第8話 裏社会
「例の設計書は役に立ったか?」
「ああ、それなんですが念写用紙が無くてまだ図面に戻せてないんです。これも高いんですよねえ・・・。どうしたものやら」
魔術装具に記録させた映像を念写させる為の特殊な用紙がいるらしいが、かなり高価で、希少な為に購入できていない。
「君は貴族なんだろ?誰かに金を借りれないのか?」
「あー、ちょっと無理です」
彼女にも事情があるらしい。
「資産家とやらに会う件はどうなった?」
「まだポーターさんが調整中です。なので当面の経費は貴方達から借りれませんか?割と裏社会で生きているんですよね?」
「無理。むしろうちらが借りたい」
「儲かる仕事ってないですか?」
「うちらが整理した仕事の資料やってもいいけど止めた方がいいぞ」
行きつけの酒場で求人情報にはお目にかかるがどれもヤバい仕事ばかりで、その日暮らしの貧乏人と馬鹿以外は到底受けない仕事ばかりだった。
「まあ、見せて下さいよ。記事のネタにもなりそうですし」
ほらよ、とカルロがチラシを見せてやった。
「どれどれ・・・」
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求人情報①
ハワード特殊運送
前歴問わず、深夜手当、危険手当有。
御者の経験がある方には特別に報酬を加増致します。
支払いは一仕事毎で組合加入も強制しません!
経験豊富な先輩が貴方を補佐しますから何も心配いりません。
頑丈で健康なら男女問わず採用します。
当社に御用の事業者も是非ご連絡を!
貧しい方、事業者を対象とした慈善事業ですので、商務省に登録している一流企業からの運搬依頼は請け負っておりません。
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求人情報②
スパイサー警備
港の貨物倉庫の警備です。
自衛用の持ち物を持参の上、ご応募ください。
元貴族、退役軍人、引退した魔導騎士は優遇致します。
当社指定のフィクサーからの応募のみ審査します。
港湾労働組合加入者、加入履歴のある方は排除致します。
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求人情報③
エリクソン製油
爆発物取り扱い免許のある方を募集します。
免許の無い方は当社が支援しますので素人でも構いません。
支援費用は別途請求します。
機材の整備、農園の警備から手伝って頂きながら免許の取得まで長期的に人材を育てます。
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求人情報➃
トイダー建設
ラムダオール平原に道路を建設する作業員を募集しています。
作業員には当社指定の寮で寝泊まりして頂きます。
月給から寮費、水道費、食費、健康診断の経費を天引き致します。
亡者に遭遇した時の為に事前にお祓いを受けてから応募してください。
死亡事故が発生した際には当社からご遺族にお悔みの手紙を送付させて頂き、寮にある荷物は責任持って返還致します。
六か月勤務致しますと特別に有給を三日支給しており、工務省からも優良企業として表彰されている当社に是非ご応募ください。
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求人情報⑤
パンサオ派遣
依頼企業からマナ汚染区域の除染作業の工員を募集されています。
企業名はアウラ事前秘密保持契約書にサインして頂いた上でお知らせします。
月給100エイクという法外な報酬が約束されています。
毎月依頼人と契約している魔術師が精神汚染を診断致しますので危険な事は何もありません。長期契約を大歓迎しております。
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求人情報⑥
ダントップ清掃
ナトリ運河に続く下水道の鼠処理の業務です。
アージェンタ市からの下請け業務ですのでどうぞ信用して頂いてご応募ください。
経験豊富な先輩が後ろからサポートしてくれます。
肉食性の鼠が生息しておりますのが、当社は作業員に格安の値段で特殊防護服を貸し出しております。他社では病死者が多発しておりますが、当社ではこの三ヶ月一人も死者を出しておりません。たいへん安全で高給のお仕事です。
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求人情報⑦
ヴィーア製薬
最新の万能薬の試験に参加して頂ける健康な方を募集しております。
かかりつけ医師からの診断書をご持参の上お越しください。
一回80エイクの報酬をお約束致します。
三回連続で検体となって頂けますと300エイクの支払いとなる特別サービス期間中です。
今だけの機会を逃さず、今すぐご応募ください。
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ヴィヴェットはお針子とか女性向けの仕事は探した事はあるが、この手の仕事の募集を見るのは初めてで少々困惑していた。
「まあ、見てもお嬢さんにはわからんだろ。かなりヤバい仕事ばかりだ」
