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荒くれ騎士の嘆き歌  作者: OWL
第五章 蛍火乱飛~後編~(1430年)
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第42話 エドヴァルド対フィリップ②

 エドヴァルドは戦いに手ごたえを感じていた。

入手した情報通り、フィリップは牛の角のように剣を構えて切っ先をこちらに向けていたが、その先端は疲労で段々と落ちてきている。フィリップの体に不釣り合いな大剣は父のクーシャントの剣を模したものだが、彼にはまだ早かった。

上段で腕をクロスした構えから剣を繰り出すには動作が大きくなる。疲労で集中力が落ちて攻防一体の構えからフィリップは攻撃一辺倒の構えに変化したが、エドヴァルドはさらに躱すのが楽になった。


「くそっ!」


フィリップは今度は躱しようもないほど大きく踏み込んで至近から薙ぎ払いに行くが、それを読んでいたエドヴァルドはフィリップと入れ替わるように頭上を一回転して後ろを取りつつ背中を蹴り飛ばし、その反動で距離を取りながら地面を転がって向き直る。エドヴァルドが構え直した時、フィリップは大剣を地面に突き刺してそれにもたれかかって荒く息をついていた。


最初から長期戦を想定していたエドヴァルドは体に負担の少ない姿勢で膝の力も抜き、武器を背に隠して間合いを悟らせないように対処しており。まだまだ体力は有り余っていたがフィリップは既に体力が尽きている。


エドヴァルドはまだ油断せず、休ませないように牽制を入れた。

持久戦の狙いを悟らせない為に時折牽制を放ってきたが、今回も額に一撃を入れてもまったく無傷で審判も有効打と判断していない。


試合場の地面は砂利が混じり、それほど固くもないので魔力を込めた足では踏みしめても地面がへこむか、砂で滑ってしまう。常人ならともかく魔導騎士のような者達にとっては通常の地面はスパイクを付けた靴でないと踏みしめられず全力は出せない。試合場が石畳なら五分の戦いが出来たのだが貧乏なエドヴァルドにはそういった特殊な靴は用意出来ず不利に働いた。


現在の状況ではエドヴァルドが全力で攻撃に移ったとしても、フィリップの魔力が尽きるまで有効打を叩きこむのは難しい。


まだしばらく耐える必要があると判断したエドヴァルドは時々棍の端を持って長さを変えてフェイントの一撃を放ってさらに惑わせた。


最初はフィリップを応援していた観衆もこの好勝負に徐々にエドヴァルドを応援する声も高まった。彼らが踏み鳴らす足音と声援で場内は熱気に包まれていく。


 ◇◆◇


 エドヴァルドはこの持久戦法を自分で決めた戦い方とはいえ、相手の魔力が底なしで戦いは想像以上に長引き、逆に自分が焦って来てしまった。

次の手を考えていた所、避け方が甘く少し口が切れてしまった。物理的には完全に躱していたが、剣を覆う魔力に削り取られた。


「どうした小僧、闘いの最中に考え事か?」


エドヴァルドにも疲労が見え、自分の魔力が相手の防御力を完全に上回ってる事を目の当たりにしたフィリップは勝利を確信し始めた。

さんざん挑発してきた割に守り一辺倒だったエドヴァルドを不可解に感じていたが、何のことはない。向こうの攻撃ではフィリップの急所を突いた所で有効打にもなりはしないので攻められなかっただけだ。逆にフィリップの攻撃は掠めただけでも致命打になりうる。


 フィリップが我を取り戻して、剣に冷静さが戻ったのを見て取ったエドヴァルドはもう一度挑発する必要があると感じた。エドヴァルドは口の中に溜まった血をぺっと吐いて応じる。


