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荒くれ騎士の嘆き歌  作者: OWL
第五章 蛍火乱飛~外伝~(1430年)
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第26話 ヘパティクブロス精神病院②

 老婆を保護したラッソが一緒だったので病院長もヴィヴェットとカルロには最初から愛想が良かった。ヴィヴェットの本命の取材対象は違うが、コーマガイエン慈善事業財団からの紹介状とラッソのおかげで通常許されない取材が許可された。


病院長はちょうど休憩中で遊戯盤で誰かと遊んでいたが、気を悪くすることもなく時間を割いてくれた。


「お忙しい所済みません。先日取材のお願いをしたヴィヴェットです。お約束した通り何人かの患者さんにお会いしたいのですが」

「ああ、構わんとも職員立ち合いでなら好きに聞いてみるといい。望む回答を得られるかはわからんが辛抱強く話しかけて貰いたい」

「有難うございます。早速先生にもお伺いしたいのですがラッソが保護したお婆さんのような方は多いのでしょうか」

「そうじゃの。最近認知症の老人が徘徊してそのまま行方不明になる事が増えてての。彼女は保護されただけマシな方じゃが、どこかで亡くなってしまう事が増えてきた」

「昔はそんな事は無かったのですか?」

「全くないとは言わんが、今ほどでは無いのう」

「何故そんな事が増えたのでしょう?」


取材は主に患者と世話をしている職員に行う予定だったが、目くらましと実際の興味もあってヴィヴェットは病院長にも詳しく尋ねた。


「昨今は栄養を良く取って健康状態も整った人が増えたせいか、寿命も大分延びてな。医学も大分発展して拍車をかけたが良い事ばかりではないということじゃ」

「ラッソが連れてきたお婆さん、確かエリザベスさんの場合は家族がいたのに堤防で捨てられてしまったとか」

「らしいの。いやはやまったく情けない。ラミロー殿の前で聞かせるには恥ずかしい」


先ほどまで病院長であるヘパティクブロスの盤上遊戯の相手をしていた男が茶を入れて皆に配ってくれた。


「こちらは?」


病院長が職員に随分な敬意を払っているようなので、ヴィーは少し話を振ってみた。


「東方圏の出身の患者さんでな」

「ああ、向こうの方はご老人を大切になさいますもんね。・・・失礼ですが、患者さんでも随分自由に出歩けるんですね」

「拘束具をつけておかねばならない者もいるが、大半はそこまで酷くはない。彼の場合はどこも悪くないんじゃが、病院で預かっておいてくれといわれてのう・・・」

「あはは、ご面倒をおかけして済みませんね。先生」

「まあ、病院にいてくれるだけマシじゃ。気位の高い皇家は出張してこいと偉そうに命令するしほんにまあ何様のつもりじゃい」


病院長は何やら愚痴っている。

精神を病んでいるらしい何処かの皇家のお坊ちゃんについても知りたいが、どうせ個人情報は漏らしてくれないだろう。


「???どういうことです。何処も悪くないのでしたら退院なさっては?」


ラミローは何処にでもいるような愛嬌のいい中年の男だった。エリザベスと違って自分で働いてまともに生活出来るだろう。健康なら社会に出て働けばいいのにとヴィーもカルロも思った。


「やんごとない立場の方でな。前は五法宮の愚者の塔という所におったんじゃが、模範囚なのでもういいからこちらで預かってくれといわれてのう」

「いやあ、先生。私は追い出されたんですよ。なんだか新しい囚人がやって来たから場所を開けろとね。なかなか居心地のいい場所だったんですが、話し相手がいるだけこちらの方がいいですね。さあ、勝負の続きをしましょう」