「いや、なんとなくはわかりますけど貯金も無いような労働者ならこれくらいが普通なんじゃないですか?」
「んなわけねーよ。こんなもんに応募する奴は賭博に負けて借金があって今すぐ金を稼がないと明日の朝日もおがめねーような奴ばっかりだ」
「あるいはヤクでぶっ飛んじまってるアホだけだな」
裏社会に住む彼らでも、というか彼らだからこそ避けるような仕事らしいとヴィヴェットは理解した。
「はー、やっぱり何するにしても元手がいりますよね。ポーターさんにフィクサーとかいう人を紹介して貰うとしますか。貴方達ってよく知らない言葉を時々使っていますが、裏社会の用語なんですか?」
「用語っつーか言語かな。ヴィーは知らなくてもいい」
「いやいや、教えてください。出来れば裏社会の組織はどんなものがあるのかも」
ヴィヴェットはメモ帳を取り出して書き留める準備をしたが、ラッソ達は教えてやる気はなかった。
「駄目だ。うちらにはうちらの掟がある」
「掟?どんなのです?それくらいは教えてくださいよ」
「まー、『沈黙の掟』くらいはそこらの悪ガキも知ってるからいいけどな。アージェンタ市には六つの行政区があるが、犯罪組織はそれぞれの区を根城にしていて抗争を繰り返してる。だが、当局にお互いの情報を流さない暗黙の掟があるんだ」
「そんなの裏でこっそり密告したらわからないんじゃないですか?」
ラッソ達はヴィヴェットの素朴な疑問にぷっと笑ったので彼女は不快気に眼鏡を上げた。
「なんです?」
「いや、やっぱお嬢様だと思ってな。当局にはそれぞれスパイを送り込んでるしそんなもんすぐバレる。やらかしたら他の全ての組織を敵に回す」
「市警も犯罪に関わってるんですか?」
「当たり前だ。そうでもなきゃ堂々とアジトを構えてらんねーよ」
密輸、売春、賭博、殺人、凶悪犯罪も手広くやっているが担当部署との癒着が無ければ持続的な《《営業》》は難しい。暗黒街で殺人があっても住民は当局には何も喋らせない。
当局も家族や友人への報復を恐れてあまり突っ込まないが、代わりに関係ない一般市民には手を出さず最低限の治安を維持するようにお互い暗黙の掟があった。
当局に対しても、犯罪組織間でも、その下で暮らす堅気の人間もそれぞれ沈黙を保たなければならない。
「各組織はスパイを送り込んでるし、高官には付け届けもしてる」
「そんなに汚職する人ばかりじゃないと思いますけど・・・」
「まあな。ガサ入れ前に前もって情報を横流してくれたり、捜査を中断するよう圧力かけてくれる程度なのが多い。下っ端には買収や圧力に応じない跳ねっ返りもいるが早死にするか、異動でさよならだ」
「そういうものなんですね・・・」
「市長が警察予算削減したしな。買収に乗る奴も増えたよ。記事にしたけりゃしてもいいが、たぶんお前も早死にする事になる」
脅されたヴィヴェットはしばし検討したが、諦めた。彼女は別に世の中の不正を暴こうとして活動しているわけではない。
「まあ、今は仕方ないですね。偽名で記事を書いて住所はバレないようにしますが、できれば二人を護衛に雇いたいです」
「うちらは高いぜ。月給30エイクは貰う」
それくらいあれば数か月で欲しい装備は買える。
「帝国全土に記事をばら撒けるようになれば雇えますよ」
「マジで?そんなに儲かるのか?」
かなり吹っ掛けたつもりだがヴィヴェットの予定ではそれくらい払えるようになるらしい。
「政府公認の有力紙の記者だったら護衛に倍は支払ってますよ」
「ほんとにそれくらい払えるようになるなら専属で君の事を守ってやってもいいが、ひとつ頼みがある」
「なんでしょう」
「禁錮処分を受けている元スパーニア貴族のディエゴとラモンという男の状況を知りたい。どこにいるのか、どんな扱いを受けているのか、警備状況とかも。そして質問は無しだ」
「質問というか、もうちょっと情報が欲しいです。いつ逮捕されて判決が確定した日はいつなのか、とか。そうでないと資料を探すのも大変です」
「もっともだ。教えよう」
「前に頼まれた将軍や監察隊関連ですか、深くは尋ねませんが何度も頼まれるので大体は察しがついてきました」
「そうだろうな。だがもうしばらくは黙って仕事をしてくれ」
ヴィヴェットは優秀な調査能力を発揮してすぐに五法宮の貴族用の塔で幽閉されている事を調べ上げた。そしてアデランタード公が予定より20年早く解放される事も。五法宮には五法を象徴する五つの塔があってどの塔の何階にいるかの調査にはもうしばらく時間がかかった。
◇◆◇
「旧臣と合流する前に殺す必要があるな」
「つっても五法宮に侵入して殺すなんて無謀だ。俺らの力がまだまだ一線級には及ばないのは理解したろ」
「塔ごと爆破して倒壊させて殺すってのはどうだ?」
「どうやってそんな大量の爆薬を運び込むつもりだよ。第一通じるかどうかわかんねーぞ。失敗したら余計警備が厳重になる。食事に毒でも混ぜるほうが現実的だ」
ヴィヴェットの調査では高位貴族の幽閉先でもあるので毒見は必ず行われており、調達先の選定も厳重らしい。毒見役を買収した方が良さそうだ。
当面はその線で調査を進める事にしたが、毒見役が誰なのかまでは簡単には分からず弱みも握れなかった。




