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荒くれ騎士の嘆き歌  作者: OWL
第五章 蛍火乱飛~外伝~(1430年)
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第23話 関係修復

 ラッソは翠玉館を離れた後、即座にポーターの家に向かった。

以前の住所から引っ越したと聞いてはいたが、元西方商工会の幹部出身とは思えぬほどのあばら家だった。その扉をガンガン叩いてポータを呼んだ。


「おや、ラッソ。どうしました?」

「ちょっと話があるんだが、いいか」

「勿論、どうぞ。中へ」


家の中にはほとんど家具も無かった。

飾りもろくにないベッドに椅子、机には僅かなインクとペンに紙があるだけで本も無い。窓には干物がぶら下がっている。


「手作り?」

「ええ、貧しかった頃からの癖でね」


ポーターの所には何故姉の事を黙っていたのかと怒鳴り込むつもりだったラッソだが、この貧しい生活を見ると気勢が削がれた。


「何か話があったのでは?」


逡巡しているラッソを訝しんでポーターから話を促した。


「・・・じゃあ、単刀直入に聞くけどポーターさんは俺に姉がいる事を知っていて黙っていたのか?」

「ああ、その件ですか」

「やっぱり知ってて、俺に教えなかったのか!?何のつもりだ!!」


ラッソは騙されたと思って怒り、ポーターの胸倉を掴んだ。


「何を怒っているんです?君に頼まれたことなのに」

「俺が頼んだ?何故?」

「家族を見捨てて一人逃げた君が、自分を責めるあまり体を壊して今にも死にかけていたからですよ。魔術師に頼んで記憶を弄りましたが、魔力の目覚めが訪れる年齢と共に解けてしまいました」


スパーニア王の長男だけあって魔術への抵抗力が高く、そこらの魔術師が施した記憶封印が解けるというのはあり得ることだと納得しかけたが、一つ疑問がある。


「姉さんの事だけ忘れていたのは?」

「記憶の解け方が中途半端で君は錯乱していました。君が思い出し掛けていた事だけ安定させる為に話しました。姉君の事を思い出せなかったのは君のトラウマになった事件の場にいなかったせいでは?」

「本当か?その言葉に偽りは無いのか?」

「ええ、祖国と同胞に誓って」


その言葉を聞いて、ラッソは手を放した。


「一体どうしたんです?もしかして姉君に会われたのですか?」

「・・・ああ」

「それで何故私に当たったんですか?」

「済みません・・・」

「謝罪は無用です。理由を教えてください」


ラッソは躊躇いがちに話した。


「実は、俺は自分がスパーニア王の子ソラじゃないんじゃないかと思っていたんだ。自分がソラだと思うように記憶を操作されたんじゃないかって」

「何を馬鹿な」


ポーターは一笑に付した。


「まあ、今では馬鹿な妄想だったって思うよ。でも不安だったんだ。自分が何者なのかずっと確証が得られなかった。おぼろげな復讐心だけで大勢ぶち殺したが、本当にこれでいいのかって自問自答してた。でも姉さんに会ってようやく自分が誰だか分かった」

「他者によって自分の存在を確信するとは随分と哲学的になりましたね」

「悪かったよ。そう虐めないでくれ。大恩人のポーターさんを疑うなんて俺が馬鹿だった」

「いえ、いいんですよ。君の精神状態にまで思いが至りませんでした。記憶や精神状態を操る魔術部門の部門長は評議会から抜けた後、危険過ぎる魔術だと評議会も新たに研究させなかったそうです」


物好きな魔術師が趣味で研究しているだけならいいが、社会に広まって悪事に使われるとどんな利用のされ方をするか分からないと危険視されていた。


「俺の記憶は誰が?」

「クロウリー協会に君の記憶を弄って貰いましたが、やはり彼らでも不十分だったようです」

「で、ポーターさんは姉さんが帝都にいる事も知ってたんだ」

「一応ね。元気で暮らしているらしいと聞いて安心しました。私は西方商工会から陛下の経済政策顧問として雇われていただけで、離宮暮らしの彼女達を詳しくは知りませんでしたがその後どうなったかは気になっていました。君に教えるべきかどうかは悩みましたが、思い出せないならその方が巻き込まなくていいだろうと黙っていました。君をいたずらに苦しめていたようで済みませんでしたね」


はー、とラッソは大きく溜息をついた。


「ほんとに悪かった。貴方を疑うなんて、俺は自分が恥ずかしい」


自分が望んで処置して貰った事さえ忘れていた。


「幼かったのですから仕方ありません。私も幼い頃に自分の国を滅ぼされましたから君の痛みは分かるつもりです」

「カルロ達に記憶を弄る魔術を探りにナトリにいって貰ったけど、必要無かったな。もう全部思い出した」

「ナトリですか。どうやら本気で私や西方系の組織を疑っていたようですね」


ポーターは苦笑する。


「俺達みたいなガキに援助し過ぎていたからどうしても都合よすぎる気がしていて」

「ふ、視点を変えてごらんなさい。西方の国々は先の戦争で王族や力ある騎士を多数失っています。スポンサーだった西方商工会はスパーニア戦役で大損害を蒙り、暗殺教団は壊滅状態。その気になれば君達はいくらでも別の道を選んで平和な一生を送れるのに、我々の代わりに帝国の力を削いでくれているのです」

