第33話 来訪者②
エドヴァルド達と官庁街の公園で出会う数日前にコンスタンツィアの所に来客があった。
「お嬢様、ガレオット公爵がいらっしゃいました」
「そう・・・お通しして」
コンスタンツィアの所に議会穏健派の中心人物ガレオット公爵がやってきた。
彼は港町で疫病が流行りヴェーナ市の中心部まで広がるのが懸念された頃、高齢でしばらく議会を離れていたがウマレルらが政権を握ると、再び戻って来て議員達の相談役になっている。
帝国でも爵位自体に序列はないが、ガレオットは宮中序列で高位にある。
事前の連絡もあり、コンスタンツィアも軽々しく追い払える人物では無かったので、ヴァネッサにも立ち会って貰って出迎える。
「お邪魔して申し訳ない、コンスタンツィア殿」
「いえ、閣下のご訪問とあらばいつでも歓迎いたします。どのようなご用件でしょう」
「コンスタンツィア殿も知っておろうが、政府とラキシタ家の確執は日に日に深まるばかり。議員達からもこの老いぼれになんとかしてくれと頼まれてな。ラキシタ家からも特使が来てひとまず仲介すべくやってきた次第」
「わたくしにも関係がある話なのでしょうか」
厄介毎に巻き込まないでくれと言外に滲ませながらコンスタンツィアは尋ねた。
「本来であればご当主に話す事であるが、帝都にいらっしゃらないのであれば仕方ない。コンスタンツィア殿にはご迷惑かもしれないが方伯家の威光無くして仲介は成立しない」
エイラシルヴァ天爵家が断絶した後は方伯家が皇帝の次席となっているので職権は無いが、影響力は皇家よりも大きい。
「父の命令無くしてわたくしは仲介は出来ません」
「それは構いません。コンスタンツィア殿にはただ見届け人になって頂きたいのです」
「見届け人?なんのでしょう」
「その前に、もう一人供を引き入れてもよろしいですかな」
コンスタンツィアが了承し、ヤドヴィカが引き連れてきたのはこれまた白髪の老人である。
「こちらはラキシタ家の政策顧問ヴィジャイ殿」
ヴィジャイは一礼したが、コンスタンツィアはそれを無視して公爵に抗議した。
「困りますよ、閣下。我が家の敷地内に皇家の者を引き入れてはならないと家人には申しつけておりますのに、身分を隠して連れ込みましたね」
「申し訳ない。ご当主には私が家人やコンスタンツィア殿を騙したのだとお詫びしておこう」
「何故こんな強引な真似を?」
「私の他30人ほどの議員がヴィジャイ殿と話して仲介案をまとめました。ひとまず違法に駐留しているオレムイスト家の軍を帝都から退かせること。拘禁されているラキシタ家の兵を解放すること。ボロス殿が幽閉されている塔を視察に行き、待遇に問題があれば私の屋敷で責任持って裁判まで引き取る事としました」
コンスタンツィアには視察に帯同して欲しいらしい。
「もう待遇に問題があると決めつけていらっしゃるのでしょう?」
皇家の力を弱めようとしている政府をラキシタ家が信用していないので、裁判についても拗れる事は必至だ。実子を人質に取られたままではまともな話し合いは出来ず、いったん公爵が引き取る事で少しずつ緊張緩和を目指すのだろう、と察した。
「ははは、さすがにコンスタンツィア殿は聡い、その通りです。この問題は長引く。最終的には皇帝陛下に御裁断願う事になるでしょう。陛下がお戻りになられるのは春になるかと思われますのでさすがにそれまで彼を幽閉しておくわけには行きません」
「陛下はそこまで遅くなるのですか?」
「ええ、最近の地震で転移陣に不調が出ているようで安全の為に陸路でお戻りになられる筈。どうもこちらだけでなく前線でも地震が相次いでいるとか」
転移の前後であれば機能が停止しても構わないが、転移中に事故が発生すると何処へ飛んだのかわからず生死不明になってしまう為、転移陣を管理する評議会の部門長は危険な時は長期間転移を見合わせてから書簡などの転移実験を十分繰り返した後、再開する。
