第30話 模擬戦の後のお茶会②
「ガキどもが何か浮かれて騒いでるが、我々は大人の話をしようじゃないか」
レクサンデリはロックウッドとコンスタンツィアの三人で話したいといって、他の面々には少し離れて座って貰った。
コンスタンツィアは出来るだけ皇家の男達とは関わりたくなかったのだが、他に大勢いるので個人的な関係とは思われないだろうと自分を納得させて誘いに応じた。
「わたくしに何か御用?」
新聞を読みながら迷惑だといわんばかりの態度を取る。
-北方蛮族戦線に氷の巨人再び現る!-
-南方圏についに光明が?カーシャに若き英雄現る!-
-聖堂騎士団総長が粛清?突然の代替わり!本誌記者が謎に迫る-
-『目潰しネロ』の新たな犠牲者-
-商務省が新たな西方候に対し奴隷貿易に苦言、内務省も同調する-
興味無さそうなパフォーマンスの為に目をやったが、少々気になる記事もあった。
レクサンデリはコンスタンツィアの考えは分かっていたがどうしても聞きたい事がある。
「ボロスの件・・・というよりラキシタの件だ。政府がどこまでやるつもりなのか知らないか?そろそろ拘束されて3,4ヶ月になる。いつになったら法廷を開くつもりなんだ」
「わたくしがそんなこと知るわけ無いでしょう」
「議員達にも知らせていないのか。正規軍も戻って来たしオレムイストは戦を煽るし、市民の中にもそろそろ不安がっている声が聞こえる」
そんな事をいわれてもコンスタンツィアは介入するような立場ではないので困る。
「商売にさしさわりが出てくるぞ。ガドエレのはどうなんだ?」
「まあ、確かに気にはなる。どこを着地点にするつもりかな」
1,2ヶ月の拘束は覚悟していたが、それ以上となると本気で挑発してこの際ラキシタ家を潰すつもりなのではという憶測の声が上がり始めている。
「主力が北にいるのにいくら挑発しても彼らは乗ってこないのではなくて?」
「連中の国力ならあと10万くらいは出せる筈だ。今すぐ挙兵すれば首都防衛軍団くらいは潰せる」
「可能だからってやってしまったら陛下に何て釈明するのかしら」
「さあ、しかし誇り高い騎士の一族。これ以上挑発されたら後先考えず兵をあげるかもしれん」
損得を優先してものを考えるレクサンデリにはラキシタ家の今後の行動が読めなかった。さして興味無さげに聞いていたロックウッドはそれより、とコンスタンツィアに尋ねた。
「コンスタンツィア殿、先ほどエドヴァルドの記憶を覗いたらしいがそれならボロスの記憶も覗けるんじゃないか?」
「出来ると思いますけれど、それがどうかしました?」
「ファスティオンの話じゃボロスは事件の場にもう一人いて、そいつが真犯人だと言い張っているらしい。だが、容貌がはっきりしないらしくてな。コンスタンツィア殿が覗けばそれが誰だかはっきりするんじゃないか?」
「本人の記憶があやふやじゃ無理よ」
コンスタンツィアもエドヴァルドを襲った二人組の詳しい容貌が分かっていれば決闘騒ぎになる前に止められたのに、と残念がる。
「第一、記憶が読めたとしてそれを周囲に証明できなければどうしようもない。幻術で犯人像をつくりあげても捏造扱いされるだけだ」
レクサンデリが鼻でふっと笑う。
「そんな事はわかっている。しかしもし実在の人物で特徴からその男が突き止められれば経緯もわかるかもしれん。日に日に憔悴していくファスティオンも哀れだろう」
「ご当主様達はなんておっしゃってるの?記憶を覗くくらい評議会に頼めばやってくれるでしょうし、わたくしがいちいち口を挟むような事じゃないわ」
帝都にいる以上気にはなるだろうが、二人とも学生の身であり、家を代表して行動する立場でも無い。尋ねてみると皆、どこも傍観の姿勢らしい。
「結局、陛下がいないと何事も決まらないのね」
「仕方ない。どちらについても陛下の一存でひっくり返る。現状では何も出来ない」
「こんな時に頼りになる方伯家も内戦中だしな」
皇帝が次の皇帝を選ぶ選挙前に死亡してしまった場合は方伯家か議会がその間の帝国の施政を担う。今は宰相がいるが、その宰相達とラキシタ家が揉めているので間にはいる人間が必要だった。
