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荒くれ騎士の嘆き歌  作者: OWL
第五章 蛍火乱飛~後編~(1430年)
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第43話 エドヴァルド対フィリップ③

 フィリップの足をへし折ろうとしていたエドヴァルドはイルハンの声に動きを止めた。一度冷静になってしまうともう誰の目にも自分の勝利は明らかであろうからこれ以上やらなくてもいいのではないかという思いが頭の中をよぎる。


その一瞬の隙にフィリップは飛び退いて距離を取った。


「ちっ」


休む隙を与えないようにするため、エドヴァルドは追いすがってトドメの一撃を放とうとするが、顔面目掛けて突風が吹いて動きを止められた。

そしてその風は顔にまとわりつき、試合場の砂が巻き上げられて目に入ってしまう。


「なんだ!?クソっ」


棍を振り回すとその妙な風も収まったものの、目を開けて気が付いた時にはフィリップは目前に突っ込んで来ていた。


「しまっ!」


慌てて腕をクロスさせて魔力を前面に集中しながら飛び退ろうとしたが、フィリップは体当たりするような勢いで柄頭をエドヴァルドの胸に叩きつけ、そのまま腕を突き出した。


 ◇◆◇


 試合の半ばではコンスタンツィア達のような素人目でもエドヴァルドの勝利は確実に思われたが審判は勝利を宣言しなかった。エドヴァルドの口汚さに対しても審判の判断に対しても観客席からはブーイングが上がり始めていた。

エドヴァルドを非難しているのは女生徒達、審判を非難しているのは北方圏や西方圏の生徒達。


エドヴァルドがフィリップを滅多打ちにし、イルハンが止めた後に形成は逆転した。フィリップがついに渾身の一撃を、ただのタックルのようなものだがそれを食らわした時、エドヴァルドは試合場の壁に砲弾のように突っ込んで行って壁を爆砕させた。


その一撃で形成は完全に逆転した。

エドヴァルドはついに恐れていた一撃をまともに受けてしまった。

疲労困憊だった筈のフィリップは息を整えて、エドヴァルドが起き上がるのを待つ余裕すらあった。


コンスタンツィアは今の一撃でエドヴァルドが死んでしまったのではないかと、不安になっていたが土煙の中からよろよろと出てきたエドヴァルドを見て胸を撫でおろす。


しかし、その後は見るも無残。一方的な展開になった。

エドヴァルドの作戦通りフィリップはついに体力も魔力も使い果たした筈だが、その剣には再び威力が戻ってエドヴァルドは必死になって躱す羽目に陥った。

動きを読んで技の出を止めようとしても、強引に振り払われてまたすっ飛んで行く。反撃しても今度は有効打とならず、フィリップの体に当たる寸前で不可視の壁に弾かれた。


フィリップの魔力は底を尽き、ついに自分の力が上回ったと確信していたエドヴァルドは戸惑い、逆に一方的に押され始めた。


「・・・妙ね」

「何がです?」


ノエムに聞き返されてもコンスタンツィアもはっきりとはわからず黙って注視した。フィリップの周囲の魔力が妙に濃いように見える。

それにエドヴァルドの動きもおかしい。周辺に違和感でも感じているのか、急に集中力が乱れてフィリップの攻撃を躱しきれずに何発か掠めるようになっている。

一撃食らえば死にかねない威力の大剣が風を切り、轟音を立てる度にコンスタンツィアははらはらとした。


エドヴァルドが感じているこの違和感はコンスタンツィアも覚えがある。

北方圏の生徒達の中にペレスヴェータを見かけた時に、それをはっきり思い出した。彼女は『視線』を二人以外の所に向けている。


コンスタンツィアもそれを見極めようと第二世界の視点に集中した時に自分の意識が体からすぽんと飛び出してしまった。


(あ、あら?)


