第49話 コンスタンツィアと東方候
コンスタンツィアはヤドヴィカからのお説教に参っていた。
政府と関わるなと言われても向こうから毎日のように訪問者がやってくる。
五法宮の戦いの件で聴取に応じたがラキシタ家に恨まれるのも御免なのでほとんどガルストン議長に任せきりだった。
政府の結論としてはラキシタ家が暗殺者を雇い、実力行使でボロス奪還を図った事となったがコンスタンツィアには疑問だった。エドヴァルドが強引にコンスタンツィアを連れてボロスから距離を取ってしまったのが惜しい。
あれは本当にボロスだったのだろうか。
幽体投射時の自分の肉体に近いように思えた。
祖母が残した魔術に関する本を読み解いていくと夢見術と死霊魔術にかなり類似点がある事に気が付いた。祖母はシャフナザロフから得た死霊魔術の知識に夢見術を加えてさらに昇華させていた。
悪く言えばシャフナザロフの人体実験の成果を祖母はかすめ取った。
その祖母の魔術書を読むのは良くないと感じてはいたが、どうしても好奇心は抑えられなかった。
祖母の研究書曰く死者の魂は天上界の神々の下へ召され、純粋なマナとして還元され再び新たな生命として輪廻転生する。汚れの為、天界に拒否された魂は地獄へ行き、地獄の女神達に囚われて浄化されるまで使役される。
天界からお迎えが来る前の魂は夢を見ているような状態で地上を揺蕩っている。その魂を誘導して元の体に戻し、心臓は動いていなくても石人形を操る魔術で同じように扱える。
神話でも地上と地獄を自由に往来する神がいるが、もはや生命とはなんなのかよくわからなくなってきた。
シャフナザロフは亡者を自在に操る事は出来なかったが、祖母は夢見術を駆使する事で死霊を自在に操る事が出来た。幸いというべきか祖母は愛しい男以外の為に死霊魔術は使わなかったようだ。
幽体投射が出来るようになったコンスタンツィアも恐らく他者の幽魂を認識し、捕らえ、亡者の中に入れる事で操る事が出来るようになる。
夢を見ている状態を維持し本人の願望を引き出せば長時間気付かれずに亡者として己が傀儡と出来る。
もし、誰かがそれをボロスにやったならば・・・。
「ラキシタ家と政府を争わせて誰に何の得があるというの・・・?」
政治と関わりたくはなかったが、時代は彼女をそっとしておいてくれないようだ。
「お嬢様、お嬢様。話を聞いておいでですか?」
「え?なんだったかしら?」
ついうっかり考え事にのめり込み、並列思考魔術を使っていなかったので、またヤドヴィカに邪魔されてしまった。
「御館様が帝都で戦費を調達して送金するよう仰せです」
「ええ、そうだったわね。いくつか屋敷と庭園を売却しましょうか」
一時期母がやたらと購入していた不動産を市場に流したが、まだまだ余っている土地や証券がある。
「今の情勢では買い手がつきません。担保にして銀行から借りては如何でしょうか。後はお嬢様がお持ちの美術品や魔術装具なら買い手がつくかもしれません」
「それは駄目よ。この屋敷の防備を強化するのに使いたいの」
「帝国の情勢もさることながら御館様も一大事なのですよ?」
敵方の家臣抱き込みに失敗した為、父らも二家の戦力を相手にして一進一退。
方伯家もどうなるかわからない状況だった。
「お爺様と敵対しているクリスティアン様のご養子が来年、学院に入って来るそうね」
「はい、お嬢様の婚約者候補となります。お名前は・・・」
「ミハイル・パーヴェルでしょう。もう名簿を受け取りました。ヴィターシャの婚約者だった方の御兄弟ね・・・」
ゲオルクの兄弟二人に与えられたブルーダー州方伯家とエンデ州方伯家はこの内乱の最中に分家の主クリスティアンの勢力下に収まった。曾祖母シュヴェリーンの息子二人の家臣達はクリスティアンの下に統合された。
パーヴェル家も方伯家の遠縁だが、クリスティアンが方伯家を親戚筋を黙らせて継ぐには少し薄い。内乱終結後に平和的に家臣団を治めるにはコンスタンツィアの胎を必要としている。
「実子と婚約させられるかと思ったけどさすがにそれは無かったのね」
「お嫌でしたら、お館様にご支援を」
「傭兵隊は何処も手一杯なのよ。あちらこちらで紛争が起きてて兵糧も高騰しているし。余力があるのは東方くらいだけど、神聖ピトリヴァータ王国が解散してリーアン連合王国に統合されたとかで不安定になりそうだし・・・」
王女が獣人と子供を作り、逃亡したという噂を追及されて王国は解散、ピトリヴァータ王国は元のリーアン連合に戻った。
「お嬢様、その東方の大君主の先触れの御使者です」
別の使用人が来客を告げて来たが、本人は夕方に来るらしいのでコンスタンツィアはそれまで別の用を片付けに出かける事にした。
◇◆◇
「なるほど税が重荷で厳しいと」
「そうなの、どうにかならないかしら」
方伯家の資産もさることながら母から受け継いだ不動産に対する資産税がかなり厳しい、エドヴァルドの入院費用にも随分現金を使ってしまった事もあり、個人資産の貯金が心もとなくなっていた。
