第9話 裏社会② ミニットマンサービス
リブテインホテルは表向き高級ホテルとして営業している為、あまり頻繁に出入りすると誰かの記憶に残るかもしれないとカルロが指摘しヴィヴェットと打ち合わせをする時は二人がアジトと呼ぶ事務所で行う事にした。
そこにある日ポーターがやって来て、明日三人を投資家に合わせてくれるという。
「どんな人なんですか?本当に私みたいな小娘に投資してくれるんですか?」
「ここヴェルナー特別実験区でクラブやバー、娼館等を経営している男です、私と同様に第二次市民戦争で帝国に白の街道を封鎖されて食糧難で親兄弟を食らって生き延びたので帝国に深い恨みを持っていますからヴィーには辛く当たるかもしれません。ですが当局に睨まれて解散する事になった新聞社の設備を公売で買い取ったので所有していた古い印刷機もあります」
それでもいきなり独立して新聞社を立ち上げるよりは楽になるだろうとポーターは提案してきた。経営者が変わって中身もそっくり入れ替わるが、印刷所に依頼せず自前で大量印刷が可能なら広告収入を得る事も出来そうだ。
「ならチラシくらいなら刷れそうですね。設計書から製作を発注するにも資金が必要なので助かります」
当面は中古だが、自前の印刷設備を持てるだけ有難い。
「元の経営者と他の記者や文筆家の連絡先も残っていますから再立ち上げも出来るかもしれません」
「それなら是非紹介してください。どうにか体裁も整えられそうです」
ヴィヴェットは乗り気になったが、ラッソとカルロに会わせてくれる理由がわからない。
「で、うちらには?」
「君達にも役立つ魔術装具を安値で卸して貰えるでしょうし、娼館の用心棒として雇って貰う事も出来ます」
暗殺用の武装が整うまでしばし高官を狙うのは諦めていたので時間が余っている二人には丁度いい仕事だった。
「どんなもん取り扱ってるんです?」
「彼はこの実験区を牛耳っているクロウリー協会と繋がりがあるので、そちらから武器や魔術装具を仕入れる事が出来ます。消音ブーツがあればいろんな場面で役立つでしょう」
ヴィーがははーんという顔をして二人を見ている。
そんな特殊な装備を必要としているのはまっとうな人間ではない。
まあ、彼女がある程度推察しているのは二人にも分かっているので今さらだが。
「変わった仕事をしてるんですね。暗器って高そうですもんね。よく知りませんけど普通の店売りの方が安いんじゃないですか?」
「足がつく」「それにそこらの吊るし売りなんか要らない」
ラッソとカルロが欲しいのは魔剣の類で普通の刃物は今さら必要無い。
ギャング時代のコネでも入手できる。
「それなら博物館から盗んじゃえば?」
「・・・ヴィーは凄い事をいうな」
お嬢様がそんな直接的に犯罪を犯せと言って来るとは思わなかった。
「アージェンタ市の刀剣博物館には10年前に滅んだスパーニア王の愛剣が展示されているそうです。ま、模造品で本物は別の所に保管されているんですけどね」
「・・・へえ、スパーニア王の武器がね」
「モレスの剣といって太陽石スーリヤ・カーンタと同じ鉱物から作られて太陽の光を浴びると刀身が白熱するんだそうです。扱うにはモレスへの信仰がいるとかで信心深くない人が持っても普通の剣だとか」
本物の太陽石は日の光が当たると爆発するので時限式爆弾に利用される事もある。
偽物と差し替えても発見は相当遅れるだろうという話だった。
「欲しくありませんか?」
「情報を売り込むならその剣の形とか、警備状況とかも合わせてくれないとな」
彼女がスパーニア王国に伝わる宝剣の話したのは偶然か、それとももう二人の正体を断定したのかは分からないが、父の剣をラッソはどうしても入手したくなった。
スパーニア王は自らピトリヴァータ神聖王国の国王を討ち取ったり、若い頃は蛮族戦線にも出向いてかなり武勲を上げたらしい。
ピトリヴァータ王も神剣の持ち主でフランデアン王と互角に渡りあった経歴の持ち主だが、スパーニア王には一騎打ちで切り殺された。
それほどの剣であれば、そこらの魔導騎士の装甲など紙を切り裂くように切断できるだろう。
「でもモレスを信仰しなくちゃいけないのか・・・」
「噂ですけどね。真の力を発揮したければ神々に感謝して日々マナを奉納する事です。ま、調べておきますよ。欲しくなったら声をかけてください」
偽物と差し替える為に一度博物館に行って見学してこようとラッソは決めた。
「では三人とも、明日の夜早速会いに行きますよ」
◇◆◇
翌日、事務所から目的の娼館まで四人は途中まで馬車で移動しそれから繁華街を連れ立って歩いた。その際、街中で広域放送が流れ始める。
『こんばんわ、みなさん。こちらフランチェスコ生命保険です。当社では広域魔術通信網を駆使してお客様の健康状態を常に把握し、危険な兆候が現れた時には即座に即応医療チームを派遣します。それがたとえチンピラの抗争のど真ん中でも全ての危険を排除してお客様の健康をお守りします。万が一お亡くなりになった際でも保険金はもちろんお返しします』
