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荒くれ騎士の嘆き歌  作者: OWL
第五章 蛍火乱飛~後編~(1430年)
203/372

第23話 蛍舞う夜

 新帝国暦1430年8月。


この頃になるとエドヴァルドの足は大分よくなって車椅子も必要なくなってきた。

学年が違うのでコンスタンツィアと滅多に会う事はないが、たまにすれ違う時にはちゃんと授業についていけているか、小テストの結果はどうだったのかなどと聞かれる。


食後の夕涼みに常夜灯で照らされた明るい河原まで出て来た二人は、灯りに負けじと輝く蛍を見ながら嘆息する。


「もー、お母さんみたいだよね。コンスタンツィアさんって」

「イリー・・・みたいというかあの人は俺の母親代わりのつもりなんだ・・・」


自分が引き取って育てると宣言されたエドヴァルドはうっとおしいと思ってもそうはいえない。過ちを繰り返したくない、もう二度と女性を傷つけたくなかった。


「あはは、何歳差だったっけ」

「四歳」


十代における四歳はかなりの年齢差だ。

まだまだ成長期のエドヴァルドと違ってあちらはもうすっかり成長しきっているので精神的にも肉体的にも子ども扱いされていた。


「明日のお昼は食堂で行儀作法の特訓だね」

「お前もな」


 ◇◆◇


 その日はたまたま昼食の時間が同じだったのでエドヴァルドの友人達とコンスタンツィアの友人達は食事を共にしていた。彼らは広い座席のある中庭に移動して男女一緒に食べ始めた。

コンスタンツィアは普通に帝国の一般的な食事メニューだったが、エドヴァルドは北方系の少年達から貰った鳥の骨付き肉を頬張っていた。

北方系の人々は庭のかまどで自分らで勝手に料理するのが常だった。


蒸し芋にバターを塗り、パンに鳥肉と挟んでこりゃうめえ!と大喜びし、足元に寄って来た小鳥にパンくずを指で弾いてくれてやった。

それからイルハンの皿にあったスープに勝手にパンを突っ込んで、べちゃべちゃに浸してから食べた。


「うん、これもイケる」

「へー、ボクにもちょっとパンちょうだい」


イルハンも同じようにして食べてみようとパンを貰おうとしたのだが、エドヴァルドは自分の食べていた残りをイルハンの口に突っ込んだ。


「むぐ、うん。美味しいね」

「だろ」


二人は仲良くいつものように食事をしていたのだが、同席した女性陣は机に広がる食べカス、口の周りについた赤いスープ、それを袖で拭いた汚れ、そして食べ終わった鳥の骨を庭に放り捨てたその行いにドン引きしていた。


まるで山賊の親分と子分のようだった。


「エド、イルハン君。貴方達、いつもこういう風にして食べているの?」

「え?どうかしましたか?」


エドヴァルドはきょとんとして質問で返した。

コンスタンツィアは少しばかりこめかみをおさえて言葉を選んでいる。

そしてコンスタンツィアの代わりにヴァネッサが文句を言った。


「お姉様は、貴方達はいつもこんな無作法な真似をして床や机を汚しているのかと聞いているんです」

「床っていっても普通に地面じゃん。そのうち野良犬が咥えてもっていくよ」

「学院に野良犬なんかでません」

「じゃあ、鼠」

「鼠もでません。さっさと拾って片付けなさい」


ヴァネッサの指示ですごすごとエドヴァルド達は動き出した。

エドヴァルドは庭にポイ捨てしたゴミを拾い、イルハンは布巾を貰って机を拭いた。それが終わるとコンスタンツィアのお小言が始まった。


「エド、自宅でならまだいいけど人前ではもう少し行儀よくしてちょうだい。イルハン君も仲がいいのは結構だけれど貴方は常識人でしょう?ロックウッド様、この子が将来帝国騎士になったら貴方達に恥をかかせる事になるんですよ?」


とばっちりを食ったロックウッドは横目でバーベキューをしている北方系の留学生達をみた。向こうはエドヴァルドよりもさらに輪をかけて行儀知らずだ。

女王様のように君臨しているペレスヴェータに誰が昼食を持っていくかで喧嘩している。


「何か?」

「いや、何も・・・」


あいつらよりはマシじゃね?とその場の男子生徒達は思った。

彼らも自宅ではともかく同年代の友人らが集まる学院の昼食くらいは好き勝手食べたい。


「しかしまあ、国によって食事作法は異なるしな。尊重してやらねばと黙っていたのだ。男としてはエドヴァルドの食べ方は豪快でいいんじゃないかと思う。気になっているのは君なんだから君が教えてやればいい」