「掠めた程度で勝ち誇るなよ、甘ちゃんが。そういえばお前、ボロスを殺せたのに手加減したよな。自分の手を汚したくなかったのか?」

「なんだと?」

「俺に手の内を見られるのを嫌ったのか?卑怯者らしい考え方だな」

「あいつが手強かっただけだ、邪推するな!」


フィリップは確かにボロスを全力で積極的に殺しにいくのはためらっていたが、エドヴァルドに手の内を見られるとかそういった事はまったく考えていなかった。

ラキシタ家の雑兵に手こずっていたエドヴァルドなどまったく問題視もしていない。故にエドヴァルドの物言いははなはだ不愉快である。


「いいや、嘘だね。俺は学んだんだ、嘘つきはすぐに見分けられる。お前はまだまだ力を温存していた。あの時も、今も」

「勘違いするのはお前の勝手だが、確かにボロスに相対した時ほどの力を出す必要はないな。お前程度辺境の田舎王子相手には剣すら必要ない」


フィリップは大剣を片手に持ち、なんなら捨ててもいいという態度を取った。

しかし、それはエドヴァルドには困る。格闘で来られた方がフィリップは御しがたい。


エドヴァルドにはスナンダに導かれた雷神の祝福により、雷気から微弱な動きを察知できる。生誕の際にもスーリヤが落雷と共にエドヴァルドを生み雷に包まれていたという伝説がバルアレス王国に流布されていたが、実際エドヴァルドには雷神の加護がある。

この先読みの才、拳聖に習った人の筋肉の動きから次の一手を見極める力、この力がフィリップに対する大きなアドヴァンテージだった。

フィリップにはどうしても自分が読み切れる速度で動いて貰わねばならない。


「最初から全力を出していれば良かったと後悔させてやるぞ」


まだ唇から滲む血を舐め、唾と共に地面に吐いたエドヴァルドは段々苛々してきた。もともと短気なのにここまでよく粘戦してきたと思う。

コンスタンツィアに軽蔑されようと知った事ではない、口汚いとか紳士的じゃないとか騎士らしくないとかいわれようがもうどうでもいい。

自分は田舎者の一人の戦士だ。

強姦、略奪しか頭にない賊から領民を守り、領主自ら罪人を処刑し、貧しく学の無い民の為に代筆までしてやる。


こんな大都市で呑気にお勉強しているお坊ちゃん達には想像もつかない世界で生きてきた。住む世界の違う連中にどう思われようと知った事か。

開き直って、勝負に出た。


戦いの最中、すれ違いざまフィリップに囁いて煽る。


「おい、チビ。俺に偉そうな口を利くな」

「ッ誰がチビだ!」


出会った当初は同じくらいだった身長だが、エドヴァルドはここ数か月で大きく背が伸びている。栄養状態がよくなかったバルアレス王国時代と比べて帝国では肉類が安く手に入るお陰か、筋肉も大分ついて胸板も厚くなった。


エドヴァルドはフィリップが突いてきた剣を逸らし、根本に体重を乗せて抑えつけ再び顔を近づけて囁いた。


「お前、その靴何か仕込んでる?フラフラしちゃって合ってないんじゃないの?」


背の低い男が高く見せようと使う底上げ靴を履いているんじゃないのか、とあてこする。


「馬鹿にするな!」


フィリップが魔力を籠め筋力を強化して大剣を押すとエドヴァルドはそれに逆らわず飛び退いた。力で争う気はない。


エドヴァルドはかなり長時間煽り続け、戦いの速度を上げていったがなかなかフィリップの内なるマナは枯渇しなかった。


エドヴァルドはさらに挑発を続ける。


「なあ、チビ。気づいてるか?この三ヶ月で俺の方が背、高くなってるってこと」

「ぐだぐだしゃべってないで戦え!!」


大声を出してフィリップの息はまた荒くなる。

よしよしとほくそ笑むエドヴァルドだった。


 ◇◆◇


 観戦者達から見て戦いは明らかに佳境に入っているように思われた。

フィリップの動きは疲労が明らかで精彩を欠いている。

一方のエドヴァルドは、余裕の動きでフィリップの攻撃をいなし膝裏を突いて姿勢を崩させている。最初はうまく出来なかったが、ヨハンネスの真似をして魔力が漲って打ちかかる直前にその肩をついて魔力を霧散させる事も出来るようになった。

最初は丁寧にやろうとしすぎて、自分のペースさえ狂ってしまっていた。


慣れてきたエドヴァルドは魔力を込めて打ちかかると見せて実際にはそうせず、フェイントで防御に魔力を割かせてさらにフィリップの力を浪費させた。疲労で集中力が落ちるとフェイントを見抜けず、フィリップの消耗は加速度的に増していく。


