第28話 シュリ対エドヴァルド②
コンスタンツィアはエドヴァルドの為によかれと思ってシュリとの対戦を提案したが、二人が本気で喧嘩を始めるとは思っていなかった。
女性とはいえ腕に自信のあるシュリは対フィリップ戦の踏み台に過ぎない扱いに自尊心を傷つけられたし、エドヴァルドはそのシュリの自尊心を傷つけるような事ばかりいって挑発している。
剣術の事はよくわからないので二人が怪我をしないようにはらはらしながら見守った。ノエムから話を聞いて見学しにきたソフィーはそんなコンスタンツィアを弄り始めた。
「あれがコンスタンツィア様が気になっているっていう男の子ですか~?」
「え?ええ、立派な騎士になって欲しかったのだけれど、やっぱり口が悪いわね。あの子」
「まあまあいいじゃないですかぁ。やんちゃなくらいの方が。それとも軟派な帝国人の方がお好みですか?」
ソフィーの見る所コンスタンツィアはソフィーが付き合っているような軽い男は好みではない筈だった。ソフィー的には愛をストレートに語ってくれる相手の方が好ましい、迂遠な物言いよりヤリたいならそういってくれた方が享楽的な彼女には合っている。
詩聖王子の恋文に寧ろ苛立っていた件をみても、ソフィーは自分の勘が正しいと確信していた。
「そうね。次々女に声をかけるような男よりはいいけど、今関係ある?」
「だってあの子の事が気になるんでしょう~?」
「いやあね、男としてじゃないのよ。お世話になったから恩返ししたいの」
「照れ隠しですか?ほんとは気になっちゃってるんじゃないですか?子供が欲しいんですよね?」
「まっ、ノエム。喋ったわね」
コンスタンツィアにきっと睨まれてノエムはそっぽを向いて下手くそな口笛を吹いた。叱ってもどうにもならないのでソフィーに答える。
「子供が欲しいのは一般論よ、ただの一般論。女として生まれたからには産んでみたいに決まってるでしょ。だいだいわたくし達は大地母神のしもべなのよ」
多くの子を産み育て繁栄する事こそが信仰の道。
「照れ隠しでいってもわかるんですよ~。信心から出た言葉じゃないって。結局ヤリたいかヤリたくないかどっちかじゃないですかぁ」
「や・・・ヤリっ・・・」
「赤くなっちゃってかっわいー。やっぱまだ処女ですよねー」
「ソフィー!」
からかわれたコンスタンツィアは真っ赤になってソフィーに怒る。
「まーまー、怒らないでくださいよう。ヤルかどうかはおいておいて触れあって幸せな気持ちになる人と虫唾が走ってどうにもならないような人っているじゃないですか。触れあってぬくもりを心地よく感じられれば最後に行きつくところは結局子作りでしょう?」
「貴女にとって心地いい相手はたくさんいるみたいね」
「幸せを追い求めるのも信仰の道ですって。男女なんてそんなもんですよう。ねぇノエム」
「えっ、ええーと。そうかもしれませんね」
さっきコンスタンツィアに睨まれて以来ちょっと距離を置いていたノエムは突然話を振られてそら惚けた。
「ノエム・・・まさか、貴女まで・・・」
「もう身内で処女なのってコンスタンツィア様とヴァネッサくらいじゃないですか?」
「い、いけない?貴女だって卒業まで子供を産むのは避けているでしょう?そんなの自然の節理に反してるわ」
コンスタンツィアは胸を張って答えた。豊穣の女神達には避妊という概念はない。
ヤル事やっておいて子供を産むのを避けているソフィーは信仰に反しているが、自分はそんな事はしていない。