地震や火山といった自然現象は転移陣に大きな影響を与えるらしく、地震が頻発している時は使用が停止される。
「戻ろうと思えばいつでも戻れるかと思いますが・・・」
「軍を率いる者、そう軽々しく玉体を移動させるものではありません。特に前線には何十万という皇家の大軍が集まっているのです。あちらに比べればこちらの問題は所詮些細な意地の張り合いに過ぎません」
「・・・そうですか。政府とオレムイスト家とは話がついているのですか?」
「勿論です。ウマレルとはまだですが、法務大臣や幾人かの大臣とは話がついております。もし宰相が拒めば議会は政府に勧告書を出し、それでも勧告に応じない場合、陛下に至急の御帰還を願います」
「オレムイスト家とは?」
「軍務省から引けと命じられればその通りにすると」
方伯家が公爵を後押しすれば議員団も続き、議会で政府への勧告書を出す際に賛成票が増える。視察に同行するだけでいいのなら、まあいいかとコンスタンツィアは考えた。
「それで、ヴィジャイ様。ラキシタ家は代わりにどのような譲歩を?」
初めてコンスタンツィアはヴィジャイの方を向いた。
「我々にも譲歩を・・・とおっしゃいますか」
「あら、もしかして何もお譲りにならないつもりでしたか?」
「我々は若君が人質に取られている事に何も変わりはないのですよ」
「公爵はそれでよろしいのですか?」
「ヴィジャイ殿にもラキシタ家の面子を背負っておりますから対外的にはそうといえないだけで、交換条件としてラキシタ家から蛮族戦線への援兵を今後も増員して配置し続けるとのお約束を頂いております」
表には出せないが、裏切れば今後ラキシタ家は議会の協力を得られなくなるし、方伯家も知った以上選帝選挙で不利になる。
「なるほど。もし違えればお爺様に報告します」
「では、視察にご同行願えますか」
「いつになりますか。わたくし学生ですので、今は試験期間中なのですが」
「では、今度の土曜日ということで如何でしょうか。法務省の施設には観光客向けの見学会も開かれており、市民も視察を知る事になるでしょう」
「結構です。承知しました」
来週も試験は続くのだが、さすがに国難よりは優先できない。
何もしなければしないで父には文句をいわれそうな気もするし、これくらいは方伯家の面目の為にも関わっておいた方が良いと判断した。
◇◆◇
そして土曜日。
コンスタンツィアは愛馬に横すわりになってヴァネッサと共にヴェーナ市に向かった。法務省の五法宮近くの公園で見知った顔に遭遇する。
その公園ではエドヴァルドと同年代の同年代の少年らと老人がピクニックを楽しんでいた。
「あ、コンスタンツィアさん。こんにちわ」
「ごきげんようイルハン君。馬上から失礼」
「構いませんよ。こんなところでどうしたんです?お散歩ですか?」
イルハンは普通に挨拶して来たが、一緒にいたエドヴァルドは咳き込みながら慌てて振り返った。何か心にやましい事でもあるのだろうか。
「ごきげんようエド。試験勉強はしなくても大丈夫なのかしら?」
少しばかり意地悪な質問だっただろうか。
エドヴァルドは慌てて弁明する。
「試験は大丈夫です!今日は故郷から友人が来たので帝都案内に来たんです。ほら、パラムン!」
話しかけられたパラムンという少年はエドヴァルドとよく似通った容姿をしていたが、少し背が低い。
「ん?何?おお、すっげえ美人じゃん。でも、でっけえ!!」
馬に言っているのかコンスタンツィアの事か分からないが、彼はいちおう褒めているらしい。
「失礼はやめろって。この人帝国で一番偉い女性なんだぞ」
「え、マジで?皇后さまとか?」
