第27話 シュリ対エドヴァルド
新帝国暦1430年9月。
シュリとエドヴァルドの模擬試合の日が来た。
学院の修練場を使っているのでコンスタンツィアとエドヴァルドの友人達以外にもちらほらと見学者がいる。
「大勢の前で恥をかきたく無きゃ今のうちに止めといた方がいいぞ」
軽口を叩くエドヴァルドに対し、シュリは木剣を突きつけてエドヴァルドに宣言した。
「覚悟はいいですね。先輩に対する無礼な態度を改めて貰います」
「戦いに際しては、相手の気勢を下げ自らの気力を盛り上げるもの。その為になら無礼といわれようがなんといわれようが、知った事じゃない。あんたが俺の『敵』として相応しくないのなら、女性として恭しく接しましょう」
『女性として恭しく接しましょう』といった後、エドヴァルドは腰を折り、右手を胸の前にあてて実際に恭しく頭を下げてみせた。
「口の減らない子供だ。君はその棒切れでやるつもりですか」
「ちょっと短くなってきたが、木剣相手ならこれで十分だ」
エドヴァルドは軽くステップを踏み、膝の状態が問題ない事を確かめてから愛用の武器をヒュンヒュンと回した。
「よし、行くぞ」
「望む所」
コンスタンツィアがじゃあ始めてと声をかけようとした時にレクサンデリが口を挟んだ。
「ああ、ちょっと待て。審判はいるのか?」
「審判?」
「そうだ。お互い意気盛んで結構だが、それだけに審判役がいなければ負けを認めないだろ」
コンスタンツィアはそこまで考えていなかった。二人ともほどほどの所でやめて負けを認めるだろうと思った。が、レクサンデリの見る所ではお互いあざだらけ、血だらけになっても続けてしまいそうに見えた。どちらかが圧倒していればともかく、五分の腕前だと危険だ。
傍観者の一人が口を挟む。
「じゃあ、俺がやってやるよ。あんまり長い間占拠されても邪魔だ」
「お、イーヴァルか。頼もう」
北方で蛮族との実戦経験も豊富なイーヴァルであれば両者を止められるとレクサンデリも納得して任せた。
◇◆◇
面白がって観戦している野次馬は勝敗を巡り賭け事を始めた。
レクサンデリとロックウッドはそれに参加せず観客席に腰を下ろして勝負をみやる。
「お前は参加しないのか。ああいうのは好きそうだが」
「あんたこそ」
「で、どっちが勝つとみる?」
「この勝負の話か。それともフィリップとの話か。何にせよ俺はど素人だ。願望を聞きたいならエドヴァルドと答えるしかない」
「で、願望を外したら?」
「そりゃ、フィリップさ。年季が違う。魔力も比較にならない」
レクサンデリがコンスタンツィアから貰って来た資料ではフィリップは魔力の大きさ、濃さ共に神人級で同ランクの中でも桁外れに強い。
後は純粋な武術の腕で見るしかないが、騎士専門でやってきている他の五年の帝国貴族に比べれば劣っても、留学生の王族の中ではピカイチだった。
「さすがに騎士王の息子というべきかな」
資料にはフィリップはフランデアン王国の中でもツヴァイリング流剣法を学んでおり、大剣を好むが二刀流も使える事。牛の角のように上段に構え、切っ先は相手の目に向ける変幻自在の剣法であり、よく好んで使うフェイント、必殺の一撃を使う時に変化する構えまで詳しく記述されていた。シュリについても同様に得意な剣術が記載されている。。
「コンスタンツィア殿はこんな資料どうやって引っ張って来たんだ?やはり理事の所にはこんな個人情報も寄せられるのか?」
「いや、これはどうも彼女の友人が取材して集めたものらしい。お前の所にはもう来ないだろうが」
「?コンスタンツィア殿には武術に詳しい友人がいるのか?」
「さて・・・彼女もたぶん誰かに何か交換条件でも出して教えて貰ったんだろうな」
友人というのは勿論ヴィターシャの事だが、ヴィターシャも武術はわからないので詳しい人に解説して貰ってその通りまとめてある。
武術に関しては素人だがこの二人が見る限り、まだお互い様子見をしていて本気ではない。剣先を軽く合わせる程度で慎重だ。
「彼の性格からしてさっさと勝負を決めに行くかと思ったが」
「普段とは別人のようだな」
エドヴァルドが相手を子馬鹿にする態度を取るのも素の性格の悪さもあるが、挑発して相手の行動を誘導させる為でもある。師匠のシセルギーテもメッセールもエドヴァルドより遥かに上手だったので工夫する癖がしみついている。
レクサンデリはエドヴァルドに詳しいイルハンに尋ねてみた。
「慎重に相手する必要があるとみたのかな?」
「んー、違うと思う。シュリさんがいくら達人でもエディには勝てないと思う。あっさり倒しに行くかと思ったけど、どうしたんだろ」
