第44話 決闘の後
さて、決闘後の観客の反応だが帝国人の大半は生意気な東方の大国の御曹司に手痛い一撃をくれてやったエドヴァルドを評価していた。
北方系の留学生はエドヴァルドに好意的だったが、地元、東方系の留学生からの評価は二分されていた。上級生の王子達はだいたいがフィリップを支持している。
「さすがにフィリップ殿下は魔力が底なしで、凄い粘りだったな」
「ああ、中盤ヤバいところがあったが、エドヴァルドの奴自分から挑発していたくせにやり返されたら急にムキになって力尽きていたよな。最後にはフィリップ殿下が押し返して一方的な展開だったじゃないか。あの審判は何処を見ていたんだ」
「まったくだ。試合が再開されたらエドヴァルドに勝ち目は無かった。だからあいつはさっさと打ち切って逃げたんだ」
一方、東方の姫君達の方だが彼女達の反応は二分されていた。
育ちのいい姫君は口汚いエドヴァルドを嫌っているが、フィリップも往生際が悪いと幻滅している姫君もいた。
「ちょっぴりワルっぽいけど、かっこいいよね。カレ」
「そうよねえ。フィリップ様ってやっぱり背がお低いし、フランデアン王家の子供は難産だって聞くし・・・ちょっとねえ」
「あの勝負、最後の一撃で完全にエドヴァルド殿の勝利は確定してござった。是非、拙者の所に婿入りして欲しいものでござる」
「セイラさんはどう思いまして?やっぱりまだあの子は許せませんか?」
「え?いいえ、もうそんな昔の話は忘れました」
セイラもヨハンネスの教えを受けていたので、エドヴァルドの戦い方は故意にフィリップに魔力の浪費を強いるものだったと看破していた。
勝敗についてはどうとも言えないが、フィリップが屁理屈を捏ねている姿には少なからず幻滅した。どうにもすっきりしない気持ちのまま会場を後にすると、一緒に歩いていたソフィアに脇を突かれた。
「彼、何か話があるみたいよ」
みるとエドヴァルドがセイラを待っていた。
「何か御用ですか?」
「以前のお約束の通り、改めて非礼をお詫びします」
エドヴァルドは公衆の面前で、膝をついてセイラに謝罪した。
約束で思い出したが、そういえば確かに勝負がついてから出直せと言った覚えがある。
「そんな話もありましたね・・・。少し二人で話せますか?」
「勿論喜んで」
注目の的になっていたのでセイラは場所を変えて改めてエドヴァルドから謝罪を受けた。
◇◆◇
エドヴァルドも約束を忘れていたのだが、イルハンに言われて思い出しセイラが会場から出てくるのを待っていた。
「以前は大変な御無礼を申し訳ありませんでした。改めてお詫び致します」
「お詫び、お詫びね・・・。実は私も貴女に詫びなければいけない事があるの」
「?セイラ様に詫びられるような事は一切ありませんが・・・」
身に覚えがないのでエドヴァルドは膝をついたまま困惑顔でセイラを見上げた。
「コンスタンツィアさんから伺ったの。貴方が女海賊を殺してしまった事を気に病んでいるって・・・」
その件は誰にも触れて欲しくない記憶だった。あの女はともかく胎児が母を呼び泣き叫ぶ声が幻聴としてエドヴァルドを未だに苛んでいる。
エドヴァルドは立ち上がって不快気に話した。
「それが貴女に何の関係が?」
「・・・私が彼女に帝国の法律を教えたの。でも彼女は時々窃盗をしたり、手癖の悪さは直らずに途中で切り捨てて追放した結果が海賊業に追いやってしまって・・・」
「そんな事ですか。別に気に病む必要はありません。あの女の自業自得です」
セイラがどう謝ってもエドヴァルドは関係ないとして聞く耳を持たなかった。
「そう・・・私の謝罪を受け入れてくれないのね・・・。仕方ないか」
セイラもかつて詫びて済む話ではない、ずっと心に痛みを抱えて生きればいいと言い放った手前それ以上許しを乞えなかった。
「え?」
「いえ、なんでも。ところであの時、貴方は何と言ったのでしたっけ?このイーネフィール大公女である私に」
セイラは考えを切り替え、腕組みをしてエドヴァルドを見下ろした。
さすがに大国の姫で威厳がある。身長もエドヴァルドより少し高い。
もう一度あの時何と言ったか言えと言われても、落ち着いた今となっては少々言いづらい。
「す・・・すべた」
急に流れが変わり、エドヴァルドは気弱に消え入りそうな声で呟いた。
あの時はフィリップとの口論の最中の勢いでとりあえず思いついた罵倒の言葉を口にしたが、今更何の恨みも無い相手を侮辱するのは難しかった。
「は?何ですって?よく聞こえないわ」
「スベタ」
エドヴァルドは何の感情も込めずに棒読みで口にしたが、セイラの追及は止まらない。
「それだけじゃないでしょう?本当に反省しているのかしら。もっと女性に対する侮蔑を込めて罵っていたでしょう。さあ、もう一度おっしゃって」
「勘弁してください」
「駄目よ。ちゃんと同じ言葉を口にしてそれで自分の罪を認識しなさい」
セイラは厳しく追及してくる。
エドヴァルドの形だけの反省を許さない。当時を再現した上で二度と繰り返さないと約束しろと強いてきた。
「こ、このスベタが!」
エドヴァルドの罵りにセイラは顔を紅潮させている。
口にされると怒りが蘇るらしく、エドヴァルドは申し訳なく思い、自責の念で心が苦しくなった。
「も、もう一言あったでしょう?ほら、最後までやり遂げなさい」
「く、クソアマ?」
「違うでしょ。もっと女性を軽蔑するような目できつい口調で口を挟むなだのなんだの言ってくれたわよね。ほら、もっと激しく罵りなさい」
セイラはなんだか涙目である。
怒りのあまりか、ふるふると震えながらもっと言えと強要してきた。
「勘弁してください、本当にすみませんでした」
「心が痛む?貴方が少しはまともな男なら痛むでしょうね。でも言いなさい、これが罰なのよ」
エドヴァルドは二度と口にしたくなかったが、言われた本人がもっと言えというので仕方なく意を決して罵った。
「この恥知らずのクソアマが!そんなに罵られたいのか!俺は引っ込めといったんだ、アバズレ!!」
コンスタンツィアにこの場を見られたら誤解されてまた怒られてしまう。エドヴァルドはなるべく早口で思い切りセイラを罵った。怒鳴られたセイラはますます顔を赤くしてぽろぽろと涙を流し始めた。
「ひ、酷いわ!そこまでいう必要ないでしょう!?」
セイラとしてはこれがお互いに対する罰として相応しいと思って選んだのだが、エドヴァルドから見るとどうにもこうにも情緒不安定なセイラが理解出来なかった。
「貴女が言えと言ったんじゃないですか・・・もう勘弁してください」
誰かに聞かれているとまたエドヴァルドの悪評が広まる。
「仕方ないわね。許してあげるけどもう二度と私以外にそんな口を利いてはいけませんからね?わかった?」
「え?セイラさんには良いんですか?」
「貴方みたいな人は喉元過ぎればすぐに忘れそうですから、私が定期的に反省しているかどうか確認してあげるわ!」
「はあ」
エドヴァルドにはよくわからない理屈だったが、定期的にセイラに会って彼女を罵り、自分の罪と向き合う事になった。
フィリップも来年には卒業して縁が無くなる。
一部には不評が残るが、何はともあれ懸案事項は片付いた。




