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荒くれ騎士の嘆き歌  作者: OWL
第五章 蛍火乱飛~後編~(1430年)
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第41話 エドヴァルド対フィリップ

 学院の試験期間は終わり、学生達は今年も規模を縮小された万年祭を嘆いている。そんな彼らにとって学内の修練場で行われるフィリップとエドヴァルドの決闘は恰好の娯楽だった。


事件自体は学外での出来事だが、学生間のいざこざの為学院側は修練場の使用を許可した。帰国している者も多い時期だというのに、決闘の見学者で修練場は一杯だった。


「お前達、この状況で本当にやる気なのか?」


立ち合い人の近衛騎士ケレスティンは最後に改めてエドヴァルドとフィリップに問うた。


「世間の都合なんて俺には関係ない。所詮帝国の内輪揉めだろ」

「殿下は?」

「さっさと終わらせよう。父上から帰国命令が来ている」


帝都の情勢が危うくなって来たのでフランデアン王は即刻帰国するよう命令を出してきた。


「なんだ。パパが怖いなら延期してやってもいいんだぞ?」


エドヴァルドはせせら笑ってフィリップを挑発すると、フィリップは苦い顔で舌打ちした。


「お前は少しは年長者に敬意を払ったらどうなんだ?素行が悪いと評判だぞ」

「俺はパパのいう事なら何でも従うほど馬鹿じゃない。敬意を払うべき相手にだけ払う。お前はただの犯罪者で、立場にものを言わせて逮捕を逃れてるだけの卑怯者のクズだ。なんで俺がお前なんかに敬意を払わなきゃいけないんだ?お前は通り魔にもいちいち丁寧に接するのか?」


何度も何度も『お前』『犯罪者』呼ばわりされたフィリップは早くも魔力を燃焼させていきり立つ。


「いちいち勘に障る物言いをする野郎だ!」


フィリップは苛立ちの余り大きな摸擬刀をカンカンと床に打ち付けた。


「お、いいね。そのくらいの方がお坊ちゃん面よりは好感が持てる」


立会人のケレスティンは二人を仲裁して間に入った。


「お前達、決闘はこれからだ。口論は止せ。フィリップ殿下は負ければ、膝をついて謝罪する。エドヴァルドは今後は敬意を持って先輩に接する。いいな」

「立会人はあんただけか?シクストゥス殿はどうした?」

「軍を率いて前線に行ったまま戻らない。サウカンペリオンの情勢も不穏だから戻れないのだろう」

「へえ、そうか。なるほどね。フランデアンの王子様の決闘を元フランデアンの大貴族が立ち会って審判すると」


エドヴァルドは意味深に観客にも聞こえるように大声でいった。


「不満なら延期してもいいぞ」

「俺に不満はない。ただ面倒だと思っただけだ。この恥知らずなお坊ちゃんでも負けを認めるしかないくらいに、そして観客の誰にでも分かるように叩きのめしてやらないといけなくなったからな。少しばかり怪我をさせてしまうかもしれないが、それは身内が審判をやっているせいだから勘弁して貰おう。ま、《《審判が身内》》でもこれだけ観客がいれば不正のしようがない」


エドヴァルドは意地悪く聞こえよがしに『身内が審判』だと大声で言った。


「私は既に国を捨てた帝国の近衛騎士だ。不正などありえん」

「へえ?このチンピラには『殿下』と敬称を付けて、俺は呼び捨てなのにか?」


エドヴァルドはフィリップを指差して『チンピラ』と呼んだ。

指差されたフィリップは今にも飛び掛からん勢いで憤っている。


「お前の口調や態度こそが『チンピラ』そのものだから軽く扱われるんだ!」

「見た目?見た目だって?そりゃー、お坊ちゃん育ちのお前と違って俺には服もボロしかない。だが、俺は人んちに踏み込んで家人を問答無用で襲って病院送りにした事は無い。フランデアンの人間は見た目だけで人を判断して、己の行動を顧みもしないんだな。どいつもこいつも恥知らずばっかりだ。大国になって自惚れたらしい。こんな連中の国の王が東方の大君主だなんて東方の恥だ」