突然大音量で街中に流れ始めた声にヴィヴェットは面食らった。
「なんです、これ?誰が何処から喋ってるんです?」
「あー、お前は繁華街まで来るのは初めてだから知らなかったか。ここは魔術評議会のお膝元だからいろんな実験が行われているんだよ。それを利用して企業が広告放送をしているのさ」
拡声魔術を広域に無差別に届ける魔術装具で、ようするに無線とスピーカーが町中に張り巡らされている。魔石に籠る魔力を消費するので金はかなりかかるが、強制的に何千人、何万人も広告聞かされる事になるので十分な見返りがある。評議会は企業から広告費を受け取り、通信網を維持、改良に当たっていた。
宣伝はまだ続く。
『当社はアルヴィッツィ傘下の企業ですので市警とも提携しており、お客様が何らかの犯罪に巻き込まれていたとしても当社の医療チームが責任持って市警には御退場頂き生命保護を最優先致します。医療チームには引退した軍人、魔導騎士、魔術師が随伴しており、危機的状況を確認してから一分で現場に到着し、救急病院へ運ぶ際の障害となるものはいかなる危険であっても強制排除致します』
ラッソとカルロもこの宣伝は聞いた事が無かったのでぶっと吹き出した。
「おいおい、マジかよ」
「・・・治外法権の実験区内なら不可能じゃない」
街中を歩いたり、馬で移動していたら一分以内など到底不可能だが、魔導騎士や魔術師が空を飛んで現場に急行する分には不可能な時間ではない。医療チームは後からついてくるのだろう。
宣伝によると平民でも情報連携用の魔石を埋め込む事で健康状態の把握が可能になるという。
「やべーサービスだな、これ。標的に利用者がいたらとんでもない敵と遭遇するぞ」
「・・・逃げ切れないだろうな」
もし遭遇したら殲滅するしかない。
だが、今の彼らでは到底無理だ。
放送によるとこのサービスは既に実験区域内を越えてアージェンタ市内全土に拡大予定らしい。ゆくゆくは帝都全域、そして帝国全土に波及させることを目指していた。
事前に知っていたポーターの話によると内務省の混乱で警察組織が弱体化した隙に拡大した犯罪組織を不安に思った富裕層がどんどん契約しているのだとか。凄腕の傭兵、信頼が置ける魔導騎士出身の警備員は専属としてそう簡単に雇えるものではなく、病気や事故などの為ではなく生命保険会社のサービスだが護身用に利用され始めていた。
この周辺を縄張りにしていたラッソ達も知らなかった事をヴィヴェットは少し意外に思った。
「お二人でも知らない事ってあるんですね」
「富裕層向けの事業なんか縁が無いしな。こんな広域放送するくらいだから、もうかなり契約者がいて元が取れ始めたんだろう」
「どうやら経営者はフラチェスコ・アルビッツィ。かの皇家の三男坊ですね」
カルロ達は後でどうにかしてこのサービスを停止させる方法を考えねば、と相談する事にした。先導するポーターの後ろでお喋りしていた三人だが、周囲を見るとそこらの窓に娼婦が客を誘うように踊りくねっている姿が浮かび上がり始めた。
そこかしこにはダンスクラブやバーがあり、実験区らしく魔術による様々な色の灯りで照らされ娼婦達の飾り窓もその光で彩られていた。
街中に突然立体映像で裸の女が浮かび上がったのを見てヴィヴェットがまた面食らった。アダルトグッズの宣伝らしく、裸の女が卑猥な玩具を持ってお店の紹介をしていた。こういった宣伝は珍しくもないのでラッソは彼女をからかった。
「ヴィヴェット、顔が真っ赤だよ。こういうの見るの初めてなんだ?」
「・・・ポーターさんはこんな世界知ってるのに趣味が良くて良かったですよ・・・」
裸の女が指さす方向にお店があり、割と大勢が出入りしていた。
秘部を一切隠していない下着、手錠、媚薬、さまざまなものが展示されて通りからも普通に見えた。この実験区以外であれば内務省が即座に営業停止にしているような店だ。他の地域でも売るには売っているが道から見えるようには売っていない。
ここでは合法的なお店なので普通のカップルも通っているし、近隣の娼館もここで買って遊びに来いと宣伝していた。ストリップバーや出会い茶屋、要するにラブホテルのような場所も軒を連ねている。
「まあ、お嬢様には刺激が強かったかな。ポーターさんも紳士だしね」
「あなた方から見れば火遊びしているだけのお嬢さんに見えるんでしょうが、私はそんなにいいとこの娘じゃありませんよ」
「なんで飛び出したんだっけ」
「実家にいてもこんな風に自由に動けませんし、政略結婚を押し付けられますし。それなら自分で選んだ男に抱かれた方がマシです。ついでにお給金も貰えるし」
「君の夢も応援してくれるしポーターさんを選んだ目は確かだったみたいだね」
「だなあ、お前が嫁いでも政略結婚どころか持て余して両家に亀裂が入るだけだろうし」
ははは、とラッソとカルロは笑った。
意思の強い彼女を褒めているのだが、ヴィヴェットは笑われて不服そうだった。




