第7話 未熟な暗殺者
ラッソとカルロは自分達の最大の標的を仕留めるまでは目立つ仕事は避け、殺す時は強盗を装っていた。しかし、警備が厳重な研究所の警備員を強盗が襲う事はまず無い。
設計書を盗むときは隠密活動を徹底せねばならなかった。
幸いヴィヴェットが事前に入念な調査をしてくれていたおかげで、盗み出すのは難しくなかった。念写用の魔術装具に撮影して持ちだしただけなので設計書自体は現場に残り、騒ぎにもなっていない。
「今後地位の高い法務官とかクソジジイ共の幽閉先を襲う時の事を考えると一般人の犯罪を装うのは無理だよな。これくらいスマートに仕事する必要がある」
サポート役のカルロが主に後始末を請け負っているが、魔術による守りがある邸宅を証拠も残さず襲撃するのは難しいと考えた。今回はヴィヴェットのおかげでやたらと詳しく侵入防止措置の状態を事前に知る事が出来たが毎回こうはいかないだろう。
「高官の殺人事件となれば残留魔力の波長の探査もされるかもしれない。そうなると教団の二の舞だ。うちらも追跡される」
ヴィキルート率いる内務省の特務部隊によって教団は壊滅的な打撃を受けたとメイソンから聞いた。もはや組織的な活動はなく散り散りになって個人が好き勝手に殺しを楽しんでいるだけで暗殺者というよりただの殺人鬼がいるだけだった。
「この際だ、有名な殺し屋の真似でもして押し付けてやろう」
「有名といっても裏社会でだけだけどな」
「爆弾魔ガイはどうだ?魔術探査も効かないくらい派手に爆破してやればいい」
「爆破なんかしたら一斉に官憲が集まって来るぞ。どうしようも無くなった時、爆弾を使うのはいい考えだが最終手段だ。それに・・・金がかかる」
爆発物の合成には知識と材料がいる。
ガイは教団に爆発物を融通していたらしいが、今は直接買い取るルートが無い。
メイソンや他の仲介人、或いはポーターに入手して貰う事も出来なくはないが、金がかかる。標的を襲う際に強盗を装っているので金品も奪っているがそれくらいでは足りない。
二十年前くらいにいたツキーロフという革命家が各地で爆破テロ事件を繰り返した為、当局の化学薬品に対する流通への監視も厳しい。
「じゃあ『人狼兄弟フィリバール&ペーター』」
それは魔導騎士の装甲も切り裂くほどの威力を持つ鋼の爪を使うという噂の暗殺者兄弟だった。
「そうだな・・・メイソンさんから譲って貰った手甲に鈎爪が付いた奴がある。倉庫にほったらかしていたが、あれと狼の毛皮でも被って真似すればそれらしく見えそうだ」
人狼兄弟が起こした殺人現場には軍用犬を調教して使っているらしく犬の毛が残されているという噂が漏れ伝わってきている。
「搦め手を使う時は毒殺かな。『青い涙のアクア』が使う毒も欲しい」
『青の涙』という劇薬を刃に塗るとほんのわずかなかすり傷でも必ず全身に毒が周り殺害に成功するとこの業界では評判だった。スパーニアとウルゴンヌ公国の緒戦で死亡したウルゴンヌ公王もこの毒で一日ともたずに死亡している。
「金のかかるもんばっかだなあ」
「金のかからないやり方で強敵を倒すのは必ず魔力を発するんだから仕方ないだろ。あの毒薬は魔石を作る時に必要な錬金術の秘薬から生まれたっていうから今度爺さんに安く入手できないか聞いてみよう」
そんなわけで彼らは毒薬や爆発物を扱っている暗殺者御用達の店に行った。
店といっても安宿を借りて点々としながら営業しており、倉庫は別にある。
◇◆◇
ヴェルナー特別実験区のとある安宿に行くと二階の階段に男が座っていた。
「二階は貸し切りだ。帰りな」
向こうの男は帝国で使われている共通語を話したが、ラッソはリブテイン語を使った。第二次市民戦争で滅んだ西方の国の言葉で離散した人々は帝国に恨みを抱いており、ポーターの出身国の言葉でもある。
「受付に二階の十三号室だと言われた」
「そうかい。ここは十二号室までしかねーよ。間違いじゃねーのか」
向こうの男もリブテイン語に切り替えて返事をした。
「間違いない十三号室だ。金はもう払ってある」
ラッソが鍵を見せると男は頷いて道を開けた。
「今時こんな合言葉だなんてめんどくさいな、まったく」
階段を上りながらラッソは愚痴る。
「いや、あれは時間稼ぎだ。魔術師がうちらを監視していた」
階段の天井に設置されていた魔術道具で、遠隔監視が行われていたのをカルロは察する。目的の部屋は清掃中立ち入り禁止の看板が掛けられていたが、二人はノックして入った。
中に入ると人が二人、老婆と中年の女性がいる。
「何が欲しい?」