「祖国と父上まで侮辱するか!!もう許さん。ここで死んでも後悔するなよ!」


フィリップは開始の合図も待たずに斬りかかったが、その一撃はケレスティンが己の剣を抜き打って弾いた。ケレスティンは失態を認めてエドヴァルドに謝罪する。


「まだフランデアン人の意識が抜けていなかったようだ。すまん、確かにフィリップにだけ殿下とつけたのは私の失態だ。フィリップ、私は審判として公正にお前に接する。私が開始の合図をする前に斬りかかったのは審判に対する侮辱であり、不意打ちは卑怯者のする事だ。わかったか」

「だがっ、こいつはフランデアンを侮辱したんだぞ!」

「安い挑発に乗るのはお前が未熟だからだ。戦場では挑発など当たり前。いちいち挑発に引っかかるようではお前は指導者に向いていない。ましてや王になどなれば全国民がお前の愚かな行いの責任を取る羽目になる」


大貴族の嫡子であり、スパーニアの捕虜時代にも敵兵にさんざん侮辱されて過ごしてきた経歴もあるケレスティンはさすがに大人で、フィリップを諫めた。

味方がいなくなったフィリップは憤然として開始の合図を促した。


「もういい!さっさと始めろ!」

「私はもうお前の部下でも臣民でもない。命令される筋合いはない、フィリップ。お前こそ年長者に敬意を払え」


ケレスティンに冷たい目で見下ろされ、フィリップの自尊心は傷ついた。ケレスティンに見えないようにエドヴァルドがひょうきんな仕草でフィリップをさらに虚仮にしているのも腹立たしい。


 ◇◆◇


 見物人の学生達に混じってコンスタンツィアとノエム、ヴァネッサも観戦に来ていた。

ノエムはエドヴァルドがここまで口汚く、態度が悪いとは知らなかったのでこのやりとりには少し呆れていた。


「うわー、評判悪いって聞いてましたけどほんとですね。入院中は結構可愛くみえたのに」

「そお?今もやんちゃで可愛いじゃない」


一度はエドヴァルドを叱った事もあるコンスタンツィアだが、いったん受け入れてしまうと大分甘くなっていた。


「アレ可愛いですか?失礼ですがコニー様、目は大丈夫です?」

「あんな風に強がってる男の子が抱いて上げると、表情がふわっと和らいで赤子のように体重を預けて眠っちゃうのよ?可愛いと思わない?」

「・・・それいつの話です?入院中、それとも最近ですか?」


ヴァネッサが怒っていたので目覚めた時の話は聞いたし、入院中に髪やら爪やらの世話をしていた時に見た事もあるが、なんとなくそれとは別件ではあるまいかとノエムは疑った。


「最近ちょっと試験勉強見てあげる為に家に呼んでいたのよ。イルハン君も一緒に。でもエドったら根を詰めすぎてうとうとしちゃって」

「それでまたそのでっかいお胸を枕にしてしまったと。羨ましい」

「あいつ絶対わざともたれかかったんですよ。お姉様が優しいからって」


ヴァネッサはその場にいなかったのでぷりぷりと怒っている。


「まあまあヴァニーちゃん。コニー様がいいならいいじゃありませんか。身に危険を感じていたらいつもの魔術装具が勝手にボコボコにしてる筈ですし」

「そうよ。邪心があったら困るけどあの子は無邪気で素直だし。あんなに殺伐としてる子がわたくしには心を許してくれているからなんだか嬉しいの」


『無邪気』『素直』という評価を聞いてヴァネッサがうえっと吐き気を催したような顔をしている。ノエムの方は肩を竦めて呆れていた。


「はー、その分じゃまだまだですねえ・・・」

「何が?」

「いえ、なんでも。あっ、ようやくくだらない口喧嘩が終わって試合が始まるみたいですよ」


ケレスティンの合図で二人は戦闘状態に入っていた。

エドヴァルドは愛用の棍。フィリップは刃を潰した大剣だ。


「刃を潰してるといっても大剣じゃあ、あんまり意味ないよな」

「ああ、フィリップは魔力を全開にしてるし、まともに当たれば四肢が千切れるぞ」


北方人のイーヴァルも観戦に来ていて、仲間達とそんな話をしているのが聞こえた。

ノエムはその話に耳を傾けながら会話を再開した。


「あーあ、あんなに挑発するから・・・下手すると死んじゃいますよ。彼」


ソフィーはエドヴァルドとコンスタンツィアをくっつけようとしており、ノエムも一応協力するつもりなのでこの決闘で死なれると困る。


「挑発したのは作戦だからあれでいいの」


シュリとの対戦の時のようにエドヴァルドは相手の魔力を浪費させようとしている。下馬評ではフィリップが圧倒的に有利であり、ボロスと死闘を繰り広げている姿を見てエドヴァルドもまともにやったら勝てないというのを理解した。魔力の質も量も桁違いに高い、それを剥いでからでないと勝負にならない。