「いやいや、大公殿下とは儂では勝負にならん。たまには相手を変えてみてはどうかな。せっかくお客さんも来た事だし」

「大公?そんな地位の方がここに?お家騒動とかですか?」


五法宮の愚者の塔というとボロスやイルエーナ大公が幽閉されている所だ。

ヴィヴェットはたちまち興味がわいた。

内部構造を知る事が出来るかもしれないとカルロも期待する。


「家はもう絶えてしまったよ。姉に子はいたが、皆死んでしまった。さすがにあれは恨んだねえ・・・」

「お可哀そうに。良かったら記事にさせて頂けませんか?何方にそんな仕打ちを受けたんですか?」

「今は無きスパーニアの国王陛下にさ。我がエイラマンサ家は私の代で終わり。まあそれで良かったのかもしれないね」


突然出てきた自分と縁がある名にカルロは驚きの一言を漏らした。


「エイラマンサ家・・・?まさか大公だったラミロー?」

「その通り。君は・・・?」


驚愕のあまりつい会話に口を挟んでしまったカルロはしまったと我に返ったが、不自然にならないように会話を続けた。


「あ、ああ。俺はこいつの付き人です。大公家はたしか帝国に接収されたとか」


スパーニア五大公の一つ、エイラマンサ家。

イルラータ公とイーネフィール公がフランデアン側についたがエイラマンサ家は最後までスパーニア王側につき、マッサリア戦役においても大公自ら軍を率いて最前線で戦い続けた。


「酷いものだよ。私はガルシアと共にマッサリアで蛮族と戦い続けたのに、その間に姉と子供達は死んでいるし、帝国に味方したのに我が家の領地は没収・・・ところで君少しガルシア君に似ているね?」


ガルシアはカルロの実の父なので当然だ。しかしそこを突っ込まれると人目があるので面倒だ。ラミローには見えない筈だが、服の下に隠れているつるはしの紋章に視線が行っている気がした。動揺してしどろもどろになっているカルロを庇うようにヴィヴェットが口を挟んだ。


「うちの助手がでしゃばって済みません、殿下」

「いや、気にしなくていいよ。私はもう地位を取り上げられてただの一般市民だ。敬称も要らない」

「では、せっかくですからラミローさんにも取材させて頂けませんか?」

「どうぞ、なんなりと」

「では、お聞きします。実は最近退役軍人の方にお会いしてマッサリア戦役において上官命令で赤子殺しをやらされたと伺いました。この病院にもそれで精神を病んでしまった方がいるとか」


この質問にはヘパティクブロスが返事をした。


「うむ。確かにこの病院にもそういう患者がいる。現場を知るラミロー殿に会えたのは幸運じゃな」

「では、やはり事実なんでしょうか」


ヴィーはラミローから直接証言を引き出そうとした。


「勿論、事実さ。何百万という民衆を殺したよ。ただ、これを書くと君も精神病院に閉じ込められるかもしれないよ」

「貴方は戦後そういう主張をして幽閉されたんですか?」

「いや、私の場合は自分が獣人の血を引いていると言ったら気が狂ったと断定されてしまってね」

「は?」


予想外の出来事ばかりでヴィヴェットもカルロもなかなか飲み込めない。

病院長はこれさえなければと頭を抱えていた。


「我がエイラマンサ家には狐の獣人の血が混じっていてね。時折先祖返りする子が現れるんだ。君達も人は猿の獣人が進化して変容したと聞いた事は無いかい?」

「いえ、ありません」


ヴィーもカルロもそんな話は聞いた事は無い。


「ラミロー殿、若者をからかわないで頂きたい」


病院長が渋い顔をして割って入った。


「ああ、済みません。先生。そうですね、彼らを巻き込んではいけませんね。私のように病院に押し込められてしまう。先ほども言ったけどたとえ真実でも記事には書かない方がいいよ」                       


これは確かに狂人だとヴィーは思った。

温厚そうだが、目がどうもあらぬ所を見ているような気がする。


「証拠が無い事は書けませんよ。猿のような尻尾が生えて毛むくじゃらの人なんて見た事はないですけどね」

「いやいや、調べればすぐにわかる。多毛症というれっきとした病気で獣人とは違う。ラミロー殿は勘違いをされておるのじゃ」


ヘパティクブロスが医者のはしくれとして口を挟んだ。獣人の血が混じっていると恐れて殺害されてしまう事件が過去に多発しており、今でも恐らく闇に葬られているだけで同様の事件は起きている筈だ。そういった偏見はなくしていかなくてはならない、と力説した。


