第4話 仕事の準備
「どーするよ」
「カルロの実家で借りて来ればいいんじゃないか?」
「嫌だよ。今さらどのツラ下げて家に帰れってんだ。しかも母さんにちょっと服貸してって?冗談だろ」
結局二人は自分達だけでやろうと相談して、判事の一人を殺害したがラッソの短剣では喉を掻き切っても即死させる事は出来ず、家人とまだ若い住み込みの使用人に気付かれて全員殺害せざるをえなくなった。
ラッソは間違って家人を殺してしまった時しばらく呆然としてしまい、近くの家の屋上に待機していたカルロが指向性を持たせた風の魔術で気を取り直せと大声で言ってもなかなか動かない為、カルロまで現場に乗り込み無理やりラッソを離脱させた。
◇◆◇
アジトに戻ったラッソは苛立ちをカルロにぶつける。
「あんな子供がいるなんて聞いてないぞ!ちゃんと下調べしたのか!?」
「ガキが一人死んだくらいで今さら何言ってんだ!俺らはこの世がひっくり返っても復讐を果たすんだろうが」
「カルロは自分が手を汚してないからそんなことを言えるんだ!今でもこの手に小さな子供の柔らかい体を貫いた感触が残ってる・・・。お前はそこらで何の罪もない子供を無意味に殺せるのか?」
「俺が・・・好きでお前に汚れ仕事をやらせてるっていうのか?俺だってこの手で仇を討ちたいのをお前に譲ってやってんだぞ!」
「ならやればいいだろ!!」
「魔人化の手術を受けたのはお前だけだろうが!!金も無い癖に今さら俺に文句いってんじゃねーよ!!」
一心同体となり目的を果たすと誓いあった二人のいがみ合いを止めたのはポーターだった。
「どうしたんです?二人とも。表に声が漏れていますよ。そんなことではすぐに当局に察知されてしまいます。こんな下らない事が原因で志半ばに斃れてもいいのですか?」
ラッソとカルロはそれぞれお互いポーターに不満を言いあった。
そしてヴィヴェットからの要求についても。
「なるほど。彼女らしい。君達も試されているようですね。ここで諦めるのも君達の自由ですがどうしますか」
「止める訳ないでしょう。この腕と目、そして家族の借りは返します」
ラッソは長手袋を嵌めた右手を握りしめた。
「ならもっと慎重に。魔眼を使いこなせるよう訓練する方が先でしょう。当日でもその目ならどこに何人いるかくらい分かったでしょうに」
カルロもそうだ、と同意するよう頷くがポーターは彼にも叱責した。
「屋敷に何人いるかくらい事前に調べられたでしょうに。誰がどこにいるか、襲撃時間の習慣は?その日の家人の予定は?調べましたか?ゴドフリーの時のようにラッソが暴走したのならともかく今回は君が計画を立てたんでしょう?」
暗殺教団はもともと複数の派閥があったが当局の追及から逃げる為にさまざまなダミー組織を用意した。ポーター達に宗教的な意図はなく彼らと直接関係を持たなかったが、ある程度横の連帯はあり手法に影響は受けている。
基本的に分業制で実行犯と支援役、調査班は別れていた。今回の責任は主に後方支援役にある。
「計画には緻密さが必要です。実行段階では計画通りにいかないことはしばしばありますが、無駄になっても不測の事態には常に備えなければこの稼業は長くは続けられません。君達は十分な能力は持っていますが、周到な事前調査をするのに必要な忍耐力が欠けています。ヴィーを頼りなさい」
「しかし、俺らに流行りの女物のドレスを用意しろだなんて・・・」
どうしたらいいものかとカルロは途方に暮れる。
若い二人に叱責した後、ポーターはいちおう助け船を出した。
「そういえば君達にはグレンデル孤児院の件で報酬を支払ってませんでしたね」
「ああ、そういえば。でもポーターさんに報酬を求める訳にはいきませんよ」
「財団から君達にということでリブテイン金貨をひとり一枚支払いましょう。表社会では使えない通貨です」