「違うけど、お前も知ってるだろ。俺らが捜索しに行った選帝侯のお嬢さんだよ」
「ん、ああ。あの人か」
コンスタンツィアはグラーネから下りて彼らに近づいた。
今回は一人で乗馬してきていたヴァネッサも後に続く。
歩きながら記憶を検索するとそういえばエドヴァルドの記憶の中に従兄のパラムンという少年がいた。
「こちらも思い出しました。貴方がエドの従兄パラムン様ですね。昔、大変な御面倒をおかけしてしまいました。申し訳御座いません」
「ああ、いいってことですよ。俺ら役に立たなかったし。結局聖騎士の人に見つけて貰ったんですよね?」
「ええ。でも御面倒をおかけした事には変わりないもの。ありがとうございます」
コンスタンツィアは東方流に深く頭を下げて感謝を述べた。
「いやいや、ほんとに役に立たなかったし。いいんですよ。確か三人いたと思いますが、皆さん元気ですか?」
「ええ、ここにその一人がいますよ。さ、ヴァネッサ」
コンスタンツィアはヴァネッサを紹介して礼をいうように勧めた。
「ヴァネッサ・フィー・ベルチオです。えと、ご迷惑をおかけしたそうで」
「いやいや、いいんですよ。あれくらい。旅が出来て楽しかったくらいですし。それにしても結構似てるんですね」
コンスタンツィアとヴァネッサが身長に多少は差はあれ、容姿の特徴は近い。
「貴方がたも」
ヴァネッサがみるにやはりエドヴァルドとパラムンも似ている。
「血縁ですから。そちらも?」
「・・・ええ」
大コンスタンツィアはベルチオ家の出なので血は近い。
人見知りをするヴァネッサは言葉少なに頷いた。
エドヴァルドはいちおうパルナヴァーズの事も紹介し、一通り自己紹介が済んだところで何をしているのか尋ねた。
「それで、コンスタンツィアさん達はどちらへ?」
「法務省に行ってボロスの様子を確認するのよ。他の議員達と一緒にね」
「本当に護衛も無しに出歩いているんですね。良かったらお守りしましょうか」
公園には観光客もピクニックを楽しんでおり、どんな人がいるかわからない。
「そうね。パラムンさんも折角帝都にいらしたのですし、帝国が誇る五法宮にご案内しましょう。申し訳ないのだけれど、途中で会う議員達にはわたくしの護衛ということで通して貰えるかしら」
「もちろん構いませんとも」
パラムンも王家の血を引いているのに快く護衛を引き受けてくれた。
◇◆◇
法務省の敷地内にボロスが幽閉されている塔があり、その近くで議員達やヴィジャイ、そしてファスティオンもコンスタンツィアを待っていた。
「お待たせして申し訳ありません。閣下、今日はファスティオン様もご一緒だったのですね」
「実は私も知らなかったのですが、ファスティオン殿は会えずともボロス殿の為に日参して差し入れされていたご様子。まことに兄思いの良き若君ですな」
たまたまファスティオンがいただけで示し合わせたわけではないとガレオット公爵は弁明した。
「では、ご一緒しましょうか。ファスティオン様」
「喜んで・・・。おや、エドヴァルド。君も一緒か」
「ん。ああ、そこで会って護衛を買って出た。なんだか随分数が多いな」
ファスティオンの周囲にはボロスの守役や自身の護衛もいる。
全権大使ヴィジャイにも護衛がいるので総勢30名ほど。
エドヴァルドはピリピリしてラキシタ家の手勢をみやった。
「エド。どうかした?」
「お耳を拝借しても?」
「勿論」
自分から耳を借りたいといったのにエドヴァルドが真っ赤になりながらコンスタンツィアに近づいてくるのを可愛らしく思い、微笑みながら見守った。
「さあ、どうぞ」
コンスタンツィアは耳を差し出してエドヴァルドの話を聞いた。
「ただの兵士を装っていますが、気配が違う。かなりの手練れがいます」
「彼らは皇家の中でも武門筆頭の家柄。家臣も強者揃いと聞きます。不思議はないのよ」