イルハンはエドヴァルドが海賊達をつぎつぎ切り倒している所をみたので、いくら修行を積んでも実戦経験の無いシュリが勝てるとは思っていない。見る限りエドヴァルドは真剣で手を抜いているというわけでもない。意図が掴めなかった。
◇◆◇
エドヴァルドは数合打ち合わせてシュリの実力はわかった。
女性剣士としてはなかなかの腕前でたぶん弱い魔獣なら既に倒せるだろうが、エッセネ地方にいた強力な雷獣を倒せるほどではない。
せっかくの真剣の戦いの場なのでこの際、精一杯活用させて貰う事にした。
ヨハンネスとアルシア騎士の戦いのようにシュリの動きを誘導して魔力を無駄に使わせて力尽きさせることを目指す。
フィリップの基礎能力は自分より遥かに上であろうから、そういった戦いをして自分のレベルまでフィリップを引きずり下ろした後に圧倒するのだ。
怒らせて魔力を無駄に発散させるのが最善手なのだが、コンスタンツィアに女性を労わり、誇りある騎士として振舞って欲しいと注文が寄せられたので彼女を侮辱するのはよろしくない。
エドヴァルドはちらりと横目でコンスタンツィアをみやった。
二人が怪我をしないか心配しながら静かに見守っている。
(やっぱからかうと不味いよなあ・・・労わるってどうすればいいんだろ。シセルギーテだったら・・・労わっても通じ無さそうだなあ。コンスタンツィアさん達退屈になったのかおしゃべりしてこっち見てないし・・・)
女性陣を見るとぺちゃくちゃおしゃべりして盛り上がっている。
まあ武術の試合なんか興味無いか、と嘆息した。
そしてシュリをあしらいながら考えをまとめ、話しかけた。
「シュリ殿。それで本気ですか?」
「何を!?」
エドヴァルドの口調に乱れはない。呼吸も正常だったが、シュリには疲れが見られる。馬鹿にされたと思ったシュリの声音には怒りが滲んでいた。
「俺に怪我をさせないように、と手加減してるんでしょう?」
「言った筈です。君が病院送りになっても私の知った事ではありません」
これが本気だとシュリは言う。
「では、言葉を変えますが殺す気でやってますか?」
「これは試合ですよ。そこまでは考えていません」
「甘い」
エドヴァルドは断言する。
「魔力を込めて殴れば、木剣でなくても死にます。シュリさんの魔力でもね。全身に魔力を漲らせて己の能力を強化して挑んでくれないと模擬戦になりません。剣術のお稽古じゃないんですよ。魔導騎士としての試合です。こっちはもう素手でいい、本気でやってください」
エドヴァルドは棍を投げ捨てて手のひらでちょいちょいとシュリを挑発した。
「馬鹿にして!」
シュリはいよいよ全身に魔力を漲らせて打ちかかって来たが、エドヴァルドの予測を越える速度ではなかった。しかし予定通りこれでシュリの魔力を浪費させられる、とほくそ笑んだ。
すれ違いざまに肘裏を突き、足をかけ、シュリの姿勢を崩して体術でも完全にエドヴァルドが上だとわかった。そしてちょっと油断してしまった。
シュリの振るった剣の間合いよりも余裕をみて避けたつもりが、頬が浅く切られた。
「お、やるね」
シュリの木剣はエドヴァルドの棍と違って普通の木剣で魔石が埋め込まれていない。持ち主との魔力の同調もないので剣先までは強化されていないのだが、シュリは鍛錬によって木剣も己の体の一部と認識し魔力を這わせる事が出来るようになっている。
現象界では剣先が届いていなくても魔力の風がエドヴァルドの頬を切り裂いた。
「あ、すみません」
人の良いシュリは咄嗟に謝る。
ここらもエドヴァルドの期待に外れている。
もっと猛々しく来て貰いたい。
「シュリさんは優しいんですね」
「え?拙者が?」
「試合の相手を労われるし、王女でありながら故郷の人々を自分の手で魔獣の脅威から守りたいだなんて人柄も素晴らしい」
「え?え?」
急に褒められ始めたのでシュリは困惑しながらも照れた。
「うちの故郷も魔獣がたくさん出るのでシュリさんの様な方に来て貰えれば助かります。俺、こうみえても一応王子なのに辺境婚約者とかいないんですよ。シュリさんは?」
「せ、拙者も。恥ずかしながらガサツなもので・・・」
「じゃあ、将来は夫婦になって東方圏の魔獣退治の旅に出るのもいいですね」
女騎士になって魔獣退治を始めたらもう夫なんか一生みつからないだろうと思っていたシュリはエドヴァルドがかけてくれた言葉に胸が膨らんだ。
「そ、それは本気でござりまするか?」
「シュリさんが俺と対等なくらいの力があれば、そういう将来もいいかなと思ったけど。本気になってくれないんじゃちょっとなあ・・・」
シュリは俄然本気になって全身全霊でエドヴァルドに戦いを挑み始めた