リブテイン金貨は亡国の通貨であり、金としての価値はあるが両替商では取り扱っていない。受け取ったカルロは指先でくるくると回転させてこの金貨を調べた。どうも玩具のような感触があって安っぽい。本物の金ではない。
「本物ですか?」
「いや、偽造通貨です。本物ですとコレクターが欲しがりますからね。我々の関係者だけにしか使えないようにわざと合金製にしています。ラッソの魔人化手術を請け負ってくれた魔術師などは別口ですので、表の私の資産を使うしかありませんでした」
「これをどこでどうやって使えばいいんですか?」
「リブテインホテルに宿泊する時にそれを使えば会員ルームに案内されます。必要なサービスを受ける事が出来るでしょう。一枚で一泊分ですがね」
「まあ、博打狂いの魚色家のおっさん一人の暗殺代としてはそんなもんか」
殺し自体は楽だったが、随分と手間と時間がかかったので割には合わない。
「会員専用のバーでは我々の関係者が多く集います。リブテイン人のデザイナーもね。上流階級の間ではなかなかの評価ですよ。きっと助けになってくれるでしょう」
技術だけでなく文化面でも世界をリードしていたリブテイン人だけあって、祖国滅亡後も大きな影響力を残していた。
◇◆◇
ラッソ達は早速、会員専用のバーに行き丁度ラウンジに来ていたデザイナーを紹介して貰った。
「悪いがちょっと困ってるんだ。15、6くらいの女性でお堅い感じのパーティに合う服を見繕ってくれないか」
「サイズは?」
「あー、いやちょっとそれはよくわからない」
それじゃ話にならないわね、とカルロは断られたのでラッソが口添えした。
「このホテルに長期宿泊している娘で名前はヴィヴェット・コールガーデン。サイズは・・・」
ラッソはすらすらと細かいサイズも伝えた。
「なんでお前そんなの知ってるんだ?」
「魔眼で透視出来るから訓練した」
「ずりい」
魔力が籠っていない服であれば、肉体の輪郭は掴める。
重要な血管、臓器の位置をすばやく見抜く訓練の課程でそういった特技も得た。
「ふうん、それなら同胞の誼で請け負ってもいいけれど、支払えるの?このわたくしに直接発注するなんて子供のお小遣いじゃ到底無理よ」
ラッソは自分より幾分年上のカルロに交渉を任せていったん引き下がる。
「いくら欲しいんだ?」
「リブテイン金貨なら三枚。表社会の通貨なら三十エイクにまけてあげるわ」
「あのさ。あんたのプライドを傷つけるつもりはないんだが、そこそこの服で構わないんだ。出席するのに恥ずかしくない程度で、まだ若い子だしさ。あんまり高価なものでなくていい」
「それくらい織り込み済みの金額よ」
「・・・一着が庶民の年収分に匹敵するのか。それも使い捨てで」
「そういう世界なのよ」
気の毒だけど慈善事業で仕事はしないというデザイナーに二人は軽くあしらわれた。そこで、バーテンダーと談笑しながら様子を伺っていたポーターがやってきて助け舟を出した。
「やあ、オーレン」
「こんばんわ、ポーター。どうしたの突然?」
「私はこの二人の後見人でしてね。これまではこちらの仕事とは関わらせていませんでしたが、慈善事業財団から一仕事発注して終らせて貰った所です。仮にも慈善事業財団ですからあまり彼らに報酬は弾めませんでしたが、今後はこちらにも頻繁に来るようになるでしょう」
ラッソとカルロは妥当な報酬だと思ったが、オーレンは気まずく受け取った。
「わたくしにも慈善活動をしろって?」
「彼らはスパーニアと縁がありましてね。君も恩を感じているなら便宜を払ってやってもいい筈です。あの時、あなたの息子が生き延びられたのは誰のおかげですか?」
「ああ、そう。そういうこと・・・。いいでしょう。なら何処に出しても恥ずかしくないお姫様に仕立て上げてあげるわ。早速お嬢さんに会いに行きましょう」
オーレンは自分の目で直接寸法を測るといってヴィヴェットの部屋に乗り込み、困惑している彼女を丸裸にして男どもを追い出し、仕事先や出席予定のパーティの情報を聞いてそれに合った服を用意した。




