本気で撃ちかかってきた。その薙ぎ払う一撃をラッソは左腕で難なく受けて止めてみせた。
大きく魔力が弾けたが、ラッソの魔力の壁は突破出来ずエドヴァルドはたたらを踏む。
「ほらな」
多少は痺れたが、防具無しで受けてもそれだけでしかない。
一般人が受ければ骨が粉々に砕けている。
ラッソは痺れを抜こうとひらひらと左腕を振った。
「すげーな!でもちょっとへこむ」
エドヴァルドはバルアレス王国の第四王子。
それほど歴史の古い王家でも無く魔力も強くはない。
ラッソは古代帝国期から続くストラマーナ家の長男で、父も王でありながら優れた剣士だった。神聖ピトリヴァータ王国の王を一騎打ちで打ち破っている。
「まあ、今のは何処に来るか分かってたからな。防御に集中すれば籠手が無くてもこんなもんだ。決闘の時、お前が防具をつけないならフィリップの奴もつけないだろう。フェイントを多用して防御の弱い所を衝け、お前の方から打ちかかるのは相手を休ませない時だけにするんだ」
「わかった」
「それよりお前、まだちょっと加減してるな。殺してしまうかもとかいいながら少し躊躇いがあった。海賊を殺した時、今みたいに躊躇ってたか?」
ラッソは稽古相手を務める前に多少は調べたのだが、経歴からすると随分甘いと意外に思う。
「いや、ちょっと最近お行儀よく振舞えとあちこちから叱られて・・・」
「ふーん。それはそれで結構な事だが戦いに臨むときはきっちり意識を切り替えないと死ぬぞ」
ナリンからの情報ではフィリップは大剣の模擬刀を振り回しているようだ。刃を潰してあっても大剣ではあまり関係ない。殺しは禁止の決闘でも油断すれば普通に死ぬだろう。
「ああ、うん。そうだな」
多少は危機感をもたせてやろうと今度はラッソの方から打ちかかってみたが、エドヴァルドは器用にラッソの攻撃を躱していく。
(やるなあ、こいつ・・・)
地面を抉って砂をかけてやろうとしたら、見抜いてその前に距離を詰めて来た。
邪道な戦法への対処も早い。
一度後方へ飛び退いて、木刀に魔力を這わせるとみせかけてから、溜めの姿勢のまま木刀をぽいっと投げ捨てたらそちらに意識が向いたので、ラッソは襟首を掴んで地面に投げ落とした。頭から落ちる寸前に引き上げてやる。
「これで、また死ぬ所だったぞ」
「うーん・・・ちょっとは体術にも自信があったんだけどなあ」
立たせてやるとエドヴァルドはぼやいた。
大分自信を失ってしまったようだが、ラッソより若いので負けても仕方ないと慰めてやった。
「お前は反応が早い。勘がいいのか、こちらの動きに敏感だ。今のはそれを逆手にとってやったわけだな」
「やろうと思えば魔術で剣を戻せるじゃん?注意は割かないとって」
「それは悪くないが、お前を殺す気なら俺は剣を戻すまでも無く暗器でも投げてるさ。フィリップにもいくつか奥の手がある。あくまでも剣で勝負するよう仕向けないとお前に勝ち目はない」
相手の大剣を弾いて武装解除する機会があってもするな、とラッソは薦めた。
エドヴァルドがいくら体術に自信があっても剣での勝負に徹するべきである。
「ああ、そうする。あいつ体術も結構やるんだよなあ。ボロスと殴り合いしてたし」
エドヴァルドは素直に頷いた。ラッソは姉から仕入れた情報を次々とエドヴァルドにも教えた。
「妖精の民には幻力という特殊な技がある。奴も使える可能性があるが、追い込まれるまでは使わないだろう。親父さんのような立派な騎士王を目指しているらしいから、普通の状態ならお前にも使える技で戦う筈だ。勝負を決めに出るときは一切躊躇わずに殺す気でやっちまえ。もし決めきれなかったら奴も手段を選ばなくなるだろうし、不利になるぞ」
「といってもなあ・・・ラッソみたいにうまく受けられたら俺の力じゃ倒しきれない」
「奴が油断して魔力が薄くなった一瞬を狙えなければ、魔力が枯渇するまで粘れ」
「決闘中に油断なんかしないだろう。もしするとしたら俺がぼこぼこにされた後だ」
そこまで追い込まれてからエドヴァルドが逆転するのは難しい。
「まあ、そうだな。濃さも容量もお前の方が遥かに劣る。頑張って粘れ」
「結局そうするしかないか・・・。苦手なんだよなあ。そういうの」
ラッソも持久戦は得意ではない。
暗殺者としては一撃離脱が肝心なのでエドヴァルドの忍耐力にかけるしかない。
「お前が本気で守りに入れば俺でも崩せない。自信を持っていいぞ」
「フィリップでもか?」
「ああ、あいつの稽古してる所を見たが体に似つかわしくない大剣のせいで動きは読みやすい。お前なら楽勝だ。一発喰らったら終わりだろうが」
「そか」
「チビは大概プライドが高い。奴の頭に血を上らせて、冷静にならせるな」
「おう!」
ゴドフリーのような警戒心の強い相手を暗殺で仕留めるのは難しく、この稽古はラッソにとっても良い修行となった。
◇◆◇
「ソラちゃん、ソラちゃん」
「はい、姉さん」
ラッソはエドヴァルドの件がなくともしばしば翠玉館を訪れた。
