第22話 天馬寮監ソフィア・ソレル・フロステル・ヴァレフスカ
ソフィアは天馬の牧場の管理者という特殊な家系の娘である。
天馬を皇帝が所持している事は皇帝が神々から地上の支配権を与えられたという正当性を強化している為、その家系は大切に受け継がれていた。
ソフィアはセイラとは同い年で帝国人にしてはかなり痩せ気味の体をしていた。
天馬に跨る為に体重に気を使っていて、セイラの運動部にも最初から参加しているので交流が深い。
ソフィアとセイラの母もお互い学生時代に親友同士で、セイラの母プリシラは在学中、親に結婚を強制された時に、天の牧場に逃げ込んできたことがある。
その縁で、娘二人も友人関係を育んでいた。
ソフィアはひと汗かいてからクールダウンし、ベンチで休んでいる時にセイラに話しかける。
「どう?セイラも私と一緒に来年から騎士修行してみない?」
セイラの方はまだ個人的に希望者に演武を披露して指導していた。
「ねえ」
返事をしてくれないのでソフィアはもう一度問いかけた。
「もう、邪魔しないで。それとも一緒にやる?」
「私はいいよ。筋肉つけたくないし」
「演武で筋肉はつかないから」
セイラは割と上腕二頭筋や胸筋が発達していて、ハリのいい肌に玉のような汗が浮かんでいた。ソフィアの方は年中天馬に跨っているので内転筋が発達している。
天馬は霊的生物なのでそんなに力を籠める必要はないのだが、まだまだ自然体で乗馬する母の域には達していない。
「汗臭くなったらルナリスに嫌われちゃう」
「臭くないもん」
セイラは気が削がれて演武を止めて汗を拭き始めた。
「ね、一緒に騎士修行しようよ」
「いや、男の子みたいに体に魔石なんか埋め込みたくない。ソフィアは天馬寮監の仕事続けなくていいの?」
「お兄様が継いでくれるって」
「普通、逆じゃないの?」
家の仕事は長男が継ぐものだとセイラは考えている。
「そんなの今時流行らないし」
「流行り廃りの問題じゃないでしょう。なんで騎士なの?」
「史上初の天馬の騎士になってみたいから」
「なにそれ。というか誰が叙勲してくれるの?」
「おじ様。あ、陛下のことね」
天馬の牧場は北の天文台近くにあり、カールマーンが若かりし頃そこに勤めていた関係で、ソフィアの母カレリアとも親しく身内のような扱いを受けていた。
カールマーンとマーダヴィ公爵夫人との間に初めての子が誕生した時、カレリアから贈られた祝いの礼として将来、カレリアの子を学院に通わせて望みを叶えてやろうと約束された。
それでカレリアの息子に意思を尋ねた所、学院には興味無かったので代わりにソフィアがやってきた。
「じゃあ、陛下の騎士になって戦ったりするの?」
筋肉をつけたがらないソフィアが騎士になって何をするのかセイラには疑問だった。
「戦ったりなんかしないよ。母に代わって万年祭の天馬競争で一位になりたいだけ。うちの母ってば学生の頃に出場したんだけど周回速度は一番だったのに途中の的当てとかでビリだったんだよね」
「で、万年祭で一位になりたいが為に、槍とか弓を学ぶんだ?」
「そ」
「でも、槍とか剣って重いじゃない?」
セイラは筋肉をつけた方がいいんじゃないかと思った。
「的に当てるだけでいいんだからかっるーいの選ぶし」
天馬に嫌われたくないのでソフィアは体重を重くしたくないし、鉄の鎧も身につけないという。
「そんな騎士ってあり?」
「帝国騎士はともかく、今時の騎士なんてみんな馬上槍大会とかで稼ぐ芸人みたいなものじゃん」
「うわー、酷い暴言」
「えー、だってさ。去年の優勝者のルーファスなんてさ、審判買収してたって噂だし。実戦形式じゃサビアレス様に一撃でのされちゃったんだって」
昔のような苦しい旅を送りながら人助けをする遍歴の騎士は今時流行らず、騎士といえば闘技祭に参加して名声を稼ぐスポーツマンのような役どころになっている。
そして、高名な騎士を雇って貴族は自らを誇る。
名画とそれを集める蒐集家のようなものだった。
「帝国じゃそうかもしれないけど、うちの方じゃまだまだ違うから」
「そりゃー騎士王サマの国じゃそうかもね。そういえば女騎士っていないの?」
「うーん、聞いた事ないなあ」
「変なの。腕力は魔力で補強できるんだからいたっておかしくないのに」
帝国や南方圏には女性の騎士は何人かいる。
「あ、確か先輩に騎士志望の人がいた気がする」
「へー、先輩って東方圏のお姫様?珍しいね」
二人がしばらくぺちゃくちゃとお喋りしていると、運動場に車椅子の少年がやってきた。
「あ、やな奴がきた」
「あはは、こっち来るよ。セイラに用なんじゃない?」
車椅子の少年は周囲をきょろきょろと見回した後、まっすぐセイラ達に向かってきた。




