第2話 グレンデル孤児院
「院長先生を?どうしてまた?俺は虐待された事もないし、悪い噂も知らないが」
「同じく。世話になったのは数か月の間だけだが別に悪い印象は受けなかった」
カルロは継父と折り合いが悪く、家出した後、しばらくストリートを彷徨い短い間孤児院の世話になっていたが、性に合わずに飛び出して結局ストリートの少年達を組織化してそのボスになっていた。
「理由は新たに情報収集担当で雇った秘書に聞いて下さい。今度事務所に連れて来ましょう。彼女は君達が何者か、どんな目的を持っているか知りませんが君達に必要な情報を提供してくれるでしょう」
「秘書?どのくらいポーターさんや俺達の事を知ってるんです?」
「彼女は私の背後関係や交友関係を洗っているので薄々察しは吐いているかと思いますが、裏の仕事の事は当面伏せておいて下さい」
「大丈夫なんですか、それ?」
「側において監視します。いざとなったら始末するつもりでつきあって下さい」
二人とも首を捻った。
そんな危険人物を手元においておいていいのだろうか。
「今すぐ始末するわけにはいかないんですか?」
「思想的には同志ですからね。いや、むしろ私の方が良い影響を受けたといえるかもしれません。それに大きなコネを持っています。使わざるをえません」
ラッソは納得いかなかったが、恩人であり自分より遥かに世慣れたポーターが様子見している以上ひとまずは引き下がった。カルロの方はまだ食い下がった。
「ポーターさんは直接非合法な活動はしていないからいいかもしれないが、俺達は違う。地上げもするし、そこらの店から用心棒代を巻き上げたりもしてる。当局に追及された場合、摘発されても仕方ないし、そこからもっとヤバい事もバレかねない」
「今後カルロの子分達の組織は隠れ蓑に使うなりしてもいいと思いますが、誰かに引き継いだ方がいいでしょうね。本気で復讐に専念するつもりなら彼らとは縁を切りなさい」
「・・・ああ、確かに巻き込むと可哀そうだな。そうしよう」
◇◆◇
そして翌日、ポーターはまだ十代の女性を連れてきた。
眼鏡をつけた金髪の帝国人であまり化粧はしておらず地味な印象だがなかなかの美人だ。
「彼女の名前はヴィヴェット。ヴィヴェット・コールガーデン」
「俺はラッソ、こっちは相棒のカルロだ。よろしくな」
ラッソは手袋越しにヴィヴェットと握手し、カルロは素手で握手した。そしてその際違和感を感じた。
「魔力持ちか」
「ええ、そちらも」
「俺は名も無い貴族の出だが、今は家を出てスラムで日銭を稼いでるケチなごろつきさ。あんたは?」
「ポーターさんの秘書兼愛人です。素行不良なので勘当状態ですけどね」
愛人とは聞いていなかったのでラッソもカルロもちょっと意外だった。長年の付き合いだがポーターは好色な人間でも無く、どちらかというとストイックな方だった。
カルロはさらに問う。
「今も貴族か、それとも貴族籍を追放された家系の出かって聞いてるんだが」
「紋章院には名簿が残っていると思いますが興味ありません」
「現役か。そんな貴族のお嬢さんが外国の、年寄りの、平民の愛人?」
「変ですか?貴族だろうと平民だろうと生えてるモノは同じだし、女の喜ばせ方に身分は関係ありませんよ。私は満足してますし、彼もそのはずです。ね?」
ヴィヴェットにしな垂れかかれ、二人に注目されたが、ポーターは咳払いだけしてそれには答えず話を逸らした。
「ヴィー、この二人は君の仕事を手伝ってくれます。必要なら護衛も務めてくれるでしょう」
「俺達が彼女を手伝うのか?逆じゃなくて?」
「お互いに利益が出てくる筈です。まずは一仕事一緒にやってみてください」
宥めるようなポーターの声に三者三様に頷いた。
これ以上文句を言っても仕方ない。
「で、ヴィヴェット。グレンデル孤児院の院長先生に悪い噂があるって聞いたが」
「ヴィーで結構です。あの孤児院の院長は市の補助金を着服して、私腹を肥やしています。市の福祉担当も共謀している疑いがあり、取材に行くので貴方達は私の護衛をお願いします」
「ポーターさん?」
「聞いての通りです。実際に自分の目で見てきた方がいいでしょう」
「その後は?」
「お任せしますよ。私や他の慈善活動をしている人々の資金や市民の税金がどんな使われ方をしているのか確認して、しかるべき措置を」
そしてラッソ達が、院長の後をつけた所、彼は実験区にある娼館に入り浸っていた。
しかも魔術評議会のお膝元の実験区では治外法権下であり、通常は使われない媚薬や薬物で脳を破壊された少女達を奉仕させている。