そこで相談しに行ったのがユースティアである。
「コンスタンツィア様は確か孤児院を運営されていましたよね?」
「ええ、実務は人に任せてわたくしはたまにお手伝い程度ですけれど」
「そこへは馬車で?」
「馬車の時もあれば自分で馬を駆っていく事もありますけど、それがどうかしました?」
「でしたら馬車や馬の維持費、厩舎、御者の人件費等は経費という事で控除されます」
商会経営者が私用の馬車も業務の経費で落とすようにコンスタンツィアも同じ手が使えるらしい。慈善事業でやっている事なのでさらに低減される。
「それとコンスタンツィア様は確か独自に魔術を研究されているとか」
「ええ、それも何か?」
「広さや設備次第ですが、それも研究所として申請すれば免税対象になります」
コンスタンツィアはユースティアと相談の上、空き家も研究所として登記を変更し、方伯家が巡礼者に提供している貸家も慈善活動の一環として申請する事にした。
これで負担も大分軽くなり、若干資金に余裕が出来た。
◇◆◇
そして、夕方やってきたフランデアン王の騎士達を広間に待たせ、応接室でコンスタンツィアと一対一の会談を行った。
「お久しぶりです、陛下」
「うむ、急な訪問で悪いが君には二つ用があって来た」
「なんでしょう」
フランデアン王の用件は一つはエドヴァルドの入院費用の返済と今後東方圏からの留学生が増える予定の為、マグナウラ院への寄付増額。
コンスタンツィアにとってもあの入院費用は手痛い出費だったので大分助かった。
「寄付は有難い事ですが、今の状況でも増やされるのでしょうか」
「予定していた分は取りやめになったが、別口から一人増えた。前スパーニア王の長男ソラが発見されてな。私が後見人となるのでマグナウラ院に入学させる予定だ。既に政府とも話がついている」
スパーニアの王宮が襲撃され王の妻子が虐殺された事件はコンスタンツィアがまだ4歳頃の話だ。
スパーニア戦役においてフランデアン軍に対して劣勢となり、イルエーナ大公がクーデターを起こして市民を煽動し王宮を襲撃して王妃と子供達を殺害した。
第一報では王妃は子供達を人質に取られて民衆に暴行を受けた末、嬲殺しになった状況が伝えられあまりに生々しく悲惨だった為、報道規制が敷かれてコンスタンツィアもあまり詳しくは知らない。
「あの悲劇の王子ですか。敵国の王子を保護するなんて憐れみ深いのですね」
「君は私の侍女のナリンを知っていると思うが、彼女の頼みでもある」
「・・・あの子ですか」
コンスタンツィアを太っているとかなんとかいってフィリップと揉めた時、笑っていた失礼な侍女だ。
「侍女の頼みで動くなんて・・・、そういえば腹違いの妹になるのでしたっけ」
「あぁ、聞いていたのか。それに帝国政府が旧スパーニア領をまとめる為に彼の身柄を欲している。西隣のサウカンペリオンからの混乱波及を防ぐ為、帝国政府は彼に将来面倒な旧スパーニア領を任せるつもりだ。本来その役割は幽閉中だったイルエーナ大公が負う筈だったらしいが、君も関わった五法宮の戦いの最中に塔から転落死してしまっていたそうでね」
スパーニアの五大公のうち二公の領地はウルゴンヌに編入され、残り三公の領地は帝国の管理下にある。ソラの出身一族であるストラマーナ公領をひとまず返還する予定になっていた。
「だが、これまでずっと市井で暮らして来たらしく王族教育をやり直す必要があってマグナウラ院に入って貰う。急な話で悪いが入学にあたって便宜を図って貰いたい」
「政府が了承済みでしたら勿論構いません。出来ればわたくしからもひとつお願いがあるのですが・・・」
「伺おう」
コンスタンツィアは東方から千人ほど傭兵を雇いたい旨を伝えた。
「今の情勢では不安になるのも当然だ。手配しよう。君はラキシタ家から恨まれているかもしれないしな」
「いえ、私ではなく父の為です。仮にラキシタ家がここまで攻めてきたとして傭兵千人くらいでは守り切れないでしょうし、却って眼について攻略目標にされてしまうでしょう」
そもそも兵糧が不足する。長期間千人も食べさせるのは大変だ。
千人送ったくらいで父が優勢になる事はないだろうが、ないよりはマシだろう。
何もしなかったと後から文句言われるのも困る。クリスティアンが勝っても千人援兵を送っただけと言い訳も立つ程度の微妙な数だった。
「そうか、では君はこのまま来年もずっと帝都に残るのか?」
「はい。私が帝都から去れば民衆も不安に思うでしょう。ラキシタ家は名門騎士の家柄です。仮に帝都侵入に成功しても宣言通り現政府にしか手を出さないでしょうし」
「だといいがな。もし何かあれば翠玉館にいる我が国の騎士を頼るが良い」
「ご厚意に感謝します」
帝都から逃げるにしても北は方伯家の内乱、南にはラキシタ家。
東は海、西は山岳部。逃げ場はあまりなく、ラキシタ家の騎士道精神に期待するか、正規軍が勝利、或いは交渉で平和的解決が行われるかに期待するしかない。