「先生のおっしゃる通りそういう病気はあるらしいね。毛深い人間と獣人は異なるけどね。角が生えたり、狐のような耳が生える病気は無いが」


半獣人と病気は別物だとラミローは説明した。ラミローは先天的な多毛症の話は知った上で半獣人の話をしている。


「貴方はどう見ても普通の方ですが、夜になると三角の耳が生えてくるんですか?」

「私は姉と違って見た目も能力も普通の人間さ。姉は人を化かす魔術が得意でまんまと王妃になり、可愛らしい狐を産んだが。ああ、最後のスパーニア王の兄君の妃となった方だよ」


今はエリザベスを連れ出しているラッソから見ると叔父の妻が彼の姉という事だ。

その女性はラミローと違って見た目も獣人の特徴が濃かったという。


「なかなか複雑な問題があったんですね、スパーニア王家には」

「ふふ、他人事の様だね。面白いネタが出来たと喜んでいるのかな。ヴィヴェット・コールガーデン」

「私をご存じでしたか」

「暇だから雑誌をたくさん取り寄せて貰っていてね。新進気鋭の作家であり、なおかつ新聞や雑誌をいくつも発行しているのだとか?」

「まだまだ三流ですよ。帝都の一部地域の一部の人にしか知られていません。よくご存じですね、こんな環境で」


経営者としてはポーターを表に出しているので、ヴィヴェットの名を知る者は少ない筈。記事に署名を入れる事もあるが、彼女が名前を出した記事はまだまだ少ない。


「なに、帝国政府からは領地に帰って旧スパーニア領を仕切らないかと打診があっていろいろと情報を仕入れさせて貰った。結局こんな態度だからその話は無くなったが、これは実に面白い事になりそうだ。旧スパーニア領を仕切らせるならイルエーナ大公達よりもガルシアの子の方が相応しい。帝国政府にとっても市民達にとっても」


ヘパティクブロスは頭を抱えている。


「もう勘弁してくれないかラミロー殿。私は医者だから政府に何と言われようが患者の不利になるような事は報告しない。・・・だが、前途ある若者を巻き込んで貰っては困る」


ラミローとはいたって普通に会話出来ている。

自分が半獣人だといわなければどこもおかしな点はほとんどない。


「先ほどの兵士の話にもある通り、帝国では獣人の血を引く可能性のある者は赤子であろうと殺害対象になるというのを理解しておっしゃっているんですよね?」

「もちろんだとも。私が何故、第十六回人類裁判でこんな主張をしたかわかるかい?」

「いえ、さっぱり。自殺願望でもあるんですか?」

「我がエイラマンサ家は半獣人の家系だが、れっきとした大公であり帝国の要請に従ってガルシアと共に十万の大軍を編成してマッサリアで帝国軍を助けてやった。帝国にとっては私は恩人の筈だ。しかし獣人は全て殺すというのが帝国の国是。ならこの私に対してどう出るか、見てみたかった」

「処刑されるのを期待していたんですか?それとも蛮族との間を取り持って何千年も続く戦いを終わらせようとでも考えたのですか?」

「いや?ただの興味本位だ」


ヴィヴェットは実は半獣人達の生存権を獲得しようとか崇高な目的があって、帝国を助け発言力をつけてから真実を暴露しようとしたのだとかそういう返答を期待していた。

しかし、彼はそんな意図はないという。どうにも思考回路が噛み合わなかった。

本人に半獣人の特徴でもあればともかく、見た目は普通の人間なので静かに気が狂ってるとしか思えない。


「ここから出たいのでしたら、そんな危うい発言はお止めになった方がよろしいのでは?」

「何故?ここにいれば快適に過ごせるのに。ここから出たら面倒な領民の世話をしなきゃならない」

「ここは殿下をもてなす為の宮殿ではないので勘弁して欲しいんじゃがのう・・・」


病院長がぼやく。


「昔革命家はよく言ったものだ。王や貴族は奴隷を使役しているようで実は依存している。我々こそが真の奴隷だよ。民衆にはもうちょっと頑張って王侯貴族に頼らず土地は自力で治められるようになって貰いたいね」