コンスタンツィアは自分の周囲に目をやると、どうやら自分は空中に浮いているようだった。見下ろすと自分の肉体は今までと同じく試合場を眺めていて変わりはない。周囲の人間も自分の状態に気づいた感じは無いが、ペレスヴェータだけがこちらを見て驚いていた。


どうも夢の世界に入った時のような感じだ。

無意識に幽体投射をしてしまったらしい。


この状態で試合場を見ると違和感の正体がはっきりした。


精霊がいる。


それは青く透き通った体で、魚のヒレのようなものがついた人間に近い姿だ。

彼らがフィリップの動きをサポートし、エドヴァルドにまとわりついて邪魔をしていた。通常魔導騎士の脚力に耐えられないような軟弱な地盤でも硬化させて踏ん張りを効かせフィリップの魔力も回復させている。

このままではフィリップの力は無尽蔵だ。


精霊は第一世界の住人であり、第二世界を感じる程度のエドヴァルドでは認識も出来ず、それを払う事も出来ない。コンスタンツィアは現象界を完全に抜け出てしまったせいか、精霊達の世界への交渉権を得た。


<<貴女達、それはちょっとずるくないかしら>>


コンスタンツィアが試しに話しかけてみると精霊達は反応してふらふらと近づいてきた。


<<ずるくないもーん。精霊術だもーん>>

<<そうそう。ずっとイルンスール宮を守ってくれてる王子を助けてあげなくちゃ>>


古代神聖語だと話が通じるらしく精霊は反論してきた。

神術、魔術と同様にフィリップの力のひとつに過ぎないと詭弁を弄している。


<<なら、わたくしもエドを守る精霊になるわ>>


精霊達は第二世界でエドヴァルドの足元を泥沼のように変えていた。

第三世界では魔術による現象として吹き出て実際にエドヴァルドの足元が軟弱になっている。エドヴァルドはたたらを踏んで転ぶようにフィリップの剣を躱し、体を回転させながら距離を取りよつんばいになって必死に離れる。

その滑稽な姿をみて観客は笑っている。


<<不愉快だわ、貴方達>>

<<ひっ>>


精霊は神と同一視される地域もあるほどの存在だが、神と違って信仰されマナを奉納されることもなく、ましてやフランデアンから遠く帝都にあってはそれほど強力な存在ではない。

コンスタンツィアが凄んだだけで、精霊達は怖気づく。


<<さっきの一撃がもう一度当たればエドを殺しかねない。そういう戦いに介入しているのだから貴方達も死ぬ覚悟があるのよね?>>


この状態で満ちるマナを炎に変えて精霊達を脅した。


<<こ、殺すの?精霊だよ?え、偉いんだよ?>>

<<ちょっと遊んでるだけじゃなーい。真面目になりすぎー。一緒に踊りましょうよ>>


精霊達は臆病な者、おちゃらけた者、陰険にエドヴァルドの足を掴んで転ばせようとしている者、やたらと好色でエドヴァルドに寄り添って踊ろうとしている者などさまざまな者がいた。


まずコンスタンツィアはエドヴァルドに抱き着いてこちらに流し目を送っている好色そうな精霊を燃やした。次に足首を掴んで動きを邪魔している者を地中に叩きこむ。


<<キャアアアアア、酷い!酷い!酷い!酷い!酷い!!酷い!!!>>

<<全員殺すわ。ただのマナの塊に変えて月に送ってあげる>>


燃やされた精霊は悲鳴を上げて逃げた。

周囲は熱気に満ちたが現象界に吹き出る前に炎は収めた。

コンスタンツィアの魔力の圧力で地中に叩きこまれた精霊は浮上しようと藻掻くが、精霊界における地面が硬化されているのをみて諦めてそのまま地下から何処かへ去った。五法宮でヴィジャイと戦った際、マナを硬化させてコンスタンツィアが集められなくようにした彼の力を学んでその真似をした所上手くいったようだ。


他の精霊達も次は自分の番だと悟って逃げ散っていく。


精霊を追い払うと彼女達が及ぼしていた力も試合場から消える。

もともと現象界に及ぼせる力はさほどなく、もっぱらエドヴァルドに対する精神攻撃、幻に近い力だった。


コンスタンツィアは試合場に舞い降りると、精霊を視る力を持つフィリップは気が付いてぎょっとする。


「邪魔をするな、コンスタンツィア!!」


フィリップは怒声を上げながら下から跳ね上げるように剣を振るいエドヴァルドを大きく弾き飛ばした。


 ◇◆◇


 エドヴァルドはぼろぼろになりながらも棍でフィリップの一撃を根本で受けたが、強引に降り抜かれ、大きく空に舞い上げられた。しかし誰かに助けられるように空中でふわりと体勢を立て直す事が出来た。

