第32話 来訪者
「よっ、久しぶり」
試験期間の真っ最中の土曜日にエドヴァルドとイルハンの下宿先に突然パラムンがやってきた。
「パリーじゃん!おひさっ!」
「パラムンか。どうしたんだ?そいつはジラーモか?デカくなったなあ」
パラムンは狐の魔獣をお供に連れていた。
基本的には家畜化されたものでも魔獣を嫌う帝国には連れてこれないのだが、大型犬扱いで許可を受けて入国させたらしい。
まあ、入れ入れとエドヴァルド達はパラムンを自宅に引き入れた。
「で、どうしたんだ?」
「父上がエドヴァルドの様子をみてこいってさ。後ついでにウチの蔵屋敷も」
「蔵屋敷?」
「知らない?うちからアルシア王国を経由して帝国に特産品を輸出するようになったんだ」
「あー、あれか」
この前喫茶店でティーバ産黒茶がメニューにあったので気になっていたが、独自に輸出していたらしい。
「儲かってるのか?」
「そりゃーもう。陛下には悪いけどね」
大貴族達が独自に他国と交易をしてそれを徴税出来ないとなるとうちの国も長くはないかな、とエドヴァルドは考えた。
「はい、どうぞ。ティーバ産じゃない。粗茶ですけど」
イルハンが茶を入れて二人に持ってきてくれた。
下宿先にはトゥラーンの大使館職員などもいるが、使用人はいない。
自分の事は自分でやらねばならないのだった。
「おー、ありがとう。イリー。お前は相変わらず可愛いなあ、海賊に捕まったって聞いたぞ。酷い事されなかったか?」
「え、うん。まあエディが助けてくれたよ」
「そうかそうか、良かったなあ」
イルハンは視線をそらして答えたが、パラムンは気にせず無事を祝った。
「ま、二人とも元気そうで何よりだ」
「ほんとに様子見に来たのか?一人で?」
「エドの領地からパルナヴァーズって人と一緒に来たんだ。巡礼者の保護をするのが役目なんだって」
「あの血の気の多い爺さんか。そういや隠居して各地を巡っていたとかなんとかいってたな。また旅に出る事にしたのか。後進の教育を任せたのに」
「船の中でももっと鍛錬しろってうるさかったよ。それはともかく僕も次男だし家は継げないから商売やるか、武者修行の旅にでも出るかどうしようかなって思ってね。なんならエドの従士でもやろうか?」
「帝国騎士になれたら頼むよ」
「よっしゃよっしゃ。じゃあ、予約な。あと万年祭も見学していきたいからしばらくここ泊ってもいいか?」
不意にやってきたパラムンだが一応土日を選んで来たらしい。
この後街中の見学にでも連れて行って欲しいと頼んできた。
「まあいいけど。どこみたいんだ?」
「そりゃー、うちの国にはないような凄いとこ。闘技場とか劇場とか・・・あ、あと夜のお店とか行ってみたい。帝国って凄く・・・進んでるんだろ?」
パラムンはぐへへとスケベ顔をする。
「それが目的か」
「だってさ、地元じゃそんなとこいけないじゃん。旅の楽しみだって」
「金あんの?無茶苦茶高いらしいぞ」
「儲かってるんだぜっていったろ?」
エドヴァルドもちょっとその気になっていたのだが、イルハンがこほんと咳払いをした。
「あー、残念だなー。パリーが折角来てくれたんだから今日はボクが手料理振舞おうと思ったのにそんなお店行っちゃうんだー」
「え、マジ?イリー料理出来るの?」
「出来るよー。エディのご飯だって毎日ボクが作ってるんだから」
「うは。うらやましい!じゃあ今晩は皆で飯にしよう」
前言を翻して、じゃあ買い物に出かけようとパラムンは言い始めた。
「・・・お前男でもいいの?」
「なんか悪いのか?」
「あっ、そう・・・」
下手するとこいつほんとにイルハンに手を出しかねないと思ってエドヴァルドはパラムンの滞在中、注意深く見張る事にした。