「まー確かに、あの近衛騎士のいう通り大国の指導者が挑発に負けちゃ困りますねえ・・・。南方候のえーとどなたさまでしたっけ。陛下と口論になって反乱起こして負けた挙句、今や南方圏の大半の国が荒れ果てて無法地帯だっていいますし」

「ヴィクラマ様ね。彼の場合は弱者の側だったけど、フィリップは強者の側なんだからちょっと挑発されたくらい寛大に接して欲しいものだわ」

「甘い!お姉様は彼に甘すぎます」

「仕方ないわ。もうあの子の味方になるって決めてしまったんですもの」


ある程度叱った上で相手が変わらないなら、こちらが受け入れるしかない。自分が育てるといって家族から引き取った子を見捨てる事は出来ない。アンの二の舞にならないよう注意して見てやらねばとコンスタンツィアは決意している。


「なんでコニー様はそこまで彼に甘いんです?経緯は伺いましたけど、どうにも納得できなくて」

「言葉だけじゃ伝えられないし、彼の記憶の全てを話してあげるわけにはいかないもの。納得できなくてもしかたないわね。ただ、言える事はさんざん苦労して厳しい人に囲まれた人生を送ってきた彼に優しく接してあげる人は必要でしょう?世の中これだけ殺伐としていることだし」

「はあ・・・それならちょっとお耳を拝借していいですか?」

「なに?」


どうせ戦いを見てもあまりよくわからないので、コンスタンツィアは観戦もそこそこにノエムに耳を貸した。


「それならいっそ彼の所に嫁入りしてしまってはどうですか?いちおう公爵様だし、辺境の田舎国家に逃げちゃえば方伯家の手も届きませんよ。父親の王様には圧力いくかもしれないですけど、親子仲が悪いなら無視するでしょうし」

「・・・外国にお嫁に行くのはいいけど、子供に嫁ぐ気はないわよ」

「四歳差でしょう?十年も経てば気にならなくなりますよ」


目の前で内緒話されている事に嫉妬したヴァネッサが口を挟む。


「ちょっと何話してるんです!?」

「ヴァニーちゃんには聞かれたくない話」


ノエムは知らんぷりしているのでヴァネッサはコンスタンツィアに聞いた。


「お姉様!」

「はいはい。わたくしに彼と結婚しないかっていう話よ」

「げっ、コニー様!」


ヴァネッサに睨まれてノエムは裏切られたという目でコンスタンツィアを見やる。


「何?ヴァネッサに話しちゃいけないなんていわれてないわよ」

「ひどーい。こういう時、あっさり話します?」

「ヴァネッサに嘘はつけないもの。ね?」

「そうですとも」


ヴァネッサは腕に抱き着いてノエムに勝ち誇った。


「あーあ、お二人とも同性愛者の噂が流れてますけど、あんまりよくないですよ。そういうの。わたしはまだ理解があるほうですけど」

「いい相手が見つかって時期が来れば結婚するから気にしないで。それよりどうして同性愛に理解あるわけ?」


帝国では近親相姦と並んで特に禁忌とされているので友人とはいえ首を傾げる。


「んー、ご存じのようにわたしは動物の事を勉強しているんですが、自然界の動物にも結構同性愛ってあるんですよね。雄同士で一緒に巣作りして一向に雌のお嫁さん迎えないんですよ。女神様が不自然な行為だと断じて同性愛を禁じたって神官は言いますが、普通に自然界でもあるんですよねえ・・・。どう判断したらいいものやら、と」

