第6話 ヴィヴェットからの依頼
ラッソ達はヴィヴェットからの情報を元に、容易な標的から順に少しずつ始末していった。二人とも彼女の情報の正確さ、緻密さには驚き役割を分担する事の重要性を確認した。
「情報が漏れる事だけが心配だな」
カルロも彼女の有能さは認めたが素性と最終目的を明かし、チームに加えてやっていくにはまだ信用はしていなかった。
「ポーターさんの話じゃ彼女の目的は帝国議会に庶民院を開き男女同権の世の中にする事らしい。革命すら辞さない覚悟だから俺らの情報を漏らす事は無いだろう」
「騒乱罪で処刑も覚悟か・・・一応本人の口から目的をはっきり聞きたいところだ」
二人はヴィヴェットの下宿先を訪れたが、引っ越してまたリブテインホテルに戻っていた。
「どうしたんだ?教えてくれれば良かったのに無駄足を踏んじまった」
「用がある時はポーターさんを仲介に使うのかと思っていました。何か御用ですか?」
「ああ、あんたのくれた情報はとても役に立った。お礼がいいたくてね」
「あなた方が用意してくれたデザイナーの服も役に立ちましたからいいですよ」
「でもまた引っ越したみたいじゃないか。どうしたんだ?あっちの方が仕事に便利だとかいってたのに」
「ああ、あっちの仕事は辞めました」
「うん?この前はおかげで順調だとかいってなかったか?」
ヴィヴェット曰く第一秘書が仕事に復帰すると、自分よりリタやエミリアの信頼を勝ち得ている事に嫉妬し追い出し工作に入ったのだという。
「貴族だって気付かれたみたいで嫌がらせを受けたり探偵に後を付けられたりしたので面倒になる前にお別れしました。エミリアさんには良くして貰いましたが、第一秘書のパトリシアは厳しいリタの仕事に耐えて第一秘書の地位を得た自分だけはなんとしても上流階級に食い込みたいという執念に満ちた方です。こじれて編集部内で暴露されたらせっかくいい関係が築けた人達と距離が出来てしまいますし」
ずいぶん苦労して地位を確保したのにそれをあっさり投げ出してしまってもヴィヴェットは淡々としていた。カルロは執着心の無いヴィヴェットを見ていまいち信用しきれずにいた。
「あんたはさ。この国をどう思ってるんだ?」
「ひっくり返してやりたいですね。平民も貴族も、男も女も気にしないで自由に生きられる社会に」
「どうして?」
「以前、何度か私の代わりにネタを売り込んで貰いましたけど、女と男じゃあからさまに扱いが違ったでしょう?家人達には『貴女が平民に混じって働いていたらどうやって敬えばいいのか。何をもって貴族として扱えばいいのかわからない。貴族らしくしてくれ』とかいわれるしもううんざり」
「実家の力を使った方が何をするにも早いんじゃないか?」
「貴族にあるのは生活に対して役に立たない魔力だけですよ。地位や権力なんてご先祖様が遠い昔に力を持っていた時代からみれば魔力と共に薄れています。あなた方はまだまだ随分な力をお持ちのようですけどね」
ラッソもカルロも大公家の嫡男の生まれなのでそこらの貴族よりも遥かに強い力がある。大半の貴族が何十年も苦労して磨き上げなければ身につかないような力が。
「ところであなた方はどうやって暮らしてるんですか?つまらない事で逮捕されて私まで疑われると困るんですが」
「まっとうに稼いで暮らしてるよ。お妾さんと違って」
「例えばどんな?」
「だから・・・そう、たとえば野菜に泥を被せたり」
「???それが仕事になるんですか?」
意味が分からないとヴィヴェットは首を傾げた。
「なるよ。土で汚れてた方が健康的に見えるってんで金持ち向けの野菜をわざと泥で汚すんだ」
「冗談ですよね?市場でそんなの見た事ありませんよ」
「ほんとだよ。仕入れる時は綺麗に洗って、価格を付けて、売りに出す時は今朝捥ぎたての新鮮な野菜ですといって金持ちに売るんだ」
「これは記事にしないでくれよ、結構儲かるのに騙されたとかいわれたくないし」
ラッソもカルロも二人とも同じ事をいうのでヴィヴェットは頷いたが、半分くらいは疑っていた。
「まあいいですけど、せっかく来てくれたのでちょうどいいです。今度は私の頼みも聞いて貰えませんか?」
「どんな頼みだ?」
「ポーターさんにも相談したんですが、既存の会社でイチからのし上がるには何十年もかかるし、パトリシアのような妨害も受けて正体を探られる恐れも出てきます。そこで自分で起業してしまえばいいと思い立ったんです」
ロビー活動の結果、出版業が認可制から届け出だけで済むように法改正される為、情報発信がかなり楽になる。
「印刷機とかどうするんだ?よく知らないけど無茶苦茶高いんじゃないのか?それとも印刷会社とかに発注するのか?」
「設計図を盗めば楽ですよ。印刷を自前でやるのは大変ですが、当局や他社の妨害を無視して営業を存続できるので自力で抑えたいんです。二人にはこのアージェンタにある王侯貴族向けの学院研究所に忍び込んでそれを持ってきてほしいんです」
ヴィヴェットは既に警備状況も調査して二人にそれを示した。
魔術装具による防衛装置の場所までしっかり書き込まれている。
「魔術まで使う盗賊まで想定してあるのか。面倒な・・・」
「あなた方なら出来るでしょう?記憶装置は破壊するなり持ち去るなりして下さい」
侵入者監視用の魔術の目が設置されて定期的に念写記録を残しているので正体を隠すには映らないようにするか、記録装置の破壊が必要だった。
大胆な依頼の割に出来ないなら出来ないで構わないという態度のヴィヴェットにカルロはまた少し苛立った。
「お前さ、あんなに苦労して上司や同僚の信頼を得たのに追い出されたり、前にも支払いの足元見られたりしたのにどうしてそう感情が薄いんだ?執着心とかないのか?俺は感情の無い人間は信用しない。起伏が激しい性格は欠点だが、わかりやすい人間は信用できる」
「貴方の哲学なんか私の知った事ではありません」
「そういう態度がイラつくってんだよ!」
怒鳴るカルロをラッソが止めた。
「もういい、カルロ。彼女は既に十分怒ってるんだよ」
「何?何に対して怒ってるってんだ?むかつくんなら実家の使用人を追い出すなり、つまんねえ会社に放火でもなんでもしてやり返せばいいだろ」
「・・・そうじゃないよ。彼女はこの社会自体に怒ってるんだ」
ヴィヴェットはカルロと違って個人では無く直接怒りをぶつけられない理不尽な存在に対して最も強く怒りを抱えている。
「納得して貰えましたか?設計図以外にも起業の為に資金が要ります。ポーターさんの紹介で資産家に会う事になっていますが、私には馴染みのない場所なのであなた方についてきて欲しいんです。お願い出来ますか?」
「ああ、いいよ。カルロもいいだろ?」
裏社会の人間に会うのにいくら度胸があるといっても若い女性貴族一人では怖いだろう。ラッソは快諾し、カルロも付き合わせた。




