第40話 決闘前夜
決闘の時は来た。
エドヴァルドとフィリップにとって帝国の政争は他人事であり、それが決闘に影響する事は無かった。五法宮の戦いの後、パラムンは自家の帝都における資産を護る為に再び帰国している。パルナヴァーズも先に頼まれた事をダーナに確認しにラリサに戻っていった。
コンスタンツィアは政府との協議や面倒事は議長が処理してくれているので手は空いているが、一応エドヴァルドにこの状況で本気でやる気なのかと尋ねた。
「勿論です。こんな時に、と思われるかもしれませんが僕らには関係ありません」
「まだ彼が憎い?命に係わるかもしれないわよ」
「それなら大丈夫です。レクサンデリ殿に頼んで生命保険に入りました」
刃を潰した武器でも事故死してしまう事は多く、エドヴァルドは決闘前に軍人や剣闘士向けの生命保険に加入した。ちなみに加入する為に必要なお金はパラムンに借りた。死亡時の受取人は母を指名し、ラリサの遺産は母の為に使うようにと遺言も書いてある。
「あなたって子はまたっ!」
命を疎かにするつもりなのかとコンスタンツィアが叱る。
「ちっ、違います!念のためです」
「でも、そこまでするほど危険なんでしょう?」
それには頷いた。
エドヴァルドも皆がフィリップは強い強いというので、一応真面目に対策は練ってきた。だが、五法宮の戦いでフィリップとボロスの格闘を見て自分がまだ甘かった事を悟った。
ボロスが魔力で閉じられた巨大な鋼鉄の扉を拳で破壊して吹き飛ばしたのを見た時も驚いたが、その力で殴られて平然としていたフィリップにも驚いてあの時戦いになかなか集中出来なかった。
(あれ・・・あいつ本気で俺より強くね?)
エドヴァルドは素手であの扉を破壊できる自信は無い。
そしてそれほどの力で殴られたら死んでしまう。
しばらく黙っていたエドヴァルドを心配してコンスタンツィアは声をかけた。
「あのね、フィリップの方がずっと年上で鍛錬を積んできた期間も長くて古い血筋なのですから決闘を取り止めにしたところで貴方を臆病に思ったりしないわ」
「いえ、勝算はあります。止めはしません」
「ほんとう?難しい顔をしていたけれど」
「はい、安心して明日は観戦していて下さい」
「ええ、そうするけど今年も万年祭は縮小して外国人は戦争になるって慌てて去ってしまったし、学生達は暇つぶしに貴方達の決闘を見に来るわ。皆、フィリップを応援するかもしれないけど大丈夫?」
「問題ありません。僕は敵軍の矢と罵倒の嵐の中でも平然と敵将の首を刈り取って来るでしょう、観客の声なんか耳に入りません」
コンスタンツィアは不安がったが、大丈夫大丈夫と宥めてエドヴァルドは別れた。
それから夏以来鍛錬の場としてきたナトリ河の堤防まで行く。
そこには鍛錬の相手になって貰っていたラッソが待っていた。
「まさかアンタが監察騎士だなんて思わなかったよ」
「そりゃあどうして?」
「やたらと血生臭い気がしたからな」
ラッソはエドヴァルドより少し年上なくらいだが、外見上はもう十分に青年と言っていい。とはいえ法務省のエリートにしては若すぎる。
そして陽気だがどうにも剣呑な雰囲気も持っていた。
「いい勘してるな。仕事上の都合で大分始末して来たからな」
「仕事・・・か。監察隊って貴族の凶悪犯罪対策用の武装組織なんだっけ」
「そうだ。機密ばかりで話せないが」
「ああ、そうだろうね。あの時の怪我人は?」
「一生障害が残りそうだが命は助かった。お前のおかげだ。礼を言う」
「こちらこそ」
五法宮近くで同時多発テロが発生しており、五法宮への増援が遅れたせいでラッソがいなければラキシタ家に制圧されかねない所だった。そのテロについてもラキシタ家が帝都の犯罪組織を雇って実行させたと推測されている。
オレムイスト家が五万の兵士を送り込んで帝都の橋という橋、街道の要所を警戒していたので帝都の内部にラキシタ家が工作員を送り込んだのではなく、金で犯罪者を雇ったものと推定された。
「俺は仕事だから気にするな。それよりお前本当にあのフィリップと戦う気なんだな」
「前からそういってただろ」
その為にラッソに稽古相手になって貰い、フィリップが滞在している翠玉館の情報も入手して貰っていた。
「なんなら腹下しの薬でも盛ってもらおうか」
「誰に?」
「姉貴があそこで侍女やってるんだ」
「ああ、それでやたら詳しいのか。でも止めといてくれ、勝てれば何でもいいってわけじゃない」
「ふーん、勝利に拘らないトルヴァシュトラの使徒らしいな。だが、勝ちたいんだろ?」
「ああ、ぶちのめす」
コンスタンツィアと話していると穏やかな気分になってしまって実力が出せそうにもないのでラッソと会えたのは良かった。
彼と話していると山賊や海賊を容赦なく叩きのめし、殺してきた自分が戻って来るのを感じる。パルタスの戦士は強かったが、魔力も無く格下に過ぎない。
今度の相手は違う、生まれて初めて全力で戦う敵となる。
「俺も見てたがフィリップはボロスと対等以上だったな。伝説ではラキシタ家の祖は軍神アレスだとさ。フランデアン王家は森の女神、ウルゴンヌ王家は湖の女神、お前の家は?」
「さあ」
現バルアレス王家の古代の出自は不明である。
東方圏南部の豪族がここ数百年で力を付けて王位を奪ったに過ぎない。
「一応スナンダ様にトルヴァシュトラの祝福を頂いた。向こうが神の血を濃く引いていたからって関係ないさ」
「ま、お前の作戦が上手くいく事を祈ってるよ。じゃ、明日決闘だってんなら今日は軽くにしておくか」
「おう」
ラッソは大剣を大きく頭の上に掲げて構え、エドヴァルドは右手で棍を持ち、背中に隠して間合いを取った。
「ツヴァイリング流の正統派剣法をお前の喧嘩殺法でどこまで崩せるかな」