「・・・そうね。貴方の言う通りだわ。エド、明日の予定は?」


話の流れでコンスタンツィアが直々に食事のマナーを教える事になった。

エドヴァルドとしては人前で今更子供向けの食事マナーを教わるのは避けたい。


「あー、いやいや、そんな。やろうと思えばちゃんと綺麗に食べれますよ」


バルアレス流だが、マナーくらいはわかる。ただ、父親のベルンハルトも行儀作法にうるさい男では無かった。


「明日確認してあげるわね」


コンスタンツィアはにっこり笑って逃げ道を塞ぐ。


「俺は戦士だし、パーティとかも出ないし、行儀作法なんて別に適当でもいいんじゃないかと・・・」

「帝国騎士は政府高官の護衛としても、武官代表としてもパーティに出席する事もあるし、任務で外国に赴いた時に各国の宮廷の歓迎式典にも出る必要があるわ。各州長官との晩餐会もありますからね。帝国軍の武官としても高官なのよ?」


通常の指揮系統からは外れるが、軍務省からは尉官以上、将官以下の扱いを受けている。基本単独行動だが経歴によっては大隊以上の部隊の指揮権も与えられる。


ロックウッドはエドヴァルドにせっかくだから習うよう勧めた。


「帝国に仕えるなら将来どうせ礼法は学ぶ必要がある。麗しのコンスタンツィア殿が直々に教えてくれるんだ。有難く教わっておけ。ツヴィーク、お前もどうだ?」

「そりゃあ、もう。コンスタンツィア様に伝授頂けるのであれば喜んで」


付き人のツヴィークは尻尾がついていればぶんぶん振りそうな剣幕で同意する。

下心みえみえなのでヴァネッサが牽制した。


「ガドエレ家には礼法の教師がいらっしゃらないのですか?どうしても習いたいというのであればお姉様の手を煩わせる必要はありません。私がお世話しましょうか?」

「やめなさい、ヴァネッサ。ロックウッド様が家臣を指導できないのであれば臣下としてその程度の労は厭いませんとも」


便乗してきたガドエレ家の主従に対してコンスタンツィア達の視線は冷やかだった。コンスタンツィアに近づこうとする男は多いが、皇家の男では珍しい。

大半の男はこうして凄まれるとすぐに退散してしまう、ロックウッド達も同じだった。


「我々は少し離れた所からエドヴァルドが教わっている姿をみて復習しようか」

「そ、そうですね」


とまあ昼間にそんな小さなトラブルがあったのだが、その日は食後に帝都を揺るがせた大きな事件があり、学内も大きくざわめく事になった。


皆が講義に勤しんでいる間、帝都では各地で号外が撒かれており、その内容はアルビッツィ家の三男が暗殺されたというニュースだった。

知らせが伝わるとレクサンデリは急遽学院を出てアルビッツィ家の離宮に入った。


 ◇◆◇


「大丈夫かな、レックス」


河原で蛍を見ながらイルハンは呟いた。


「さあ。久しぶりの暗殺教団の襲撃だとか噂されてるけど三男坊を殺す価値なんてあるのかな」


アルビッツィ家からはほぼ間違いなくレクサンデリが選帝候補として送り込まれるとみなされている。他家が暗殺依頼を出すならレクサンデリを選ぶ筈だ。

そしてアルビッツィ家は民衆からは評判が悪くなかったが次男のベルナルドだけは評判が悪い。恨みを買ってそうなのはそちらだったので、怨恨絡みならそちらだろうと皆が不思議がった。