若干辟易としていたヴィヴェットもその言葉に少し感じるものがあった。


「良いお言葉です。少し記事にしたくなりましたが、帝国の統治下におかれているエイラマンサ領の人々に自力でなんとかするのは難しいでしょう。殿下が少し助けてあげてもいいのではないでしょうか」

「助ける?」

「ええ、武力革命では第一次、第二次市民戦争のような大惨事になりますが権力者の方から手を差し伸べれば話は別です。帝国議会でも庶民院を作ろうかという動きがありますから外国でも試せるのではないでしょうか」

「ふーん、少しは世の中も変わったのかな。でも私はもう世捨て人だからね」

「まだお若いでしょう」

「そこの彼ほどではないよ。国に戻るとしても私一人じゃ気が重いね。ストラマーナ公とイルエーナ公も手伝ってくれるなら考えてもいい」

「そのお言葉確かに承りました」


ヴィヴェットは頷いた。

ラッソはストラマーナ家に残る最後の直系男子。カルロはイルエーナ大公の孫。ラミローと合わせてこの三人がいれば旧スパーニア領はまとめられる。

破滅的なラミローの口を封じて解放出来れば共和制国家へと移行する準備を整られる。幽閉していた人間を担ぎだして旧スパーニア領をまとめさせようとするほど帝国側も統治に手こずっているのであれば、かなり確実性は高い計画となる。


「ヴィー、悪い事考えている目をしてるぞ」

「あら、失礼。カルロ、後でゆっくり話しましょうね。ラッソも交えて」

「やれやれ・・・」


カルロにもヴィヴェットの計画は話されずとも既に伝わっている。

以前は冗談のつもりで口にしたかもしれないが、領主としての実績があるラミローの協力を得られれば若い二人でもやってやれないことはない。どうせ実務は官僚の仕事で、彼らは象徴的存在だ。


「さて、ラミロー殿。そろそろお部屋に戻りましょうか」


病院長には何が何だかわからないがラミローが少しは前向きになったらしいと受け取った。ラミローを連れて自ら部屋に送った為、病院長への取材は終わり、ヴィヴェット達は会話が可能な患者達に取材して回った。


 ◇◆◇


 途中ラッソも合流して取材して回った。

マッサリア戦役に関わって精神を病んだ軍人にも直接話を聞く事は出来た。

皇帝の権威を落とす為に過酷な命令と赤子殺しを命じられた事については証言が取れた。が、今日の本命はアヴェリティア家の御者だ。


(カルロ、録音したいので職員の方の注意を逸らしておいてください)

(わかった)


ヴィヴェットは証拠を残す為に録音や録画用の魔術装具を持ってきていたが、病院は使用を認めていない。そこでカルロが職員の注意を引いて連れ出す事にした。


「いやあ、お姉さん。毎日毎日患者さんのお世話は大変でしょう。自分だったら三日で辞めてしまいそうです。何故そんなに他人に尽くせるんですか?」

「私達は患者さんに尽くしているわけではありません。これも狂神の導きによるものです」


もともとは神殿だったので、職員も信徒が多く精神に異常をきたした人々を神の賜物と捉えてそれに奉仕する事を信仰の一環と考えているようだ。


「でも収入がないと大変でしょう。お給料は足りていますか?」

「国や市からの補助金だけではなかなかね。たまに患者さんのご家族の中に寄付をしてくれる方はいますが稀ですね」

「では、是非我が社から寄付させてください」

「まあ!本当に?」

「ええ、勿論。取材のお礼として。でも病院内の設備をもう少し確認させて欲しいんですが構いませんか?」


今まで他の患者に親身に接して取材をしてきたこと、哀れな老婆を保護した事もあいまって職員はラッソ達を信用してカルロと一緒に他の場所へ移動した。


これで病室には拘束具をつけた男とヴィヴェットとラッソだけが残った。

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2022/2/1
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