「最終的にはたくさん産むつもりだからいいんですもーん。それより、結局あの子はお眼鏡に叶わないんですか?ヴィターシャはイチ押しだったみたいですけど」
「将来護衛に雇えって?あの口の悪さじゃ連れ歩いたら毎日面倒背負いこむ事になるわ」
護衛どころかトラブルメーカーになるので論外である。
「そうですよねえ。騎士ってガラじゃないですよね。下町の極道ものの親分くらいが関の山ですよね」
「それはいいすぎでしょ。重傷なのにセイラさんにちゃんと謝りに行ったりしたんですから見どころはあるわよ。それにお母様想いだし、あの子のガラの悪さもちゃんと理由があるのよ」
「へぇ、どんな?」
「周りがよくなかったのよ。責任ばかり押し付けて、親も親の責任果たさないし兄弟は殺し合うし、それにわたくしのせいでお母様の側にいられなかったし、厄介毎を背負いこむことになったわ」
コンスタンツィア捜索の旅にでなければスーリヤの運命も変わっていたかもしれない。コンスタンツィアは彼から母親を奪ってしまった償いをしなければ、と考えている。
「だからってコンスタンツィア様が直接面倒みてあげなくてもいいのでは?」
「わたくしが彼を真人間に戻してあげないと、彼に受けた恩を返せないもの。大丈夫よ、あの子はちゃんと聞く耳は持ってるから。それにそこらの帝国人と違って軟派じゃないし、側において随時注意してあげていれば・・・」
「あれっ、じゃあやっぱりお側においておくつもりなんですね」
ついさっき言った事と正反対の事を言っているとソフィーは指摘してにんまりと口を歪めた。
「あーあー、あれはえーとね。違うのよ?えーとね、今のまま騎士にして連れ歩いたらの場合で・・・」
どうにか発言の整合性を持たせようと苦心するが、ソフィーがまともに話を聞いていないので降参した。
「はいはいわかったわよ。特別な子っていうのは認めます。でもあくまでも面倒をみてあげないといけない孤児院の男の子と同じです」
「でも軟派な帝国人よりは気に入ってるんですよね~。少しは男として見ているんでしょ」
「だーかーらー、しつこいわね!」
恥ずかしがったり、怒ったりで紅潮しているコンスタンツィア達をよそにヴァネッサがぼそっとつぶやいた。
「あ、シュリさん口説き始めましたよ、あいつ」
「あれま」
◇◆◇
「そ、それは本気でござりまするか?」
「シュリさんが俺と対等なくらいの力があれば、そういう将来もいいかなと思ったけど。本気になってくれないんじゃちょっとなあ・・・」
コンスタンツィア達が試合に注意を戻すとエドヴァルドはシュリに婚約者がいるかどうか尋ねて、自分もいない、これは夫婦になるのに相応しいのでは?とか言い始めていた。
「あの子ったらいったい何のつもりかしら!」
「えー、シュリさん気に入っちゃったんじゃないですか?」
戦いの最中に相手を口説き始めたエドヴァルドに怒るコンスタンツィア、そしてここぞとばかりに引き離しにかかるヴァネッサだった。
「へー、割と軟派な所もあるんですね。シュリさんも東の奥地の国だし、結構相性いいかもしれませんね」
ノエムものんきに感想を漏らしたが、ソフィーから横腹をつつかれた。
(ちょっと!余計な事いわないで)
(本気であの子とコンスタンツィア様をくっつけるつもりですか?)
(そこまでいかなくても今は男の子に関心を持ってくれるきっかけになればそれでいいの!)