「家臣にも魔力が?」
「・・・ただの兵士ではなく魔導騎士が紛れ込んでいるというの?」
コンスタンツィアは気づかなかったがエドヴァルドは敏感に魔力の気配を察知していた。内なるマナを己を強化する為に使う魔導騎士達は無駄な魔力の発散を嫌う為、外見ではなかなかわからない。
経緯からしてボロスを力づくで奪回するつもりとは思えないが一体なんのつもりだろうか。ラキシタ家は精鋭の兵士は魔導騎士に匹敵する強者揃いだというのだろうか。
不可解に思いながらも馬を預け、幽閉された塔に向かう最中にばったりフィリップに会った。フランツと共に大量の書類を抱えている。
「あら、フィリップ様。ごきげんよう。こんなところで何を?」
「ああ、コンスタンツィア殿か。私は司法研修性としてここで帝国の法の運用の実態を学んでいるのだ」
「そうでしたか。休日にまでお疲れ様です。何か参考になりましたか」
「うん、まあまあな。概ね公正に運用されているようだが前例主義が酷いな。これならこんなに官僚はいらないんじゃないか。誰でもできる事務処理ばかりだ」
フィリップがいうには過去の判例を踏襲して事務的に判決を下す以上、どうせ個別の事情は考慮しない。結論は決まっているのに、規則に則って処理するのでかなり時間がかかるし人手もいる。
「公爵、お聞きになりましたか?」
「ふむ。身内からはなかなかこのような貴重な意見は聞けませんね。フィリップ殿下、他に何かお気づきになられた点がありましたら是非ご教授願いたい」
官僚として法官貴族を確保するのは膨れ上がった帝国貴族の雇用対策でもあるので、減らしたくともなかなか減らすわけにはいかないが、ガレオット公爵は参考としてもう少し意見を聞いてみた。
「では、お伝えしますが窃盗の初犯であれば大概銀銭二十が罰として相場だそうですが、量刑としては最大で金貨二枚まで認められていると法で定められています。正式な裁判であれば裁判官は銀銭二十で判決を下すところ検察官達は略式裁判に応じれば銀銭十で済まし、即刻釈放すると言って容疑者に取引を迫ります。断れば法で認められている拘留期限限界まで拘束し、受け入れても裁判に応じた署名が済んだら前言を翻して金貨二枚を請求しています」
容疑者は応じて署名したが最後、後の祭りで大金を工面する必要が出てくる。
フィリップからしてみるとここまで厳格に法が定められているのは大したものだという感心はあったが、実際の運用には違和感を感じた。これでいいのか、他国ながら気になる。
議員達は運用の実態を知ると驚愕した。
「なんと。ささいな窃盗程度でそんな事をしていれば経費がかかるのも当然、困った事だ」
「初犯で悪質な常習犯と同じ量刑の最大まで請求されたのでは司法に対して恨みを持ち、犯罪を繰り返す可能性があります。これは良くない。極めて良くないぞ」
「第一、本当に金貨二枚を国庫に納めているのか疑わしい。書類を調べた方がいいな」
ざわつく議員団をガレオット公爵が諫めた。
「諸君。今日は法務省の査察に来たとは言えこれは別件だ。また次の機会にしよう。さ、行こう」
突然ぞろぞろと五、六十人の集団がやってきて質問するだけして行ってしまうと後にはなんだったんだという顔のフィリップとフランツが残された。
※宮中序列
1)皇帝
2)エイラシルヴァ天爵(断絶)
3)選帝侯(ダルムント方伯、アル・アシオン辺境伯)
4)選帝侯(東西南北地方候)
5)皇家の当主、各国王
6)帝国貴族、皇家家臣貴族
平民との結婚が許容され、爵位は金で買えなくもない時代なので
爵位自体に序列なし
皇家の当主といえども選帝されるまでは外国の王と形式上同格
同ランク内では年齢順で席次を紋章院が決める
祭祀界や軍ではこの序列は通用しない




