第27話 ヘパティクブロス精神病院③
「さて、貴方は元アヴェリティア家の御者だったワイドナーさんで間違いありませんね?」
「なんだ?お前誰の使いだ?」
両手両足を拘束されている為、ワイドナーは首だけヴィーの方向に向けて不機嫌そうに言った。
「新聞の取材です。皇家の関係者でも政府の関係者でもありません。どうぞ真実を話して下さい。貴方はルクスの殺害現場にいた。そうですね?」
「何のことだか分からないな」
ワイドナーは否定し、視線を天井に向けてそれ以上口を開かなかった。
「貴方は交通事故を起こした際に重傷の子供を介抱せずに殺した。何故ですか?」
「・・・」
「少しは喋ってください。子供の殺人容疑がかけられて奥さんとお子さんに逃げられて誰も面会に来てくれないんでしょう?話してみれば少しは気が紛れるんじゃないですか?」
「挑発してんのか?今日は慈善家の貴婦人が一人来たぜ」
手足が拘束されているから水を飲みたいといったら貴婦人が手ずから飲ませてくれたとワイドナーは言う。
「おかしいですね。貴方の面会許可はなかなか降りないと聞いていましたが」
「俺が知るか」
「で、その方は貴方に何の御用があって来たんです?」
「こんな調子だから夢見が悪いって訴えたらよく眠れる薬を持ってきてくれた」
貴婦人といえば先ほど知人と会った事をラッソは思い出した。
「その女コリーナという名前か?」
「名前なんか聞いていない。俺が知るか」
ワイドナーはまた口を噤んでしまった。
もしコリーナだとしても本名、というか通り名を名乗らないだろうとラッソもそれ以上は無意味と聞かなかった。
「それで、何故子供を殺したんですか?介抱すれば助かったかもしれないのに」
「・・・」
ワイドナーが話さないのでラッソが再び口を挟んだ。
「後遺症が残ると一生慰謝料を払う羽目になるからだろ。そこらのお貴族様は平民の命なんてどうとも思ってないからな。で、主人の命令に従って子供を殺した挙句、命令した本人はすっとぼけてお前にだけ罪を着せてその恨みで殺したというわけか」
ストリート暮らしだっただけあってそういう事件は何度も見てきた。
「そうなんですか?」
「馬鹿馬鹿しい。そんな事認める訳ないだろ。おい!誰か!こいつらを摘まみ出せ!!」
ワイドナーは病院の職員を大声で呼ぼうとした。
「無駄です。済みませんが防音魔術を使わせて貰っています」
「くそっ。てめえも貴族かよ」
「貴方は法務省と司法取引でもしてるんですか?ほとぼりが冷めたらここから出して貰えると?」
「うるさい。さっさと出ていけ」
「司法取引した場合、アウラ大神殿の女祭祀長と司法長官の署名が必須です。三部残す必要がありますが、ちゃんと確認しましたか?」
司法取引という制度の名称だけ知っていて成立する為には必要な条項を知らない無知な民衆を騙す法務官が多く、口先だけで喋れば免罪にしてやるといわれる事もある。
ヴィヴェットはワイドナーはそのパターンではないかといって動揺を誘った。
「・・・」
「本当は不安なんでしょう?司法取引が成立しているならここまで厳重に拘束する必要はありませんからね」
「本当に三部も必要なのか?」
やはり騙されているようだ。表情に怯えがみえる。
「今度法律書を持って来ましょう。ですが次も職員の立ち会い無しで取材が出来るとは限りません」
「だ、だが、もし俺がアヴェリティアのお坊ちゃんを殺してたらどうせ死刑間違い無しだ。認めないぞ」
ワイドナーの言う事は当然のように思えるが、ヴィヴェットは否定した。
「あのですね。もし司法長官が取引したのならもう身寄りもいない貴方を生かしておくと思いますか?頭がおかしくなった貴方が精神病院で自殺したとしても一対誰が騒ぐんです?」
「・・・じゃあ、どうしろと?」
その言葉は認めたような物だ、と受け取ったがまだ証拠としては弱い。
「貴方がルクスを殺したとしても、もともとは子供を殺させられた挙句解雇されたのが原因。アヴェリティアの私領ならともかくここは帝都です。ちゃんと裁判を受ければ死刑にはなりません」
「ほんとか?」
勿論嘘である。
騙されたのであろうと平民が貴族を殺せば皇帝から恩赦が出ない限り死刑だが、ヴィヴェットは証言が欲しいのでそれには答えなかった。
「口封じされないように大手の新聞社の取材も受けて世論に訴える必要があります」
「あんたの所じゃ駄目なのか?」
「小さすぎます。それに複数の新聞社から受けておいた方がいいです」
彼女の新聞はアージェンタ市の一部でしか読まれておらず、帝都全域でも無ければ帝国の主要都市、自由都市などにはまったく流通していないので影響力は無いに等しい。
まだリタのファッション誌の方が影響力は高い。
「じゃあ、今度『アル・パブリカ』と『オットマー』の記者を呼んでくれ」
「わかりました」
その後も言質を得ようと質問したが、ワイドナーは口を割らなかった。
少々親身に、下手に出すぎたかもしれない。大新聞社だと大言壮語すれば良かっただろうか。ワイドナーはだんだん眠そうになって来ている。
「長々と済みませんでした、では次回は大手の記者さんを連れてきます。職員を連れ出してしまいましたし、喉が渇いていたら飲ませてあげましょうか?」
「さっきの女に飲ませて貰ったから大丈夫だ。もう眠い、寝かせてくれ」
「わかりました。ではまた今度」
だが、次は無かった。
再度取材する為、他の記者にも声をかけてスケジュールを調整しているとワイドナーは病院から脱走し自殺したと病院長から告げられた。
◇◆◇
「やられました。不味いですね、私の面会記録が残ってますし政府に目をつけられたかもしれません」
ラッソ達のアジトにヴィヴェットがやってきて、ワイドナーの死亡を報告した。
ラッソ達は偽名で記帳したが、ヴィヴェットの記者名は新聞にも載っている。
「そう心配するな。政府のやり口じゃない。たぶんコリーナの仕業だ。あの日も病院で会った」
ラッソは一人でエリザベスの散歩をさせてやっていた時の事を告げた。
「コリーナ?」
「毒薬使いの暗殺者だ。即効性のある毒を使う事もあれば、心神喪失させた上で妙な暗示を与えて他人を操って殺させる事もある。俺が連れて行った老婆と知り合いだったらしく、安楽死させていた。たぶん他の目的もあって来ていたんだろう」
「その女性に黒幕はいるのでしょうか。ワイドナーを殺して利益を得るような・・・」
「わからないが、直接聞いてみてもいい。毒の調合をやってる婆さんの知人だ」
「対立関係にあるわけじゃないんですね?」
危険なのではないかと心配した。
「あいつは西方系の組織からもよく依頼を受けてる。どうやらあいつも活動を控えるようにっていう指示は無視してるみたいだな。そういやこの前今度頼みたい事があるとか言ってたな」
「なら、大丈夫そうですね。一言文句を言っておいて下さい」