「議員団の活躍に期待しましょう。貴方達は帝都から逃げ出さなくていいのかしら?」
「学生の我々が学院が開いている最中に逃げ出したらこれはヤバいと民衆も大混乱さ」
「ラキシタ家のご当主様がもし本当に帝都に乗り込んで来たらどうして息子を助けてくれなかった、と逆恨みされるかもしれないわよ」
ラキシタ家は親しい諸皇家以外にも協力して皇家に対する圧力、徴税を強化しようとする政府に対抗しようと呼びかけていた。オレムイスト家は逆に殺人者を出したラキシタ家を糾弾し政府側について協力を呼びかけていた。
「私はこうして君に状況を尋ねたりしているじゃないか。早く公正な裁きが下されて丸く収まる事を願っているよ」
「俺もボロスの為に記憶を漁って真犯人を探ってみては?と提案した。ラキシタ家のご当主に糾弾されたら忘れずに真実を言ってくれると有難い」
「逃げ道を残して口の達者な人達ね」
◇◆◇
一方その頃、ファスティオンは前線の兄や本国の父達に早馬を送り連携を取りながらも学生としての本分も全うし、時には兄の元へ面会にも行っていた。
「ああ、ファスティオン。よく来てくれた。もう来てくれないんじゃないかと思っていたぞ」
「一週間空いただけじゃありませんか。毎日は面会許可が下りないんですよ。勘弁してください」
「ファスティオン、もう決めたぞ。私はここを出る」
「どうやって?」
「法廷で罪を認めれば罰金で釈放するというんだ。もう、それでいい。後で真犯人を見つけ出して、兵を率いて閣僚達に報復してやる」
ボロスの目は血走っていて精神状態もかなり不安定なようだった。
長い監禁生活でかなり病んできている。
「犯人を見つけたいんですか、報復したいんですかどっちですか」
ファスティオンは呆れながら差し入れを机に置く。
「両方だ。裏切者のマヤの奴にも思い知らせてやる」
「兄上、ここまで粘ったのに今さら諦めないで下さいよ。審問はされているんですか?」
「ああ、裁判の準備の為だとかいってな。しかし最近はそれもない。誰も来ないから世情も知る事が出来ない。新聞はどうした?新聞をくれ」
情報に飢えているボロスは週に一度の新聞を何よりも楽しみにしていた。
「今週はちょっと」
「どうした?あるのか?ないのか?」
「ありますが、怒らないで下さいよ」
ファスティオンはアル・ディアーラという帝都の新聞を差し出した。
そこには政府とラキシタ家の確執について触れ、怯える市民の声が紹介されていた。前線でも再びラキシタ家とオレムイスト家でトラブルがあり、一刻も早い解決が望まれるという社説がある。
記事の中で夢の中で女に殺されると騒いで転落死した精神病院の患者が紹介され、この際ボロスも精神疾患を負った哀れな患者としてほとぼりが冷めるまでしばらく入院させてしまえばどうかという提案がされていた。帝国の安定を優先し罪に問わないやり方で棚上げすべきという社説だ。
それを読んだボロスの手がぷるぷると震え、新聞を引き千切って怒りを露わにした。
「私を狂人扱いするのか!」
「ひとつの現実的な提案ですよ。歴史上の偉人にだって狂ったふりをして窮地を抜けてから宿願を果たした方はいるじゃありませんか。兄上も故事に習ってみはどうです?」
「現実的?そこらの小者ならともかく、名家のものが一度幽閉されたら恥とされて二度と出て来れるものか。現にエイラマンサ大公ラミローは10年以上幽閉されたままだ」
予想はしていたのであまりこの新聞を見せたくはなかった。
「アル・ディアーラの経営にはセンツィア家やガドエレ家が参画しています。これは彼らからのメッセージと受け取るべきですよ」
ここらで手を打て、と打診してきているとファスティオンは解釈した。
「御免だ。こうなったら徹底抗戦してやる。父上に見捨てられようと神に見捨てられようと何ヶ月でも何年でも耐えて必ず復讐してやる!」
血走った目つきの兄に背を向けてファスティオンはそっと退室した。