市の補助金と寄付で成り立っている孤児院の院長にあるまじきことだった。
娼館への支払額は膨大で、財団からの院長への給料では到底入り浸る事は出来ない。さらにカジノには借金があり、利息を支払いまた借金を繰り返す度に孤児達を外国の性的倒錯者に売り払っていた。
世間に知られれば貴族や裕福な商人の出資により成り立っているコーマガイエン慈善事業財団の管理責任を問われる事になる。
「こいつは許せんなあ・・・。俺らの知らない所で妹達にも手を出していたかもしれない」
「貴方達はあの孤児院の出身なんですか?」
「・・・ほんの一時期いただけだ。慈善家に哀れまれるのも御免だったし、他のガキ共と相哀れみあうのも馴染めなかったが、同じ屋根の下で暮らした兄妹達だ」
会話と反応からヴィヴェットはポーターの事は知っていても二人の事は知らなかった事は確認できた。
ヴィヴェットの依頼で二人が尾行や侵入を行って情報収拾を行った所、役人、市の福祉課、会計課の人間達は見逃す代わりにやはり利益を得ていた事が確認出来た。
政府が福祉予算を削減し、アージェンタ市も続いたのがきっかけだったようだが、実際の削減額以上に彼らは帳簿を誤魔化し、差額を着服していた。
「で、君はどうしてこんな調査を?正義感で?」
「まさか。そんな一文の得にならない事をしませんよ」
「じゃあ、通報しないのかい?」
「通報はしますよ。役所にではなく新聞社にですが、証拠を渡して買い取って貰うんです」
「なんで当局に通報しないんだ?」
「お金にならないしもみ消されてしまうかもしれないでしょう?」
関係者の誰にどんなコネがあるかまでは調べ切れていないし、上司は監督責任を問われる事になるので嫌がるだろう。関係者の親族、縁戚関係まで調べていくと数十名に登る。
彼ら三人で全て調べ切るのは少し骨だった。
「ふむ。そもそもなんであいつが怪しいと睨んだんだ?」
「質問ばかりですね」
「あんたがどんな人間か知りたいんだ。目の付け所が正しかったのは分かった。今後も期待したいが信用できる人間かどうかはまだわかってない」
「そんなにたいした事情はありませんよ。ポーターさんの口座の管理をしていたら、寄付をしている団体の中にあの孤児院があってたまたま知人も関わっていたので様子見に行った時、院長から好色そうな目で見られたのがきっかけです。ほんの一瞬でしたけどね。私が貧しくて家から出ても孤児院の子のように独り立ち出来るかどうか聞いていたら、そんな目で見られました。それからはとんとん拍子におかしな点が見つかりましてね」
近年急に子供が引き取られるのが早くなったとか、引き取り先が外国が増えて連絡が絶えたとか、院長が休暇をとるのが増えたとか違和感が増えていった。
「なんであの院長は急に変わったんだと思う?」
「さあ、監督者がしばらく音信不通になっていたからでは?ポーターさんと親しいあなた方も去り、気紛れな貴族も来なくなって自分が王様と勘違いしたのかも」
確かに彼ら二人はポーターから特別に目をかけられていたので昔はポーターも孤児院に直接足を運んでいたが最近は遠のいていた。他の慈善家も何かあったのか同時期に訪れなくなっていたようだ。ポーターが口座の管理まで任せているとなると二人の想像以上に信頼がおかれているらしい。
そしてヴィヴェットが最大手新聞社のアル・パブリカ社にタレ込んではみたが、報酬は三人の一食分にもならない子供のお小遣いレベルだった。ラッソが忍び込んで一般的な報酬を調べてみたが、通常の一割以下と酷いものだった。
「ひっでえなあ。自分らは大儲けしておいて」
「ま、初めてだし女だから足元見られたんでしょうね。世の中こんなもんです」
支払額が相場よりかなり少ないのは折りこみ済みのようだった。
ラッソが忍び込む時、魔術で手を貸したカルロとしては面白くない。
「いいのか?」
「そういった待遇を改善していく為に地道に活動していくんです。ポーターさんから聞いていませんか?」
「ああ。・・・貴族だっていえば向こうの反応も違ったんじゃないか?」
「それじゃ意味ありませんよ。それに実家に連絡が行っても困ります」
「意味が無い?」
「私は自分の力を認めさせたいんです。お金が欲しかったらポーターさんにおねだりすればそれで済みますからね」
最近急に資金が目減りしたようですが、とヴィヴェットは付け加えた。
「承認欲求か。ポーターさんの愛人としてお姫様みたいに囲われてりゃいいのに」
いい所のお嬢さんの気紛れの暇つぶし程度にしかカルロは思わなかった。ヴィヴェットは嫌味に肩を竦めて答えた。