今まで周りにいなかったタイプでコンスタンツィアも気が惹かれている今がチャンスだと思ったのに、こんな風に対戦相手を口説き始められてしまってはソフィーの計算が狂う。
それぞれやきもきしながら観戦したが、勝負はあっさりついた。
シュリが魔力も体力も尽きて、素手のエドヴァルドに敗北を認めて終わった。
「完敗でござる。もはやこれまで。大言壮語にも関わらず恥じ入るばかり」
潔く敗北を認めたシュリに対してエドヴァルドも先輩に対する礼儀を払って普通の対応に戻った。
「僕は幼い頃から帝国騎士の薫陶を受けて育ったんですから最近本格的に始めたばかりのシュリさんとは年季が違いますよ」
「とは申しても、彼我の実力差もわからなかった拙者は貴君の敵として相応しくなかった。かくなるうえは戦いの前の口上で述べた通り女性として接して頂いて構わないでござる。よもや言葉を違えたりはすまいな」
「えっ?」
シュリの目は戦闘前の怒りの視線から憧憬の熱い目線に変わってエドヴァルドを見つめていた。あるいは狩人の視線かもしれない。
「さらに修行し必ずや貴君の伴侶として相応しい腕前に成長致す。父上が拙者の伴侶を見つけて下さらない以上、それは拙者が自分で相手を見つけてよいということで御座る。勝負に負けた以上、拙者、エドヴァルド殿のご命令ならなんでも従い申す。さ、夜伽でも何でも何なりと命ぜられよ」
シュリは勝負には負けたが、男勝りで変わり者の自分を叩きのめした相手を将来の絶好の相手と見定めて攻勢に移った。
「え、ええ?」
なんのかんのいっても帝都に来て三年のシュリはそれなりにこちらに染まっている。
機を見るに敏であった。
たじろぐエドヴァルドに対して自分は騎士を目指すが、東方の女としてちゃんと夫は立てて尽くす所存であると言明する。
「シュリさーん。これは模擬戦ですよぉ。そういうことはまた別の機会にね。皆も見てますし」
これは不味いとソフィーが助け舟を出して話を終わらせた。
コンスタンツィアが少々怒り気味なのを見ると続けてさせて嫉妬させるのもいいかとは考えたが、今の関係では嫉妬まではいかずただ単に怒りを買うだけで終わりそうだった。
「これは失敬。では今度二人でゆっくりお話しましょう」
シュリは最後までアピールを忘れなかった。
◇◆◇
「さて、エド。どういうつもりなの?」
シュリが着替える為に去った後に、コンスタンツィアがエドヴァルドの所に寄って来て問いかけた。
「どういうつもり・・・とは?」
エドヴァルド的には出来るだけ相手を労わりながら傷を残さないよう戦ったので特に怒られる理由は無い筈なのに、見下ろしてくるコンスタンツィアの目は冷たい。
「わたくしがわからないと思ったの?シュリさんの乙女心を利用したでしょう。あんな悪辣な手段は騎士として相応しくないわ」
「悪辣!?悪辣とは酷い。あんまりだ」
「何があんまりなの?あんな手段恥ずかしいとは思わないの?」
「思わない。僕は全力で戦っただけだ」
コンスタンツィアとエドヴァルドの口論にソフィーはあちゃーと天を仰ぐ。
こんな筈では無かったのに。
「ほんとうに恥ずかしいとは思わないの?嘘でしょう?本当は少しは恥ずかしい真似をして勝ったと思っているのよね?シュリさんの乙女心につけこんで心をかき乱して・・・」
「必要な事をしただけだ!あんまりいうといくらコンスタンツィアさんでも怒るぞ!!」
何て子でしょう、汚い真似をして勝つなんてというコンスタンツィアの軽蔑の視線にエドヴァルドは傷つき、憤慨した。
これまでエドヴァルドの事を面倒を見られているだけの子供と見なしていたコンスタンツィアの友人達もその剣幕に驚いた。
コンスタンツィアに対してずっと遠慮がちだった少年にしては珍しい。
どうやら本気で怒っているらしい。
「じゃあ、どういうつもりだったかおっしゃい」
コンスタンツィアも負けていない。
「いえない」
「何故?やっぱり心にやましい所があるのね」
「それはない」
エドヴァルドは頑なだった。
「いえないんなら心を覗かれても平気?」
「どうぞ」
イーデンディオスに注意されて以来、人の心の奥底を覗こうとするのはやめていたコンスタンツィアは本気でエドヴァルドの心を覗くつもりはなかった。
普通は嫌がるだろうと思っていたが、エドヴァルドは構わないという。
「わたくしに何もかも知られてしまうのよ?他人に知られて恥ずかしい事とか、心に秘めた暗い感情とかでも」
「貴女に知られて恥ずかしい事なんか今さらありません」
コンスタンツィアを見上げるエドヴァルドの瞳に曇りは無かった。
コンスタンツィアとしてはちょっとアテが外れた感がある。
乙女心を利用した事に多少は羞恥心を持っているかと思ったがそんなことはないと断言し、心を覗かれる事も嫌がっていない。
「じゃあ、本当に覗いてしまいますからね。ちょっと額を出して」
「え?はい」
エドヴァルドはまた心の中に入って来るのかと思ったがそれは違った。
前回のはルクレツィアの技を借りて睡眠中に夢を通じて入り込んだのであって、コンスタンツィア独自の術ではない。コンスタンツィアは同調せず、単純に心を読み取った。