「神秘派とかいう狂信者はお金の為に暗殺するわけじゃないらしいよ?」

「それは面倒だなあ・・・。正面から自分は敵でーすという顔をして近づいて来てくれる敵なら誰にも負けないんだが、気紛れな暗殺者なんて相手にしたくない」

「有力者の護衛する人も大変だろうねえ・・・」

「だなあ。俺も将来、帝国騎士になるとしても護衛任務は嫌だな」

「あはは、エディには無理だろうね」


ムキになって敵を追いかけている間に護衛対象が暗殺されそうだとイルハンは笑った。


「そういえば、何気なく見てたけど帝国にも蛍はいるんだな」

「そうだね。蛍は死者の魂を導くっていうけれど帝国もそうなのかな?」

「さあなあ。北国じゃ白鳥が導くっていうし、国によって違うんじゃないか」


少し遠出になったので今日は車椅子を使っているが、その肘掛けに蛍が飛んで来て羽を休めている。エドヴァルドはそれをちょいと突いてどこかへ飛んで行かせた。

仲間達の所へ戻った蛍が葉を揺らし、驚いて飛び立った蛍が連鎖して辺り一面にゆらゆらと乱れ飛ぶ。


それをぼんやり眺めながらエドヴァルドは話を続けた。


「お前さ、レクサンデリと仲いいけど普段何話してるんだ?」

「んー、卒業後はレックスの所に就職させて貰おうと思って話を聞いているの」

「国には帰らないのか?」

「ボクは子供を残せない体だから」


イルハンはいずれ時期を見て廃嫡される。弟が成人するまでは公式には男のままで通し、もし弟になにかあれば仮初かりそめの王位について適当に子供をでっちあげるか養子を取る事になると決められたそうだ。


「そっか。まあ俺も領地に帰らなくても地元人の代官が問題なく治めてるみたいだし、帝国騎士になってここに残るだろうから当分は近所暮らしかな」

「エディが遠くに派遣されない事を祈ってるね。それよりこれからの事だけど、足が直ったら本当に出ていっちゃうの?」

「俺はあんまり人付き合いがうまくないんだ。お前にも大分迷惑かけてる」


東方系の留学生でエドヴァルド達に好意的なのは一年生の一部男子だけだった。

遅れて入学してきた彼らは学院設備で知らない事が多かったし、進級すると上級生との合同講義も出てくるので今後さらに過ごしづらくなりそうだ。

シュテファン王子が好意的でもイルハンの隣国のアーロモート王国の王子は嫌味をいってきたり、体育の時にはわざとイルハンの体にぶつかったり嫌がらせが激しい。


「ああ、アーロモートなら気にしないでよ。うちと領有権問題があってもともと仲悪いんだ。それに名前がウォレスって聞いて初対面でボク、嫌そうな顔しちゃったんだよね。あの海賊と同じ名前だったから」

「ん、そうか・・・」


エドヴァルドも微妙な顔になる。海賊達に捕えられていた時に事はあまり思い出したくなかった。


「ボクが海賊に何されてたのか、あんまり聞かないんだね」

「・・・俺は慰めるのが下手だからな。話したいなら聞くけど、話したいのか?」

「自分でもよくわかんない・・・。ただ、あいつらは男でも女でも関係なかった。そのせいかな。ボクは自分がますます男なのか女なのかよくわかんなくなっちゃった」


イルハンはいつものようにエドヴァルドの後ろから抱き着いて悩みを吐露する。


「そりゃー、俺に言われてもどうしようもないが、俺はお前が男でも女でもずっと友人であり続けるよ」

「ありがと。あーあ、子供が残せないのって辛いなあ。産んじゃうか、孕ませちゃえば自分の性別がはっきりさせられる気がするのに・・・その時に固定されてもう変わらなくなるんじゃないかって気がするの」

「お前のご先祖様は本当にその症状が出て皆子供を残せなかったのか?」

「さあ」

「確証がないならどうなるか試してみたらどうだ。ちなみに俺は協力してやらないからな」

「ボクだってエディが旦那さんになったら苦労しそうだからやだ」


あはは、と二人は小さく寂しそうに笑う。


「なあ、もしレクサンデリが弟を暗殺してたらどうする?それでも付き合い続けるか?」


話題を変えようと思ったエドヴァルドがふと不意に脳裏に閃いた想像を口にする。


「あぁ、確かに他所の人が暗殺する価値が無いとしても、内部の後継ぎ争いかもね」

「どうする?」

「変わらないよ。もしそうだったら残念だけど生き残る為に必要だったのかもしれないし、どこの国でもあることだし。それでもだいたい皆立派に王様やってるし」

「そっか。まあ、そうだな。それにしてもお前は可愛い顔してるくせに割り切っちゃうとこあるよな」

「そういうエディは割り切れないから苦しいんだね」


二人はお互い小さな針でちくりちくりと刺し合った。


「あーやめやめ、もっと楽しい事考えよう」

「じゃあ、エディは好きな子とかできた?」

「そんな余裕ねーよ」

「えー、嘘ばっかり~。気になる子とかくらい出来たでしょ?セイラさんとか一緒にいた子とか凄い美人だったじゃん。秋に学院の美男美女の人気投票があるんだって、誰にする?」