フィリップの消耗をみてエドヴァルドは頭部か喉を狙おうとするが、それでもまだまだ魔力の壁を突破できそうにない。一撃受ければ逆転されてしまう。


この時点でジェレミーやロイス達のように武術にも魔力の動きにも詳しくない観客はさんざんフィリップの体に武器を命中させているエドヴァルドの勝ちなのではないだろうか、とさえ思っていた。


だが、エドヴァルドはこれだけ疲労してもフィリップの体を覆うマナがまだ尽きていない事が気になった。そして余裕が出来て足元を見るとフィリップが踏みしめた部分だけ少々、マナの変容がある。試しに一度フィリップが踏み込んだ場所の強度を確かめてみると明らかに硬さが違う。魔術によるものかと思ったが、それならフィリップの体の魔石が反発してまともに使えない筈だった。


となると神術の類となる。


「そうか、神サマの御力ってわけか。へぇ、そうか、そうか。女神様のお情けに縋ってもその程度か。情けないぜフィリップ。失望したよ。お前の罪の尻ぬぐいを女神様にお願いするなんて」

「私は罪なんか犯していない!」

「いいや、殺人未遂だ。事故だろうとなんだろうと。お父様に遠慮して警察が捜査を中止してただけだ。良かったな大国の生まれで」


エドヴァルドは事前にヘンルートからレクサンデリを通じて捜査が外交的配慮で中止されていた事を告げられていた。面倒を嫌った帝国側の問題でフランデアン側が圧力をかけたわけではないと聞いたが、あえてそういった。


「黙れ!!」

「いいや、黙らない。お前の負けだ。取り決め通り膝をついて俺に罪を認めて詫びろ」

「断る!」


疲労しきって荒い息を吐いているフィリップはきっと顔を上げて大剣で切りかかるが、エドヴァルドに完全に見切られ背中から棍で押されてつんのめる。

剣を地面に突き刺し、それを支えにしてフィリップはなんとか立っている状態だ。

しかし、審判はまだエドヴァルドの勝利を宣言しない。


一撃当たればどうなるかはまだわからないからだ。


疲労を快復しようとしているフィリップを見下ろすエドヴァルドは余裕でそれを待って声をかけた。


「しかしわからないな。そんなに謝罪するのが嫌か?」

「フランデアンの獅子は何者にも屈しない!それを誇りに五千年間国体を維持してきたんだ。お前のような新興国の王子にはその重みが分かるまい」

「だが、お前は約束したじゃないか」


決闘の誓いを思い出せ、とエドヴァルドは要求する。


「お前になど負けていない、負けるものか!」


フィリップも相手が過去対戦したロットハーン家のグリンドゥールのような立派な紳士であれば負けを認めたかもしれない。だが、今回の相手は王子とは思えないほどガラの悪い少年だった。


「強情なチビだな、どうすれば罪を認めるんだ?」


何度もチビと呼ばれたフィリップの方もいい加減挑発には挑発で返す事にした。


「お前の方こそ業病にかかってしぶとく現世にしがみついている母親の代わりに罪の懺悔でもしてくるがいい」

「・・・なんだと?」

「聞いたぞ、お前は似合わない事に懺悔室にしょっちゅう籠っていると。スーリヤは業病にかかったのだと。他人の罪をとやかく言う前に母親の罪でも・・・」


フィリップは最後まで言い切る事が出来なかった。

母の話を持ち出されたエドヴァルドの顔の形相が変わり、握りしめた棍にも魔力伝わり蒼白い光を帯びて輝き始めていた。力任せに薙ぎ払われた一撃をフィリップは大剣で受け止めたがしなる棍の先端はフィリップの腕に当たり鈍い音が響き渡る。


フィリップは悲鳴を上げて、剣を取り落した。

それでもまだ立って、右手に魔力を籠めている。


「これが最後だ。膝をついて負けを認めろ」

「嫌だ!」

「じゃあ、終わりだ。両膝を折って歩けなくしてやる」


エドヴァルドがもう一度棍に力を籠めてフィリップを滅多打ちにすると女生徒達から悲鳴が響き渡る。

エドヴァルドは以前やられたように、フィリップの膝を横合いから踏み抜いてへし折ろうとしたところでイルハンが制止の声をかけた。


「駄目だよ、エディ!それ以上は駄目!」



※業病

前世の業、罪によってふりかかる病


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2022/2/1
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