第21話 セイラとソフィア
エドヴァルド達は舞踏場へ向かったがセイラはそこにはいなかった。
彼女は女子運動部を主催していたのだが、参加者が増えて場所を移動したところだった。
各国の姫君達は勿論、割と自由な気風の帝国貴族の中にも深窓の御令嬢はおり学院に来て初めて体を動かす楽しさを知った者も多い。
すらりとしつつも出る所は出ているセイラの体型を羨んで、秘訣を知ろうと運動部に参加する女生徒が増えた。スパーニア系ベルク人の彼女は帝国系とも人種的、文化的に近いので帝国人も気兼ねなく参加している。
ウルゴンヌの武術師範拳聖ヨハンネスの弟子でもあるセイラの運動・・・というより武術の演武は本格的過ぎたが、今年は二年目で去年の反省を生かし新入生にもついてこれるようプログラムを改めてダイエット目的の運動主体に切り替えた。
セイラはヨハンネスの姉弟子である女性拳士もこの学院の補助講師として来ているのでそのうち、彼女も誘って一緒に別途護身術講座のサークルも作ろうと考えていた。
まあ、そんなわけで人数の増えた女生徒達と一緒にもっと広い校外の第二運動場へ活動の場を移し、ジョギングと体操をしている。
第二運動場にはセイラ達以外にも様々なサークルがあり活動している。
貴族の少年少女達は家に帰るとなかなか大っぴらにこういう風に運動や遊びにうつつを抜かす事は出来ないのでめいめい趣味のあう者同士で学内各地の施設を使って、放課後や授業の合間にこうやってサークル活動をしていた。
女生徒達の圧力に男子生徒は追い出されたが、文句も言わずに引き下がった。
女生徒達が広い運動場を独占し、男子生徒は薄着の女性達をこれはこれでいいかと鑑賞している中、空から舞い降りる影があった。
影の正体は天馬。
そしてのその主人、天馬寮監ソフィア・ソレル・フロステル・ヴァレフスカ。
ソフィアは天馬の上からとうっと飛び降りてから魔術で落下速度を緩めて着地してセイラ達に合流した。セイラと同じ1416年生まれの14歳、帝国人にしては珍しく痩身の女性だった。
「ひゃー、遅刻遅刻。みんな、御免ねー。あれ、レベッカ先生は?」
「今日はお休み」
「お休み多くない?」
「んー、なんか喧嘩して怪我したんだって」
「えー、先生なのに。なにやってんだろ」
ソフィアは天馬に家に帰るよう指示し、それから友人達と和気藹々と話している。
鼻の下を伸ばしている男性陣から特に注目を浴びていたのはやはりセイラで、よく鍛えられた腹筋が短めのシャツから覗く。普通にしている分には六つには割れていなかったが、中央部の筋肉が綺麗に浮いて力を入れるとと割れ目が浮いてくる。
「あれ、セイラか。なんだこんな所で」
女性達が大人数で運動場に出て来た事に気が付きなんだろうと思って近寄って来た兄のフランツが首を傾げた。一緒にいるフィリップもさあ?と様子を見る。
「人が増えて手狭になったからこっちを使うんじゃとさ」
「うおっ、マヤか」
ひょっこり首をだして話しかけて来たのはマヤ。
「なんじゃ、そんなに驚かなくてもよいじゃろ」
「だって君・・・いいのか?」
「ボロスの件か?公判前じゃから何も話せんぞ。学院が特別に計らって講義には出んでも卒業させてくれるというから論文だけ出しにきたんじゃ」
マヤはフィリップ、フランツと同じ五年に飛び級してきたが、さらに賢者の学院に招かれてマグナウラ院は卒業する事になったという。
「なんだ。短い付き合いだったな」
「そうじゃな。せっかくフィリップ坊と同じ学年になれたのに残念じゃのう」
「子供扱いしないで貰いたいな。だいたい君の方が背は低いじゃないか」
背が低いのを気にしているフィリップはムスっとする。
「ん?おお、すまんすまん。お主の父とは知り合いでな。昔世話になったお礼に儂がお主の面倒をみてやろうと思っておったのじゃが」
「そうなのか?父上から君の名を聞いた事は無いが」
「ふ、そりゃあそうじゃろうなあ。それより新入生と決闘をするのだとか聞いたがまことか?」
聞かれたフィリップは渋面だ。自分が大人げない事も意固地になっている事もわかっている。
「謝れば許すといってるのなら謝ってしまえばよかろうに」
「一度謝った、聞いていないというならもう一度謝っても同じことを言われるかもしれない。譲るのは一度でたくさんだ」
大国の後継ぎたる王子としてフィリップは屈辱を嫌った。
小国の王子風情に頭に乗られたら将来、自分が統治者になった時に世間からこの事を持ち出されて笑いものになりそうだ。
「ふーん、余計な恥をかかねばよいがのう・・・。うはっエロイのう」
マヤはそれ以上忠告せずセイラ達に視線を戻した。
柔軟体操で腰をくねらせてお腹を突き出す動作を何度も繰り返していて、それを見たマヤや男子達がにやにやと鑑賞していた。ぶっちゃければセックスの時腰を振る動作に似ている。息も荒く汗もかいているので年頃の男子生徒は大喜びだ。
彼らが毎度毎度あっさり場所を譲るのはこういうわけだった。
「君も女の子だろうに。同性を見てそういう風に思うものなのか?」
「んー、もう男にはこりごりじゃ。新入生にいたやたら可愛い子なら話は別じゃが」
「ふーん、そうか。もう悪い男には捕まらない事を祈ってるよ。じゃあフランツ行くぞ」
もう興味はなくなったフィリップは立ち去ろうとしたが、フランツは妹が邪な目で見られているのを嫌がった。兄達に見られているのに気が付いたセイラがウインクを寄越したが、勘違いした他の男子が色めき立つ。
「いや、でもちょっとあんなの止めさせないと!」
「汗かいて気持ちよく体を動かしてるだけじゃないか。いちいち干渉し過ぎだ。好きでやってるんだから放っておけ」
女性の権利が抑圧されている国の姫君達は学院にいる時間だけが自分が自分らしくあれるという者も多く、横槍を入れたら総スカンを受ける。服装もスポーティな物だし、普段の背中やら胸元が過剰に空いたドレスより遥かにマシだとフィリップは意に介さずフランツを引きずってその場を後にした。