「お互い様か。いや、ポーターさんが失った物の方が大きいか」


西方商工会の幹部だった資産家の彼が帝国の片隅でこんなに貧しい暮らしを送っている。自分の妄想で八つ当たりした後は、今度は彼に申し訳なく思ったラッソだった。


ポーターの家でお茶を出されて気を落ち着けているとカルロ達がやって来た。

ヴィヴェットは少し気まずそうだ。


「探したぞ、やっぱりここか。・・・なんだか平気そうだな?」

「ああ、せっかくナトリへ行って来て貰ったが、もう記憶を診てもらう必要は無くなった。姉さんに会ったらちゃんと思い出したよ」

「そか。だが、ナトリからは依頼を貰った。俺は受けようと思う」

「依頼?」

「基本的にはヴィーが受けた仕事だが、彼女には護衛がいるし、資金面で援助を得られる事が大きい」


カルロはナトリの仲介人から皇帝や皇家に対する悪評を流して貰いたいという依頼があった事を話した。


「表立って喧嘩を売るような派手な真似をして大丈夫なのか?」

「皇家の力を削ごうとしている政府は黙認するだろうって話だ。で、ポーターさんに聞きたいんだが、向こうから活動停止要請が出ている筈だとかなんとか言われたがどういうことだ?お前達の主がどうのこうのとかいわれたが俺達は自分の意思で動いているだけで主なんかいた覚えは無いぞ」

「ああ、それは向こうの勘違いでしょうね。私やアルマン、リブテインホテルから依頼を受ける事が多かったので下部組織とでも思ったのでしょう。君達が気にする必要はありません」

「と、いわれても気になるんだが」


ヴィヴェットにも西方人の為の報復に動くように唆されてないかと言われたのでラッソもカルロも多少疑心暗鬼になっている。


「あまり情報を多く知ると一網打尽にされかねません。とはいえ、納得できないようですね」


反応を伺われて、三人とも頷いた。


「万が一の事を考えて具体的な組織名や個人の名前を出すのは避けますが、同郷の者達にはこれ以上の帝国の混乱させることを避けて合法的な活動にシフトするよう要請が出ました」

「どういうことだ?ポーターさん達は帝国に復讐したいんじゃないのか?」

「刹那的にただひたすら帝国の上層部を狙っていた者達や暗殺教団は内務省によって壊滅させられました。現状では帝国上層部を殺しても代わりはいくらでもいるしこちらの被害の方が大きいと判断しているようです。逆に帝国は一時的な混乱の後、再統一されて却って強大化するという観測のようです」

「じゃあ、ほんとは俺達にも暗殺活動をして欲しくないのか?」

「昔からそう言ってるでしょうに。でも今さら止めはしません。君達の目的は限定的ですからね」


ラッソとカルロの標的はスパーニア戦役に絡んだ監察隊や、戦争裁判に関わった法務官達に限定されているので帝国の屋台骨を揺らがすほどの活動ではない。


「なるほどね。今も戦乱の真っ最中の南方圏と違って、西方諸国は復興しつつある。余裕の違いか」

「長期的な視点の違いですよ。歳を取ったのもありますが、二億以上の人口を誇る帝国がどれだけ弱体化した所で支配するのも皆殺しにするのも現実的には不可能ですからね。ヴィーのように帝国に市民革命をもたらす者が増えるのがもっとも望ましい形です」


ヴィヴェットから革命という言葉を聞いた事は無かった二人だが、ポーターから言われてなるほどと思った。身分社会の打倒、女性の権利拡大を目指しているのは分かっていたが、それを言葉にするなら革命という言葉が相応しい。


三人に見られたヴィヴェットは口を開く。


「では、この依頼ポーターさんにも手伝って貰えませんか?」

「私に今さら御用ですか?」

「今後活動を大きくしていく為にはポーターさんのように顔が広くて経営が分かる人が必要です。私は記者としての活動に専念したいんです」


編集長には前身の新聞社の人になって貰っているが、資金繰りなどは彼女がやっている。取材して、記事を書いて、スカウトに行き、知人の作家に寄稿を依頼したりとかなり多忙な日々が続いていて数か月くらいならともかく今後ずっとこの生活を続ける事は若くても難しい。


「いいですよ。隠居生活にも飽きて来ましたしね。君にも贖罪しなければと思っていました」

「贖罪?アルマンの事なら私が望んだ事ですから構いません。今後ナトリの人達とも会って貰う事になるかもしれませんが構いませんか?」

「身内からは裏切者扱いされてしまうかもしれませんが橋渡し役は必要でしょう。丁度いいです」


ヴィヴェットとポーターは多少気まずい関係になっていたが、一応これで関係修復となった。


「でもヴィーとよりを戻すのは無しだぜ。いてっ」


カルロはヴィヴェットの肩を抱き寄せて、すかさず肘うちを食らった。

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2022/2/1
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