「そう。まあわたくしはヴァネッサは可愛がっているけど心配しなくてもちゃんと結婚するし子供は産むつもり」

「コニー様はそのつもりでもヴァニーちゃんはどうかなあ・・・。男がコニー様に近づきそうになったらすぐ邪魔に入って騒ぎ始めるし」

「ヴァネッサも大丈夫よ。占いでは愛に囲まれた幸せな人生を送るっていわれてたし。いつかはいい男をみつけて結婚するって約束したものね?」

「・・・ハイ。あと私が騒ぐにはお姉様にとって近づかれたくない面倒な相手の時だけです」


皇家やその影響下にある貴族がコンスタンツィアによって来た時だけ、ヴァネッサは男性恐怖症という理由で大袈裟に騒ぐ事にしている。

エドヴァルドに対しては辛辣だがそこまで騒いで排斥はしていない。もともと人見知りの内弁慶なのでむしろ身内扱いしているほうだ。


「あ、そのめんどくさそうな連中が来ましたよ」


少し遅れてレクサンデリやロックウッドが観戦に来ていた。


 ◇◆◇


「こんなご時世によくやるもんだ」

「それでもお前もエドヴァルドに賭けてるんだろ?」

「まあな。お義理で賭けた割には健闘しているようだ」


レクサンデリ自身に武術の才は無くとも世界各地を旅して荒事にも巻き込まれ、最前線の男達の娯楽代わりの決闘を見て来たので目はそれなりに肥えている。


「健闘といってもエドヴァルドは軽装だし、棍だけじゃないか。生半可な打撃では有効打として認められない。向こうはあの通り剣にも防具にも纏わりついた魔力だけでも大変なものだ」


ロックウッドもエドヴァルドには賭けていたものの、状況には少しばかり失望している。


「あいつはあのシセルギーテと鍛錬を重ねていたらしい。大剣との戦いにも慣れている」

「『竜殺し』のシセルギーテか」

「そうだ。それに重武装した所であの大剣と魔力は防げないから軽装を選んでいるだけだろう」


バルアレス王国は蒸し暑いので金属鎧は好まれていなかった。

特にエッセネ地方は雷雨が激しい為、大抵は革の鎧かそれに薄い金属の板を張りつけるくらいで出来るだけ金属を避けておりエドヴァルドも出国時そのままである。


レクサンデリ達以外にも観戦者は多く、フランデアンの隣国の王女エレクトラや一部は黄色い声援をフィリップに送っているが、セイラは黙って戦いを見守っていた。

女生徒達は最初はエドヴァルドに同情的だったものの、フィリップとの一件やセイラを侮辱した話を聞いて以来すっかりフィリップ派になっている。


東方の王子達、チャクラヴァルティーとウォレスはそれ見た事かという顔で勝負を評価していた。


「やはりフィリップ様の勝ちだな」

「ああ、最初の一撃を躱されてからエドヴァルドは押される一方だ」

「段々フィリップ様の方が動きが良くなってきている。エドヴァルドは相手が試験に疲れて勘が鈍っている間に一撃で昏倒させてしまうべきだった。いい一撃もあったんだが、惜しかったな」


フィリップは来年卒業予定だが、法務省と軍務省に研修生として勤めており来年には卒業論文も出さなくてはいけないのでかなり多忙で疲労していた。


 ◇◆◇


 東方圏以外の王子、王女達には完全に他人事なのでお祭りのように声援を飛ばして楽しんでいた。


「思ったより冷静だな。エドヴァルドは」

「手段を選ばず勝ちに行くとかいってたのにねえ」


一年生組の友人であるジェレミーとロイスはエドヴァルドを応援はしていたが武術は特に学んでおらず、どちらが優勢かは判断がつかなかった。

平民を取り込んで血の薄くなった帝国貴族もそうだが西方王子達も魔力視の力が無いか薄いため、牽制に突き出す内なるマナの波動や切っ先を躱しても遅れて襲ってくる圧力が見えていない。


彼らにロックウッドのお供で学院に来ているツヴィークが闘いの様子を教えてやった。


「むしろフィリップの方が暴風のように荒れ狂っているぞ」


それに帝国貴族のアルバという少年も同意する。


「ああ、あれだけ無駄遣いしてマナが枯渇しないのはさすがだが、エドヴァルドは柳のようにうまく受け流している。当たればエドヴァルドは観客席まですっ飛んで行って死にかねない威力だが、棍を回転させながらうまく逸らしているし、体術で技の出を封じてる」


エドヴァルドは切りかかってくる大剣の腹を横合いから押して威力を逸らし、時には指や肘で肩の支点を突き、剣術、棒術に依らない戦い方をしていた。


「お互いの魔力の反発もあるだろうに、大したもんだ。普段どんな訓練をしていたんだろうな」

「自分より格上との戦いに慣れている感じだな。生まれに恵まれたフィリップと違って」


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2022/2/1
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