「『ブルーアシッド』と『レッドレイン』」
「レッドレインは今売り切れちまったよ」
老婆は女性を指差した。
その女性は黒いドレス姿で、ベールで顔を隠しているが漂う気品が貴族のように感じられた。
「お婆ちゃん。余計な事は言わないで」
「悪い悪い、コリーナ。ほら、受け取りな」
老婆は赤い宝石を差し出した。
(コリーナ?『狂乱の赤い月コリーナ』か)
(だろうな・・・。かぶっちまったぞ)
(気にするな。わかりっこない)
ラッソ達はコリーナがよく使うという毒薬『レッドレイン』も買いに来ていたので少々気まずい。この薬品は対象を狂乱状態に追い込み、転落死などの事故や躁鬱状態の自殺に偽装させるのに使われる。
このコリーナが嵌めた指輪の赤い光が薄くなった時、誰かが死ぬとメイソンが言っていた。メイソンは西方圏出身の魔力持ちの子供を暗殺者として鍛えているので帝国人らしいコリーナについては噂くらいしか知らなかった。
「御免なさいね、坊やたち。次にまた買ってあげて」
「・・・おう」
「西方の子?」
「西方人の世話になってるだけだ」
生き残りも少なくなったこの業界でメイソンが訓練を施している事が噂になっているのだろう。
「そう。早く新しい時代が来るといいわね。ま、頑張りなさいな」
コリーナは帰り際に少しだけ彼らに興味を示して会話したが、それだけ言って去っていた。ラッソ達は一応変装しているが坊やと看破したのは最初から知っていたのか、変装が下手過ぎたのか。何はともあれ自分達に辿り着く可能性がある人間とは今後出来るだけ接触したくない。
コリーナを見送っている間に童話に出て来そうな魔女といった雰囲気を持つ老婆がブルーアシッドが入った瓶を用意してくれた。
「用量に気をつけな。使い過ぎれば窒息死を装えなくなるし検死で検出される」
「ありがとさん」
ラッソが受け取ろうと手を伸ばしたが、ペシリとはたきで叩かれた。
「金が先だよ。十三エイクと八千ラピス」
「たっけぇな!」
小瓶一つで庶民の年収分くらいする。
「これでもまけてやってんだよ。どうすんだい?買うのか買わないのか」
「買う、買うけどさ・・・」
二人は暗殺の依頼を請け負って金を稼いでいる訳ではないのでわりと貧乏だった。ストリートギャング時代にはカツアゲくらいはしたが、それも隠れ家や装備を整えるのに大分使ってしまった。
「短期の仕事でも探すか」
「ヴィヴェットから報酬を貰おう。これまでだって結構タダで手伝ってやってたんだし」
ヴィヴェットは今何処にも所属せず独立してペンネームで記事を書いて以前のようにあちこち送りつけている。採用されない時に二人は手書きでいわゆる瓦版記事を写して昔の仲間も動員して売り配ってやったり、彼女が書く記事の裏付けとなる証拠品を盗み出してやったりもしてきた。設計書の報酬もまだ貰っていないが彼らも標的の情報を貰った報酬を十分に払えておらずお互いに利用し合っている状態が続いている。
「・・・彼女の金って基本ポーターさんが囲って養ってやってる小遣いだろ・・・」
彼らにとって結局周り回ってポーターからこの年で小遣いを貰っているようでどうも情けない。
「仕事は仕事だ」
ラッソは反対したが、カルロは割り切った。
うだうだしている二人に老婆が苛立って再度支払いを要求する。
「で、払うのかい。払わないのかい?」
「払うよ、ほら」
十三エイクは紙幣で、八千ラピスは銀貨で支払った。
老婆はそれが偽金で無い事を確認してから二人に仕事を提案してきた。
「暗殺の依頼なら山ほどあるよ。皇家の御曹司だの娼館の経営者、家屋診断士だのいろいろね」
「標的以外の殺しで金稼ぎをする気はないんだ。悪いね」
「神秘派かい?」
「いや、そんなもんじゃない。ただの復讐だよ」
教団全盛期には神秘派と世俗派がいたらしいが二人とも良く知らない。
ただ殺したい相手がいて、その力があり、育ててくれる人がいたから暗殺に手を染めた。
「なら神秘派みたいなもんだ。アイラクーンディアは復讐の女神、神秘派に多かったからね」
「うちらはそんなに迷信深くない。神が何を助けてくれるっていうんだ?復讐を司る暇があったら復讐者を生まないよう努力してくれってんだ」
復讐者を生まないような神なら信仰してもいい、そうラッソは言った。
「殺しなんてしてたらいずれ迷信深くなって救いを求めるか、発狂してくだらない失敗で逮捕されるかのどっちかさ。特に復讐だなんてまっとうな理由で金も求めないようまっすぐな連中はね。誰かに許して貰いたいと思う日が来る。その時は神に縋るんだね」