もちろんナリンに会う為だ。ナリンは妖精の民の特徴があるので一人では帝都の街中を歩くのは危険で、フランデアンの兵士について来て貰う必要があり、ラッソの方から会いに行った。
「良かったら、一緒に住まない?お母さんも歓迎してくれると思うの」
「エリンさんか。誘拐されて連れて来られた彼女には同情してたし、フランデアンもさして恨んでいる訳じゃないけど正直行きたくはないな」
「そう、じゃあわたしと一緒には住んでくれないの?こっちにいいひとでもいる?」
「特にはいないけど、仕事があるし友人もいるから」
「どんなお仕事してるの?辛くない?ほんとは王子様なのに」
「新聞社勤めさ。取材といってちょっと外回りに出てるんだけど楽しいよ」
ラッソは昼間に仕事もせずフラフラ出歩いている事をそう言い訳した。
「名乗り出ればバルドリッドくらい返してくれるかもしれないのに、新聞記者の方がいいの?」
「ひょっとしたらいつか名乗り出る日が来るかもしれない。その時姉さんは俺の所に来てくれる?」
「うーん、どうかな。あんまりスパーニアの人に好かれるとは思えないしソラちゃんの迷惑になるだろうし。シュテファン坊ちゃんも卒業したら森に帰ろうかな」
「そうか、じゃあ会えるのは今くらいだけになりそうだね」
出来れば一緒に暮らしたかったが二人とももう大人だ。
いずれは家族をもつだろうし、無事であればそれでいいとラッソは心に折り合いをつけた。
「お手紙頂戴ね。お母さんも喜ぶから。といってもまだまだ5年はシュテファン坊ちゃんと帝都にいると思うけど」
「わかった。・・・でもこうして何度も会いに来るとフランデアンの人に変に思われるよね?」
「そうだねえ・・・、ヴェイルさんとかはティラーノおじさんの顔も知ってるしいつかは気付いちゃうかも」
王子の護衛でやってきている騎士の中には前回の戦争に参戦していたものもいるので敵の王の顔を知っている者がいた。
「ぶっちゃけ、フランデアンの人って父上を今でも憎んでたりする?」
「そりゃね。大勢捕虜が虐待されてたし、ツヴァイリングのご当主様も会談の席上で騙し討ちにあってるし。でもフランデアンの王様は戦場で討ち取るつもりで、ああいう裁判で晒しものにする気はなかったみたい。それに戦争始めたのはティラーノおじさんのお兄さんの代だったから途中で王様が変わって怒りのやりどころを失っちゃっててね、ティラーノおじさんを憎むしか無かったみたい」
フランデアンはスパーニアによって大勢の戦死者を出していたが、軍事裁判では帝国の法務官達に異論を唱えていた。むしろ帝国の監察隊がきちんと仕事をしていれば、あんなに戦争は長引かず、何年も続く戦争の間何をやっていたのか説明するよう要求している。
裁判はラミローの件から非公開になったが、当初は公開されていたのでヴィヴェットが苦労してそんな情報を入手していた。
ナリンも当事者である母が裁判の最中にフランデアン王と共に帝都に来て詳しく知っていた。
「うちのハハったらね、フランデアンの騎士達を唆してティラーノおじさんを救出しようとしてたの。無茶ばっかり考えるんだから、笑っちゃうでしょ」
「はは、さすがだ。実行しなくてよかったよ」
フランデアン騎士達にとっては自分達の獲物を最終局面になってから帝国に奪われた形なので自分達の手で決着を付けたいと願っていた。
エリンは拉致されて奴隷にされたが、ラッソの父ティラーノがそう仕向けた訳では無く王の離宮で普通の掃除婦として使われていたところティラーノの目に留まり愛妾となった。そんな経緯でありながらエリンはティラーノを愛していたようだった。
「父上を愛してくれてありがとうって伝えておいて」
「出来ればソラちゃんと会いたいっていうと思うよ。おちちもあげてたし」
イザベラとエリンは二人で協力して子育てをしていたので乳母代わりにもなってくれた事もあり、ティラーノが嫉妬するくらい母親同士の仲が良く自分も遊んで貰った覚えがある。
「・・・あー、うん。そうだよな。一度くらいは会いに行かないと向こうから来そうだな。じゃあ、手紙書くけどそれまでエリンさんには俺の事は黙ってて。それとももう連絡しちゃった?」
「まだ。教えたら飛んできそうだし」
「良かった。落ち着いたら手紙書くよ」
「急いでくれないとやっぱわたしが伝えちゃうかも」
「勘弁してよ。まだ身の回りが落ち着かないし、心の整理も出来てないんだ。それが終ったらにする」
失われた家族と残った家族、天秤にかければどちらも重い。
姉を危険に晒す訳にはいかないが、失われた家族の弔いはやはりしたい。
どうしてもイルエーナ大公とアデランタード公が赦免され解放されるのは許せない。
まして領地を返却されて再び大公として返り咲くなど我慢ならなかった。
姉と会ってから暗殺を続行するかどうかしばし悩んでいたラッソだったが、やはり本命の三人だけは殺す事にした。




