第37話 五法宮の戦い②
魔術師同士の戦いは至って地味なものである。
魔術師は魔導騎士と違って外なるマナを使って魔術を発現させる為、彼らの戦いはマナをどれだけ多く集め強く発動させることが出来るかどうかに帰結する。
魔術は内なるマナと反発してしまうので出来るだけ長い杖に収束具たる魔石を嵌めてそこに集めたマナを収束させる。
相手より強い魔術を使いたければ、より広範囲からマナをかき集める必要があった。自分が集めた量が多ければ相手の魔術を上書きする事も出来る。
どちらがより多くのマナを集められるかが勝負の分かれ目だ。
魔術を現象界で発現させるまでは、魔術師達の戦いは傍目にはただ睨みあっているだけにしかみえない。
コンスタンツィアはボロスやラキシタ家の兵士達は五法宮の衛兵やフィリップに任せて自身はヴィジャイと対峙していた。
自分には護身用で携帯している短杖しかなく、相手には長い杖がある。マナをかき集められる範囲は向こうの方が上。
魔術を発現させる際に点火用に使う内なるマナの強さはこちらが上。
帝国でも最古の血を引くコンスタンツィアとラキシタ家の家臣の魔術師では随分な差があった。その点は有利だ。
しかし相手は熟練の魔術師で翻弄されてしまう。
ヴィジャイが起動させようとする魔術はフェイントであろうと思っていても潰しに行かざるを得ない。それで何度も無駄に魔術を行使させられてしまった。
マナを再びかき集めようとしてもヴィジャイが先に集めており、周辺のマナの感触が妙に固くて動かせない。地中からどうにか吸い上げたが、このままだといずれ圧倒される。
時間を稼げば応援が増えてこちらが有利になると思ったが、五法宮の監察騎士で完全武装していた者は少ないらしく、警備兵ではラキシタ家の精鋭兵士に太刀打ちできていない。
監察騎士が倒されるのを見たフィリップが自らボロスを取り押さえに向かったが、ボロスのあまりに荒々しい戦いぶりに手を焼いている。
魔術師同士の真剣勝負はこれが初めてのコンスタンツィアもどうやって相手を倒したらいいものか迷っていた。まだ差が大きくならないうちに強引に倒すべきだろうか。
でもどうやって倒せばいいのか。
魔術を使うのに声を出す必要はないし、極端な話、威力を度外視すれば杖もいらない。しかし、コンスタンツィアにはどうしても相手を殺さねばという徹底的な殺意は無い。その意思の弱さ、魔術の熟練度の差が二人の戦いを分けた。
ヴィジャイは小さな石礫を飛ばしてきたが、頭に当たれば気絶してしまうくらいの威力はある。コンスタンツィアは発動を潰すのが遅れてしまったが、石礫は身に着けている護身用の魔術装具が自動防衛に入って全て叩き落とした。
普段はただの布で出来た装飾品だが、今は硬化して空中でヒュンヒュンと回転しながらコンスタンツィアの命令を待っている。相手は老人だし、いっそこれで殴り倒して気絶させてしまえばいいかと思ったが、動かす前にコンスタンツィアと魔術装具の間のマナの流れを遮断され全ての魔術装具が地面に落ちてしまう。
「やりますね。ヴィジャイ様。降伏するつもりはありませんか?」
「今さら何をおっしゃる。もはや正当な裁判は望めません。死にたくなければ道を開けて我々を通されよ」
自分が優位にあるのを確信したヴィジャイが強気に出て来たが、相変わらず獣のような唸り声を上げているボロスとフィリップの戦いが煩くて邪魔される。
「彼を外に出す訳には行きません。せめて取り押さえるのに協力すればあなた方の弁護くらいはしても構いません」
「お優しいお言葉痛み入りますが、もはや己の保身など望んでおりません。周辺のマナはもはや私のもの。降参し私の捕虜となってください。そうすれば少しは穏便に事を済ます事ができます」
ヴィジャイを守っていた兵士が二人、コンスタンツィアに剣を向けて取り押さえようと近づいて来る。コンスタンツィアも為すすべなく前方に注意を向けていたが、その後ろで門に使われている石材が変化して無数の石の槍となりコンスタンツィアに飛んできた。
「おっと」
危うく刺し貫かれてコンスタンツィアは死ぬ所だったが、それをエドヴァルドが手刀で叩き落して防いだ。他の石槍は誰かが魔術で妨害してくれたらしく、全て砕けて砂となった。
「有難うエド」
「うん」
一つ頷いたままエドヴァルドは前方だけでなく周囲を警戒し、パルナヴァーズ老人も護衛しつつ周辺を警戒していた。
「ヴィジャイ様。人質にするなどといっておいて後ろで石槍を準備するとは随分姑息ですね」
「何をおっしゃる。これでも私は騎士の誉れ高きラキシタ家に仕える者。戦いとあらば女性でも真剣に勝負を挑みますが、騙し討ちなどしません。濡れ衣です、若君の異常の風体といい、やはり誰かが陰謀を・・・」
「あー、うっせえ!散々殺しておいて言い訳か!?そこら中死体だらけじゃねーか!!」
これまでずっと黙ってコンスタンツィアの護衛を勤めていたエドヴァルドがもう我慢ならんと口を挟んできた。そこらの芝の上には衛兵はともかく逃げようとしていたただの官僚の死体もごろごろしていた。
五法宮への援軍は遅れていて、敷地内の警備兵はほとんど死にラキシタ家側が優位な状況だった。それでも野次馬は大手門近くに集まって来ているので、エドヴァルド達は道を開ける訳にもいかない。
状況はかなり追い込まれていたが、一人の監察騎士が戦場に飛び込んできてラキシタ兵を次々と倒し始めた。
「閣下、今ならあ奴を倒せるかと」
パルナヴァーズがエドヴァルドに耳打ちする。
彼らも魔力の流れが見て取れるのでコンスタンツィアがヴィジャイに追い込まれているのは察していた。
「しかし、あいつの所まで行く前に彼女が殺されてしまう」
ヴィジャイの周りにはまだラキシタ兵がいてそう簡単には倒せそうもない。
「儂の技ならここからでも殺せるかと。やっちまっていいならですがの」
「殺さずに済ませるのは無理か?」
ファスティオンは去り、ボロスは狂ったようにフィリップと戦っており、状況をまとめて会話できそうなのはヴィジャイだけなので出来れば殺したくはない。
「そこまで器用には出来ませんのう」
「仕方ない。やっていいがどうするつもりだ?」
パルナヴァーズは許可を得て死んだ衛兵から回収した槍を手に取った。
「どうするつもりだ?」
「閣下も力及ばぬ時は神に頼る謙虚さを知るべきじゃな」
「?」
「こういうことですじゃ」
<<トルヴァシュトラよ!御身が雷光を示したまえ!>>
パルナヴァーズが古代神聖語で祈りを捧げるとバグラチオン男爵を殺害した時のように、天に向かって掲げた槍に雷が落ち、白光を纏わりつかせたままそれを投擲し、ヴィジャイが咄嗟に張った魔術による守りを貫通してヴィジャイの胸を貫いた。