「ポーターさんのお金もいつまで続くか分かりませんからお姫様として扱われているうちに自立出来るようになりませんとね。それにあの男はいずれボロを出して世間に知られるでしょうしその時に役所は知らぬ存ぜぬを通して、財団に責任を押し付けられます。こちらに害が及ばないように情報を選んで表に出す必要があるんです。ま、どうせ大した問題にはならないでしょうけどね」
「何故?」
「財団には多くの著名人や大貴族が寄付してます。醜聞を嫌って首を挿げ替えて終りでしょう」
その後の司法の動きも遅く、役所の会計課まで組んでいる為、帳簿を三者が共謀して誤魔化すと司法も証拠を押さえられず、一応表面化して院長は罪に問われたものの証拠不十分でうやむやになってしまった。
◇◆◇
ヴィヴェットの予想通り院長は解雇されただけで新聞も初報で疑惑を報じた以降の報道はしなかった。着服した金額の規模や人身売買に関わった以上、死刑が妥当であるにも関わらず。
「よし。んじゃ、ま、やるとするか」
ラッソ達はポーターからの依頼を執行する事にした。
「おう、殺るとしよう。でもヴィヴェットには何ていう?俺らの仕業だって気づくんじゃないか?」
「ポーターさんの話じゃ彼女も相当ぶっ壊れてるらしい。たぶん気にしないってさ。むしろ大喜びでネタにして稼ぎに行くだろうって」
「そうか。じゃあもし本当にそうしたら今後も役に立って貰おう」
元院長の死亡に気付くかどうか。
気付いた後、自力で誰がやったか突き止めるかどうか。
最終的にどう動くか二人は監視する事にした。
「孤児院の院長だの、自治体の職員だのなんて魔人サマの初仕事にはちょっと軽すぎるが、初心者だし、こんな所から始めるとしようか」
「どうやって殺す?派手に行くか、地味に行くか」
「地味に行こう。派手にやって有名になりたいという虚栄心はあるけどな。目指す大物を前に内務省に補足されたくはないだろ」
「そうだな。直接の恨みは無いし。メイソンさんから毒薬とかも貰ったが、今回は使わずに強盗を装って殺そう」
ラッソとカルロは殺しの際に平常心を保てるよう自己暗示の訓練を受けていたが、さして気負う事もなく殺しに向かった。
カルロが魔術で周辺に音が漏れるのを封じ、ラッソが忍び込んで短剣で腹や胸をめった刺しにしてから金品を奪って逃げた。何処にでもいるような強盗の手口として未解決事件として片付けられしばらく周辺の巡回が強化されただけで追跡は無かった。
◇◆◇
ラッソ達は前回の人類法廷、スパーニア軍事裁判に関わった人間の名を調べて貰う為にヴィヴェットが囲われているリブテインホテルに向かった。彼女は部屋で眼鏡をかけて何か調べものをしていたが、二人が何か言う前にヴィヴェットの方から口を開いた。
「あの院長死んだそうですよ、強盗に殺されて」
ヴィヴェットはネタを仕入れる為に毎日官報や、警察の日報、自治体が張り出す訃報だの公報に目を通している時に院長の死に気が付いていた。
「そりゃそうだろうな」
「そりゃそう?どうして?」
「今度は君から質問か」
「どうしてそう思うのか知りたいんですよ。お互いをよく知る為に」
「そうか、なら話すがあいつは暗黒街で博打にはまって借金漬けだったろ。それを返す見込みが無くなったら殺し屋が来るに決まってる」
「なるほど強盗に見せかけた殺し屋の仕業だと思うんですね」
「ああ。で、君はどうする。また記事を書いてどっかに持ち込むのか?」
「・・・書いたらその殺し屋は私の所に来ると思いますか?」
ラッソは会話をカルロに任せて魔眼を切り替えヴィヴェットの様子を探った。
体温に変化はないか、心拍数に異常はないか、自分達を疑っていないか。
引き継いだカルロが、ヴィヴェットに話を続けた。
「書き方によるだろうな」
「書き方?」
「そう。書き方だ。死んで当然の報いを受けた愚かな男だった。社会のゴミがひとつ消えた、めでたしめでたしってんなら誰も怒らない」
「表に出れば誰か騒いだりしませんか?」
「当局は裏社会の揉め事には口を出さない」
「カルロはそういう決まりに詳しいんですか?」
ラッソが見る所ヴィヴェットに不審な点はない。
どこまで踏み込んでも平気なのか少し慎重になって問うてきている。
「まあな」
「ではこれからも原稿を見て貰っていいですか?私はその辺疎いもので」
「わかった」
どうやらヴィヴェットとはまだ付き合っていけるようだ。
しばらく前まで孤児院の様子を見に来なくなっていたのはあのお姉様です。