◇◆◇
試験勉強については詰め込み過ぎもよくないと一日くらいは遊ぶ事にし、買い物は夕方にする事にして三人は途中で宿にいるパルナヴァーズを拾っていく。皆で巨大なビル群があるヴェーナ市の中心街まで行く事にした。
歌劇場、博物館など芸術的な建物や観光地になっているような神殿より辺境の田舎者にとってはあそこが一番感動する。
「お供とか誰もいないんだ?今の帝都は結構危ないよ?」
「ウチからはね。お供じゃないけどパルナヴァーズさんとジラーモがいるしどうってことない。それにエドみたいに魔導騎士の修行もしたんだぜ」
そういってパラムンは手の甲の魔石をみせた。
馬車でアージェンタ市からヴェーナ市に移動する間もジラーモはずっと大人しい犬を演じている。
「頭のいい子だね」
「おうよ。将来は俺を乗せて獣騎になって貰うんだ。帝国人には嫌われるかな」
帝国で重宝されている軍馬は魔獣の血が混じっていてはならないとされる。
蛮族と敵対する帝国においては蛮族が使役するような魔獣の類は極端に嫌われているので対抗できる軍馬の品種改良に熱心だった。
「俺もそのうち馬が欲しいけど。高いからなあ・・・」
「帝国騎士に叙勲されればタダで貰えるんじゃないかな」
いちおう学院で乗馬の訓練もあるのでちょくちょく乗る機会はある。
今は勘が鈍らなければそれでいいというレベルだが、やはり自分専用の馬は欲しい。
中心街のデパートに着くとやはりパラムンは驚きの声を挙げた。
一つの建物に富裕層や貴族向けの高級店が何百も入っている、その建物は見上げんばかりに高く、同等の建物がいくつも並んでいた。
「すっげえな。これどうやって建てたんだ?帝国の魔術師が?」
「基礎は地震対策で魔術を使って固めたそうだけど、後は普通に人力と機械らしい」
「他にもたくさん建築中だから建設現場も見て見よっか」
帝国は地震が多い分建て替えの間隔も短い。
新たな工法も開発されてどんどん試されていく。
一通り中心街の街中を歩き、万国祭前のパレード中だった竜騎士達がビルの間を飛び交うのを見学し、その人混みに疲れた彼らはちょっと抜け出して北の大宮殿近くにある官庁街まで移動した。
休日なので人通りは少なく、公園の人影もまばらだ。
「いやあ、凄かったな。あの建物全部、民間人が建てたのか。うちの国の城よりデカいじゃん」
「貴族が出資しているのもある筈だけど民間人主導のが多いらしいな」
「大したもんだなあ。そういやここってどんくらい人がいんの?」
デパート一つに富裕層が数千人出入りしていた、それが何十もある。
全体では一体どれくらいの人々が暮らすのかパラムンは気になった。
「んー五百万くらいかな。北と南の大河に囲まれた五都市と周辺人口全部ひっくるめて帝都らしい」
「うっそ、マジで!?」
「マジマジ」
幼い頃エドヴァルドは父が同じように言っていたのを嘘だと思ったものだった。
なんとも感慨深いが、その帝都に今、自分が立っている。
彼らがひと休みしながら途中で購入した昼食を食べているとジラーモが唸り出した。その先には随分と品の良さそうな馬に乗った女性二人がいる。
「うわ、何あれ。馬も女性もすんごい毛並みよさそう」
ジラーモが気にしていたのは馬の方で毛艶のいい長毛種フリースランだった。
見た目の品格がかなり高く貴族専用とされている黒馬だ。ジラーモはその主の匂いを昔覚えさせられていた。
「あ、コンスタンツィアさんじゃん。こんにちわ」
ちょうどそちらを向いて食べていたイルハンが気づいて挨拶した。
エドヴァルドは後ろにコンスタンツィアがいると知って慌てて口の中のものを飲み込んで振り返った。