下を見下ろした所、フィリップは油断したのかあらぬ方角を見ている。


逆転するには隙を見せたこの一瞬に賭けるしかない。


「母は長年、炎神に奉納してきたのに神は助けなかった。貴方はどうか、トルヴァシュトラよ!」


エドヴァルドは観客席の熱気と共に舞い上がるマナ、そして己の内なるマナの残り全てを雷神に捧げ、ファーズマンの槍と同じように棍を白熱させて雷光の如き一閃を放った。


フィリップが目の前に迫る白光に気づいた時にはもう遅かった。

精霊は逃げ散ってしまい、振り切った大剣を戻す力は残っておらず、体勢は振り払った姿勢のまま泳いでいて躱しようも無い。


この一撃を食らえば体は貫かれる。

フィリップは死を覚悟した。


 ◇◆◇


 この致命的な一撃はフィリップに命中する直前に間に入った近衛騎士ケレスティンが防いだ。盾をかざし向きを逸らせて弾いたが、観客席に飛び込んで落雷の如き被害を周囲にもたらした。幸い観客には命中しなかったが、弾かれた状態でも危うく死者が出る所でケレスティンは冷や汗と共に胸を撫でおろした。


長い滞空から降り立ったエドヴァルドは嫌味をいう。


「なんだ、助太刀か?武器は投げちまったからな。素手で相手をしてやる」


よろよろと拳を眼前に構えてエドヴァルドは闘志を露わにした。

ケレスティンは苦笑して答える。


「お前の勝ちだエドヴァルド。今の一撃は見事だった。フィリップでは防げなかったから間に入ったまでだ」


ほら、と近衛騎士は自分の盾を見せた。

攻撃を逸らせたときに大きく抉り取られている。

帝国騎士に与えられる魔導装甲の盾よりもさらに強靭に作られている近衛騎士の盾が破損するほどの一撃だった。


「フン。じゃあフィリップは謝罪するんだな」

「ああ、ほらフィリップ」


ケレスティンはフィリップに膝をついて謝罪するよう促した。

しかし、フィリップは敗北を認めない。


「審判が勝負に割り込んだ以上、この決闘は無効だ」


この返答は予想外でケレスティンも唖然としてフィリップをみやる。

当然エドヴァルドも憤慨した。


「は?お前は決闘の前に誓ったんだぞ!」

「そうだ。お前はあの一撃を防げなかった。当たれば死んでいた」


ケレスティンは審判役としてエドヴァルドの勝利を宣言したが、フィリップは割り込んだ判断が間違いだとして認めなかった。


「無効試合だ。負けてなどいない。どうしても認めさせたければ次からはアウラの神官も呼んで細かい条件を契約書に書かせろ」


強情なフィリップにケレスティンもエドヴァルドも呆れた。


「そんなに他人に謝罪するのが嫌か・・・」

「当然だ。フランデアンの獅子は誇りにかけても膝を屈しない」


ケレスティンが呆れた声で非難してもフィリップはつっぱねた。

エドヴァルドは呆れるだけではすまなかった。


「はっ、何が誇りだ。お前は神聖な決闘を汚し、審判さえも侮辱した。お前はただの傲慢なチビだ。弱小国だと侮辱した相手に負けても頭を下げるのは嫌だと駄々をこねてるだけのクソガキだ」

「お前のような礼儀知らずに謝罪などあり得ん」

「一度口にした誓約を破るとは見下げ果てた奴だ。お前の誇りと名誉は、自分の都合で左右されるんだな。もういい、勝手にしろ」


全力を出し尽くしたエドヴァルドには、試合を再開しフィリップをもう一度叩きのめして地面に這いつくばさせる力は残っていない。

これ以上の問答にうんざりしたエドヴァルドは試合場を後にしようとするが、イルハンがちょっとまだ、と声をかけた。ああ、と気が付いてエドヴァルドは振り返り審判に礼をとった。


「ケレスティン殿にはつまらない事で時間を取らせて申し訳ありません。この決闘は無効試合で構いません」

「承知した。いい戦いぶりだったぞ、エドヴァルド」


ケレスティンはエドヴァルドを讃え、北方の戦士達もやはり喝采して送り出した。


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2022/2/1
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