彼女らが美人であることを認めるのにやぶさかではないがエドヴァルドの好みとは違った。


「あんなの嫁さんにして連れ帰ったら領地の連中が吃驚する」

「うわー、別に結婚の話までしてないのに。エディったら真面目だなあ」

「何言ってんだ。好きな女が出来たら嫁さんにするに決まってるじゃないか」


イルハンとしては余計なしがらみはおいておいて誰が望ましい相手かと聞いているのにエドヴァルドの方は妻として誰が相応しいかという観点で話しているので基準が合致しない。


「帝国貴族の女の子は魔力が薄くなってる人が多いから留学生の古い王族の子種が欲しいんだってさ。別に結婚しなくてもいいからお付き合いしたいっていう子が多いんだって。それならどう?」


ヤルだけやって後は知らんという王子も多いらしいとイルハンはエドヴァルドに耳打ちした。帝国政府も出産助成金を出していたりして支援しているから心配いらないと教えてやる。


「そんな無責任な事できるか。っていうかお前はどうなんだよ。・・・性欲とかあるの?」

「あるような、ないような・・・よくわからないや」

「あー、すまん」


また微妙な話題になってしまったのでエドヴァルドは謝った。

イルハンは自分から振った話だからと気にしないようにいって務めて明るい声を出した。


「ね、相応しいとか相応しくないとかはおいといてよ。誰と家族になりたい?」

「だからマジそんな事考えた事ないんだって」

「嘘ばっかり。恥ずかしがらないで教えてよー。帰る前にみんなが話してたの気にしてたじゃん。胸とお尻どっちが好き?大きい方がいい?」

「そりゃーデカい方がいいに決まってる。こんな風にひっつかれても何も気にならない相手じゃつまらん」


今のイルハンは後ろからエドヴァルドにひっついて顔をひょこひょこと左右から出して何度も話を振って来ている。その間触れあっていても後頭部には薄くてかたい胸の感触しかない。


「なーんだ。じゃあやっぱり帝国の女の子でもいいんじゃん。東方系の女の子はみんなひらべったいし」

「セイラとかいるじゃん」

「あの子は例外、反則。あ、セイラさんがいいの?」

「冷静になってみると悪くはないな。でも今さらだ」


徹底的に嫌われていて目も合わせてくれないし、誠心誠意謝罪しても受け入れて貰えなかった。


「エディが勝ってかっこいいとこ見せれば変わるかもよ?」

「セイラさんはフィリップが好きなんだろ?ますます恨まれるだけだ。あーあ、惜しい事した」

「じゃあ、ユースティアさんとか」

「優しくてでっかくて素敵なお姉さんだったな。まー、恋人いるって噂だから駄目だろ」

「あ、調べてたんだ」

「ロックウッドから聞いただけだよ!」


年頃の男が集まると猥談をすることもあり、実家と揉めて家から飛び出しているユースティアは狙い目だと噂されていた。ちょっと正義感が強くてめんどくさい、という話が出た時エドヴァルドは自分には優しく接してくれたことを話すと大いに盛り上がった。

が、ロックウッドがここだけの話と持ち出して彼女には将来を誓った恋人がいるとわかり、ユースティア狙いは下火になった。


「じゃー、コンスタンツィアさんとそのお友達とかは?」

「完全に子供扱いされてんのにか?」

「見返してやればいいじゃん」

「今さらどうやってだよ・・・」


コンスタンツィアと周辺の女性達からはママと呼んでしまった件やら胸の中で赤ん坊のように寝ていたのは知られていて男扱いされていない。


「やっぱ秋の決闘次第だね。そこで皆に立派な戦士だって見せつけちゃお。ボクもね、エディが勝つの楽しみなんだ。みんなくるっと手のひら返して尊敬すると思うと胸がスカッとする」


イルハンに嫌がらせしてくる隣国の王子らもエドヴァルドの実力を知らないので報復を恐れていない。エドヴァルドは今の所、これ以上厄介毎を起こさないよう言動に注意しているが後で殴るリストに加えておいた。


「そうだな、うちの神様は勝ち負けには拘っていないが、今度の戦いだけは是が非でも勝つ」

「じゃ、ぼちぼち特訓開始だね」

「おう!」

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2022/2/1
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