第24話 辺境国家の第四王子⑧
「兄上!どうしてくれるの!兄上があんなこと言ったから!!」
エドヴァルドはタルヴォに割り当てられている城内の馬小屋近くの部屋で文句を言った。自分の一言がきっかけでレヴァンとヴァフタンの双子は決闘でお互いを刺し合って死んでしまった。ヴァフタンがレヴァンに逆らうようになったのは双子の順序の話をエドヴァルドが持ち出して以来の事だった。
険悪になっていく二人を止めようとエドヴァルドは努力したが、タルヴォは煽り続けた。
「なんで、俺のせいになるんだ?」
タルヴォは平然としている。
「だ、だって・・・」
「まさか、ヴァフタンの方が兄に相応しいと言ったくらいであいつらが殺し合うなんて思うか?」
「でも、二人の喧嘩を煽ってたじゃないか!」
「強者が王として相応しいからな。あいつらは死んだ。お前の望み通りに」
「望んでなんか無い!」
ヴァフタンの方が好きだったとはいえ、レヴァンに死んでほしかったわけではなく、タルヴォの発言にエドヴァルドは納得いかない。
「俺にもこの国に残って欲しかったろ?レヴァンが王になれば俺はあいつに殺されかねなかった。ヴァフタンの奴がとどめまで刺すとは思わなかったが、内心ずっと弟として従属させられてきた事が悔しかったんだろうな」
正直俺も引いたぜ、とタルヴォは軽口を叩いた。
二人の決闘は馬上槍試合で行われほとんど相討ちで両者落馬した。
父に知られれば、止められると考えた二人は秘密裏に決闘を行ったのだった。
「見てたの?」
「ああ、ヴァフタンの方も怪我を負ったが致命傷じゃなかった。残念だな、手当が遅れなければ助かったろうに」
「見てたのに助けてあげなかったの?」
エドヴァルドは問い詰めた。
「その辺にしておあげなさい、王子」
不意にかけられた声に二人はぎょっとする。
「アイラクリオ公、どうしてここに?」
エドヴァルドは彼の事が好きではない。庶子のタルヴォはいないものとして彼に扱われていたのでタルヴォもそうだった筈だ。
なのに。
「声が漏れてしまっていましたよ、殿下」
大声を出しているから、聞こえてしまったのだといわんばかり。
しかし、従者が馬を引いて来るのでアイラクリオ公が普段自ら馬小屋の近くに来る事はない筈。エドヴァルドは胡散臭そうにアイラクリオ公を見上げた。
「さて、双子がもう亡くなってしまった以上、陛下が子供達に与える事の出来る領地の余裕が増えました。シロス公が亡くなってしまって遺族を慰撫する為にタルヴォ殿に与える予定だった筈の領地が無くなってしまいましたが、これでもう大丈夫。田舎になってしまいますが、無いよりはマシですよね。タルヴォ殿?」
アイラクリオ公は今回の報酬代わりだといわんばかりににんまりとしてタルヴォと親し気な雰囲気を醸し出した。
「おい、やめろ」
タルヴォはエドヴァルドの裏切られたという目に罪悪感が出てきてアイラクリオ公と距離を取る。それでもエドヴァルドはタルヴォを詰った。
「ぼくを騙したの?」
「騙した?人聞きの悪い事をいうな。お前だって俺といたいといったろ?でもこの国を出ていくのは嫌だって。それならこれが正解なんだ」
エドヴァルドはタルヴォとだけ親しかったわけではなく、ギュスターヴやヴァフタンとも良好な関係で兄達を慕っていた。
この二人の関係はここでひび割れた。
「僕を騙したな!!」
エドヴァルドの体から外へ内なる魔力が発散し、アイラクリオ公はそれに目を瞠る。タルヴォは何やら突然正体不明の暴風に襲われたような状態だったが、何が起きたのかは自然と悟った。
「そうか、魔力に目覚めたか。良かったな、俺とお前はやはり違うんだ」
「こんなもので!!」
いじけた事を言うなと怒ってエドヴァルドは殴りかかったが、さすがに年齢が10歳も離れているので殴り返された。しかし、殴ったタルヴォの手に違和感があり、エドヴァルドは堪えていなかった。
「おやめなさい、王子。もう済んだ事です。今後はギュスターヴを立てて貰えますね?」
「お前なんか嫌いだ!!」
エドヴァルドは泣いて出て行った。
もう彼の兄弟は遠く離れた所に住むギュスターヴしかいない。
残ったタルヴォはアイラクリオ公に話しかけた。
「お前さ。ヴァフタンを助けられた筈だろ。やっぱわざと殺したのか?」
「まさか。そんな事をして陛下の怒りを買えば我が子も立場が危うくなる。しかし、まあ我が国の医療技術では助けられなかったのは仕方ない事だ、そうは思わないか?」
「思わないね。十分助かる傷だった」
「自分の人生が欲しいなら言葉に気を付けた方がいいぞ、タルヴォ。お前も哀れなものだ、エドヴァルドにも信用されていなかったとはね」
タルヴォは医者の手配を城内の者に頼んだ。
しかし、常駐している医師がおらず、外の神殿勤めの施術士や東方職工会の医師の元へ伝令を出しても到着が遅くなった。城内で数少ない医療知識の持ち主、ヤブ・ウィンズローが来た時には手遅れになってしまっていたという。
以前ベルンハルトがシロス公討伐で出撃した際、アイラクリオ公に留守を任されていた為、城内を掌握されてしまっている。
「お前が口をださなきゃ弁明出来てた」
「いいや、お前は躊躇っていた。エドヴァルドなら信じてくれると思っていたのではないかな?」
「・・・そうだな」
タルヴォは溜息をついた。
もう何かも手遅れだ。彼に味方はいない。アイラクリオ公の力は王をも上回る。
が、エドヴァルドの思考はタルヴォよりも単純だった。
普通に父親を頼って経緯を報告した。